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2018.03.21

『ツァラトゥストラはかく語りき』の思い出

 ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』を最初に読んだのは、中学生のころだった。中二だったのではないか。この作品はまさに中二病で読めそうな古典である。そう思える理由としてすぐに思いつくことは、単純な神話劇の構造をもっていることと、芥川龍之介の『侏儒の言葉』のようにアフォリズムであることだ。保守派論客のようになってしまって久しい西尾幹二だが1978年に講談社現代新書で『ニーチェとの対話 ツァラトゥストラ私評』を書いたころはドイツ出羽守といった感じだった。同書は新書という性格から読みやすさを狙ったのかもしれないが、基本的にアフォリズムとしての理解が基本で、かつ『ツァラトゥストラはかく語りき』の前半しか扱ってなかった。当時高校生の私ですら、専門家でも意外に稚拙な読みをするものだなと思ったりもしたものだ。中二病は悪化していたのである。
 ニーチェの思想は、そうした部分部分で見るなら、140文字で収まるまるで気の利いたTweetのような側面があり、そこで読み誤る。世人はニーチェなど読めはしないものだとなんとなく思っていたが、数年前、啓蒙書でニーチェの言葉みたいな本がそれなりに売れた時期、なんだこれ、と思って手にしてめくると、予想に反して、かなりきちんとニーチェの思想を読み込んでいることに驚いた。こいうとなんだが、大正時代の帝大生のデカンショも年月を経るにきちんとスキーマティックに理解されるようになるものだと思った。が、他面、『ツァラトゥストラはかく語りき』はこういう通解とは違うのだろうなとも思っていた。
 自分だけがニーチェの思想を読み込めた、『ツァラトゥストラはかく語りき』を読めた、といった幻想を当時十代の私が抱けたのには、青年期の特権でもあるが、もう少し理由がある。1971年の講談社文庫の青で読んだことだ。
 当時、10代だったが、この青のシリーズはほとんど読んでいた(『パンセ』なども)。訳者は吉沢伝三郎で書名も『このようにツァラトゥストラは語った』である。この訳書は、1969年理想社刊のニーチェ全集から採ったものではないかと思うが、書名の口語からも察せられるように当時の翻訳としてはもっとも優れていたようだ。その上、ハイデガー注を基本とした注釈がうんざりするほどついていた。振り返ってみると、私はニーチェの著作を読んでいたというより、ハイデガー思想を読んでいたのかもしれない。余談だが、同訳書は更にリファインされてちくま学芸文庫のニーチェ全集に収録されている。
 ハイデガーに結果として導かれたため、この作品の劇的構造については、意外にも迂闊だったことを思い知ったのは、世界思想社の現代教養文庫の秋山英夫著『ツァラトゥストラ』を読んだことだった。この本は原作をわかりやすくパラフレーズしている抄訳本ではあるが、逆にそのことで、原典のもっている劇的な文学としての側面が理解しやすい。当たり前といえば当たり前だが、ニーチェはワーグナーの歌劇『ニーベルングの指環』に、直接対抗してというほどではないが、劇としての思想として『ツァラトゥストラはかく語りき』を描いたものだった。ニーチェとワーグナーの劇としての思想提示には、いわゆる思想に還元されないパトスの、密教的ともいえる追体験の時間を要する。余談の余談だが、日本ではついホロコーストの文脈で読まれてしまう、フランクル『夜と霧』も、cakesでも取り上げたが、詩劇として創作されたものであり、原書では、後半スピノザが出て来る劇が含まれている(日本版・英語版にはない)。
 ここでまた余談だが、世界思想社の現代教養文庫は中学生・高校生時代によく読んだものだった。当時の現代詩関連の著作も多いのが特徴的だった。調べてみると、現在ではKindle用で再販されていて、当時の秋山英夫著『ツァラトゥストラ』(参照)もある。私としてはお勧めしたい作品である。
 『ツァラトゥストラはかく語りき』は、文学的には劇の構造を持っている。ドラマである。であれば、単純にNetflixなどでドラマとして翻案もできるだろうし、アニメにもできるだろう。そう考えてみて思うのは、翻案の形を取らなくても、その本質的なテーマを引き受けた各種のドラマ作品があればよいだろう。別の言い方をすれば、ニーチェの劇としての思想と密教的な了解は、現代では、ドラマやアニメで提示されているのだろう。

  

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