(前回から読む)
今回は、創業メンタリティを持って、創業後に急速に成長した日本の有名企業のその後について、図表などを交えながら考察してみます。誰もがその名を知るような偉大な創業者によって設立された日本企業がこれまで世界に躍進していきましたが、そうした有名企業も創業メンタリティを維持し高い成長を持続するのは簡単ではないことが分かります。
「どうした日本企業?」
筆者がコンサルティングの仕事を始めて、ちょうど今年で満30年になります。書籍『創業メンタリティ』を書いたクリス・ズックや、ジェームズ・アレンとは旧知の仲です。そして、彼らに言われるのが「どうした日本企業?」ということです。
1980年代半ばに米国のビジネススクールを卒業した彼らにとって、日本企業は賞賛と尊敬の対象でした。多くのグローバル企業が日本企業を研究し、その経営手法を学ぼうとしたのです。その一部は、例えば現場へのこだわりなどであり、この連載が紹介しようとしている「創業目線」や「創業メンタリティ」と重なります。
過去の日本企業の活動を思い起こされた方も多いのではないでしょうか。当時はトヨタ自動車、本田技研工業、ソニー、パナソニック、シャープなど、まさに偉大な創業者によって設立された日本企業が、創業メンタリティの輝きを保って世界に躍進していた時期でした。ところが、それから30年近くたった今、当時の勢いと輝きは薄れてしまったのです。
「いったい何が起こったんだ? 世界が一生懸命学んだ優れた経営手法を、どうして日本企業は失ってしまったんだ?」
ジェームズ・アレンに投げかけられた言葉に私は返す言葉がありませんでした。私は、勢いと輝きの喪失の大きな理由は、日本企業が「創業目線(メンタリティ)」を失ってしまったからだと考えています。先に挙げたような偉大な創業者によって作られた会社も、成長し規模が拡大し、組織が複雑になるにつれ、創業目線が薄れていったのです。
代わりに巨大な管理機構や仕組みが発達、この仕組みを回して社内調整に汲々とするうちに意思決定・行動は遅れ、そして創業の理念は壁掛けのオブジェとなり、顧客の声すら聞こえなくなってしまいました。
一方、世界には新たな創業リーダーに率いられた新興企業群が登場し、容赦なく戦いを挑んできます。結果はまさに鴻海によるシャープの買収の際に目にした通りです。日本の第二次大戦前後に勃興し、戦後の荒廃の中にあっても夢と理想を高く、遠く掲げ、まさに「創業目線」を持って急速に成長した第一世代創業企業の、1980年代以降の株主総利回りの推移を見てみましょう(■図1)。
30年の月日を経て、過去の輝きは薄れてしまいました。この図は日本企業の代名詞だった企業の創業目線が失われていく有様でもあります。さらに言えば、日本経済低落の姿とも重なって見えます。
創業メンタリティの復活は大企業が輝きを取り戻すためだけではなく、日本経済復活にとっても必須の課題ではないでしょうか。
「創業メンタリティ」は現在勃興中の新興企業にとっても重要な示唆があります。これらの新興企業が「創業メンタリティ」を保ったまま尖った大企業に成長し、次世代のリーダーとして活躍しなければ、起業家が夢と大志を抱いて成功を掴み取る「起業家の系譜」は途絶えてしまいます。
次に、創業者が起こした企業(創業企業)の、年代ごとの時価総額の成長の推移を見てみましょう(■図2)。先ほど挙げた先人達がつくった第一世代創業企業と、1990年以降に上場をはたし、一定規模を超えた第二世代創業企業の合計で日本企業の時価総額の35パーセントを占めています。
起業家の成功ストーリーが、桁違いのレベルで必要
しかしながら、その内訳をみると第一世代が過半を占めているのがわかります。第二世代で大きな時価総額を生み出している企業はソフトバンク、ファーストリテイリング、楽天くらいで、その他はまだ規模が小さいままです。この第二世代のさらなる成長、そして輝かしい起業家の成功ストーリーが、桁違いのレベルで必要です。
なぜなら、■図3にあるように、周りに起業家がいないことが若い世代の起業意欲にも影響を与えるからです。
第一世代の先人達が世界に示してくれた「創業メンタリティ」は、欧米企業にも研究されるほどのグローバルスタンダードでした。しかしながら、第一世代が創業目線を失い、第二世代も輝きを取り戻すほどの存在感がありません。これに続く世代からは起業マインド自体が希薄化し、新たな息吹を吹き込む新興企業が生まれなくなります。これは日本経済にとって由々しき事態です。
■図4は企業の年齢別にどれだけ雇用を生み出したかを示したものです。
若い企業が雇用を生む、高齢企業には贅肉がつく
見ての通り高齢企業はどうしても余計な贅肉がつき、人員を削減する側になります。逆に、若い企業が職を生み出しています。若い企業が生まれてこないということは、雇用の創出が行われないことと同義とも言えるでしょう。
これが日本と米国の大きな差なのです。上場企業の創業からの年齢をみると実に日本企業の平均年齢は61歳、米国企業は31歳と倍ほどの差があります(■図5)。
その差は見てのとおり若い企業の多寡なのです。大企業の復権、新興企業の尖った大企業への進化、スタートアップ企業の増加、いずれをとってみても「創業メンタリティ」が百花繚乱することは、日本経済全体を成長のサイクルに乗せる国家的課題であると筆者は信じています。
3分の2は「失速(ストールアウト)」あるいは
「急降下(フリーフォール)」に分類される
さらに年間1000億円以上の上場企業の時価総額、並びに売上の伸びを分析してみたところ、2005年から2015年の10年間に売上、時価総額共にマイナス成長である企業が実に22パーセント、10年間の時価総額の伸びが1.2パーセント(日経平均)以下で売上成長率が2.2パーセント(上場企業平均)を満たすことができない企業が44パーセントに上りました。個別企業の詳細は分析していませんが、財務的状況を見れば日本の大企業の3分の2は「失速」あるいは「急降下」状況にあることになります。
先ほど述べましたように日本では新興企業の台頭が他国と比べて緩やかであり、国内市場が大きいため、国内で地歩を築いた大企業が「失速」状態で長らえることが多いのではないかと思われます。その結果、「失速」状態にある際に打つべき手を打たず、一気に「急降下」状態に入るのではないでしょうか。
「急降下」状況になった時に取れる打ち手は限られています。言い換えれば、逆にはっきりしているとも言えます。それは以下の5つのステップに集約されています。
2 「コアのコア」にフォーカスする
3 尖りを再定義する
4 会社を内側から再創業する
5 新たなケイパビリティに重点的に投資する
この5つのステップを十分に実行できなかったシャープは鴻海に買収され、ヘルスケア事業の売却やB2Bへのフォーカスなどいくつかの項目に対応したパナソニックは最悪の事態を逃れました。
しかし、日本企業の場合、書籍『創業メンタリティ』で取り上げたようなグローバル企業の事例でみられるように、経営陣の過半の入れ替えにより新たな再創業チームを作り「創業メンタリティ」に忠実に会社を作り変えることは起こりにくく、将来に向けた本格的な再生が起こせるかに懸念が残ります。
なぜ日本企業は官僚化していってしまったのか
組織を官僚化させる日本ならではの事情を、ここでは少し述べてみたいと思います。
まずは、日本企業の固定的な雇用制度です。日本では現在も、入社した企業に長く勤めるというのが基本だと言えるでしょう。
組織内ではローテーションによっていろいろな部署に異動します。となると「今日の敵は明日の上司」といったことが起こってしまいます。正論での議論や対立を避け、無難な着地を探る強いインセンティブが働くようになります。さらに流動性が少ない組織の中で仕事を進めていく過程では、所属員同士にはお互いにさまざまな貸し借りができ、各個人が相互に絡み合った複雑なバランスシートを作り上げていきます。現場ではより多くの人に対して貸方が大きい人が組織のリーダーとして現れます。
これはある意味、日本企業の強みにもなります。このリーダーの大きな影響力のもとに現場主導で継続的な改善が行われていくからです。市場が成長している時には、これがなによりの業績向上の鍵であったでしょう。しかしながら、市場の成長が止まったり、非連続になったりするのにしたがって、このやり方は企業の成長や業績向上の足枷になってしまうのです。
何か現状を変更するような戦略を実行しようとすると、現場中心に築きあげられてきた複雑なバランスシートを壊すことになり、組織として意思決定ができない、あるいは著しく遅延することになるのです。
日本では、報酬よりも上位の職位ポストに出世することがモチベーションになることが多いでしょう。一国一城の主として差配をできるようになり、意思決定を行うことが「出世」の実感になります。
しかしながら、職制上の上位者が常に正しい判断ができるとは限りません。現場の実態から離れ、また自分の経験した知識や専門性とは異なる分野での意思決定は容易ではありませんが、上席者であるということで裁いているとすれば、これは企業が官僚化している証拠の一つです。
さらに、日本企業が低迷するなか、経営の仕組みの欠如が叫ばれ、さまざまな経営指標や経営ツールが導入されました。グローバルスタンダードが金科玉条のように言われたことも、グローバル出自のこれらの経営指標の導入を後押ししました。これに、コンプライアンスの仕組みが重層的に追加されます。
これだけの経営管理の仕組みを動かすために、経営管理スタッフが増員され、次第に幅を利かせるようになり、経営トップも、これらのスタッフに依存せずにはこの巨大な経営管理機構を回していけなくなってしまいます。
トップ自体の選出も、社内の利害調整とともにこの管理機構を回せる人物が優先されるとなると、これはもうリーダーが会社を動かしているのではなく、システムや仕組みが会社を動かしているのと同義になってしまいます。
もちろん、経営管理の仕組み自体を否定するわけではないですし、経営上必要な情報の不足が正しい判断に齟齬をきたすことがあるのも事実です。しかし、多くの大企業では先に述べたような創業メンタリティと比較すると、システムや仕組みの方が圧倒的に勝ってきているのではないでしょうか。
これまで述べてきたように、日本企業の雇用体系も含めた独特の組織運営と近年導入してきたさまざまな経営の仕組みやツールが重なり合って、日本企業の官僚化を推進しているように思われてなりません。
(次回に続く)
『創業メンタリティ 危機を救い、さらに企業を強くする3つの戦略』
創業メンタリティとは何か──。持続的成長をなしとげる会社は、事業を軌道に乗せた野心的で大胆な創業者の態度と行動を持ち合わせています。自分たちを革新勢力と考え、従業員がみな使命感を持ち、複雑性や官僚主義など戦略の実行となる障害が排除されます。こうした態度と行動の組み合わせによる意識の枠組みが「創業メンタリティ」です。
コンサルティング会社、ベイン・アンド・カンパニーによる調査分析の結果、創業者が経営に携わっている企業はそうでない企業の3倍になり、特に高い業績をあげつづけている企業では、低業績の企業に比べて創業メンタリティの特徴を4~5倍も備えていることがわかっています。どんな企業でも、創業メンタリティと業績、株価、競争力のあいだに強い相関関係があるのです。
書籍『創業メンタリティ』では、企業の持続的成功の秘訣「創業メンタリティ」に注目し、危機を乗り越え、持続的な成長につなげる戦略を紹介します。
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