日経ビジネスオンラインでは、各界のキーパーソンや人気連載陣に「シン・ゴジラ」を読み解いてもらうキャンペーン「「シン・ゴジラ」、私はこう読む」を展開しています。
※この記事には映画「シン・ゴジラ」の内容に関する記述が含まれています。
「シン・ゴジラ」の想定外ともいえるヒットは、かつて、やはり予想外の大ヒット作となり、業界の常識を変えた「踊る大捜査線 the Movie」を思い起こさせる――。映画、テレビ、ネットで映像コンテンツに関わり続けてきた境治氏が、この作品が映画ビジネスに与える影響を語る。
日本の映画ビジネスを変えた!映画界の変わり目はあの作品だった! そう言える作品はいくつかあると思う。「シン・ゴジラ」は、十数年後に振り返っても、「あそこで何かが変わったよね」と言われる映画になるのではないか…
などと大袈裟に言うわりに、私は正直、「シン・ゴジラ」にほとんど期待していなかった。生まれて初めて映画館で見た実写映画が1971年の「ゴジラ対ヘドラ」で、ゴジラには思い入れはあるものの、子ども心にもゴジラは子どもっぽく、ある時期からもう見なくなった。シリーズを止め、復活を2回繰り返した時も、見ようと思えなかった。
境 治(さかい・おさむ)
コピーライター/クリエイティブディレクター/メディア戦略家
1962年福岡市生まれ。東京大学文学部を卒業後、1987年、広告代理店I&S(現I&SBBDO)に入社しコピーライターとなる。1992年、日本テレビ巨人戦中継”劇空間プロ野球”の新聞広告「巨人を観ずに、めしが食えるか。」でTCC(Tokyo Copywriters Club)新人賞を受賞。翌年独立し、フリーランスとしてCM・ポスターなどの制作に携わり、トヨタ、JR、日立製作所、フジテレビなど多方面のスポンサーを担当してきた。2006年、長年つきあっていた株式会社ロボットの経営企画室長に任じられ、プロダクション経営の制度再構築を担う。2011年からは株式会社ビデオプロモーションでコミュニケーションデザイン室長。2013年7月から、再びフリーランスに。サイトはこちら、近著に『拡張するテレビ 広告と動画とコンテンツビジネスの未来』。ウェブマガジン「MediaBorder」はこちらから
「シン・ゴジラ」は、エヴァンゲリオンの庵野秀明氏が総監督と発表されたことで、かえって「かなり独特のゴジラ映画になりそうだ。あまりイメージが変わっちゃうのなら、見たくないな」と思っていた。
ところが7月29日の公開翌日、30日の朝Twitterを眺めると、初日に「シン・ゴジラ」を見た人びとが興奮したつぶやきを並べ立てている。ただならぬ雰囲気を感じとって、すぐさま映画館に駆けつけて、2時間後には、自分の先入観を超えた作品のパワーに打ちひしがれていた。「こんなゴジラもありなんだ!」その後、1か月が過ぎても頭の中の3割が「シン・ゴジラ」に支配され、9月15日の「発声可能上映」にも参加してしまった。
おそらく、ここまでのヒットは誰も予測していなかっただろう。エヴァンゲリオン世代の30代は「庵野はゴジラをやってる場合か」と不満を募らせ、私のようなオールドゴジラ世代は「庵野が撮るゴジラなんて」と侮っていた。フタを開ければ60億を超えるメガヒットだ。
誰も想像できなかった
誰も想像できなかった興行成績と言えば、思い出す作品がある。1998年公開の「踊る大捜査線 the Movie」だ。
あの時も、誰もあそこまでのヒットを予測できていなかった。その前に、当時は、そもそも実写の日本映画がハリウッド映画を凌駕する興行成績を上げるなんて考えられなかった。私はコピーライターとしてポスター制作などで映画界を外側から見ていたが、「もう日本での映画づくりはなくなってしまうのではないか」とさえ危惧していた。
若者たちからは、「日本映画はダサくて暗い」と思われていて、デートのネタにもならない。興行面でも、「Shall We ダンス?」や「失楽園」が宝くじが当たるように偶然ヒットしたが、それも配給収入が10億~20億円台(いまの興行収入と比べるには2倍すればほぼ正しい)で、他のあまたの作品は惨憺たる成績。「作っても損するだけなのだから作らなければいいのに」と外から見て勝手に思っていた。
テレビドラマで人気だった「踊る大捜査線」の映画化に、当たるんじゃないか、当たるといいな、と映画界は期待した。それはあくまで「Shall We ダンス?」や「失楽園」のようにという意味で、配給収入が20億円に届けば万万歳というものだった。
ところが公開初日。映画館に行列ができていた。それも若い人が多い。
若者が実写の日本映画に列をなすなんて! 誰もが信じられない光景だった。「踊る大捜査線the Movie」はロングランになり、10月の公開なのに翌年になってもロードショーしていた。
結局、最終的に配給収入は50億円を記録した。これはいま映画の実績として使われている興行収入ではおよそ100億円と見ていい。100億円!!! 実写の日本映画が100億円という数字を叩き出すとは!
「踊る大捜査線」は、テレビ局映画のモデルとなった。それまでもテレビ局は映画製作に乗り出していた。80年代には「南極物語」というフジテレビ製作の映画が大ヒットした。その後もテレビ局は映画界の重要なプレイヤーであり、映画会社もそのプロモーション力を頼るようになっていた。
だが長らく、テレビ局も映画はテレビと別に作っていた。ドラマがヒットしたらそれを映画にする。これを当たり前にしたのは「踊る大捜査線」であり、それがメガヒットになったことで、新しい“勝利の方程式”となった。
そしてこの時のポイントは、ドラマを演出した本広克行氏が映画も監督したことだ。本広氏は「7月7日、晴れ」ですでに映画を撮っていたが、ドラマの演出家が映画監督もやるのはこれを契機に、ひとつの常識になっていった。
「踊る大捜査線」の映画化で一気に変わったわけではないが、2000年代に入ると、映画界のいちプレイヤーだったテレビ局が、はっきり映画界の主役になっていく。
フジテレビがつけた先べんに、それとは別の形で映画との関わりを進めていたTBSが続き、日本テレビもジブリ映画中心から実写映画にも手を伸ばしていく。テレビ朝日も続き、ドラマが弱いテレビ東京も加わった。関西局も在京キー局と並んで、あるいは独自に加わったりしていく。
テレビ局が“救った”日本映画
こうして2000年代は映画界でテレビ局の影響力がどんどん強くなった。90年代までは映画興行の上位はハリウッド作品が占め、日本映画はアニメだけだったのだが、2000年代には実写の日本映画がランキングに食い込んでいき、むしろハリウッド映画を凌駕するようになる。
それがはっきり現れているのがこのグラフだ。
緑色は日本の映画の興行収入全体で、ここ15年間2000億円前後を行ったり来たりしている。これが今の日本の映画市場のサイズということなのだろう。
青い線が日本映画、赤い線が洋画だ。2000年代半ばに、洋画と邦画の数字が入れ替わっているのがわかる。一時は先がないように思えた日本映画のビジネスを活気づけたのがテレビ局映画だ。そのテレビっぽい映画づくりやメディアパワーで押す宣伝が日本映画を歪めた、と、ネガティブに言う人もいるが、テレビ局が関与しなかったら日本映画はアニメ以外残らなかったのではないだろうか。
つまり、「踊る大捜査線」の、誰も予期しなかったメガヒットが入口になり、日本の映画ビジネスが構造変化を起こしたのだ。
だが、映画界にエネルギーを注入してきたテレビ局は、このところ本業が厳しくなっている。少なくとも、ひところの勢いではもうないようだ。
そこにドカンと巻き起こったのが「シン・ゴジラ」のメガヒットだ。
2000年以降のゴジラ・シリーズは、興行収入10億円台がほとんどだった。それが60億を超え、どこまで伸びるかわからない。誰も想像できなかった、信じられない状況が起こっている。「踊る大捜査線」の時とよく似ている!
これはどう受けとめればいいのだろう。「映画界の変わり目」を象徴しているのだとすれば、何がどう変わろうとしているのか。
マスメディアパワーに頼って生き延びてきた映画界が、むしろ観客との絆によって新たな方向へ進もうとしているのだと私は捉えている。
「踊る大捜査線」のヒットも、考えてみれば、単純にテレビのメディアパワーだけで生み出せたわけではない。ドラマの視聴率で言えば、「踊る」は平均で18%と、実は当時としてはさほど高いものではない。だが一方で、熱いファンが育ち、番組と強い絆で結ばれていた。インターネット黎明期だった頃で、掲示板を取り入れてファン同士が交流していた。
ドラマには細かな遊びが張り巡らされ、それも含めてディテールにこだわって制作された。そのディテールもファンと作り手が共有する重要な題材だった。個性的なキャラが多く、それぞれ独立した人気もあった。
放送終了後も何度か再放送されたりスペシャル版のドラマが制作されたりして続いていき、その集大成が映画版だったのだ。
ファンの盛り上がりもよく似ている
こうした側面も「シン・ゴジラ」は似ている。掲示板がなくてもTwitterを通じてファン同士で盛んに交流し、ディテールをみんなで共有して楽しんでいる。最初に上陸したゴジラの第二形態を「蒲田くん」と呼んで愛でたり、市川実日子演じる尾頭ヒロミ(環境省自然環境局野生生物課長補佐)さんの様々なタッチのイラストがネットを飛び交っている。ファン同士でどんどん盛り上がる様子は、「踊る大捜査線」と、まったく変わらないように思える。
「踊る大捜査線」も、テレビのメディアパワーだけでなく、ファンとの地道な交流がメガヒットに繋がったのだ。テレビ局映画は、その点を忘れてしまい、メディアパワーだけが自らの力の源だと決めつけてしまっていないだろうか。
少し話がそれるが、東宝の単独出資だった「シン・ゴジラ」を題材に、製作委員会方式を批判する声がネット上で起こった。よくよく聞くとそれは、委員会方式というより、テレビ局映画に辟易しているせいのようだ。出演者が製作した局の番組を回ってプロモーションしたり、テレビドラマのようにエンディングにタイアップ曲が流れると、もういまの若者は白けてしまうのだ。これまでのやり方は完全に見透かされている。テレビ局は映画の作り方やプロモーションが定型化してないか、振り返ってみるべきだろう。
さて「シン・ゴジラ」を機に、テレビ局映画の時代から、配給会社が再び主役に躍り出ることになるのだろうか。それほど単純ではなさそうだ。
ヒントとして、Netflixを考えたい。彼らは、ご存知の通りSubscription Video on Demand (SVOD、定額式のビデオ・オン・デマンド)としてアメリカで登場し、またたくまに世界を席巻しつつある。
プラットフォームとして他社の作品を揃えて、どんな作品でも定額で視聴できるのが魅力だった。その形態を考えると、作品を買い足していけばいいはずだ。ところが、2013年に自ら「ハウス・オブ・カード」を製作し、以降、オリジナル作品をどんどん増やしている。その方が、独自の価値を出せる、と考えたらしいのだ。
東宝の動きも、これに似ていると私は思う。配給会社として一人勝ちとも言える状況をつくりあげたのだから、ビジネスだけを考えれば、むしろ自社企画なんてしないほうが安泰だろう。そう思うところなのに、このところ力を入れていて、今年は自社企画作品が11本にもなるそうだ。
それは、決してテレビ局の力はもう要らない、ということではない。テレビ局も、そして自らの製作力も高めることで、映画会社として万全の状態をめざす。そんな考え方でここ数年進めてきた戦略を、大きく花開かせたのが「シン・ゴジラ」の大ヒットなのだ。さらに「君の名は。」が続くことで、開いた花が実まで結びそうな勢いだ。
「自社企画は続けていましたが、2010年ころから本数も増やし、ここへ来てやっとコツがつかめてきた感じでしょうか」
東宝の取締役映画調整部長・市川南氏は控えめな言い方で私にそう語ってくれたが、これまで積み重ねてきたことの確かな手応えを、いま噛みしめているのだと思う。
関係はいったんフラットに
テレビ局はこれからも、重要なプレイヤーとして映画界に関わっていくはずだ。日本映画を劣勢から救い出す役割は果たし、メディアパワーだけで進んできた路線から、落ち着いた映画づくりに姿勢を変えるタイミングかもしれない。これまでも実は、ドラマの映画化を派手に展開するのとは別に、映画好きが堪能できる傑作・佳作もテレビ局は製作してきている。今年のTBSによる「64」前後編はその一端だ。
映画とテレビは、これまでも敵対したり融和したり、微妙な関係を続けてきた。映画界ははるか昔、新興勢力だったテレビを拒み、上から目線で侮っていた。やがてそのメディアパワーを認め、頼るようになってきた。そしてテレビが映画界をリードし、イニシアチブを握るようになった。その関係が一端リセットされ、新たな姿勢でフラットにつきあうようになるのかもしれない。
映画ファンとして、また両方の業界を観察する者としては、「シン・ゴジラ」のヒットが、両者の関係をより高めると期待している。ネットが普及したいま、もはや映画・テレビ・ネットの境目はいらないはずだ。コンテンツそのものの価値で勝負し、ファンとの交流を大事にする、そんな世界になっていけばいいと思う。
映画「シン・ゴジラ」を、もうご覧になりましたか?
その怒涛のような情報量に圧倒された方も多いのではないでしょうか。ゴジラが襲う場所。掛けられている絵画。迎え撃つ自衛隊の兵器。破壊されたビル。机に置かれた詩集。使われているパソコンの機種…。装置として作中に散りばめられた無数の情報の断片は、その背景や因果について十分な説明がないまま鑑賞者の解釈に委ねられ「開かれて」います。だからこそこの映画は、鑑賞者を「シン・ゴジラについて何かを語りたい」という気にさせるのでしょう。
その挑発的な情報の怒涛をどう「読む」か――。日経ビジネスオンラインでは、人気連載陣のほか、財界、政界、学術界、文芸界など各界のキーマンの「読み」をお届けするキャンペーン「「シン・ゴジラ」、私はこう読む」を開始しました。
このキャンペーンに、あなたも参加しませんか。記事にコメントを投稿いただくか、ツイッターでハッシュタグ「#シン・ゴジラ」を付けて@nikkeibusinessにメンションください。あなたの「読み」を教えていただくのでも、こんな取材をしてほしいというリクエストでも、公開された記事への質問やご意見でも構いません。お寄せいただいたツイートは、まとめて記事化させていただく可能性があります。
119分間にぎっしり織り込まれた糸を、読者のみなさんと解きほぐしていけることを楽しみにしています。
(日経ビジネスオンライン編集長 池田 信太朗)
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。