東芝の経営陣が多数引責辞任した事件は社会的にも大きな波紋を呼んでいる。経営トップ自らが社員に直接圧力をかけたことが経営陣の大辞任を招いたものだが、経営側からの圧力は企業を問わず大なり小なりあるのは事実だ。
7月21日の日本経済新聞の1面のトップ見出しには、「東芝、組織的に利益操作」と報道されていた。2008年度から14年度の4~12月期まで、利益操作が1562億円あったとされてる。その結果として歴代社長の3人を始め、多くの役員が辞任するという前代未聞の内容である。
東芝のケースは、これまであまり例を見ないほどの事件である。当時、指示を受けた部下の対応もそれぞれであったろう。不服に思いつつも従わざるを得ずに相当なストレスを感じていた幹部も多かったことだろう。
強い圧力を不服と思い、上層部に進言した者も中にはいただろうが、いたとしたら更迭されていたことだろう。大方は、その圧力に屈して従い、本心にそむかざるを得ない立場をとることになったはずだ。
企業のコンプライアンスをリードする立場の経営トップが、コンプライアンスを破壊する立場に回ったことを鑑みれば、企業コンプライアンスはどこに存在するのだろうか。今回は、上層部からの圧力について、ホンダとサムスンに在籍していた時代を振り返って考えてみたい。
「技術論議に上下関係はない」を実践した本田宗一郎
東芝の件は事件とされる内容だが、事件とは言えないまでも、様々な圧力によって生じる問題や歪はいろいろな企業にある。
以前在籍していたホンダ。最近では、Fitハイブリッド車での5回にわたる前代未聞のリコールが記憶に新しい。開発機種のラッシュで販売時期の厳守を強いた圧力が原因ともされている。600万台体制を目指した経営側の強い締め付けが、大元になっていたと言えるかもしれない。
また、経営トップの話ではないから質は違うものの、研究開発の現場においても圧力はあって、それは社員に影響を与えた。プライドと面子を意識するあまり、部下や他人の意見を聞かない、部下の自由な動きを規制するなど、枚挙に暇がない。そんな上司がいれば、社員は萎縮する一方だ。
そんな状況でも強者はいる。例えば、創業者・本田宗一郎との考えがかみ合わず、数カ月にわたって出社拒否をした元社長(1983年~1990年)の久米是志。空冷エンジンを主張する本田宗一郎に対し、水冷エンジンを主張した真っ向対決だった。
本田宗一郎の意向に従順な姿勢を示した部下もいたであろう。創業者の意向に沿わないなら、「出て行け」と言われても不思議ではない時代だ。
そんな中、本田宗一郎が偉かった点は、反対意見にも耳を傾け熟考し、最後は「若い人に任せる」と部下を信じたところだ。やがて水冷エンジンは花を咲かせ、本田宗一郎も部下に任せた自身の最終判断が正しかったことを実感する。
本田宗一郎が残した「技術論議に上下関係はない」という言葉は、こういう彼の実体験に基づいたものである。しかし、そういう名言がホンダの開発現場の隅々まで浸透しているのだろうか。残念ながら答えは「ノー」と言わざるを得ない。
「バカヤロー」でやる気なくしたホンダ時代
筆者自身が経験した現実が物語る。20歳代後半の頃、自身のデータを示して研究所の材料技術責任者(直属の上司ではなかったが)に説明し、材料転換の必要性を提案した時のこと。「バカヤロー、俺の経験と勘の方が、おまえのデータより正しいんだ。俺の目の黒いうちには、そんな方向転換などさせないから」という一撃が。
折角、自分の手で取得したデータとそれに基づく論理での技術提案をへし折られた時のショックはいまだに鮮明だ。「他人のデータではなく自ら取得したデータだからこそ、信念を曲げてはいけない」と自らを信じた。
その後、2~3年はかかったが、その主張を貫き、賛同者を増やしていったことで目的は達せられ、結果として大幅な品質向上につなげることができた。本田宗一郎の「技術論議に上下関係はない」という格言が後ろ盾にあったからだ。上下関係は確かに存在するものの、「そんな立場関係に囚われず、技術で真っ向勝負しろ」と、彼は後世に伝えたかったのだろうと思った。
筆者がホンダからサムスンに移籍したきっかけも、このような上司の言動だった。1991年、筆者はホンダ内に車載用電池研究室を自ら責任者として創設した。1999年には、リチウムイオン電池(LIB)の必要性を提唱し、LIBプロジェクトも発足させた。
その時期を前後してのことだ。車載用主電源として、化学電池から物理電池へ強引に舵取りを図ろうとした筆者の上司の役員には、化学電池の戦略が気に入らなかった。「車載用主電源用途では物理電池に化学電池を超えられる論理はない」と提言した筆者に、「バカヤロー、それを超えるのが研究開発だ」。
1990年代後半から2000年代前半までの数年間は、士気が低下しやる気が薄れた。研究開発戦略での考えが真っ向から対立したからだ。その役員から代わった別の役員からも同じことを言われ、さらに意気消沈した。
他の同僚や部下、後輩のほとんどは、業務命令だからといってその流れに逆らわらなかった。エンジニアと言っても所詮は企業人。上層部に楯突くことはできないサラリーマンエンジニアの現実と現場を垣間見るに至った。
2006年、物理電池であるキャパシターの開発と事業化に失敗したホンダは、180度の方向転換をする。今やLIBの製造会社「ブルーエナジー」を傘下に置き、事業展開しているのが実情だ。
ホンダの名誉のためにも補足しておくが、もちろんこのような事例が多くあるということではない。こういう事例もあるということだ。事件性はないのだが、方向性を間違うと経営資源の無駄を誘引するという警鐘だ。だからこそ上層部の「傾聴」が必要なのである。
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