8月8・15日号の本誌特集「どうした50代! 君たちは、ゆでガエルだ」の取材では、多くの50代の社員や彼らの活性化に取り組む企業に話を聞いた。

 50代になると体力・気力は落ち始め、親の介護や老後資金の問題が持ち上がる。一方で年功序列を重んじる職場であっても年収も右肩上がりとはいかなくなる。こうした問題は彼らの責任ではない。大量入社の世代といえる彼らに十分なポストで報いるのは難しい。

 そこで十数年前から導入が増えたのが「役職定年」である。課長なら53歳、部長は55歳といった具合で、一定の年齢に達すると管理職を外される仕組みだ。金融機関などでは30年以上前から存在していたが、団塊世代が50代に差し掛かった2000年前後に導入が相次いだとみられる。

 取材した50代男性たちからはこの制度について実にたくさんの恨み節を耳にした。「モチベーションを根こそぎ持っていく仕組みだ。役職定年なんてなければ俺はもっと会社に貢献できた」「うちの会社では明文化されてないが、暗黙のルールになっている。単なる年齢差別だよ」などなど。

 だが、役員まで昇進し、対象にならなかった人たちを除いても、役職定年にショックを受けなかった人たちもいた。ここで彼らを3つに分類してみよう。30~40代の読者にとっては今後のライフプランの参考になれば幸いである。

平凡だったはずの自分に

 まず1つ目は「他社でも通用する武器を持っていた」である。武器は業務上培った技術や知識、人脈、資格などを指す。長年働いてきた現在の職場では課長止まりでも、実は労働市場における価値が高い人材である可能性はある。転職など検討もしなかった人は、自らの価値を客観視したことはないはずだ。

 最近大手メーカーを退職したAさん(55歳)もそんな1人だった。長年エンジニアとして研究開発や生産に携わり、自動車関連の特許を取得したこともあるという。それでもAさんは「割増退職金をもらえることになったので半年前に会社を辞めました。60歳の定年まで働いて受け取る退職金と同じ額でしたから」と話す。しがみつく必要がなかったのは、共働きで子供がいないという事情も大きかったそうだ。

 退職して驚いたのは「55歳でしかも平凡なサラリーマンだった自分にもずいぶん仕事のオファーがあった」ことだ。大企業出身者と中小企業のマッチングサイトに登録したところ、毎日のように案件を紹介されるようになった。現在はベンチャー4社と顧問契約を結び、週3~4日出勤している。収入は落ち込んだが、「必要とされていることがうれしい。趣味のサーフィンに思ったより時間が割けないのは残念ですが」とAさん。

 こうした50代人材の流動性は今後高まっていきそうだ。デロイト トーマツ コンサルティング執行役員の小野隆さんは「関連会社を含めた自社グループ内での適材適所には限界がある」と指摘する。小野さんは、取り引きや資本関係がない企業やNPOまでが参画し、シニア人材の流動化を図る「社内外循環型モデル」を提唱している。理論だけではなく、実際に複数の大企業、中小企業の人事担当者らとともに実現に向けた勉強会も立ち上げた。

 2つ目は「お金の不安が小さかった」である。大学の授業料・入学金は高止まりし、20歳前後の子供を抱えるだろう50代にとっても負担は大きい。年金受給の開始年齢は引き上げられ、退職金も長期的には下がってきた。だが、しっかりと資産形成に励んでいれば、役職定年による収入減を恐れることはない。

 教育関連企業に務めていたBさん(57歳)は、2年前に役職定年を迎えて部長職を解かれた。「自分でも意外なほどに意気消沈してしまい、かつての部下、後輩の下で働く気にもなれず」(Bさん)、結局会社を去った。無謀に見える決断は普段からの資産形成が後押ししてくれたものだ。

 10数年前から給与の一部で毎月、投資信託を購入。年に一度はファイナンシャルプランナー(FP)を訪れて、老後資金についても相談していた。役職定年のタイミングはアベノミクスによる株高の局面と重なり、金融資産は膨らんできた。現在は在宅で引き受けるIT関連業務の合間に、日本株のデイトレでコツコツ稼いでいるという。「経済的な余裕のおかげで辞めるという選択肢が生まれた。それでも今後、親を介護する可能性もある。逃げ切ったとは思っていない」とBさんは語る。

 話は脱線するが、役職定年とほぼ同時期にこの「親の介護」が発生しがちだ。働き続けるという選択肢を妨げることもある。SCSKでは介護休業の分割取得制度や「仕事と介護の両立」をテーマにした講座開講などを進めてきた。後者は「遠距離の介護」や「施設選びのコツ」などより実践的なものも増やしている。

SCSKの介護セミナーの様子
SCSKの介護セミナーの様子

 3つ目は「気持ちを切り替えられた」だ。大手ソフトハウス(ソフトウエアの受託開発企業)で顧客企業のシステム開発に携わってきたCさん(56歳)。55歳を迎えた時に人事部から「若手を起用していきたい。後進の育成に回ってほしい」と告げられた。それはSE(システムエンジニア)としての“現役引退”を意味するそうだ。不満を抱えたまま後輩の指導に当たったが、しばらくすると新しい喜びを覚えたという。

 Cさんは「自分のノウハウや経験を伝え、後輩や若手が成長していく様を見るのは意外に楽しい。『ありがとう』と言ってくれる相手がクライアントから自社の人間に変わっただけ。自分は誰かに感謝されながら働くのが好きだったんだ。役職定年でそんなことに気づけた」と話してくれた。

大塚商会は役職定年を廃止

 最初に書いたように3人の話は、それなりに幸福なレアケースである。関西の広告代理店で働くDさん(59歳)は「会社は今まで散々成果主義、実力主義と言ってきた。それなのに55歳になったら突然実力ではなく、年齢を持ち出すなんておかしい」と語る。実はこの意見が最も多かった。つまり「俺たちはもっと働ける」である。特定の年齢に達したら、ポストや責任を取り上げるのはおかしいではないかというわけだ。

 企業側もこの制度との向き合い方には頭を悩ませてきた。大塚商会は2006年に役職定年を導入したものの、3年後の2009年に制度を廃止している。「仮に役職定年で給与が下がってもそれに見合う何か(やりがいなど)を提示できれば良かったが、そこは難しかった」(人事総務部の小泉茂部長)。現在、同社では部長・次長職は1年の任期制になっている。「ポストが回ってこない」という若手の不満を解消し、公平な競争を持ち込むのが狙いだ。

 役職定年に関する詳細な統計・調査は存在しないようだ。今後、導入がさらに広がっていくのか、対象年齢が上がるのか、下がるのかは分からない。ただ、経験者たちは一様に自分たちが想像していた以上のショックを受けたり、これをきっかけに人生設計に変更を加えたりしている。定年まで勤め上げるかどうかはともかく、自社の制度について知っておくのは悪いことではない。

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