年功序列が崩壊する中、会社人生で転機を迎える時期はどんどん早まりつつある。

 「理不尽な左遷にも理由がある」「左遷もまた人生のスパイスである」――。

 話題の書『左遷論』の著者・楠木新さんと、『「穴あけ」勉強法』を刊行した当コラムの著者、河合薫さんが「左遷」をテーマに忌憚のない意見を交わす特別対談の前編。今回は、左遷のリアルなメカニズム、左遷のバリエーション、会社員が「左遷」という言葉を使う際の隠された心情などを話題に、話が進みます。
(編集部)

「左遷」は日本独特の言葉

河合:楠木さんが書かれた『左遷論』を読ませていただきまして、左遷という言葉は、組織の中にいる人から出てくる特有の言葉なんだなと感じました。

楠木:たしかにそうですね。左遷って、明確な定義があるわけじゃなくて主観的な言葉なんです。左遷であるか否かは、本人の受け止め方次第です。たとえば横滑りと思われる異動でも希望した部署でなければ左遷と表現されがちです。

楠木 新(くすのき あらた)氏 1954年神戸市生まれ。京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に、経営企画等を経験。勤務のかたわら、「働く意味」をテーマに執筆、講演などに取り組む。2011年まで関西大学商学部非常勤講師。『人事部は見ている。』『サラリーマンは、二度会社を辞める。』『働かないオジサンの給料はなぜ高いのか』『左遷論』など著書多数(写真:鈴木愛子、以下同)
楠木 新(くすのき あらた)氏 1954年神戸市生まれ。京都大学法学部卒業後、生命保険会社に入社。人事・労務関係を中心に、経営企画等を経験。勤務のかたわら、「働く意味」をテーマに執筆、講演などに取り組む。2011年まで関西大学商学部非常勤講師。『人事部は見ている。』『サラリーマンは、二度会社を辞める。』『働かないオジサンの給料はなぜ高いのか』『左遷論』など著書多数(写真:鈴木愛子、以下同)

河合:仕事なんて理不尽なことの連続ですよね。特に…

楠木:人事異動はその代表例でしょう。人事部にいた私が言うのだから間違いありません(笑)。まずは業務上の必要から空いているポストに人をあてはめるというのが基本なので、どうしても本人にとって意に沿わないことになりがちです。

 「左遷」は個人ベースでは非常によく使われる言葉なのですが、実はメディアで使われることは極めてまれなんです。日本経済新聞の2010年7月から2015年6月までの5年間の朝刊・夕刊を対象に「左遷」という言葉を検索してみたんですが、わずか38件しかなかった。客観的に左遷かどうかを判断しづらいのでメディアとしては使いにくい言葉なんだと思います。

河合:一つの人事が、ビジネスパーソンのキャリア人生を大きく変えることはよくわかります。フィールドインタビューでも、釈然としない人事への恨みつらみはよく聞きますし、異動させる側の上司も苦渋の選択を迫られ、悩むことも多い。ただ、人事異動って、単に所属や仕事が変わるだけではなく、内部の事情という係数が加わることで意味合いが大きく変わるんだなぁと…。楠木さんの著書を読んで改めて感じました。

 私の連載の編集担当さんも異動で替わったりしますが、本人からしたら、私の担当を外れるというだけの単純な話じゃないのかもしれませんね(笑)

 ただ、私は自分に経験がないので、「はずされた」とか、「とばされた」という感覚がいまひとつ理解できない。落ち込むだけトコトン落ち込んだら、あとはネガティブな感情をエネルギーに変えて、前に進むしかないじゃん、踏ん張ろうよ!って思うわけです。リストラされた人の方が、直後のショック度は大きいけど、開き直りも早いように感じます。

ジョブ型かメンバーシップ型かの違い

楠木:そうかもしれませんね。組織の外から見れば、「何でそんなに気にするんだろう?」って不思議でしょう。私もサラリーマンとフリーランスの二足のわらじをはき始めてから、社内の役職や役割にこだわりすぎていた自分に気が付きました。

 話はちょっと変わりますが、希望していない部署や子会社への出向など意に沿わない異動をひっくるめて左遷という言葉を使うのは、おそらく日本だけじゃないでしょうか。

河合:その背景には、雇用形態がジョブ型かメンバーシップ型かの違いがありそうですね。

楠木:不本意な人事異動を受け入れざるを得ないから左遷という言葉を使うわけです。その前提には会社という同質的なメンバーの共同体が存在している。一方、欧米の企業の場合、給与などの労働条件と仕事の内容がセットで個々社員と契約しているので、本人の同意を得ない辞令は出しにくい。労働条件が変わってしまうからです。

河合:リーダーが部下を連れて出て行くなんてことも、外資系では珍しくないですよね。左遷って、日本のサラリーマンのジレンマを、ものすごく的確に表現している言葉なのかもしれませんね。

楠木:全くその通りです。日本で転職市場が未成熟なのは、雇用形態の違いが大きいと思います。

「左遷」…その言葉に透ける強者の論理

楠木:左遷ってその時は特別な出来事に思われますが、ちょっと長い目で見れば、誰もが経験することなんですよ。不本意な人事を左遷と表現するなら、左遷を経験しない人なんてほとんどいませんから。

河合:「平均以上効果」もありますしね。はたから見れば左遷ではないのに、本人がそう思ってしまうような。

楠木:そうです、そうです。私は現役時代、支社で次長になった際に、河合さんのおっしゃる「平均以上効果」に直面しました。大幅な異動を実施した際に、対象者の7~8割が不満を抱いている。どうしてそうなるのか不思議に思って1人ずつと面談したんですね。

 すると、みんな周囲の人間の異動については問題なしと考えていて、自分の異動だけがおかしいと思っている。ここは自分にふさわしい部署や役職でないはずだと。その時に分かったのは、みんな自分のことは3割増しで評価しているということです。

河合:思うんですが、左遷されたという心情の中には、「強者の論理」が色濃く漂っていますよね。

楠木:全くその通りです。「左遷させられた」と言うときには、自分を被害者の立場に置いています。でも、その異動先の職場や出向先の会社では一生懸命働いている人たちがいるわけです。

河合:そうそう。「飛ばされた」といったような言葉は、異動先で今働いている人たちにとって、本当に失礼ですよね。

楠木:異動後の働き方や人生を考えるうえでは、この自分の中にある強者の論理をどのように消化していくかが一つのポイントになります。

河合:その強者の論理を私から指摘されると、世のおじさんたちはたぶんすごく怒るんですけど(笑)

楠木:それは痛いところを突かれたと思うからでしょう(笑)

「左遷」と言う言葉は甘えの発露

楠木:「左遷」と感じるということは、会社に対する期待の裏返しなんです。自分を正しく評価してくれるだろう。会社はずっと自分の味方でいてくれるだろうと。でも、それは間違いなく幻想なんですよ。

 先ほども言いましたが、会社という共同体にいると守ってくれるだろうという錯覚に陥いることがあるのです。もちろんそういう幻想や錯覚にも意味はあります。ただ終身雇用や年功序列が守られていた時代は良かったのですが、今はそれも相当崩れています。

河合:たしかに最近は、会社組織もスリム化して、上のポジション自体が減っていますよね。キャリアパスも描きにくい。

 そうなると、以前に比べたら、左遷に直面する年齢も若くなっているんじゃないですか? 私がフィールドインタビューしていても、もう30代くらいから、「このままでいいのかな」と考えている人が少なくないって感じます。

楠木:その通りだと思います。バブル期後に入社した世代は、それまでの世代と会社との距離感や考え方が異なっているというのはよく感じました。ただ、左遷って、その後の働き方を考えるきっかけになる側面もあるので、決して悪いだけのものではないんですけど。

河合:同感です。ちなみに、一度左遷に遭ったとして、その後、復活の目はないんですか?「立ち止まって、自分を見つめ直して、もう一度頑張ってみたら」って世のオジさんたちに言いたくなったりするんですが…。

楠木:年齢によって異なってきます。40歳ぐらいになったら社内的な評価もだいたい固まっていてポストも少なくなっています。そこから大逆転とかは現実的には難しいですね。例外的なパターンとして、3つほど考えられます。

河合:どのようなケースですか?

楠木:元上司や同期が出世して引き上げてもらうとか、病気や不祥事でポストに空席が生じるとか。あとは社会的な要請があるとか。最近の女性登用の流れもその一つでしょう。

 ただいずれも他人頼みなのです。出世だけが企業における生き方ではありません。どんでん返しを狙うよりは、会社との距離感を測りながら働き方の見直しを考えた方が現実的だと思います。

河合:女性登用の流れというのは、いわゆる「女性枠」と呼ばれるような特別枠ができないとって、ことですね。なんか…う~ん……。

 ただ、左遷を嘆く声には、一部、ちょっと甘えも感じたりします。役職定年になっても会社で働き続けたい。で、会社としては、それなら、今とは違う仕事かもしれないが一生懸命やってほしいと。それを左遷といわれては、経営側からすれば立つ瀬がない。キツイ見方ですか?

楠木:「左遷」を口にする場合、たしかに社員の心のどこかに甘えがあります。左遷を、「自分は劣っていないのに」という言い訳に使っている人もいます。自分のプライドもあるし、そうしないと心情的に落ち着かないわけですね。

日本人はなぜ「同期」をここまで気にかけるのか?

楠木:左遷に関連することで言えば、日本人がものすごく意識しているのが「同期」です。同期より自分の役職が上か下かとか、給料の差とか…。1年上の先輩と給料が1万円違っていても気にしないのですが、同期より100円少ないとものすごく落ち込んだりする(笑)

河合:気持ちはものすごくわかります。でも、冷静に考えると、そこと比較してどうする? というか…。もっと自分が築いてきたキャリアに、自信を持って欲しい。

楠木:横並びの意識が強い日本では、同期が評価の指標、つまり左遷の判断基準になることも少なくありません。「同期のトップから2年遅れた」とか、調子の良いときは「同期でトップグループを走っていた」といった発言になります。

河合:健康社会学では、同期を、ストレスに対峙する際の「傘」の一つとしてとらえています。生きていれば、必ずストレスがあります。私はストレスを雨に例えて、ストレスに対峙してくれるものを「傘」と呼んでいるのですが、同期は、とても大事な傘なんです。

楠木:ご指摘の通り、同期はライバルというだけではありません。とても大事なつながりです。相手先の部署に同期がいれば、社内調整をスムーズに進めることができます。

河合:私は4年間、全日空のキャビンアテンダントをやっていましたけれども、同期には愚痴のこぼし相手になってもらったり…。嫌なことがあっても、同期もだいたい同じような嫌な思いをしていたりするのでお互いに共感もありますし、本当にありがたい存在でした。話すと元気が出ますし。

楠木:ただ、左遷に直面した時の相談相手としては、同期はあまり適さないかもしれません。立場や考え方が近い人なので、新たな働き方を検討する際には参考にならないからです。

*6月17日公開予定の「「飛ばされた…」 それでも強い人の共通項」に続く

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