京都議定書で日本に課された「-6%」の削減目標を実現するために、日本の森林が果たす役割は大きい。だが、日本各地で山林の荒廃が問題になっている。間伐コストが持ち出しになる、山林所有者が自分の山林の状況を知らない――といったことが要因だ。適切な山林管理をしなければ、目標達成はままならない。
この課題を解決するカギは山林管理の集約化による生産性の向上である。そのためには、各地の山林を管理している森林組合を活用することが欠かせない。森林組合が小規模な所有者をとりまとめ、山林整備を代行していくのだ。そして、もう1つが企業による山林の所有だろう。林業経営を主体にしている林業家に委ねることで、山林整備の集約化を図る。
森林組合による管理代行、大規模林業家による山林マネジメント。どちらも山林を管理する事業者の集約化、大規模化につながる動き。事業者が集約化すれば、生産性が向上し、サステイナブル(持続可能)な林業経営が可能になるだろう。
小規模所有者に対する山林整備のコンサルティングを始めた日吉町森林組合と、トヨタ自動車が購入した「トヨタの森」の管理を進める速水林業の取り組みを見ていく。
京都から福知山に抜けるJR山陰本線。快速列車で1時間ほど揺られると、日吉という駅に着く。目の前を走る府道の両側は緑深い山々。斜面にへばりつくように家々が並ぶ。山あいの静かな田舎駅である。この駅の目と鼻の先にある日吉町森林組合(京都府南丹市日吉町)には、日本中から視察が絶えない。
山奥の森林組合に、なぜ視察が相次ぐのか。それは、小規模な山林所有者のとりまとめに成功しているためだ。
山奥の森林組合が注目を集める理由
日吉町森林組合の湯浅勲理事。職員に生産性を意識させるため、エリアごとの作業の進捗を色で分けている
適切な管理がなされず、荒廃している山林が国内では増えている。木材価格の下落のため、間伐コストが合わない。都市に居住しており、自分が所有する山の状況を知らない――。山が荒れるのは、こうした要因があると言われている。
日吉町も1990年代後半、山林の荒廃に直面した。
この町の面積の87%を山林が占める。だが、山林所有者の多くは規模が大きいわけではない。しかも、25%は町外居住者である。間伐されず、放置される山林。そんな現状に危機感を持った組合は、所有者に対して、山林整備のコンサルティングを始めた。
その際に、所有者に提示しているのが「森林施業プラン」である。山林面積や現地の写真、林齢、樹木の本数、種類、間伐すべき本数などの基本情報に加えて、除伐や間伐、木材の搬出にかかるコスト、作業道の開設費、木材売り上げ、補助金など収入とコストが1つの紙にまとめられている。
ある所有者の森林施業プランを見てみよう。
除伐や間伐コスト、木材の搬出費、作業道の開設費など想定総事業費の合計は168万4000円。それに対して、間伐や作業道に対する補助金や木材売り上げの合計は168万7000円と見積もられている。しめて3000円のリターン。今、間伐をすると、手元にいくら残るのか。それを、所有者に提示するわけだ。
広大な日吉町の山林を谷筋や尾根筋ごとに分け(これを組合では「団地」と名づけている)、個々の所有者と森林の管理業務委託の契約を交わしていく。間伐や枝打ちなどの作業は組合の作業班が担う。実際のコストや販売額を記した完了報告書を作業終了後に送って終了。数多くの森林所有者をまとめ、作業を一括して手がけることで作業の生産性を高める。それが特徴だ。
「木材の販売額と補助金の範囲で賄えるように、作業の見積もりを出しています」。日吉町森林組合の湯浅勲理事は言う。ほかの森林組合も山林の間伐を手がけているが、多くは所有者に請求書を回すだけ。作業コストを木材の販売収入や補助金で賄いきれていない。こうした事情も、間伐が進まなかった原因の1つだろう。
縦横無尽に走り回る大型重機
日吉町の山林では約50メートルおきに作業道が走っている。この作業道が生産性向上の要因という
人によって100万円や3000円など返却金は様々だが、日吉町森林組合ではプラスの場合がほとんど。ちなみに、最初は作業道を通すため費用は高くなるが、2回目の間伐からは手取りが増えることが多い、という。だから、所有者の同意を得られやすい。
もちろん、コストを下げるために様々な工夫をしている。1つが作業道の整備である。組合が契約を交わした山林にはだいたい50メートルおきに作業道が走っている。人口林内の路網密度は1ヘクタール当たり200メートル。ここまで作業道を通している山林はほとんどない。 作業道を網の目のように通しているのは大型重機を活用するためだ。
木をつまんだハーベスタが4メートルの長さにカットしている
日吉町の現場では、ブルドーザーのようなハーベスタで木を切り、その場で4メートルの長さに自動裁断し、フォワーダ(キャタピラの大型トラック)で麓まで運んでいる。ハーベスタとは、大きなユンボのようなもの。先についたハサミにチェーンソーがついており、つまみながら自動的にカットすることができる。森林整備には補助金が出るとはいえ、山林所有者にカネを返しているのはこうした生産性向上の結果である。
さらに、流通コストの低減も効いている。
そして、材木を満載したフォワーダが麓に下りていった
多くの場合、切り出した木材は原木市場に運ばれ、競りにかけられる。その後、原木市場や仲買が購入し、製材工場などに売却していく。その際には、当たり前だが、原木市場の手数料や運送料などのコストがかかる。
それに対して、日吉町森林組合では、切り出した材木は製材工場やチップ工場に直接、搬送している。「直接、お客さんに売ることで最終的な手取りは倍も違いますよ」と湯浅氏。中間流通には、雑巾を絞る余地があるということだ。
「ムダを省けば今の価格でも林業は成立」
この日吉町森林組合。1997年まで日吉ダムの周辺工事が主な収入だった。周辺道路や水没エリアの伐採、つまり公共事業である。その後、ダム工事の終了とともに仕事がなくなったため、山林の間伐を進めることに。ところが、間伐の了承を取ろうと所有者を訪問したが、申し込みがほとんどなかった。
そこで、組合は山林の写真を撮り、間伐の費用や補助金の金額、最終的な負担などの見積もりを提示して所有者に説明していった。すると、多くの所有者は間伐を申し込むようになった。所有者が自分の山の状況を知らなかったのだ。
そして、組合は「日吉の森復活作戦」と銘打って、間伐を進めた。1997年からの5年間で日吉町内の間伐はほぼ一巡。この過程で、作業道を作り、機械で間伐すれば、所有者の持ち出しがなくなることに気づいた湯浅氏は、2002年以降、作業道の開設や切り出した木材の搬出なども手がけるようになった。
見積もりを提示して所有者をとりまとめ、効率的な作業で山林を整備していく――。この日吉町森林組合の手法を他の森林組合に広めることを目的に、林野庁はモデル組合に指定した。研修を通してほかの森林組合に広めるためだ。現実に、研修に訪れる組合関係者は年1000人以上。今年は150の組合が研修に訪れる。彼らに森林施業プランや作業道の作り方、所有者への説明の仕方などを指導するわけだ。
京都議定書で定めた「-6%」を守るために日本の森林が果たす役割は大きい。だが、日本の人工林は手入れをしないため荒れ始めている。樹木は成長する時に二酸化炭素を吸収する。間伐をしなければ、適正な効果が得られない。それに、太陽光が当たらなければ、下草が生えず、大雨で土壌が流出してしまう。
山積みの木材。この後、製材工場やチップ工場に搬送される
多くの組合は公共事業に依存しており、経営意識が高いとは言えない。組合そのものをさらに集約していく必要もあるだろう。ただ、日本の森林面積の約60%は私有林が占めている。その多くは林業家ではない普通の山林所有者だ。彼らの森林を適切に管理していくには、全国に726ある森林組合を変革し、活用していくことが現実的なのだろう。
「作業道を作り、機械を導入すれば、木材の生産コストは間違いなく下がる。さらに流通などのムダも省いていけば、今の価格でも林業は成立しますよ」と湯浅氏は言う。所有者の集約による規模拡大、重機による効率的な伐採、中間流通の見直し――。やるべきことをすれば、林業には可能性がある。
こうした組合活用のほかに、企業による山林の所有も有効な手だてである。
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