労働法制改革の議論が熱気を帯びてきた。労働組合の弱体化が労使のパワーバランスを崩壊させたとの指摘がある中、日本労働組合総連合会(連合)の高木剛会長は「労組は物分かりが良すぎた」と総括し、物言う組合への回帰を誓う。コスト削減一辺倒の近視眼的な議論が日本の将来を危うくすると警鐘を鳴らす。(聞き手は、日経ビジネス編集委員=水野 博泰)

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日本労働組合総連合会 会長 高木 剛 氏
日本労働組合総連合会 会長 高木 剛 氏

NBO 労働法制の改革議論が進められていますが、労働者の立場、連合の立場から、どのように向き合っているのですか。

高木 労働を巡るいろいろな法制やルールは、時代とともに産業や企業のあり方、働き方が変わるところがあって、必然性があるならば柔軟に見直したらいい。ただし、労働というのは生身の人間がかかわる営みだということを忘れてはならない。人間は血が流れている生き物であり、長時間労働をすれば疲労するんですよ。古い、新しいにかかわりなく、労働のルールとして絶対に押さえておかないといかんポイントがいくつかある。

労働の尊厳を侵す議論にはくみしない

 今あるルールの中で、我々から見てもおかしいと考えているものはありますよ。我々は「ワークルール」と言っているんだけど、ワークルールについて、もっと合理的、公正、リーズナブルなものにしていきたい。そういう当然の志向性を持って一連の労働法制の議論に参加しています。

 経営者の側は、経営側にとってできるだけ使い勝手がよく、企業の経営状況が悪くなったら切り捨てやすい、そういうルールを欲しがるわけだよ。それは経営者の「性(さが)」だ。

 しかし、労働者側からすれば経営者側の都合だけで決められては困る。生身の人間がかかわる問題であり、労働の尊厳がおかしくなるような議論には、そう簡単におつき合いできませんよ。

NBO 守る部分と、ここは変えていこうじゃないかという部分の両面が連合の立場としてもあると思うんですが。

高木 例えば、「ホワイトカラー・エグゼンプション(自律的労働時間制度)」のように労働者の一部を仕分けして労働時間管理をやらないという制度。米国で生まれたものだけれども、連合からも米国に調査団を出していろいろと調べましたよ。調査団の全員が「あれは日本に向いたルールじゃありません」と口を揃えていました。そもそも日米では労働契約の観念が違う。米国の場合、仕事の進め方が個人中心ですが、日本の場合はやっぱりチームで仕事をすることが多い。

 日本経団連(日本経済団体連合会)は、時間管理に縛られずに自由に働いている労働者が増えていると言うけど、今の中間管理職あたりで自由裁量で働けている人がどれほどいるのか。そもそも管理職は“自律的”なのか。自律的に自由に自分の仕事をしていけばいい人なんて、果たしてどのぐらいいるのか。そういうルールができた時に、チームで仕事をする日本の働き方と適応できるのか。

 日本の良い部分を壊してしまう面もあるかもしれない。だから、調査団の連中全員が、仕事の組み立て方、職務編成のやり方などを含めて「日本には馴染まない」と結論を出したんですよ。2年ぐらい前のことです。

アメリカンスタンダードは世界標準にあらず

 そもそも、世界的な労働ルールとして、所定労働時間というのがあってそれを超える部分については割増率を払って労働の対価とする。これが世界の標準なんですよ。深夜に働けば割り増しは高い。休日に働けば割増率を上げますというのがね。働く時間を自己管理させてやっているんだから、いつ、何時間働こうとそれは個人の勝手だなんていう言い分はおかしい。決められた時間以上働いたら、それに見合う報酬で担保されてるのは当たり前です。ホワイトカラー・エグゼンプションとは、その当たり前のことをやめろという話。アメリカンスタンダードではあるけれども、グローバルスタンダードではない。

 裁量労働制についてはいろいろな形が認められていますが、中には使いにくいと言っている経営者がいるようです。だけど、使いにくいからルールを変えろと言う前に、今あるルールをもっとうまく使えるように知恵を絞るのが先というものですよ。経済同友会の人たちにはそういう感覚があって、経団連とは違う。日本経団連はとにかくローコスト思考なんです。

(編集部注:日経ビジネスオンラインは本件に関して、まずは労使双方の主張を広く読者に伝えることを旨としている。経済同友会はインタビューに応じたが、日本経団連は「ネットメディアへの対応方針が決まっていない」という理由でインタビューに応じていない)

NBO 労働法制の問題は、単に労使間の問題ではなく社会全体に与える影響が大きい。日本の将来を左右することにもなります。

高木 その通りです。既に、パート、派遣、請負といった“細切れ”の雇用契約によっていろいろな社会問題が生じているわけです。

 例えば派遣労働者の人たち。もう10年やってますなんていう人もいて、やっぱり所得は低いわね。雇用形態を多様化すると言えば美しいが、現実としてはいわゆる低所得層を固定化することにつながっている。3年ぐらい1つの会社で働いたら正社員として採用することを検討しましょうというルールがあるのだけれども、必ずしもうまく運用されていない。それどころか、そういうルールさえも廃止せよという声が経団連から出てきている。「私の一生は派遣労働者としての一生だった」ということを、社会のルールと是認するのか。

近視眼的な方策が、長期的に国力を衰退させる

NBO 経営側は強気ですね。労働組合がしっかりしないからだという声もあります。

高木 いや…、そう言われてもしょうがないところはある。労働組合が弱いから、経営側になめられているんだ、最近は。

 話を戻すと、就職氷河期を経験した人たちの中には、一度もフルタイマーとして、正社員として雇用された経験のない人がいっぱいいるんだよ。「俺もできるだけ早く、正社員として雇用されたい」と思っている人が圧倒的に多い。彼らの大半は好きで派遣労働をやっているんだということを言う人がいるが、一人ひとりにどんな思いで派遣労働をやっているのか直接聞いてから言ってほしい。

 請負労働のような非典型労働者と呼ばれる人たち総じて低所得ですよ。低所得だから、とてもじゃないが結婚できない。結婚できないから子供もできない。つまり、低所得層の固定化が少子化を助長させている面もある。派遣労働をやっている連中なんかと雑談する時に、ところで君たち、嫁さんはどうするんだって聞くと、会長さん、あんた何を寝ぼけたことを言っているんだよ、俺たちにどうやって結婚しろって言うんだと。安アパートを借りて、新聞を取ることさえままならないのにと言うんですよ。

NBO 企業の国際競争力の向上のために打った短期的な方策が、長期的には国力さえも削ぐことになってしまうと?

高木 そうです。経営コスト論は分からないでもないけれども、今さえしのぐことができれば、自分の企業さえ良ければという志向を強めていくことが、日本の社会全体にどんな影響を与えているのかを、経営者はよく考えるべきです。生活保護世帯が増える、子供がいたとしても小中学校の給食費が払えない、そもそも結婚できない、自分の老後はどうなるのか見通しさえ立たない、そういう不安でいっぱいの労働者をひたすら増やし続けている。犯罪だって増えるに決まっている。

子供の心に拡大する「希望格差」

 既に、非典型雇用は全体の3分の1を超えたんですよ。1600万人を超えて、1700万人近くなっている。格差、格差と言いますが、所得格差というのは「働き方の格差」から生じている。そういう家庭に生まれた子供たちからは、将来の希望を奪い、格差を生じさせているのです。

NBO 「希望格差」とでも言うべきものが広がっているわけですね。

高木 “いい大学”の学生の家庭は、豊かなところが多い。塾に行ける子供と行けない子供の格差が、そんなところに如実に表れている。

 日本経団連なり、安倍晋三政権になってからの経済財政諮問会議で「労働ビッグバン」の議論をするというわけだ。先日、安倍総理にお会いした時に“釘”を刺しておいた。「労働ビッグバンとやらを議論するということだが、労働の世界に携わっている我々は参加を保証されていない。参加を保証されてないところで労働に関する議論をいろいろされて、そこで出てきた結論を閣議決定したから、お前たち、うんと言えと言われたって、そういうわけにはいきませんよ」とね。

NBO それに対して、安倍総理は何と?

高木 そういう紋切りの感じになっているかもしれませんが、そこで決めたことをそのまま、ということはしませんと。労働政策審議会なり調査会なり、そういうところでエンドースしてもらうことは必要ですねと言っていたよ。

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