日本でも、出産後に育児休業を取り、時短などで仕事と育児を両立させる女性が増えてきた。ただ読者もご承知の通り、同じように働いていても、育児や家事の負担は女性により重くのしかかっているのが現実だ。

 さて、ここで少し読者に考えていただきたい。そういう人生を選択した女性たちは、本当に「幸せ」なのだろうか?

 仕事をするか育児をするかは、言うまでもなく個人の選択である。しかし、両立が難しくなっている現代においては、仕事を優先するばかりに出産・育児を見送る傾向が強まっており、ひいてはこれが少子化の原因になっている。

 つまりミクロの選択がマクロの問題を引き起こすので、仕事と子育ての調和が国の優先課題になってきた。内閣府の憲章では「(1)誰もがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たす一方で、(2)子育て・介護の時間や、家庭、地域、自己啓発等にかかる個人の時間を持てる、(3)健康で豊かな生活ができる社会」であることを提唱している。

 しかし、ワークライフバランスの議論で欠けている論点が一つあるように思われる。それは幸福度に関する考察である。

 いかにして仕事と子育てを両立させるかの議論は先行しているが、そもそも両立することが国民の幸せに結びついているかはよく理解されていない。上記憲章を単純に(1)仕事、(2)家庭、(3)幸せと区別してみよう。(1)と(2)が両立できれば自動的に(3)が実現するわけでは決してない。3つの条件を全て満たしてこそ初めてワークライフバランスが成功したと言えるわけだ。もっともこれは日本に限った欠点ではなく、欧米でも同じである。

 ここでは最近社会科学の分野で進んでいる幸福度の研究をいくつか紹介しつつ、ワークライフバランスと幸福度の接点について考えてみたい。

潜在的には妻に仕事をしてほしくないと思っている

 背景として、ノーベル賞経済学者、米シカゴ大学のゲイリー・ベッカー教授による家庭内分業理論から始めよう。まず夫婦の役割を仕事か家庭の2つに分ける。そして、片方が仕事に専念、もう片方が家庭に専念することがその家計の生産性を最も効率良くすると見なす。言うまでもなく戦後のサラリーマン世帯にはこの「完全分業モデル」が当てはまる。

 即ち、夫が仕事に専念し、妻が専業主婦に徹する世帯が定着し、この体制が長い間維持されてきた。完全分業の元では夫婦お互いの役割が明確で、とりわけ誤解の余地もなかった。だがその後女性の労働参画が進み、この完全分業体制が徐々に崩れ始めた。本来仕事だけしていれば家で感謝されていた男性は、仕事以外の領域でも貢献することが求められるようになった。

 夫婦間の役割分担が変化すれば、意識の違いなどから亀裂も生じる。これが夫婦不和の原因になることは、読者が身近で聞くこともあるかもしれない。この論点を研究した『家庭内分業と結婚の幸福度:日米比較』(小野・リー著,大竹文雄・白石小百合・筒井善郎編著)では、まさにこの「分業体制の歪み」が結婚の不幸の要因になっていることが、日米両国で確認された。

 例えば意外なことに、米国人男性の場合、妻が仕事をしていることが結婚を不幸にする原因であることが分かった。共働き世帯が標準になる今日において、潜在的には妻には仕事をしてほしくない米国人男性の本音の姿が暴かれたことになる。

福祉支出が少ない国では子供が女性を不幸に

 第二に、最近の国際比較調査によると、万国共通で子供が不幸の要因になっていることが分かった。興味のある読者は、米ダートマス大学教授、デービッド・ブランチフラワーが2009年に著した、幸福度の国際比較に関する論文を参照していただきたい。なお他の研究では子供が幸福度にもたらす負の効果は男性よりも女性に大きく現れ、女性が仕事しているか否かには特に影響されないことも確認されている。

 子供が産まれるとその負担の大部分は女性が担うことになるのは通説だが、その負担がそのまま女性を不幸にしているというわけだ。従来、仕事→結婚→出産→家族という定番のライフサイクルが幸せに結びついていると当たり前のように思われていた。調査結果は、旧来の幸せの条件が現代社会の枠組みに当てはまらなくなっていることを意味している。

 第三に、幸福度は国の福祉支出に影響される。2009年に発表されたOECDの報告書によると、GDP(国内総生産)に占める福祉支出が最も高いデンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの北欧諸国が幸福度ランキングの上位を占めた。生活の質の高さを示す人間開発指数(HDI)でも常に上位にランクインする福祉国家がそのまま名を連ねたわけだ。

 さらにその内訳を見ると、(福祉支出が低い国々に比べて)子持ち女性の幸福度が高くなっている。福祉国家では出産休暇、育児休暇、育児所の手配等を通して国が手厚く家族作りを支援している。このような徹底した家族政策のベネフィットがそのまま母親の幸福に結びついていることが確認された。

余暇時間が増えて出生率が増えたフランス

 第四に、子供を産むインセンティブは余暇時間に影響される。経済学では余暇時間は労働時間の逆であり、単純に後者を減らせば前者は増えるからだ。

 極端な例を紹介しよう。フランスでは2002年に週35時間労働制を導入した。意図は大きく2つあった。まず労働時間が短縮されれば、その失われた労働供給の穴埋めとして雇用が創出されることである。同時に、余暇時間を増やすことで国民の生活水準(Quality of life)を向上させることであった。

 結果的に雇用の創出効果があったかどうかは議論の分かれるところである。しかし、余暇時間を増やしたことによりフランスの出生率が着実に回復したことは注目に値する。近年のフランスの出生率は1.9~2.0を記録し、EUでは、アイルランドに次いで第2位の出生率を誇っている。

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