シリア攻撃を事実上諦めたオバマ米大統領は、米国民に対して弱気な素振りを見せるわけにはいかない。

このため財政を巡る議論では、デフォルト(債務不履行)直前まで強気の姿勢を崩さないだろう。

これは米国社会の一層の分裂につながる。オバマ政権の弱体化は日本にどのような影響をもたらすのか?

米国政治に詳しい川上高司拓殖大学教授に聞いた。(聞き手=森 永輔)

シリアへの攻撃について、バラク・オバマ米大統領が迷走しました。この背景をどのように分析していますか?
 そもそも、イラクやアフガニスタンからの米軍撤退を進めてきたオバマ大統領がなぜシリア攻撃に腰を上げたのか? そこからお伺いします。

川上 高司(かわかみ・たかし)氏
拓殖大学教授
1955年熊本県生まれ。拓殖大学教授。
大阪大学博士(国際公共政策)。フレッチャースクール外交政策研究所研究員、世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。(写真:大槻純一)

川上:オバマ大統領は基本的にはやりたくなかったのだと思います。しかし、腰を上げざるを得なかった。理由は大きく2つあると考えています。

 第1の理由はオバマ氏が大統領であるとないとにかかわらず、米国が「アメリカだから」。良くも悪くも、米国はノーム(規範)を重視する国です。「化学兵器の使用」という人道に反する行為をしたシリア政府には懲罰を与えなければならない――と考えた。

 オバマ大統領の念頭にはイランがあったでしょう。ここで、シリアに寛容な態度を示せば、イランが核開発を進めた時に厳しい態度を取ることはできません。この意味でも、ノームを守る姿勢を示す必要があった。

 もう1つの理由はユダヤ・ロビーです。彼らが活発に動き、オバマ大統領を突き動かした。正確に言うと、オバマ大統領の決断に直接の影響を与えたのは、ジョン・ケリー国務長官でしょう。

ケリー長官はそもそもリベラル派で、対外干渉には消極的だったのでは。

川上:それほど、ユダヤ・ロビーが強力だったということでしょう。

 ケリー長官の父方の先祖はユダヤ人です。ユダヤ・ロビーはその執念とカネで同長官を説得した。ケリー長官は8月26日に「シリア政府に責任を取らせろ」と発言。ここから風向きが変わりました。

 オバマ大統領はケリー長官の言うことに真っ向から反対することはできない力関係にあります。そもそも、同長官が2004年の米大統領選挙に民主党候補として立候補した時に応援演説をしたことからオバマ氏の存在が世の中で知られるようになりました。2012年の大統領選挙では、共和党のロムニー候補との討論に臨むオバマ大統領のために、ケリー長官が練習相手を務めました。

 第2次オバマ政権で国家安全保障担当の大統領補佐官を務めるスーザン・ライス氏もオバマ大統領を説得するのに一役買ったことでしょう。彼女は「人道を重視する」リベラル派なのですが、「人道に反する行為をする国に対しては軍事介入を辞さない」というホーク(タカ派)の考えを持っています。

ユダヤ・ロビーが活発に動いた狙いは何だったのでしょう?

川上:イランを引っ張り出すことにあったのだと思います。米国とともにイスラエルがシリアを攻撃し、イランがこれに報復するようなことがあれば、イスラエルはイランの核施設を軍事攻撃する大義名分を得ることができます。イランは、シリアと友好関係にありますし、ヒズボラを支援しています。

しかし、イラクやアフガニスタンでの経験が脳裏から離れない米世論は、オバマ大統領の決断に反対しました。

川上:ある調査によると米国民の60%がシリア攻撃に反対しました。ローマ法王も「軍事的解決の追求をやめ(中略)平和的解決を目指すように」と促しました。その影響力は大きなものがあります。国連の潘基文事務総長も反対の姿勢を示しました。

 そこでオバマ大統領は、攻撃しないことの大義名分を得るべく、攻撃の是非を議会に諮ったのでしょう。

アジアでは前方展開兵力を縮小

オバマ大統領がシリア攻撃を事実上諦めたことで米国内の政局と国際政治は今後どのように展開するでしょう。

(写真:大槻純一)

川上:オバマ政権は国内において、レームダックにならざるを得ません。そして米国内の分裂はその度を深める。その煽りで対アジア外交は現状維持、すなわち前方展開兵力の削減が続くでしょう。

 まず米国の内政について。今、財政とオバマケアを巡って民主党と共和党が対立しています。この緊張は今後も続くでしょう。オバマ大統領は、債務不履行(デフォルト)の直前まで妥協することはできません。シリア攻撃の件で、迷走しました。このため、国民の前でこれ以上「弱気」「妥協」といった姿勢を見せるわけにはいきません。

 政権内に目を移すと、リベラルホークが影響力を失いました。前出のスーザン・ライス氏や、国連大使のサマンサ・パワー氏などです。オバマ大統領がシリア攻撃を事実上、断念したことで、彼女たちの意見が容れられないことが明らかになりました。

 介入派が力を失うと、非介入派=孤立主義派が力を得ることになるでしょう。

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