安倍晋三政権は経済政策アベノミクスの3本目の矢、成長戦略の柱の1つとして、農業の再生を検討課題に挙げている。農業生産者の活性化や、企業が農業に参入しやすくするための規制緩和などを期待する声が少なくないが、実際に政策としてどこまで踏み込めるかは未知数だ。

 そんな議論が持ち上がる前の2010年、金融機関・証券会社という異色の業態としての農業参入で話題になったのが、野村ホールディングスだ。

 その担い手として設立された野村アグリプランニング&アドバイザリーは、実際に農産物の生産を手掛け、その経験を生かしながら、農業に参入したい企業だけでなく、農業生産者、新たにアグリビジネスの展開を模索する自治体などへのコンサルティングで実績を積み上げている。

 農業生産者と企業、自治体、地域金融機関などが連携し、お互いに実を取ることができるアグリビジネスの実現に向けた課題や求められる政策などについて、エコノミスト出身の西澤隆社長に聞いた。

(聞き手は松村伸二)

2010年に野村グループが金融機関、とりわけ証券会社として農業分野に参入した狙いは?

西澤:野村はグローバル展開をしている一方、日本国内にも170カ所以上の拠点がある。各地域で資金需要が出てこないと、金融業そのものが成り立たない。地域でお金が回るような新しいシステム作りは欠かせない。

 とは言え、これまでの企業・工場誘致を中心とする地域の活性化策がうまくいっていたかというと、そうとも限らなかったのが実情だ。ある地域で積極的に企業を誘致しても、その会社の工場がそこに100年居続けるとは言い切れない。

 そういう中で、「地域に根ざした産業」「逃げない産業」とは何かを改めて考えると、農林水産業を軸とした「アグリビジネス」にたどり着いた。野村も金融業としてタッチしてこなかった分野だったこともあり、将来の可能性が大きいと判断した。

地方を活性化させる「逃げない産業」、それが農業

エコノミスト出身の西澤社長が農業参入に携わった経緯は?

西澤隆(にしざわ・たかし)
野村アグリプランニング&アドバイザリー社長
1964年生まれ、49歳。89年、早稲田大学大学院で経済学修士、野村総合研究所入社。以来、日本経済担当のエコノミストとして活躍。2004年野村證券金融経済研究所経済解析課長。2010年10月から現職。著書に『人口減少時代の資産形成』(2005年、東洋経済新報社)、『日本経済 地方からの再生』(2009年、同)など。

西澤:私は長らく、中長期の日本経済予測を主に担当するエコノミストだった。5年先、10年先、20年先を予測する際、ほぼそうなるであろうとの前提として、最も注視したのが人口動態だった。今後、人口が減っていくという傾向だ。少子高齢化が確実に進むと見られる中で、金融機関としては、そもそも家が余るのでローンや頭金を貯める必要があるのかなど、実物・金融資産を含め資産形成をどう提案すればよいかなどを考えていた。

 残念ながら、人口減少の影響を推し量ろうとしても、ほかの先進国には例がないため、どこからも学ぶことができなかった。そんな時、気付いたことが、「我が国、日本の中に学ぶ場があるではないか」ということだった。つまり、地方の人口減や高齢化が、日本全体の先行きを示唆するはずだと考えた。そこから、地方活性化の方策を考えるようになった。

 地方の活性化策は街づくりから入ることが多い。高齢者の単身者や夫婦のみ世帯が多くなると街中への集住が進み、郊外に土地が余ってくる。その土地をうまく利用する産業があるのではないかと考えた際、それが農業だった。

 こういったことを当時の営業担当役員へ定期的に報告していたのが6~7年前のこと。その後、会社の狙いが重なったことで、実際に自分自身がアグリビジネス参入の旗振り役となったわけだ。

地方に自らの良さを気づいてもらう「外の眼」

全くの部外者が農業の世界に入った。

西澤:エコノミストとして、実際に講演会や調査で地方に出向くことが多かったが、そこで感じていたことは「地方には、おいしいものがいっぱいあるなあ」ということ。でも、その土地の人にとっては当たり前すぎて、そこまで思い入れがないことが多い。

 青森県十和田市に「バラ焼き」という名物料理がある。肉野菜炒めだ。あるとき、それを食べてとてもおいしかった。帰りに空港で、そのタレが2本だけ売ってあったので、買って帰って家族に食べさせると、とても好評だった。でも、そのことを地元の人に話すと、反応が薄かった。

 ところが、その後、B級グルメとして「バラ焼き」が知れ渡ると、人気があっという間に広がった。つまり、そのイベントがなければ、その味は埋もれていたわけだ。

 そのことから、地域の人は必ずしも地元の良さを理解していないということを実感し、もったいないと思うようになった。「外の眼」は重要ということも感じた。

 日本の農業生産の技術力はものすごく高い。それで作ったものをどう売るかがカギで、そのためには「外の眼」も必要だと思う。いろんな農産地域を見て感じたのは、作り方の工夫や農産品の質の良さなどを、すぐ隣の地域の人たちは意外と知らないということだ。情報が広がらないのだ。

 従来は、人口が増える中で胃袋も増えるという格好になり、農産品は自然と売れていた。周りに自分のところの良さを伝える必要がなかったのだ。しかし、これからはそうはいかない。自ら価値を見いだし、売り方を工夫しなくてはならない。

むしろ「外の眼」を生かすというわけだ。

 「農業」を農産物の生産段階とすれば、そこに加工や流通、販売など異業種をつなげることで産業化しようとするものが「6次産業化(=1次産業×2次産業×3次産業)」といわれるものでアグリビジネスの基本となる。

 モノ作り産業だったら、素材業種、製造・加工業、流通、広告代理店など、様々な業種が絡むのが普通だ。例えば、GPS機能が付いた製品群の開発では、いろんな業種が協力し合った。

 しかし、農業の世界だけが、それをほとんどやってこなかった。おいしいミカンを作ることは徹底してやるけれども、それに付加価値を付けて、高く売るために、どんな工夫ができるのかまで考えることはほとんどなかった。

 そんな農業生産者も、最近は6次産業化・アグリビジネスへの関心が高くなってきた印象だ。農林水産省でのセミナーを手伝った際、一昨年は事業会社や自治体の参加が目立ったが、昨年は農業生産者が増えた。東日本大震災の影響やTPP交渉の話題など、生産者たちを取り巻く環境が大きく変わってきたことを感じているようだ。

 当社は昔から各地域で、多くの企業や自治体、地域金融機関、大学などを顧客として付き合いを広げてきた。そこに農業生産者を軸にして、それぞれの点と点のつながりだったものを面に広げれば、アグリビジネス拡大で地域への力添えができると考えた。

 違う視点でシステムを作り、みんなまとめて儲かるような仕組みにして、それぞれが取り分を得られるようにするお手伝いが出来ればと思ったわけだ。

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