日銀総裁に黒田東彦氏が就任し、新体制での金融政策決定会合が来週開かれる。「レジームチェンジ(体制転換)」の象徴となる政策メニューは広く取りざたされているが、村上尚己・マネックス証券チーフエコノミストは想定内であっても市場は反応すると予想する。
(聞き手は渡辺康仁)
アベノミクスに市場が大きく反応しています。これまでの流れをどう見ていますか。
村上:市場が意識しているのは、デフレから脱却する過程で何が起きるかということだと思います。すぐにインフレになるかどうかは分かりませんが、円高とデフレが続くだろうという前提がいっぺんに変わりました。現在の1ドル=95円前後の水準は円安とは言えません。購買力平価で見ると100円や105円が普通の水準ですから、そこに向かって円高是正が続いています。基本的にアベノミクスはまだ何もやっていませんが、少なくとも日銀が米連邦準備理事会(FRB)並みに金融緩和をすれば、今の流れはしばらく変わらないと見ていいでしょう。
市場の反応は分かりやすいですね。政権交代で政治が変われば、日銀も変わる。日銀が変わって何が起こるかを想像すれば、株でも為替でも投資行動はまったく違ってきます。物価の安定は中央銀行の責任ですから、安倍晋三首相が昨年の自民党総裁選の時から金融緩和が足りないと言っていたのは普通のことだと思います。
米中経済の改善など、安倍政権は外部環境にも恵まれています。
村上:そういう面もあるでしょう。しかし、米国の長期金利は2%前後にとどまっています。株価が上昇しているわりに金利は上がっていません。FRBが金融緩和を続けると約束していることが効いています。1ドル=70円台から95円前後までの円相場の変動は日米の金利差だけでは説明できないのです。
一番重要なポイントは予想インフレ率が変わったということです。デフレが続くと思っていたのに、もしかしたら2年後にインフレになるかもしれないと思うと、予想の経路はまったく違うものになります。デフレは貨幣の価値が高まることですから、それが続けば円高も続きます。この経路が将来変わるかもしれないということだけで為替は動きます。金融政策のレジームが変わることによって、マーケットの予想インフレ率が変わったのです。
「買い続ける」と宣言することが重要
株価も相当程度、期待を織り込んでいますか。
村上:株価は為替の動きを後追いしています。為替レートの変化によって企業業績が変わるというプラスの効果と、デフレから脱するだろうという期待があって上昇基調にあります。今期の業績予想を前提にするとPER(株価収益率)は20倍程度とまだ高い水準にありますが、円高修正もあって来期に4~5割の増益になると一気に13倍程度になります。十分に正当化されるでしょうね。
ただ、外国人投資家が意識する東証株価指数(TOPIX)で見ると、リーマンショック前の水準は超えていません。外国人投資家はまだまだ日本株は戻っていないという実感を持っていると思います。時価総額が大きい銘柄が十分に買われていないとか、電機各社の業績が厳しいといった面があるのでしょう。円高修正などマクロ環境が変われば、こうした銘柄も上がってくると見ています。
経済が拡大基調に入り、名目GDP(国内総生産)も増えると、企業業績も家計の所得も増えます。そういう状況になれば、日経平均株価が年内に1万3000円を超えて1万5000円を目指す展開も十分にあり得るでしょう。
黒田東彦・新総裁の下で日銀の金融政策が当面のポイントになります。市場は次の一手を既に織り込んでいませんか。
村上:新執行部で最初となる4月の金融政策決定会合で、量的緩和の拡大や上場投資信託(ETF)などリスク資産の買い増しを決めることが想定されます。市場が織り込んでいるという見方もありますが、今回の特徴はそういった緩和策が出てくるたびに市場が反応するということではないでしょうか。エコノミストが普通に予想することをやれば、外国人投資家もやはり黒田さんは違うと認識し、今の流れを後押しすることになるでしょう。
取りざたされるメニューを繰り出したとして、それが果たして「レジームチェンジ」になるのでしょうか。
村上:そうなると思いますよ。重要なのは、何を目標にして金融緩和を続けるのかということです。つまり、人々の期待をデフレからインフレに変える約束です。FRBは失業率が下がるまで米国債を買い続けると言っている。買い続けると宣言することが重要だと思います。
日銀がずっと国債を買い続けると何が起きるか。いつかインフレが起きると皆が想像することが重要です。これが期待への働きかけであり、黒田さんも副総裁の岩田規久男さんも意識してやっていくと思います。2%の物価上昇率という目標は明確になっていますが、どのタイミングまで金融緩和を続けるのかを明示できれば、市場の反応もまったく違ったものになると思います。
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