アストルティアの歴史を記す文献に時折散見される、流血を伴う悲劇や惨劇。
それらの歴史上の大事件の裏には一振りの剣の存在があった。
剣の名は「ケイオスブレード」。
魔障が結晶化した鉱石マデュライトと灼熱の溶岩のかけらから鍛えられた赤褐色の大剣。
剣の歴代の持ち主には、名だたる剣豪が名を連ねている。
しかし彼らは決して歴史上で「英雄」と語られることはなかった。
そこに記されているのは「恋人殺し」「仲間殺し」「家族殺し」。
愛する者たちをその手で斬り裂いた狂気の剣士たちの血塗られた英雄譚。
そう—
ケイオスブレードは、持ち主の魂を喰らい狂気の剣士へと変貌させる魔剣であった。
魔剣には邪悪な意思が宿っている。
手にしたものは絶大な力と引き換えに、その意思に魂を喰われる。
理性を失い、操り人形と化した宿主に魔剣は語りかける。
「血ヲ・・・吸ワセロ・・・」
初めのうちはその声に抗うものもいるが、魔剣の意思は強力でいずれは魂の全てを浸食される。
そうなればただひたすら殺戮を繰り返すのみ、だ。
魔剣は特に宿主の愛するものの血を好んだ。
家族、恋人、仲間。
その血を啜るたびに、その刀身は赤黒く染まっていき、より強力な邪気を帯びていく。
そうやって現代にいたるまで、魔剣はアストルティアの歴史の裏で暗躍を重ねてきたのだ。
そして現代—。
現在の魔剣の持ち主はグレンの行商人ダンケという男だった。
「厄介なものを引き受けちまったもんだ・・・」
ダンケのモットーは、買えるものは何でも買い、売れるものは何でも売る。
それが細々とではあるが、この地で長年に渡り冒険者たちの信頼を得てきた行商人としての彼の矜持であった。
だが、今回ばかりはそのモットーが仇となった。
数日前、フードを被った怪しげな剣士が店を訪れたときのこと。
フードの奥からわずかに見える瞳はうつろで、まるで生気を感じなかった。
その頬には血のような色の汚れが、まるで涙となって流れ出たかのようにこびりついていた。
剣士は、鞘に納まったままでも一目で業物とわかる大剣を差し出し、枯れた声で静かに言った。
「これを・・・引き取ってくれ・・・。金はいらない・・・。俺が全て・・・壊してし・・まう前に・・・。」
正直、気味が悪かった。
だが彼の行商人としての矜持がこれを拒否できなかった。
剣士が去ったあと、ダンケは剣を抜こうとして鞘越しにも伝わるその特徴的な形状に気付いた。
職業柄、彼のもとには古い文献なども流れてくる。
商品の検品も兼ねてそれらを読み漁るのは彼のささやかな趣味なのだが、それらの文献に時折見受けられる禍々しい魔剣に関する記述。
わずかに抜いた刀身が邪悪な光を放つのとほぼ同時に、この剣がその魔剣であることを彼は悟り、すぐさま鞘に納める。
「厄介なものを引き受けちまったもんだ・・・」
しかし、ダンケのモットーは「買えるものは何でも買い、売れるものは何でも売る。」
少し迷ったが、彼はその剣を店の陳列棚の一番端にそっと置いた。
だが数日後、それはいきなり後悔に変わるのだった。
とある男女のカップルが店を訪れた。
男は腰からレイピアを下げた若いバトルマスター。
それにピタリと付き添うように歩くのは、まだあどけなさが残るエルフの少女だった。
どうやら男の剣を新調するために来店したらしい。
男「この僕に相応しい剣をください!」
女「ダーリンはなんでも似合うよ~(ハート)」
そんなやりとりに顔を引きつらせながらもダンケは手短に答えた。
「その棚に剣が並べてある。好きに選びな。ただしあの端っこの剣には決して触れるな。」
男女「はぁ~い!」
それを聞いたカップルは仲良くイチャイチャしながら剣を物色し始めた。
ダンケは、バツの悪そうな顔で出納帳に視線を移し、事務作業に集中することにした。
—数分後。
「きゃあああ!!!!!」
店内に悲鳴が響いた。
ダンケが慌てて駆けつけるとそこには凄惨な光景が広がっていた。
先ほどまであんなに仲睦まじかったカップル。
その1人のエルフの少女が血溜まりの中に倒れていた。
血まみれの少女に赤褐色の剣を突き立てているのは、その少女の恋人であるはずの若いバトルマスターの男。男の眼は狂気の色に満ちており、その顔には歪んだ笑顔が貼り付いていた。
周りの他の客たちは、信じられないようなその惨劇を前に呆然と立ち尽くすばかりだった。
男「きゃはははははーーー!!!」
再度男は剣を振り上げ、もう動かない少女に突き立てようと振り下ろす。
「・・・いかん!!」
かつて屈強な戦士であったダンケは「体当たり」のスキルをとっさに放ち、その一撃をギリギリ遮る。
吹き飛ばされた反動で剣を手放した男は、しばらく笑い続けたあと、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。どうやら気を失ってしまったらしい。
幸い、居合わせた客の中に高位の僧侶がおり少女も一命を取り留めた。
その日の夜、騒動がなんとか収まり、誰もいなくなった店内でダンケは激しい後悔と自責の念にとらわれていた。目の前のテーブルには鞘に納められた大剣が重々しく横たわっている。
剣を鞘に納める際に一瞬だけ剣に触れなければならなかったが、ダンケは自分自身に異常を感じなかった。
どうやらこの剣は、剣士としての力を求める者のみに反応し、魂を狂わせるようだ。
ダンケは割とミーハーは方だったので、オノ戦士だった。アポロンでレベルを上げ、ピラミッドとかもオノで行っちゃうMPを垂れ流すだけ垂れ流してあまり味方をかばったりしないタイプの脳筋オノ戦士だった。
それが幸いしたのだろう。剣士としての力に興味がないダンケは魔剣に触れることができたのだ。
昼間の惨劇は、軽々しくこの剣を店に並べた自分に責任がある。
ならばいっそ、この剣を自らの手で葬るのがあのカップルに対する罪滅ぼしになるのではないか。
悩んだ末そう結論づけたダンケは、剣を二度と見つけられない海の底にでも沈めてしまおうと立ち上がろうとした。
そのとき。
からんからーん。
扉に付いた来客を告げる鐘の音が静かな店内に響き渡った。
振り返ると、立っていたのはウェディの男だった。
(・・・この男、できる・・・!)
自身が百戦錬磨の戦士であるダンケは、男を見た瞬間そう感じ、警戒した。
ウェディの男はダンケの姿を見ると、隙のない身のこなしでゆっくりと近づいて来て、言った。
「オヤジ。剣を探している。この店で一番強い剣を見せてくれないか。」
なんと間の悪いときに・・・。
この男が放つ刺すような覇気は、剣士のそれだ。
魔剣に魂をとらわれる、強さを求める者。
「・・・・そっちの棚に並んでるので全部だ。好きに見な。」
そう答えるダンケに、当然のごとく男は疑問を投げかけた。
「その剣は・・・?」
「悪いが、こいつは売り物じゃないんだ。お前さんのようなやつに見合う剣じゃない。」
そういって手早く剣をしまおうとするダンケの手を、不意に男が制した。
「・・・魔剣か。」
「!!」
「・・・知っているのか?」
「いや・・・わかる。」
魔剣を納める鞘は、邪気がもれないよう魔法の樹木と呼ばれる格式高い木材で作られていた。
わずかに刀身がのぞいている状態なら別だが、完全に納刀されている状態でその邪気を察知するのは並大抵のことではない。
それは剣士として、この男の実力が相当なものであることを示していた。
そのときダンケの脳内に、とある一節がよぎった。
それは、かのヴェリナードの地を滅ぼさんとした獅子の魔獣を、猫魔族の剣士と共闘の末に打ち破ったとされるウェディの剣士の物語。
そのウェディの剣士が使っていた大剣は、銘こそ不明ではあったが、赤褐色の特殊な形状の刀身を持つ大剣だったという。
一説には、その剣が血塗られた魔剣ケイオスブレードだったという見方がある。
しかしその剣士の英雄譚には、他の文献に残されているような惨劇は記されてはいなかった。
ある風変わりな考古学者が言った。「魔剣は持ち主を選ぶ」と。
その主張が異端とされ、学会を追放された絶望から自ら命を絶ったその考古学者は、ダンケの父だった。
幼い頃に寝る前に父が話してくれた、ウェディの剣士の英雄譚。
理由はわからない。ただ、なぜかその物語が不意に頭をよぎったのだ。
ふと顔をあげると、男と目が合った。
男は不敵な笑みを浮かべて言った。
「気に入った。こいつを貰う。売ってくれ。」
「お代はそうだな。これで足りるだろう?」
そういって男は、157万ゴールドはあろうかという大金をポンとダンケに手渡し、剣を手に取った。
「おい・・・!待て・・・!」
ダンケの制止を無視して、男は鞘から剣を一気に抜き放った。
禍々しい刀身が露わになった。
「へえ・・・いい剣じゃねえか。」
男はそう言って、じっくりと刀身を眺めた。
「!?」
途端、刀身が放つ怪しい光が男の視界を赤く染めた。
「ぐ・・・・!魚おおおおお!!!」
まるで魂が飲み込まれるかのような感覚が男を襲い、その苦しみに呻く。
「ば、ばかやろう!すぐにそいつを離せ!!」
ダンケは昼間と同じように、男に「体当たり」を試みた。
しかしその体当たりを男は軽々と刀身で弾く。
両手剣スキル、ブレードガード。
逆に弾き飛ばされたダンケは、男が闇に落ちるのをただ見守ることしか出来なかった。
男は真っ暗な闇の中にいた。
深い深い意識の闇の中で、不気味な声が男に語りかける。
「血ヲ吸ワセロ・・・愛スルモノノ血ヲ・・・」
その呼びかけを拒絶しようとするとなお一層、強い声が響く。
「オマエニチカラヲヤロウ・・・ダカラ血ヲ吸ワセロ・・・」
力をやるだと?ふざけるな。
俺の力の一部にお前がなるんだ。
誰かに与えてもらう強さに、興味なんて・・・ねえーんだよ!!!
・・・深い闇の中に光が灯った。
その光の中で誰かが手を振っている。
それは、仲間、恋人、家族。
男の愛する者たちだった。
「血ヲ!!!吸ワセロ!!!!!」
・・・・うるせえ。
うるせえよ。
血を吸いたくて・・・剣を振るうんじゃねえ!!
愛する者に・・・血を流させたくないから・・・・俺は剣を振るうんだ!!
「魚おおおおおおお!!!!!」
再度、男が吠えたとき。魔剣が激しい光を放った。
ダンケは目を開けていられなかった。
しばらくして、目蓋を上げるとそこにはウェディの男が立っていた。
その手には、赤褐色の剣が握られている。
その剣の刀身からは、禍々しい邪気が放たれて・・・・
いなかった。
その刀身は鮮やかなクリムゾンレッドに鋭く輝いていた。
「嘘だろ・・・?」
男は意識をしっかりと保った澄んだ瞳でダンケを見た。
そして振り返り、背を向けて言った。
「こいつは貰っていく。釣りはいらねーぜ?」
すっかり白んだ空と地平線から昇る太陽の光の中で、父が優しく微笑んでいる気がした。
その男の背中にかつて己の信念を貫き通した父を重ね、ダンケもまた己の信念に従い静かに呟くのであった。
「・・・毎度あり。」
要約:ケイオスブレード買いました!きゃっふうう!!!
オマケ。愛する者の血を吸いたがるケイオスちゃん。
もう少し、調教が必要なようです。
おしまい。
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それらの歴史上の大事件の裏には一振りの剣の存在があった。
剣の名は「ケイオスブレード」。
魔障が結晶化した鉱石マデュライトと灼熱の溶岩のかけらから鍛えられた赤褐色の大剣。
剣の歴代の持ち主には、名だたる剣豪が名を連ねている。
しかし彼らは決して歴史上で「英雄」と語られることはなかった。
そこに記されているのは「恋人殺し」「仲間殺し」「家族殺し」。
愛する者たちをその手で斬り裂いた狂気の剣士たちの血塗られた英雄譚。
そう—
ケイオスブレードは、持ち主の魂を喰らい狂気の剣士へと変貌させる魔剣であった。
魔剣には邪悪な意思が宿っている。
手にしたものは絶大な力と引き換えに、その意思に魂を喰われる。
理性を失い、操り人形と化した宿主に魔剣は語りかける。
「血ヲ・・・吸ワセロ・・・」
初めのうちはその声に抗うものもいるが、魔剣の意思は強力でいずれは魂の全てを浸食される。
そうなればただひたすら殺戮を繰り返すのみ、だ。
魔剣は特に宿主の愛するものの血を好んだ。
家族、恋人、仲間。
その血を啜るたびに、その刀身は赤黒く染まっていき、より強力な邪気を帯びていく。
そうやって現代にいたるまで、魔剣はアストルティアの歴史の裏で暗躍を重ねてきたのだ。
そして現代—。
現在の魔剣の持ち主はグレンの行商人ダンケという男だった。
「厄介なものを引き受けちまったもんだ・・・」
ダンケのモットーは、買えるものは何でも買い、売れるものは何でも売る。
それが細々とではあるが、この地で長年に渡り冒険者たちの信頼を得てきた行商人としての彼の矜持であった。
だが、今回ばかりはそのモットーが仇となった。
数日前、フードを被った怪しげな剣士が店を訪れたときのこと。
フードの奥からわずかに見える瞳はうつろで、まるで生気を感じなかった。
その頬には血のような色の汚れが、まるで涙となって流れ出たかのようにこびりついていた。
剣士は、鞘に納まったままでも一目で業物とわかる大剣を差し出し、枯れた声で静かに言った。
「これを・・・引き取ってくれ・・・。金はいらない・・・。俺が全て・・・壊してし・・まう前に・・・。」
正直、気味が悪かった。
だが彼の行商人としての矜持がこれを拒否できなかった。
剣士が去ったあと、ダンケは剣を抜こうとして鞘越しにも伝わるその特徴的な形状に気付いた。
職業柄、彼のもとには古い文献なども流れてくる。
商品の検品も兼ねてそれらを読み漁るのは彼のささやかな趣味なのだが、それらの文献に時折見受けられる禍々しい魔剣に関する記述。
わずかに抜いた刀身が邪悪な光を放つのとほぼ同時に、この剣がその魔剣であることを彼は悟り、すぐさま鞘に納める。
「厄介なものを引き受けちまったもんだ・・・」
しかし、ダンケのモットーは「買えるものは何でも買い、売れるものは何でも売る。」
少し迷ったが、彼はその剣を店の陳列棚の一番端にそっと置いた。
だが数日後、それはいきなり後悔に変わるのだった。
とある男女のカップルが店を訪れた。
男は腰からレイピアを下げた若いバトルマスター。
それにピタリと付き添うように歩くのは、まだあどけなさが残るエルフの少女だった。
どうやら男の剣を新調するために来店したらしい。
男「この僕に相応しい剣をください!」
女「ダーリンはなんでも似合うよ~(ハート)」
そんなやりとりに顔を引きつらせながらもダンケは手短に答えた。
「その棚に剣が並べてある。好きに選びな。ただしあの端っこの剣には決して触れるな。」
男女「はぁ~い!」
それを聞いたカップルは仲良くイチャイチャしながら剣を物色し始めた。
ダンケは、バツの悪そうな顔で出納帳に視線を移し、事務作業に集中することにした。
—数分後。
「きゃあああ!!!!!」
店内に悲鳴が響いた。
ダンケが慌てて駆けつけるとそこには凄惨な光景が広がっていた。
先ほどまであんなに仲睦まじかったカップル。
その1人のエルフの少女が血溜まりの中に倒れていた。
血まみれの少女に赤褐色の剣を突き立てているのは、その少女の恋人であるはずの若いバトルマスターの男。男の眼は狂気の色に満ちており、その顔には歪んだ笑顔が貼り付いていた。
周りの他の客たちは、信じられないようなその惨劇を前に呆然と立ち尽くすばかりだった。
男「きゃはははははーーー!!!」
再度男は剣を振り上げ、もう動かない少女に突き立てようと振り下ろす。
「・・・いかん!!」
かつて屈強な戦士であったダンケは「体当たり」のスキルをとっさに放ち、その一撃をギリギリ遮る。
吹き飛ばされた反動で剣を手放した男は、しばらく笑い続けたあと、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。どうやら気を失ってしまったらしい。
幸い、居合わせた客の中に高位の僧侶がおり少女も一命を取り留めた。
その日の夜、騒動がなんとか収まり、誰もいなくなった店内でダンケは激しい後悔と自責の念にとらわれていた。目の前のテーブルには鞘に納められた大剣が重々しく横たわっている。
剣を鞘に納める際に一瞬だけ剣に触れなければならなかったが、ダンケは自分自身に異常を感じなかった。
どうやらこの剣は、剣士としての力を求める者のみに反応し、魂を狂わせるようだ。
ダンケは割とミーハーは方だったので、オノ戦士だった。アポロンでレベルを上げ、ピラミッドとかもオノで行っちゃうMPを垂れ流すだけ垂れ流してあまり味方をかばったりしないタイプの脳筋オノ戦士だった。
それが幸いしたのだろう。剣士としての力に興味がないダンケは魔剣に触れることができたのだ。
昼間の惨劇は、軽々しくこの剣を店に並べた自分に責任がある。
ならばいっそ、この剣を自らの手で葬るのがあのカップルに対する罪滅ぼしになるのではないか。
悩んだ末そう結論づけたダンケは、剣を二度と見つけられない海の底にでも沈めてしまおうと立ち上がろうとした。
そのとき。
からんからーん。
扉に付いた来客を告げる鐘の音が静かな店内に響き渡った。
振り返ると、立っていたのはウェディの男だった。
(・・・この男、できる・・・!)
自身が百戦錬磨の戦士であるダンケは、男を見た瞬間そう感じ、警戒した。
ウェディの男はダンケの姿を見ると、隙のない身のこなしでゆっくりと近づいて来て、言った。
「オヤジ。剣を探している。この店で一番強い剣を見せてくれないか。」
なんと間の悪いときに・・・。
この男が放つ刺すような覇気は、剣士のそれだ。
魔剣に魂をとらわれる、強さを求める者。
「・・・・そっちの棚に並んでるので全部だ。好きに見な。」
そう答えるダンケに、当然のごとく男は疑問を投げかけた。
「その剣は・・・?」
「悪いが、こいつは売り物じゃないんだ。お前さんのようなやつに見合う剣じゃない。」
そういって手早く剣をしまおうとするダンケの手を、不意に男が制した。
「・・・魔剣か。」
「!!」
「・・・知っているのか?」
「いや・・・わかる。」
魔剣を納める鞘は、邪気がもれないよう魔法の樹木と呼ばれる格式高い木材で作られていた。
わずかに刀身がのぞいている状態なら別だが、完全に納刀されている状態でその邪気を察知するのは並大抵のことではない。
それは剣士として、この男の実力が相当なものであることを示していた。
そのときダンケの脳内に、とある一節がよぎった。
それは、かのヴェリナードの地を滅ぼさんとした獅子の魔獣を、猫魔族の剣士と共闘の末に打ち破ったとされるウェディの剣士の物語。
そのウェディの剣士が使っていた大剣は、銘こそ不明ではあったが、赤褐色の特殊な形状の刀身を持つ大剣だったという。
一説には、その剣が血塗られた魔剣ケイオスブレードだったという見方がある。
しかしその剣士の英雄譚には、他の文献に残されているような惨劇は記されてはいなかった。
ある風変わりな考古学者が言った。「魔剣は持ち主を選ぶ」と。
その主張が異端とされ、学会を追放された絶望から自ら命を絶ったその考古学者は、ダンケの父だった。
幼い頃に寝る前に父が話してくれた、ウェディの剣士の英雄譚。
理由はわからない。ただ、なぜかその物語が不意に頭をよぎったのだ。
ふと顔をあげると、男と目が合った。
男は不敵な笑みを浮かべて言った。
「気に入った。こいつを貰う。売ってくれ。」
「お代はそうだな。これで足りるだろう?」
そういって男は、157万ゴールドはあろうかという大金をポンとダンケに手渡し、剣を手に取った。
「おい・・・!待て・・・!」
ダンケの制止を無視して、男は鞘から剣を一気に抜き放った。
禍々しい刀身が露わになった。
「へえ・・・いい剣じゃねえか。」
男はそう言って、じっくりと刀身を眺めた。
「!?」
途端、刀身が放つ怪しい光が男の視界を赤く染めた。
「ぐ・・・・!魚おおおおお!!!」
まるで魂が飲み込まれるかのような感覚が男を襲い、その苦しみに呻く。
「ば、ばかやろう!すぐにそいつを離せ!!」
ダンケは昼間と同じように、男に「体当たり」を試みた。
しかしその体当たりを男は軽々と刀身で弾く。
両手剣スキル、ブレードガード。
逆に弾き飛ばされたダンケは、男が闇に落ちるのをただ見守ることしか出来なかった。
男は真っ暗な闇の中にいた。
深い深い意識の闇の中で、不気味な声が男に語りかける。
「血ヲ吸ワセロ・・・愛スルモノノ血ヲ・・・」
その呼びかけを拒絶しようとするとなお一層、強い声が響く。
「オマエニチカラヲヤロウ・・・ダカラ血ヲ吸ワセロ・・・」
力をやるだと?ふざけるな。
俺の力の一部にお前がなるんだ。
誰かに与えてもらう強さに、興味なんて・・・ねえーんだよ!!!
・・・深い闇の中に光が灯った。
その光の中で誰かが手を振っている。
それは、仲間、恋人、家族。
男の愛する者たちだった。
「血ヲ!!!吸ワセロ!!!!!」
・・・・うるせえ。
うるせえよ。
血を吸いたくて・・・剣を振るうんじゃねえ!!
愛する者に・・・血を流させたくないから・・・・俺は剣を振るうんだ!!
「魚おおおおおおお!!!!!」
再度、男が吠えたとき。魔剣が激しい光を放った。
ダンケは目を開けていられなかった。
しばらくして、目蓋を上げるとそこにはウェディの男が立っていた。
その手には、赤褐色の剣が握られている。
その剣の刀身からは、禍々しい邪気が放たれて・・・・
いなかった。
その刀身は鮮やかなクリムゾンレッドに鋭く輝いていた。
「嘘だろ・・・?」
男は意識をしっかりと保った澄んだ瞳でダンケを見た。
そして振り返り、背を向けて言った。
「こいつは貰っていく。釣りはいらねーぜ?」
すっかり白んだ空と地平線から昇る太陽の光の中で、父が優しく微笑んでいる気がした。
その男の背中にかつて己の信念を貫き通した父を重ね、ダンケもまた己の信念に従い静かに呟くのであった。
「・・・毎度あり。」
~完~
要約:ケイオスブレード買いました!きゃっふうう!!!
オマケ。愛する者の血を吸いたがるケイオスちゃん。
もう少し、調教が必要なようです。
おしまい。
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