シャワー後というのに温度を感じない浴室の床へ水滴が落ち、排水口に伝っていく。
取り立てて美人ではないが、気と肌が合うという理由で通っていた風俗嬢がいた。
格安店。親しくも近すぎない距離感を保ってくれるのが中年には心地良かった。
ある日、彼女の手首に時計が巻かれていた。文字盤の上で熊のぬいぐるみが踊っている。
「あれ?それスマートウォッチだね?」
「そう。買ったの」
「へぇ。また何で?」
「何か、心拍とか計ってくれるんでしょこれ?」
「そうだね」
「Hの時は、どうなのかな?」
室内の湿気にそぐわない乾いた微笑みを交わし、リンゴ型のタイマーがテーブルに置かれた。
「外さないの?」
「計ってみようよ」
ステップする熊。奇妙に感じたのは、色気のなさは元よりそこに人の明日を、あるはずのない意思を感じたからだろう。
衰えはたぎる欲を消し、いつしか繁華街への足は遠のき、店のサイトから彼女の写真も消えた。
夏。混み合う電車の人熱れの向こうにベビーカーを押す手があった。
見る事もなしに見たその手首には、熊のぬいぐるみが踊っていた。
あの日の奇行、首に巻かれた手首から漏れた、眩い緑の光線がよぎる。
心拍は高ぶっただろうか。彼女の明日は、どんなものになっただろうか。