[1]-[2]-[3]-[4]-[5]-[6]-[最終回]
続けてホームズは一昨日の出来事を語ってくれた。
駅で私と別れた後、ホームズはスコットランドヤードに向かった。ヤードではレストレード警部と配下の刑事たちが、今日こそは美術品窃盗団を一網打尽にせんと、ホームズからの連絡を首を長くして待っていた。
ホームズはレストレード達とお互いの情報を交換した。優秀な彼の部下達は、窃盗団の動きが活発化している事をつかんで来ていた。
ホームズは、窃盗団の狙いが、ヴェットシュタイン教授の鉱石見本(…これは業者が加工を施せば、世界屈指の宝石となりえるのだ。)と、国宝とも言うべき希少価値の高い化石であり、決行日は翌日であることを彼らに告げた。彼らはすぐに手はずを整えると、ホームズと共に警察専用の汽車を使って、アルスターの教授邸に向かったのである。
深夜の来客に驚いた教授とティポーに、ホームズは状況と作戦を説明した。その間、レストレードと部下達が屋敷の隅々を捜索すると、屋根裏で本来のカレンダーや、教授の手帳と眼鏡、細工に用いたと思われるインクやペンなどが見つかった。
「それにね」ホームズは笑いながら言った。「思ったとおり、インクをぶちまけた大型カレンダーが5巻見つかったよ。周囲に猫の足跡が沢山あったところを見ると、どうやら賊が細工中に、気の強い猫の襲撃を受けたらしい。苦労して書き込んだカレンダーが駄目になって、さぞやがっくり来たろうね。」
夜の闇にまぎれて伝令が行き交い、変装した警察官が、様々な場所で賊の訪れを待ち構えた。
続けてホームズは一昨日の出来事を語ってくれた。
駅で私と別れた後、ホームズはスコットランドヤードに向かった。ヤードではレストレード警部と配下の刑事たちが、今日こそは美術品窃盗団を一網打尽にせんと、ホームズからの連絡を首を長くして待っていた。
ホームズはレストレード達とお互いの情報を交換した。優秀な彼の部下達は、窃盗団の動きが活発化している事をつかんで来ていた。
ホームズは、窃盗団の狙いが、ヴェットシュタイン教授の鉱石見本(…これは業者が加工を施せば、世界屈指の宝石となりえるのだ。)と、国宝とも言うべき希少価値の高い化石であり、決行日は翌日であることを彼らに告げた。彼らはすぐに手はずを整えると、ホームズと共に警察専用の汽車を使って、アルスターの教授邸に向かったのである。
深夜の来客に驚いた教授とティポーに、ホームズは状況と作戦を説明した。その間、レストレードと部下達が屋敷の隅々を捜索すると、屋根裏で本来のカレンダーや、教授の手帳と眼鏡、細工に用いたと思われるインクやペンなどが見つかった。
「それにね」ホームズは笑いながら言った。「思ったとおり、インクをぶちまけた大型カレンダーが5巻見つかったよ。周囲に猫の足跡が沢山あったところを見ると、どうやら賊が細工中に、気の強い猫の襲撃を受けたらしい。苦労して書き込んだカレンダーが駄目になって、さぞやがっくり来たろうね。」
夜の闇にまぎれて伝令が行き交い、変装した警察官が、様々な場所で賊の訪れを待ち構えた。
翌日の昼前、幌馬車が2台と制服姿の警察官が3名、それに数名の作業者が到着した。ティポーと教授が何食わぬ顔で応対し、玄関先で渡された数枚の書類にサインをした。その間に、作業者達は幌馬車に積んでいた木材を玄関先から木箱の部屋までレールのように敷設し、搬出の準備を整えた。
搬出物を指示した後、屋敷の主たちが「あとはよろしく」と引っ込み、警官と作業者が屋敷内に入ったとたん、玄関扉が音を立てて閉まった。作業者たちがまごついている間に、玄関脇の部屋からレストレード配下の本物の警察官達が、偽の警察官と盗賊どもに飛び掛った。
あっという間の出来事で、盗賊どもはさしたる抵抗も出来ず縛り上げられてしまった。唯一動きを見せたのは、玄関先に停めてあった馬車にいた御者だけだった。御者は馬車の影に身を潜め、捕り物のどさくさにまぎれて、こっそり逃げ出そうとした。玄関先に立ち、指揮を執っていたレストレードが叫んだ。「御者が逃げるぞ!追え!」。御者は一目散に建物の裏手に走りこんだ。
御者は植え込みの角を曲がった途端、様子を見に来たティポーと鉢合わせした。回れ右をすると、追ってきたホームズと警官隊が迫ってくる。
「…御者に扮していたのが、例のカレンダー収集家君だったんだ。彼はW&F商会で己のパンチに妙な自信を持ったらしくて…」
御者は一瞬ためらったものの、再度ティポーに向かうと、岩のようなティポーの顔面めがけて、思いのほか鋭いフックを繰り出した。ホームズたちがあっと思った瞬間、ティポーは眉一つ動かさず、そのパンチを左の頬に受けた。
何か硬いものをぶつけた音が響いた。しかし、ティポーはまっすぐに御者を見つめたまま微動だにしなかった。御車は信じられないような表情で、ティポーの頬に右の拳を当てたままの姿で硬直した。彼を追っていた警官たちも、あと数歩のところで思わず足を止めた。
次の瞬間、ティポーの周囲の風が唸った。
「完璧なアッパーカットだったよ。君。僕が今まで対戦した相手とは、桁が違うスピードだった。彼の足がもし不自由でなかったら、間違いなく、今世紀を代表する偉大なボクサーになっていたと思うよ。」
ティポーの放ったアッパーカットは、顎を砕きながら、御車の体を吹き飛ばした。哀れな御車は、詰め掛けた警官たちの3列目に、きりきりと舞いながら、頭から落下していった。数人の警官が下敷きになったため、御車は一命を取り留めたが、顎の骨とほとんどの奥歯、それに鼓膜は、二度と使い物にならないまでに粉砕されてしまった。おかげで、後にスコットランドヤードで行われた取調べは、すべて筆談で行わなければならなかった。
「現場に君が居てくれたら、もう少し適切な処置が出来たろうに。警官隊はろくな応急処置も与えないまま、隣町の警察署まで護送してしまったものだから、彼は一時危篤状態だったんだよ。」
「ティポーの足が不自由だってことは、御車も知っていたのだろう?。だったら、何も向き合わずに、素早く彼を避けて背後に逃げる事だって出来たろうに。」
ホームズは、肩をすくめた。
「残念ながら、ティポーの背後には、怒りに燃えた教授が、ひざ立ちで猟銃を構えていたんだよ。教授に気付いた勇敢なる御者君は、殴り倒したティポーを人質にとろうとしたんだね。ティポーも教授が銃を構えていることを知っていたから、あえて教授と御者君の間に割って入ったんだ。結局、ティポーの判断で、教授を人殺しの汚名から救い、御者の命も…とりあえずは救った事になるね。
これが今回の冒険の全てさ。」
ゆらめく紫煙の中で、ホームズは、いつもの椅子に腰掛たまま両手を広げた。私は、教授と黒人の青年を思い出し、事件の解決に安堵のため息を漏らした。
しばらく黙って煙草をふかしていたホームズは、ふと何かを思い出した様子で、にやにやと笑った。
「ところでワトソン君、僕たちのカレンダーの謎は解けたのかい?。」
今度は私が両手を広げる番だった。
「君が送ってきた2つのカレンダー…W&F商会の昨年と一昨年のカレンダーにも、10月始めの同じ日付に丸印が書き込まれているのはわかった。けれど、君が何故わざわざ印をつけて、昔のカレンダーをよこしたのか…」
「ははあ…なるほど。君はあの印を僕が書き込んだと思ったんだね?残念ながらそこからスタートすると、この問題は解決できないんだ。」
「君じゃないって?じゃあいったい…」
ホームズは、パイプをくわえたままで思い切り伸び上がり、背後の机上においてあった件のカレンダーを取ると、面食らっている私に寄越した。私が、カレンダーのページをめくっている間に、彼は懐から大きな虫眼鏡を取り出した。
「手書きのような形をしているけれど、これは印刷なんだ。ほら、これを使うと、全く同じ形をしているのが良くわかるよ。」
そう言って彼が寄越した虫眼鏡を覗き込み、私はううむと唸った。
「なんてことだ。ねえ君、いつ気がついたんだい?」そう訊ねてから、ホームズがスイフト氏と連れ立って部屋を出て行く光景を思い出した。「…ああ、スイフト氏が訊ねて来た夜に聞いたんだね?知ってて黙ってたなんて、なんて人が悪いんだ。」
ホームズは、ソファの後ろに転がっていた、真新しい紙筒を取り出しながら首を振った。「いや、印刷だと気がついたのは、教授の家でだよ。僕たちが見た大きなカレンダー、小さなカレンダー、手帳全てに、同じマークがついていたんだ。君も見たろう?。ちなみにそのカレンダーは、教授のコレクションからお借りしたものだから、綺麗に丸めておいてくれたまえ。」
「ちっとも気がつかなかったよ。しかし、どうしてそんな印刷が毎年…」
ホームズは、手品師のようなしぐさで、紙筒から新たなカレンダーを抜き出した。
「商売をする気になって考えてみたら、君にも解ると思うよ。あれはね、来年のカレンダーの発売日なんだ。あの印刷が何かわからないようであれば、どうやら間に合ったようだね。さあ、教授から君へのプレゼントだ。」
そう言うと、彼は来年のカレンダーをぱらりと広げ、私に寄越した。
新しいカレンダーの10月を開いてみると、やはり同じ丸い印が印刷されていた。私は思わず微笑んだ。昨日の日付には、教授とティポーの感謝の言葉が、綺麗な青いインクで記されていたのである。
(了)
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搬出物を指示した後、屋敷の主たちが「あとはよろしく」と引っ込み、警官と作業者が屋敷内に入ったとたん、玄関扉が音を立てて閉まった。作業者たちがまごついている間に、玄関脇の部屋からレストレード配下の本物の警察官達が、偽の警察官と盗賊どもに飛び掛った。
あっという間の出来事で、盗賊どもはさしたる抵抗も出来ず縛り上げられてしまった。唯一動きを見せたのは、玄関先に停めてあった馬車にいた御者だけだった。御者は馬車の影に身を潜め、捕り物のどさくさにまぎれて、こっそり逃げ出そうとした。玄関先に立ち、指揮を執っていたレストレードが叫んだ。「御者が逃げるぞ!追え!」。御者は一目散に建物の裏手に走りこんだ。
御者は植え込みの角を曲がった途端、様子を見に来たティポーと鉢合わせした。回れ右をすると、追ってきたホームズと警官隊が迫ってくる。
「…御者に扮していたのが、例のカレンダー収集家君だったんだ。彼はW&F商会で己のパンチに妙な自信を持ったらしくて…」
御者は一瞬ためらったものの、再度ティポーに向かうと、岩のようなティポーの顔面めがけて、思いのほか鋭いフックを繰り出した。ホームズたちがあっと思った瞬間、ティポーは眉一つ動かさず、そのパンチを左の頬に受けた。
何か硬いものをぶつけた音が響いた。しかし、ティポーはまっすぐに御者を見つめたまま微動だにしなかった。御車は信じられないような表情で、ティポーの頬に右の拳を当てたままの姿で硬直した。彼を追っていた警官たちも、あと数歩のところで思わず足を止めた。
次の瞬間、ティポーの周囲の風が唸った。
「完璧なアッパーカットだったよ。君。僕が今まで対戦した相手とは、桁が違うスピードだった。彼の足がもし不自由でなかったら、間違いなく、今世紀を代表する偉大なボクサーになっていたと思うよ。」
ティポーの放ったアッパーカットは、顎を砕きながら、御車の体を吹き飛ばした。哀れな御車は、詰め掛けた警官たちの3列目に、きりきりと舞いながら、頭から落下していった。数人の警官が下敷きになったため、御車は一命を取り留めたが、顎の骨とほとんどの奥歯、それに鼓膜は、二度と使い物にならないまでに粉砕されてしまった。おかげで、後にスコットランドヤードで行われた取調べは、すべて筆談で行わなければならなかった。
「現場に君が居てくれたら、もう少し適切な処置が出来たろうに。警官隊はろくな応急処置も与えないまま、隣町の警察署まで護送してしまったものだから、彼は一時危篤状態だったんだよ。」
「ティポーの足が不自由だってことは、御車も知っていたのだろう?。だったら、何も向き合わずに、素早く彼を避けて背後に逃げる事だって出来たろうに。」
ホームズは、肩をすくめた。
「残念ながら、ティポーの背後には、怒りに燃えた教授が、ひざ立ちで猟銃を構えていたんだよ。教授に気付いた勇敢なる御者君は、殴り倒したティポーを人質にとろうとしたんだね。ティポーも教授が銃を構えていることを知っていたから、あえて教授と御者君の間に割って入ったんだ。結局、ティポーの判断で、教授を人殺しの汚名から救い、御者の命も…とりあえずは救った事になるね。
これが今回の冒険の全てさ。」
ゆらめく紫煙の中で、ホームズは、いつもの椅子に腰掛たまま両手を広げた。私は、教授と黒人の青年を思い出し、事件の解決に安堵のため息を漏らした。
しばらく黙って煙草をふかしていたホームズは、ふと何かを思い出した様子で、にやにやと笑った。
「ところでワトソン君、僕たちのカレンダーの謎は解けたのかい?。」
今度は私が両手を広げる番だった。
「君が送ってきた2つのカレンダー…W&F商会の昨年と一昨年のカレンダーにも、10月始めの同じ日付に丸印が書き込まれているのはわかった。けれど、君が何故わざわざ印をつけて、昔のカレンダーをよこしたのか…」
「ははあ…なるほど。君はあの印を僕が書き込んだと思ったんだね?残念ながらそこからスタートすると、この問題は解決できないんだ。」
「君じゃないって?じゃあいったい…」
ホームズは、パイプをくわえたままで思い切り伸び上がり、背後の机上においてあった件のカレンダーを取ると、面食らっている私に寄越した。私が、カレンダーのページをめくっている間に、彼は懐から大きな虫眼鏡を取り出した。
「手書きのような形をしているけれど、これは印刷なんだ。ほら、これを使うと、全く同じ形をしているのが良くわかるよ。」
そう言って彼が寄越した虫眼鏡を覗き込み、私はううむと唸った。
「なんてことだ。ねえ君、いつ気がついたんだい?」そう訊ねてから、ホームズがスイフト氏と連れ立って部屋を出て行く光景を思い出した。「…ああ、スイフト氏が訊ねて来た夜に聞いたんだね?知ってて黙ってたなんて、なんて人が悪いんだ。」
ホームズは、ソファの後ろに転がっていた、真新しい紙筒を取り出しながら首を振った。「いや、印刷だと気がついたのは、教授の家でだよ。僕たちが見た大きなカレンダー、小さなカレンダー、手帳全てに、同じマークがついていたんだ。君も見たろう?。ちなみにそのカレンダーは、教授のコレクションからお借りしたものだから、綺麗に丸めておいてくれたまえ。」
「ちっとも気がつかなかったよ。しかし、どうしてそんな印刷が毎年…」
ホームズは、手品師のようなしぐさで、紙筒から新たなカレンダーを抜き出した。
「商売をする気になって考えてみたら、君にも解ると思うよ。あれはね、来年のカレンダーの発売日なんだ。あの印刷が何かわからないようであれば、どうやら間に合ったようだね。さあ、教授から君へのプレゼントだ。」
そう言うと、彼は来年のカレンダーをぱらりと広げ、私に寄越した。
新しいカレンダーの10月を開いてみると、やはり同じ丸い印が印刷されていた。私は思わず微笑んだ。昨日の日付には、教授とティポーの感謝の言葉が、綺麗な青いインクで記されていたのである。
(了)
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あれだけのクオリティでかつ、LAMYネタもちりばめられていて、とてもおもしろかったです。
ホームズ、ひさしぶりに読んでみようと思います^^;
ありがとうございます
ホンモノを読み返すきっかけになるとは嬉しいですねぇ…長々とおつきあいいただきありがとうございました。