事前に共有した採点基準自体に採点者(複数)の主観が入っています。
回答者が「これで全部の要素を網羅した」と考える回答を作ってもそれが採点基準に必要とされる要素を網羅できているという可能性は高くないという話です。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11289115906
であるならば、東大で講師か教授が知らんけどそういう役職について、東大国語の問題作成者として採点基準を共有する経験を持った人なら、どういう基準で共有されるのか感覚でわかってるものだから、自分が関わってない東大国語でも満点とれることもまあ現実的な可能性であるってことなのかな?
てか司法試験受かってるような人間でも小問で6点中1点とかになるような試験ってそっちのほうがおかしくないか。
https://www.youtube.com/watch?v=8xz032T0HSs
いやもっと言えば試験がおかしいというより、難しくしようと思えばそういう人でさえそういう悲惨な点をとらせられることができるような言語ってのが欠陥言語なんじゃないかって。
東大レベルの言語能力を持っていても満点解答を導き出せないのだから、通常の会話であちこちで「そんな話してない」とか言われてしまうような受け答えをしているやり取りが発生していても当然。
東大の問題より会話の受け答えの方が簡単だろうとは言えない。活字媒体がある程度形式化と言えるほどはわからないがある程度法則性に基づいて書かれているのに対して、会話なんてなんの節操もない。
インテリ同士だろうが当たり前のようにそんな話してないって反応をぶつけあう羽目になってる。
これでよく意思疎通が成り立つもんだな?いやただ言葉のやり取りだけで終わる雑談ならともかく、行動に移すことを前提とした合意とかどうやってとれてんだってならないか?
大規模なプロジェクトもよく実現できるもんだな?みんなが少しずつでも齟齬をきたしてるなら伝言ゲーム方式でどんどんズレは大きくなるわけで、それはやり取りに参加してる人数にも比例するんだから、大規模なんて成り立たないだろって思えてきてしまう。
そこは国語の問題があえて会話でたとえるなら一通りの話しかしてもらえなくてそれで理解できなくても質問も許されないのに比べれば、質問ですり合わせをしようとすることができるってのがそんなに効果絶大なのかなあ?
dorawiiより
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おまえまた酒飲んだだろ! 連休だからって飲んでんじゃねえアル中!
確かに昨日はブランデーとワインと日本酒を飲みました dorawiiより
東大国語で8割とか取る人間同士なら問答を繰り返していけばお互いに共通理解へと収束していくが、そうでない場合はどんなに問答しても一定レベルまでしか理解の共有が到達しない...