2026-05-02

ロシアという国を思い浮かべるとき、そこには広大さと同時に、拭いきれない不安がある。ナポレオンに踏み込まれドイツ軍にも侵入された記憶は、モスクワが決して安全場所ではなかったことを静かに物語っている。

あの厳しい冬でさえ、外から意志を完全に遮ることはできなかった。ロシア土地を守るというより、「侵入されうる場所にいる」という感覚とともに生きてきたのだろう。

ソ連崩壊のあと、資本主義という別の道が現れた。しかしそれは、単なる経済の仕組みではなく、西側に主導権を握られる可能性を含んでいた。その経験や予感は、ロシアの中にゆっくりとした不信感として沈殿していった。

中国のように流れを利用しながら距離を保つ器用さを持てなかったロシアは、結局その道に深く入ることをためらう。そして外へ向かう。中心を守るために周縁を広げるという、少し古風で、しかし切実なやり方だ。

それは戦略であると同時に、「脅かされ、裏切られてきたかもしれない」という感覚からまれ物語でもある。静かな部屋でそのことを考えると、それはどこか人間の振る舞いに似ている。過去への不信を抱えたまま、距離を取りながらしか世界と関われない、その不器用さに。

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