2025-12-27

ボウリングにおける「制御不能性」への考察

ボウリングという競技本質的な「面白くなさ」は、プレイヤー技術介入が及ばない「不確定変数の多さ」に集約される。

第一変数は、レーン上に塗布されたオイルのコンディションであるファナックの高性能ロボットアームを用いて寸分狂わぬ投球を再現したとしても、結果は一定にならない。オイルの厚みや伸び方は目視判別することが不可能であり、ボールがピンに到達するその瞬間まで、目に見えない「摩擦のゆらぎ」という変数が付き纏い続けるからである

これは野球テニスといった他の球技とは決定的に異なる。野球ナックルボールテニスツイストのように不規則な変化を伴う技であっても、それらはプレイヤーの動体視力や反射神経によって、ある程度の偏差を埋める「制御余地」が残されている。しかし、ボウリングは一度手を離れた瞬間、ボール運命ブラックボックスであるレーンコンディションに委ねられ、プレイヤーはただ観測することしかできない。

さらに、この不確定性を決定づけるのが、衝突後におけるピンの挙動であるボール理想的ポケットに的中したとしても、そこから先のピンの弾け方、倒れ方はカオス力学的な領域に属する。わずか数ミリの着弾の差や、ピン同士の接触角度の連鎖によって、ストライクになるか、あるいは理不尽スプリットが残るかが決まる。

まりボウリングとは、投球前には「不可視オイル」に翻弄され、投球後には「予測不能なピンのアクション」という二重の運要素に支配されている。この、「入力完璧にしても、出力(結果)が保証されない」という因果関係希薄さこそが、純粋な実力勝負を好む者にとっての徒労感の正体であると言える。

よってボウリングはクソ、今後の社内行事は欠席します。

以上、何卒よろしくお願いします。

山岡

  • 山岡はZ世代?

    • Z世代は野党みたいに批判だけするのが特徴 カーリングの方が面白いですよとか、より優れた代案を示すことができない

  • 繰り返し投げるんだから大数の法則で真の実力は収束するよ、

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