<5>喜び 万博の風にのせ
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子どもらが描く「元気のぼり」<三田>
東日本大震災から1年が過ぎた被災地の空に、カラフルな絵柄の「元気のぼり」が風になびいた。笑顔や花、虹、子どもたちの手形……。三田や神戸を中心に、子どもたちや老夫婦らが、絵や文章で、それぞれの思いを自由に表現したものだ。
プロジェクトを始めたのは、三田市にアトリエを構える造形作家の新宮晋さん(87)=写真=。自然のエネルギーを動力とする作品に挑み、「風の彫刻家」として知られる。
1970年の大阪万博では、会場中央の人工湖・進歩の湖に、野外彫刻「フローティング・サウンド」を浮かべた。ししおどしの原理で音を出す。多くの人がその発想に驚いた。アメリカ館前には、風で揺れる大きなブランコのような作品「太陽と友だち」を置いた。
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三田市広報・交流政策監を務めた矢萩典代さん(65)は、新宮さんの人柄や作品に魅せられた。「世界的なアーティストだけど、少年のような遊び心を持っている」。市広報誌に1年間、子ども向けに物語を書いてもらった。プロジェクトにもかかわるようになった。
三田市ではたびたびイベントを開き、自然のなかで子どもたちがこいのぼりの形をした長さ3・5メートルの白い布に絵を描き、メッセージを書いてきた。「子どもだけではなく、周りのおとなも笑顔になるんだ」。そう、思った。
被災地を励ますために始まった元気のぼりは、宮城県名取市の閖上港で泳いだ後、神戸や奈良などでも掲げられた。思い思いに描いたものが国内だけではなく、ドイツやアラスカからも届いた。新宮さんは語る。
「描く体験は子どもの人生に大きくかかわると期待している。元気のぼりは、多くの人たちでつくる『究極の風の彫刻』」
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矢萩さんは三田を離れて関西電力の社外取締役となった。関西経済界の女性17人でつくる「万博サクヤヒメ会議」のメンバーを務め、世界に発信できることはできないか、と考えた。
2025年大阪・関西万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。世界では紛争が続いている。
ひらめいた。
風に、国境はない。「元気のぼりを泳がせよう」
メンバーで議論しながら企画書を仕上げ、スポンサー企業との交渉に臨み、PRイベントの開催にも奔走して、決まった。
新宮さんは「子どもたちが描いた時の喜びを感じ、地球や自然のことを考えてもらいたい」と話す。
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元気のぼりは今、三田市の田園地帯にある新宮さんのアトリエで保管されている。その数、250本。それだけ、たくさんの人の思いが詰まっている。
今夏、万博会場の空に泳ぐ。すでにある70本と、会場で能登半島地震で被災した人や日本に住む外国人に描いてもらう30本の計100本を掲げる。
その日は、7月20日。どんな風が吹くのだろう。その時を楽しみにしている。(高部真一)
(おわり)