水野葉舟とは? わかりやすく解説

水野葉舟


水野葉舟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/15 06:19 UTC 版)

水野葉舟

水野 葉舟(みずの ようしゅう、1883年4月9日 - 1947年2月2日)は、日本の詩人歌人小説家心霊現象研究者。本名は盈太郎(みちたろう)。別号蝶郎。

東京府生まれ。新詩社に入り、詩文集『あららぎ』、窪田空穂との合著歌集『明暗』で登場。『微温』、小品集『草と人』などで自然主義文学に独自の地位を占めた。のち、千葉県三里塚で半農生活に入った。建設大臣などを務めた水野清は次男。

略歴

東京下谷区仲御徒町生まれ。父は農商務省官吏。父の転任で1891年(明治24年)から福岡で暮らし、1900年(明治33年)に東京に戻る。福岡県立豊津中学校(現・福岡県立育徳館中学校・高等学校)卒業。

中学時代から詩作を行っていたが、上京して与謝野鉄幹に師事し、水野蝶郎名義で新進詩人として知られる。この頃、高村光太郎窪田空穂とも知り合い、特に高村とは終生の友となった。

1901年(明治34年)には早稲田大学高等予科に進学。しかし、鳳晶子との仲を疑われ、鉄幹から破門される。やはり新詩社をはなれた窪田が発行した雑誌『山比古』に参加。1902年(明治36年)には早稲田大学経済科に進学。

在学中に植村正久から洗礼を受けキリスト教徒となり、1904年(明治38年)に大学卒業。卒業後しばらくは詩作を続けるが、やがて「水野葉舟」名で「小品文」とよばれる小説作品を発表。自然主義文学の若手作家として名声を高めた。

しかしやがて、怪談・怪異譚の収集、心霊研究に熱中しはじめ、心霊文献の翻訳や、収集した怪異譚を多数発表。1905年には早稲田大学在学中の佐々木喜善(当時は、「佐々木鏡石」名での若手作家であった)と知り合い、彼が語る遠野地方の物語を、「怪異譚」としてとらえて熱中する。

1907年(明治41年)には文学者のサロン「龍土会」で柳田國男とも出会い、怪談への嗜好にはさらに拍車がかかっていく。当時は欧米スピリチュアリズムの影響を受けた、文壇あげての「怪談ブーム」でもあり、同1907年11月には佐々木を柳田宅に連れてゆき引き合わせ、3人は怪談話で盛り上がった。1908年(明治42年)3月には柳田の訪問に5ヶ月先立って、遠野の佐々木宅を訪問し、現地での体験・見聞を小説化している。

さらに、1922年(大正11年)には、野尻抱影とともに「日本心霊現象研究会」を創設。また、野尻とともに、新光社から「心霊問題叢書」と銘打って、海外の心霊研究資料を翻訳刊行した。

その一方でローマ字普及運動にもかかわり、1919年(大正9年)にはローマ字詩集『SUNA』を刊行。また、「ローマ字ひろめ会」の理事、評議員などを歴任した。

また、トルストイの思想に共鳴して、1924年(大正13年)千葉県印旛郡駒井野(現在は成田市)に三千坪の畑地を購入し、妻子とともに半農生活を送る。また、同地方の自然、民俗、方言などの研究も行った。

和歌の弟子としては、黒田忠次郎などがいる[1]

1947年(昭和22年)に、63歳で死去。

家族

  • 父・水野勝興(1857年生) - 東京府士族水野勝智の二男[2]沼津兵学校資業生を経て熊谷県暢発学校の教員ののち、塚本明毅に師事し、就学生の監督を務める[2][3]。その後農商務省に出仕したが上司の高橋新吉が興した九州鉄道に1888年に転職、1900年には高橋が総裁の日本勧業銀行に移り、1914年に同行監査役となった[2][4][5]。息子・葉舟の友人だった高村光太郎を支援し、光太郎による肖像画が遺されている[6]
  • 母・実子(1862年生) - 夫と同様、高村光太郎による肖像画があり、損保ジャパン東郷青児美術館に所蔵されている。
  • 妹・かね(1886年生) - 属最吉の妻[2]
  • 前妻・千恵子(1887-1915) - 丸毛利恒の娘[5]。葉舟の父に結婚を反対され、婚前に長女・実子を出産。4人の子を生すが難産がもとで死去[5][7]。義兄(姉の夫)に佐々木指月古河電気工業専務の荻野元太郞[8][9]
  • 後妻・文子 - 画家・伊藤直臣の妹[7]。2児を儲けたが田舎暮らしに耐えきれず子を連れて1933年より別居[5]
  • 内妻・宮本満寿(-1948) - 1937年に女児を出産[5]。葉舟没後妻の文が家に戻ったため、子を連れて実家に戻り、1年後死去[10]
  • 二男・水野清 - 文との子
  • 養女・実子(1905年生) - 戸籍では長山一郞の長女[2]尾崎喜八の妻[11]

著書

  • 明暗 窪田空穂 金曜社 1906.7
  • あらゝぎ 金曜社 1906.7
  • 響 新潮社 1908
  • 悪夢 白光社 1909.6
  • 日記文 文栄閣 1910.11
  • 愛の書簡 春秋社 1910.5
  • 葉舟小品 隆文館 1910
  • 小品作法 文栄閣 1911.7
  • 山上より 春陽堂 1911
  • 壁画 春陽堂 1911.4
  • 妹に送る手紙 実業之日本社 1912
  • 女子作文全書 国民書院 1913
  • 小品文練習法 新潮社 1915
  • 一日一信 一年間の手紙の実例 阿蘭陀書房 1916
  • 若き婦人に送る書 現代出版社 1917
  • 現代文章作法 莫哀社 1917
  • 古今名家書翰集 大日本書翰学会出版部 1917
  • 自然の心 阿蘭陀書房 1917
  • 手紙の書き方 阿蘭陀書房 1917
  • 代表的の美文 アルス 1917
  • 模範の日記文 アルス 1917
  • 新書簡文作法 止善堂書店 1918
  • 紀行文作法 春陽堂 1919
  • 四季の文章修行 博文館 1920
  • 果のなる木 研究社 1921(中学生叢書)
  • 綴方教育に就いて 現代日本の研究 新更会刊行部 1932
  • 村の無名氏 人文書院 1936
  • アメリカの読本 春陽堂 1936(少年文庫)
  • フランスの読本 春陽堂 1936(少年文庫)
  • 滴瀝 歌集 草木屋出版部 1940.9
  • 食べられる草木 月明会出版部 1942-43
  • 鄰人 今日の問題社 1943
  • 明治文学の潮流 紀元社 1944.9

翻訳

復刻

  • 草と人 水野葉舟選集刊行会 1974
  • 明治文学の潮流 日本図書センター 1983(明治大正文学回想集成)
  • 沼の思ひ出 葉舟会 1984(水野葉舟資料 1)
  • 三里塚散歩 葉舟会 1985(水野葉舟資料 2)
  • 遠野へ 葉舟会 1987(水野葉舟資料 3)
  • 下総開墾 葉舟会 1988(水野葉舟資料 4)
  • 遠野物語の周辺 横山茂雄国書刊行会 2001
  • 葉舟小品 佐藤浩美編 三恵社 2018

脚注

  1. ^ 金子光晴、他・編集『日本詩人全集・第三巻』創元文庫、1953年、241p頁。 
  2. ^ a b c d e 水野勝興『人事興信録』第4版 [大正4(1915)年1月]
  3. ^ 学制期諸県に及んだ静岡藩小学校の影響樋口雄彦、国立歴史民俗博物館研究報告、第167集 2012年1月
  4. ^ (株)日本勧業銀行『日本勧業銀行四十年志』(1938.01)渋沢社史データペース
  5. ^ a b c d e 『忘れえぬ赤城: 水野葉舟、そして光太郎その後』佐藤浩美、三恵社, 2011、p167-170
  6. ^ 新収蔵品紹介損保ジャパン東郷青児美術館レポート40号、2013年3月 公益財団法人損保ジャパン美術財団
  7. ^ a b 成田ゆかりの人々 水野葉舟成田市
  8. ^ 荻野元太郞『人事興信録』第8版 [昭和3(1928)年7月]
  9. ^ 『忘れえぬ赤城: 水野葉舟、そして光太郎その後』佐藤浩美、三恵社, 2011、p82
  10. ^ 孤児となった末娘 水野葉舟(10)千葉日報、2010年9月16日
  11. ^ ランプの家の生活 水野葉舟(4)千葉日報、2010年6月17日

参考資料

  • 水野葉舟『遠野物語の周辺』(国書刊行会)収録の横山茂雄による解題「怪談への位相」。

外部リンク

葉舟作品展示博物館

水野葉舟(みずの ようしゅう)

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松岡國男妖怪退治」の記事における「水野葉舟(みずの ようしゅう)」の解説

松岡國男友人自然主義文学者。女性読者達を「ぼくの妹たち」と呼びかけて、女学生圧倒的人気をほこる。

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