
濱中 淳子(はまなか・じゅんこ)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授略歴はこちらから
女性の社会進出が叫ばれるようになって久しい。政策上の大きな転換点となった男女雇用機会均等法の制定から数えれば、40年弱もの月日が経つ。しかしながら状況改善のための課題はいまだ多いというのが実際のところだろう。
日本の女性活躍推進は、世界的にみてもかなり遅れている。世界経済フォーラムが公表する「ジェンダー・ギャップ指数」でいえば、日本の総合ランキング(2021年)は156か国120位、G7では最下位という結果だった。なぜ、女性の活躍が進まないのか。
この問いにかんしては、これまで社会科学の複数の領域にわたって吟味されてきた。そしてその多くは、女性活躍にとって大きな壁となっている制度や慣行の存在を指摘する(武石2006,川口2008,山口2017など)。なるほど、これら制度や慣行の影響を仔細に把握し、改めていくことは大事だが、ただ、働く個人の立場からすれば、制度や慣行が改まるのを待ち続けるわけにもいかないだろう。
では、女性が自身のキャリアアップを図ろうと考えたとき、はたしてどのような行動に出るだろうか。おそらく少なくない者が「自ら学ぶ」という行為を選ぶように思われる。社会工学者の矢野眞和(東京工業大学名誉教授)は、著書『試験の時代の終焉』(有信堂,1991年)のなかで次のように述べる――「理論や政策を考えるなら話は別だが、日常的生活者の身からすれば、制度の改革や自然の力を頼りにするわけにはいかない。努力をして、所得の向上を目指すならば、教育を手がかりにするのが適切な選択肢だということになる。教育投資は努力の唯一の味方なのである」。
以上の文脈から、働く女性の自己学習の実態とその意味について分析したことがある。その結果は濱中(2022)にまとめているが、主な結果を2つほど紹介しておきたい。なお、分析には、パーソル総合研究所が2020年に実施した「働く1万人の就業・成長定点調査」を用いている[i]。
自己学習者比率には男女差がある
働く人びとがどれほど自己学習しているか。調査では「あなたが自分の成長を目的として行っている勤務先以外での学習や自己啓発活動についてお知らせください」として、10種類の項目を挙げ、あてはまるものすべてに〇をつけてもらっている。10種類とは、1)大学・大学院・専門学校、2)資格取得のための学習、3)語学学習、4)NPOやボランティア等の社会活動への参加、5)勉強会等の主催・運営、6)研修・セミナー、勉強会等への参加、7)通信教育、eラーニング、8)読書、9)副業・兼業、10)その他、である。
これら10種類のうちひとつでも選択した回答者を「自己学習者」と呼ぶことにしよう。図表1は、その自己学習者比率を男女別に算出したものである。男性54.2%に対して、女性47.2%。両者のあいだには7ポイントの差が認められる。
図表1 自己学習者比率(男女別)
ただ、男女の違いを考えるには、むしろ図表2の結果のほうが参考になるかもしれない。これは、回答者のなかから「正社員×大卒以上×小学生以下の子どもあり」という条件に当てはまる者のみを抽出し、自己学習者比率を算出した結果である。いわば企業の中心にいる若手の分析ということになるが、その値は、男性67.3%、女性58.2%。9.1ポイントの差が確認される。
図表2 「正社員×大卒以上×小学生以下の子どもあり」の自己学習者比率(男女別)
大卒という学歴を獲得し、正社員として就職した女性が、育児と向き合いながらどのような生活を送っているのか、その一端があらわれているように見受けられる。同じ条件の男性が学びにチャレンジしていくなかで、学ぶことがままならない女性たちがいる。
自己学習の効果にも男女差がある
詰まるところ、女性が自己学習しにくい/自己学習できない状況に社会的に置かれていることを指し示す結果だが、一方でこれを、女性たちが合理的に判断した帰結だと捉えることもできよう。つまり、女性の自己学習には大きな効果がみられない。こうした空気が職場に漂っているからこそ自己学習を試みる女性が少ないのではないか、という見方だ。
その可能性を検証するため、年齢や企業規模、職場所在地、学歴等を統制したうえで、自己学習の経済的効果を計測した。自己学習の効果にしぼってその結果を示せば、図表3のようになる。
図表3 自己学習の所得向上効果(男女別)
上述のように、調査では、10種類の項目で自己学習の状況を尋ねていた。図表3は、この回答を用いて、自己学習者を「1種類の自己学習をしている人」「2種類の自己学習をしている人」「3種類以上の自己学習をしている人」に分類し、それぞれ自己学習をしていない人に比べて所得が何%高くなっていたかを示したものである。なお、ここでは、正社員の分析結果のみを示している。
自己学習については、ひとつのものに熱心に取り組むというスタイルも想定される。したがって、種類の多さがそのまま熱心度を意味することにはならないが、種類が多ければ必然的に時間は増えるし、なにより自己学習による多忙感が増すと考えられる。「働く一方で、読書を糧に学ぶスタイル」と「働きながら読書もするし、セミナーにも顔を出し、資格取得にも励むスタイル」をそれぞれイメージしてもらいたい。こうした違いがどう反映するかを検証したものだが、(1)女性の自己学習にも経済的効果は確認される、(2)ただし、女性の場合、2種類以上の学習をしないと効果は期待できない、(3)2種類以上の学習をしたときの効果は、男性より女性のほうが大きい、という点が指摘される。正社員として働く女性の場合、自己学習に意味はあるが、学習するなら徹底して取り組む必要がある。
なぜ、男性と女性とのあいだで効果のあらわれ方が違うのか。さらなる検証が求められるが、次のように考えることもできるのではないだろうか。すなわち、現在の日本社会は、いまだ男性中心で動いており、女性の場合は、少しぐらい学んだところで評価されにくい。様々な学習に取り組むほどのバイタリティがあって、はじめて周りに認識されるようになる。
冒頭で、「働く個人の立場からすれば、制度や慣行が改まるのを待ち続けるわけにもいかない」と述べた。そのうえで自己学習に注目したわけだが、以上の結果を通してみえてくるのは、やはり制度や慣行の問題である。仮に自分のキャリアを豊かにしたいと考えている女性がアドバイスを求めているという場面を想定してみよう。その女性に、自己学習という手段を勧めることはできる。けれども、「女性ならではの制約を乗り越え、同時に男性以上に積極的な姿勢が必要になるけれども」という条件付きでのアドバイスになる。こうした現状には、やはり問題があると言わざるを得ない。
学び直し、リカレント、リスキリング等々、働く人びとの学びへのまなざしが熱くなりつつある昨今である。なぜ、女性の活躍が進まないのか。この問いと自己学習とを結びつけた議論がさらに展開していくことを期待したい。
《文献》
・濱中淳子,2022,「働く女性の自己学習――特性としての〈制約〉と〈複合学習本位制〉」『高等教育研究』第25集,pp.89-107。
・川口章,2008,『ジェンダー経済格差―なぜ格差が生まれるのか,克服の手がかりはどこにあるのか』勁草書房。
・武石恵美子,2006,『雇用システムと女性のキャリア』勁草書房。
・山口一男,2017,『働き方の男女不平等―理論と実証分析』日本経済新聞出版社。
・矢野眞和,1991,『試験の時代の終焉』有信堂。
[i] 東京大学社会科学研究所データアーカイブセンターを通じて、同調査の二次分析の許可および個票データの提供を受けた。
濱中 淳子(はまなか・じゅんこ)/早稲田大学教育・総合科学学術院教授
1974年富山県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。大学入試センター研究開発部教授、東京大学高大接続研究開発センター教授を経て現職。アンケートやインタビューなど社会調査を駆使した分析を行っている。
単著に『検証・学歴の効用』(勁草書房、2013年)、『「超」進学校 開成・灘の卒業生 その教育は仕事に活きるか』(ちくま新書、2016年)、共著に『教育劣位社会』(岩波書店、2016年)、『大学入試改革は高校生の学習行動を変えるか―首都圏10国パネル調査による実証分析』(ミネルヴァ書房,2019年)などがある。