高山 あかり(たかやま・あかり)/早稲田大学理工学術院先進理工学部物理学科准教授略歴はこちらから
?自然界には存在しない物質を創って性質を解明する?
物性物理学 ?物質の性質を明らかにする学問?
皆さんは物理学と聞いてどのような学問分野を想像しますか? 高校の物理の教科書を見てみると、力学、熱・波動、電磁気学、原子の単元が設定され、大学で学ぶ物理学としては統計力学や量子力学が思い浮かぶか人もいるでしょう。また、物理学科に入学した大学1年生にどの分野の研究がしたいですか? と尋ねると、宇宙や素粒子、最近では生物物理が人気です。
私が専門とする「物性物理学」は、中・高校生にはあまり馴染みがないかもしれませんが、ざっくり言えば、「どうして金属には電気が流れるのか?」とか「なぜ鉄は磁石にくっつくのか?」といった「物の性質=物性」を明らかにする学問です。物性物理学によって様々な物質の性質を理解してきたことで、より良い性質や新しい性質を持った物質が発見・創出され、それらの物質が工業製品に応用された結果、現代の便利な生活が達成されました。スマホが使えるのも、リニア新幹線が開発されたのも、物性物理の恩恵だと私は思っています。
物質の性質を決める鍵となるのは、物質中に存在する電子の動きです。より正確には、物質中の電子がどのようなエネルギー、運動量、スピンで運動しているかによって物性が決まります。同じ炭素の元素でできたダイヤモンドとグラファイト(黒鉛)が全く異なる物性を示すのも、原子の配置とそれに付随する電子の運動の違いに起因します。そのため、物性研究では、物質の構造、電子の状態、物性の計測、という観点で研究が行われています。
低次元だからこその物理
物性物理学と一口に言っても、その内容は多岐に渡ります。私の研究室では、主に原子層シートや薄膜などの2次元物質を様々な実験的アプローチで解明する、という研究を行っています。通常の3次元結晶はx, y, z方向にそれぞれ周期性を持ちますが、2次元結晶の場合、面直方向には原子が存在しないため、電子の動きは2次元面内に制限されます。次元性が変わることで物性が大きく変わることが知られている物質の一つに、2010年のノーベル物理学賞の研究対象「グラフェン」が挙げられます。グラフェンはグラファイトを極限まで薄くした2次元シートで、炭素がハニカム格子を組んだ構造をしています。グラフェンは原子1層分の厚さしかないものの、シート自体が強靭かつ高い柔軟性をもち、さらに電気伝導度や熱伝導度が高いという特性を持っています。現在、炭素と同族のシリコン(シリセン)やゲルマニウム(ゲルマネン)、周期表で一つ隣のホウ素(ボロフェン)の原子層シートの合成とその物性研究も盛んに行われています。これらの物質は自然界にはそのままでは存在しませんが、自然界のルール(物理法則)に反しなければ、土台となる基板や成長条件を上手に選択することで人工的に作製することができます。
また、低次元という括りでは、結晶の周期が破れる表面や界面も研究対象になります。結晶表面に別元素を修飾することで結晶表面に新たな周期構造を作製したり(表面超構造)、異なる物質を接合させた物質(ヘテロ接合界面)を作製したりすることも可能になっています。このような人工的に創られた2次元面において3次元の結晶とは異なる物理現象が発現することが理論的にも予測されており、現代物理学のホットトピックスとなっています。
その場で創ってその場で測る
原子レベルの厚さしかない表面や原子層シートは、大気中で水や酸素によってすぐに試料が汚染されてしまうため、10-8 Paという超高真空下で試料の作製から測定までを行う必要があります。もちろん、試料が予測通りにできているかという評価も真空中で行います。試料評価のために私たちが良く使う実験手法が電子回折です。電子線を試料に入射すると、表面構造の周期によって回折現象が生じます。その回折パターンから、試料の周期を判断することができます。
図1:様々な物質の低速電子回折(LEED)像。
上段左からSi(111)-7×7、Ge(111)-c(8×2)、SiC上2層グラフェン、
下段左からB/Al(111)モアレ周期構造、Cu/Si(111)-5.55×5.55、(Pb, Bi)/Si(111)-√3×√3-R30°。
電子状態を見る実験手法として、角度分解光電子分光(ARPES)があります。この手法では、電子の持つエネルギー・運動量を同時に分解して測定できるため、物質中の電子の状態を決定することができる非常に強力な実験手法として知られています。ARPESは光電効果を利用した実験で、強いエネルギーの光を試料に入射して試料内の電子を真空中に叩き出し、その電子のもつ運動状態を計測します。強いエネルギーの光が必要なので、国内外の放射光施設での実験も盛んに行われています(実はこの原稿も佐賀県にある佐賀県立九州シンクロトロンで書いています)。ARPESをさらに拡張してスピンの情報まで分解して測定できるスピン分解ARPESでは、トポロジカル絶縁体やラシュバ効果といった、表面で特異なスピンが発現する物質の研究に有用です。私たちの研究グループでは、最近V族半金属のBiとSbのヘテロ接合界面のARPES実験を行いました。ラシュバ効果の起きる表面どうしを接合させた界面ではどんな電子状態が発現するのか? という興味で実験を行った結果、界面ではBi表面ともSb表面とも異なる電子状態が発現していることを突き止めました[1]。今年は広島大学放射光科学研究センター(HiSOR)でスピン分解ARPES実験も行いました。現在、界面電子スピン状態の実験結果をまとめた論文を書いているところです。
図2:(左)放射光を用いたARPES実験の様子。(右)Sb/Biヘテロ構造の概念図とARPES実験の結果。
また、構造を決定する実験として、全反射高速陽電子回折(TRHEPD)という実験手法があります。3次元結晶の構造解析にはX線回折法が用いられますが、X線は結晶内部まで深く入り込むため、表面超構造や原子層シートの構造解析には適しません。X線のかわりに、電子の反粒子である陽電子線を試料に入射し、その回折パターンから構造解析する手法が陽電子回折です。陽電子線を試料表面にすれすれの角度で入射すると全反射することが知られていて、これはつまり、試料表面の構造のみを反映して回折が起きることを意味します。少しずつ入射角度を深くしていくことで陽電子線は徐々に試料内部まで入射・回折しますが、いずれにせよ非常に表面敏感な実験手法なので、原子層物質の構造解析に特に有益な実験手法として知られています。実はこの実験手法は日本発祥で、現在、茨城県つくば市にある高エネルギー加速器研究機構の低速陽電子実験施設が世界唯一の実験施設です。これまで私たちの研究グループでは、SiC基板上に作製した2層グラフェンにCaを挿入した物質[2]やAg基板上に作製したボロフェンの構造解析[3]を行ってきました。
図3:(左)TRHEPD実験の様子。(右)TRHEPD実験の概念図とCa挿入2層グラフェンの構造模式図。
錬金術師のように物質を創り、探偵のように真理を暴く
ここまで、私の研究内容を通して物性物理学の研究者の一例を紹介してきましたが、私自身、物性物理学の研究者になるとは想像もしていませんでした。
小学生の頃、推理小説や探偵漫画が好きで、特に論理的に犯人やトリックを当てる” whodunit(フーダニット)”を好んで読んでいたこともあり、探偵という職業に憧れました。大学受験を間近に控えた頃、数学か科学、どちらで進学しようか迷っていた頃、錬金術師が主人公の漫画を読んで科学者に憧れ、理科系の学科に進学しました(教育学部ですが)。探偵にも錬金術師にもなれませんでしたが、今現在私が行なっていることと言えば、錬金術師のように人工的に新しい物質を創り、探偵のように物理法則から現象を論理的に説明するという、まさに両方の夢を叶えたような職業なのでは? と思っています。これからも日々の実験を通して、誰も知らない世界の一端を明らかにしていきたいです。
[1] “Electronic structure of Sb ultrathin film on Bi(111) with large lattice mismatch”, H. Abe, et al., AIP Advances 13, 055303 (2023).
[2] “Structure of superconducting Ca-intercalated bilayer Graphene/SiC studied using total-reflection highenergy positron diffraction”, Y. Endo, et al., Carbon 157,857-862 (2020).
[3] “Structure of χ3-Borophene Studied by Total-Reflection High-Energy Positron Diffraction (TRHEPD)”, Y. Tsujikawa, et al,, Molecules 27(13) 4219-4219 (2022).
高山 あかり(たかやま・あかり)/早稲田大学理工学術院先進理工学部物理学科准教授
福島大学教育学部卒(2008)、東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士後期課程修了(2013)。2014年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻助教、2018年早稲田大学理工学術院先進理工学部物理学科専任講師、2020年より現職。