社会学の作法・初級編【改訂版】
四 文献調査の作法──情報探索の初歩
事典を開く
これまでは「問題」を見つけるまでの話をしてきた。これからは「問題」を見つけたあとの話である。だれでも人生に何度か、ものごとを調べなければならないときがある。それはたとえば、子どもに受けさせるワクチンの副作用であったり、社会人入学できる大学院のリストであったり、引っ越し先の社会環境であったり、衝動買いしてしまったシマリスの飼い方であったりする。あるいは、ささやかな市民運動を始めたさいに特定のテーマについて調べなければならなくなる。専門家に話をきけばいいではないかといっても、ではどうやって専門家を探すのかが問題になる。このようなときわたしたちは、垂れ流しのことばを浴びて満足している受け手であることを脱して、能動的なインフォメーション・シーカー(情報探索者)になる。大学で教員が課題をあたえるのは、その予行演習をしてもらいたいがためである。
知りたいと思うことがらはさまざまだ。人物・事件・事項・文献・ことばの意味・統計のデータなど。まず最初に見るのは図書館学の用語でいう「レファレンス・ブック」(参考図書)だ。これは辞書・事典・索引・図鑑・年表・書誌などのこと。これらは「読む本」ではなく「調べる道具」である。そのため図書館ではこれらの本は一般の書架と区別しておかれている(たいてい「禁帯出」あつかい)。
社会学の研究対象はたいへん広く、それは社会そのものといえるほどで、関係する領域も広いので、ごく一般的な説明から始めよう。
ことばのかんたんな意味であれば国語辞典で一応の意味がわかる。とくに『広辞苑第四版』(岩波書店一九九一年)は国語事典とミニ百科事典を兼ねており、本を読んでいて気になったことばぐらいはわかる。しかし情報量はいかにも少ない。
そこで百科事典を調べる。いきなり事項を探してがっかりしてはいけない。百科事典は別巻の索引から調べるのが作法である。『世界大百科事典』全三三巻(平凡社一九八一年)なら第三三巻が索引編である。『ブリタニカ国際大百科事典改訂版』全二九巻(TBSブリタニカ一九八八年)は構成が特別なので注意が必要だ。三部構成である。うち二〇冊が大項目主義の読む事典、六冊が小項目主義のレファレンスガイド、第二七巻が総索引である。『ブリタニカ現代用語(最新版)』(一九九一年)もある。たとえば『世界大百科事典』の索引で社会学の巨匠ジンメルを引いてみると六箇所も記述のあることがわかる。「ジンメル」の項を引くだけでは十分活用したことにならないのだ。
歴史的事象であれば、ここまでで何とかイメージがつく。しかし、最近のできごとやことばについては現代用語事典や年鑑を見ることになる。じつは社会学の場合はこちらの方が圧倒的に多い。なぜなら社会学は現在を分析するところに重点があり、時間的にはここ二〇年前後の状況がとくに問題になるからである。代表的なものとして『現代用語の基礎知識』(自由国民社・年刊)、『知恵蔵』(朝日新聞社・年刊)、『イミダス』(小学館・年刊)がある。コンパクトなものとして『朝日キーワード』(朝日新聞社・年刊)。▼1
▼1 これは自宅にもっていてもいい。千円程度だから毎年買えるし、かさばらない。ただし毎年買うことが重要。
調べたいことがらの起こった年がわかる場合は年鑑がよい。はっきりしないときは年表の索引を見る。岩波書店編集部編『近代日本総合年表(第三版)』(岩波書店一九九一年)。一八五三年から一九八九年までをフォローしている。年鑑には『世界大百科年鑑』(平凡社)、『朝日年鑑』(朝日新聞社)、『読売年鑑』(読売新聞社)、『世界年鑑』(共同通信社)、『時事年鑑』(時事通信社)がある。これらのうち社会学的テーマについては『世界大百科年鑑』(たんに『百科年鑑』ともいう)がもっとも充実している。
調べたいことのカテゴリーがある程度はっきりしているときは専門事典を調べることになる。社会学系の事典には次のものがある。
(1)『社会科学大事典』(鹿島研究所出版会一九六八-七一年)--全二〇巻。しかし刊行後ずいぶん時間が経過しており、社会学プロパーに関して記述が古いのは仕方がない。第二〇巻が索引。
(2)森岡清美・塩原勉・本間康平(編集代表)『新社会学事典』(有斐閣一九九三年)--六〇〇〇項目と規模も大きく新しいので、ここしばらくはこれが定番の事典。参考文献も提示されている。
(3)濱島朗・竹内郁郎・石川晃弘編『社会学小事典増補版』(有斐閣一九八二年)--少し古くなってしまった観はあるが、標準的かつ安価な事典なのでもっていてもいい。
(4)見田宗介・栗原彬・田中義久編『社会学事典』(弘文堂一九八八年・縮刷版一九九四年)--社会学の広い問題関心を反映させた個性的な事典。小項目以外には「社会学文献表」がついているので基本文献を調べるのに便利(縮刷版にはない)。ただし「行為」や「社会学」などの超基本概念の解説は独自なのでビギナーにはきついかもしれない。守備範囲が広いので縮刷版が手元にあると便利。
(5)北川隆吉監修『現代社会学事典』(有信堂高文社一九八四年)--全三五項目の大項目主義の事典。構成は事典というより便覧かハンドブックにあたる。標準的な理論体系における位置づけを知るのによい。
(6)石川弘義ほか編『大衆文化事典』(弘文堂一九九一年・縮刷版一九九四年)--巻末にくわしい「大衆文化文献表」がついている(ただし縮刷版にはない)。マスコミ研究や現代文化論などに役立つ。
(7)井上・孝本・対馬・中牧・西山編『新宗教事典』(弘文堂一九九〇年・縮刷版一九九四年)--宗教社会学の現代的焦点となっている新宗教についての事典。
(8)石川・梅棹・大林・蒲生・佐々木・祖父江編『文化人類学事典』(弘文堂一九八七年・縮刷版一九九四年)
(9)今村仁司編『現代思想を読む事典』(講談社現代新書一九八八年)--基本的なコンセプトは社会学ではないが、社会学の基礎概念・社会学者・社会理論などもよく網羅されていて説明もくわしい。これだけの知識量が千円台で手に入るのは驚異である。新書本だから非常にコンパクト。これはもっていてもいい。
いずれにしても強調しておきたいのは索引を駆使することだ。探したい項目以外にも参考になる解説があるかもしれないことを念頭において調べてみよう。
書誌の世界へ
比較的新しい論文や著作であれば、その注の始めの部分を見るだけでも基本的な文献はわかる。数本の論文を集めれば、おのずと共通の文献が浮かび上がってくる。それを集めて読めばかなり本格的なものになるはずだ。専門性の高い限定されたテーマであれば、引用文献や参考文献からアプローチするのも案外ヒット率が高い。しかし、ごく学び始めの段階や新しいテーマに取り組むときは、ある程度系統的に調べて文献をリストアップしておくといいだろう。わたしたちの興味や関心は、そうしたリストを眺めていくうちに触発されるものなので、このあたりは早めにやっておきたい初級編の必須課題である。
まず、先ほど紹介した見田宗介ほか編の『社会学事典』の「社会学文献表」を見ておこう。一九八七年までのおもな社会学文献(著作中心)が六〇の分野別に分類されている。年代順なのでおおよその研究史もたどれる。レポートやゼミ報告程度であればこれで十分だ。▼2しかし知りたいことについて書かれた著作や論文にどのようなものがあるかを網羅的に調べるとなると書誌の世界に入らなければならない。といっても日本語の学術文献を探す程度のレベルであれば、そうむずかしいことではない。
▼2 ただし縮刷版にこの表はないので注意が必要だ。
著作を探すときは参考資料室(参考図書コーナー)にある『日本件名図書目録』(日外アソシエーツ)の「社会・労働」を見る。一九七七年から一九八四年まではまとまっているが、一九八五年以降は各年を調べなければならない。一九八八年以降の本であれば『ブックページ 本の年鑑』(ブックページ刊行会・年刊)のほうが、目次か要旨がわかるので便利だ。論文を探すとなると『雑誌記事索引 人文・社会編 累積索引版』(日外アソシエーツ)を見ることになる。これも「社会・労働」のところに社会学関係がまとまっている。雑誌論文の場合はとくに<特集>に注意しておこう。これを読めばかなり効率よく問題のありようが把握できる。
文系学部のある大学図書館であれば『社会学評論』(日本社会学会・年四回発行)が書庫にあるはずだから、これを引きだしてみるのもよい。この雑誌には一年分のうち二回に分けて(うち一回は補充分)日本社会学会会員の全業績が分類されて掲載されている。これで二年前までの著作(図書・翻訳・論文)がほぼ完全にフォローできる。「家族」「都市」「宗教」などのようにテーマが明確になっている人は、ここ十年分ほどをまとめてコピーをとっておけば何かと便利である。
社会学にとって資料となるのは何も研究文献だけではない。事件や流行に対する「当時の反応」を知るために資料として一般の雑誌記事や新聞記事を読むことも必要だ。現在進行形のできごとについては自分で切り抜きをしていけばよいが、昔のことについては次のようにする。
まず新聞記事について。一九七三年から一九八〇年までのニュース記事については毎日新聞社調査部編『毎日ニュース事典』(毎日新聞社一九七三-一九八〇年)を、一九八一年以降の記事については『読売ニュース総覧』(読売新聞社・年刊)を引いて具体的な日付を確定した上で他紙の縮刷版を調べる。もっと古い時代の記事については『明治ニュース事典』『大正ニュース事典』『昭和ニュース事典』(いずれも毎日コミュニケーションズ)を見るとおおよそのことはわかる。いずれも総索引がある。
週刊誌など一般の雑誌については『大宅(おおや)壮一文庫雑誌記事索引総目録』(一九八五年-)の「件名編」が有効だ。五万語のキーワードは壮観である。たとえば「悪徳○○」を見ると一五項目もある。このような項目の切りだしが大宅文庫の特徴である。人名は「人名編」を直接引く。
ここまでやれば初級編としては十分だと思う。レポート課題がでてからでもよいが、できればヒマなうちに慣れておこう。というのも、卒業論文などの相談を受けると「参考文献がない」という人が多い。それは探し方が悪いからだ。▼3そうならないように文献探索の作法とノウハウは大学生活の前半のうちに身につけておきたい。
▼3 逆に「参考文献が多すぎる」という学生もいる。それはテーマがしぼりきれていないからだ。
文献を集める
調べてデータの判明した文献の実物を手に入れるにはどうすればよいか。
本であれば方法は四つある。書店で買う。古本屋で買う。図書館で借りる。図書館にリクエストする。
文庫や新書を購入する場合は中小の書店で間に合うが、社会学系とその周辺の本を購入するとなると、中途半端な書店をはしごするよりも大型書店に行った方が話は早い。とくに社会学書は書店によってあつかいが著しく異なっていて、よほどのところでないとそろっていない。東京なら八重洲ブックセンター・三省堂書店・ブックセンターリブロ池袋店、大阪なら梅田の紀伊国屋書店と旭屋書店など。午前中にいくとよくわかるが、これらの書店は本の並べ方がじつに的確で、店員の社会学への理解が読み取れるほどである。これらの書店にない場合は即刻注文すべきである。それもなるべく大きな書店で注文する方が早いし確実である。▼4あるいは大学生協か、近くに文系の大学があればその生協に行ってみるのもいい。地方の人は書籍宅配便「ブックサービス」などを利用するほうが早いだろう。これはヤマトによるものだが、有力書店も宅配サービスをおこなっている。▼5電話やファックスなどで注文できるが、送料は有料である。しかし交通費のことを思えば高いものではない。急ぐときはこの方が早いようだ。
▼4 これは流通の問題。くわしくは、小林一博『本とは何か--豊かな読書生活のために』(講談社現代新書一九七九年)。中小書店サイドの苦労話の一例としては、早川義夫『ぼくは本屋のおやじさん(就職しないで生きるには1)』(晶文社一九八二年)。
▼5大規模書店による宅配サービスは次の通り。紀伊国屋書店(本のクイックサービス)・三省堂(三省堂BOOK急便)・有隣堂(有隣堂のテレ本便)・旭屋書店(ブックライナー)・八重洲ブックセンター(シロネコヤエスの配本便)。能勢仁『書店』(教育社新書一九九一年)一八五-一八七ページによる。
定番の本であっても、出版事情の問題で、学び始めた人にとっては入手困難なときがしばしばある。これは反省すべきことだが、概して教員は古い本を指定するものだ。そのときは図書館か古本屋めぐりをしなければならない。首都圏では『東京ブックマップ』(書籍情報社)がでているので、その最新版を参考に系統的に探すこと。
図書館にリクエストするのも有効な方法である。リクエスト制度とか予約制度と呼ばれる方式が、現在、公立図書館に広がりつつある。当然、これを機能させるためには図書館どうしのネットワークが欠かせないが、これもずいぶん進行しつつあり、日本語の本であればほとんど入手できるようになった。ただし、時間のかかることが多いので、早めに手続きをしておかなければならない。もちろん無料である。▼6
▼6 リクエスト制度の現状については、森崎震二・和田安弘編『本の予約』(教育史料出版会一九九三年)参照。
雑誌記事や新聞記事を手に入れる(もちろんコピーだが)にはふたつのルートがある。ひとつは図書館所蔵の雑誌のバックナンバーや新聞の縮刷版にあたることだ。そこに所蔵されていないものについては、図書館員に相談しよう。図書館でもっとも利用できる資源は図書館員なのだ。どうしようもないときは--これは首都圏の人にかぎられるが--国会図書館に行くことになる。しかし、初級編の範囲であれば、その前でたいてい何とかなる。▼7
▼7 永田町にある国立国会図書館は原則的に初心者の行くところではない。休暇をとって地方から来ている人たちのことを思えば、初心者はむしろ遠慮すべきところである。その前に大学図書館や公立図書館を徹底的に利用することを心がけたい。もし国会図書館に行くときは次の本で事前に予習してからにしよう。国会図書館は分類の方針が一般の図書館とちがうし、参考図書以外は完全閉架だから、ずいぶん勝手がちがうはずである。さもないと、うろうろしたり待ちぼうけをくったりして一日が終わりかねない。ここほど一日の短さを感じる空間はない。『東京ブックマップ』(書籍情報社)。国立国会図書館百科編集委員会編『国立国会図書館百科』(出版ニュース社一九八八年)。
記事を入手するもうひとつの方法は、パソコンを使ってデータベースにアクセスすることである。これについては第六章で説明しよう。
より本格的な文献調査のために
文献調査はゲーム性がきわめて高い世界である。「宝探し」という比喩が古くさいなら「ダンジョン・マスターの世界」といってもよい(これも古いかもしれない……)。要するに奥が深い世界だ。そこで中級編への案内となるマニュアルを紹介しておきたい。
よりくわしい--しかもわかりやすい--マニュアルとしては、次のものをお勧めしたい。
情報アクセス研究会編著『現代人のための情報・文献調査マニュアル』(青弓社一九九〇年)。
大串夏身『チャート式情報・文献アクセスガイド』(青弓社一九九二年)。
藤田節子『学生・社会人のための図書館活用術』(日外アソシエーツ一九九三年)。
学術的な文献に重きがおかれているものとして--
斉藤孝・佐野眞・甲斐静子『文献を探すための本』(日本エディタースクール出版部一九八九年)。
卒業論文のことを思うとこれらのいずれか一冊を買っておくとよいだろうが、図書館には必ずある本(015にある)なので、とりあえずはそれを参照してほしい。▼8
▼8 さらに書誌学的なものになるが、網羅性の高い案内書の定番として、長澤雅男『情報と文献の探索(第3版)』(丸善一九九四年)。なお、現時点で徹底的に調査するにはオンライン・データベースを使用することになる。それについては第六章でふれる。ところで、わたしは図書館学もしくは書誌学が大学の選択科目になればいいなと考えている。欧文資料の探索となると、これはもうひとつの学問である。データベースの利用法など、もはや現代人の必須科目と思うのだが。
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