政府は、日本学術会議会員任命拒否について、憲法・法律の条文を挙げ、正当化を試みている。しかし、あえて言及していない条文が三つあるので、検討しておこう。
日本学術会議法(以下、日学法と表記する)によれば、首相は学術会議の「推薦に基づいて」会員を任命する(同法7条2項)。この点、中曽根康弘首相は、「政府が行うのは形式的任命にすぎない」と答弁した(参議院文教委員会1983年5月12日)。
この法文および解釈を前提にするなら、首相は推薦を拒否できないと理解するのが自然だ。しかし加藤勝信官房長官は、法律の上位にある憲法15条を持ち出し、「公務員の選定罷免権は国民固有の権利」であり、「任命権者たる首相が推薦通りに任命しなければならないというわけではない」と述べた(10月7日の記者会見)。国民の代表(国会)に指名された首相は、気の向くままに国家公務員を任免できると言いたいようだ。
しかし、憲法73条4号は、内閣は「法律の定める基準に従い、官吏に関する事務を掌理する」と定める。つまり、憲法は、首相や大臣が公務員を恣意(しい)的に任免することなど許していない。
では、学術会議の人選に関する「法律の定める基準」とはいかなるものか。学術会議は、学問的観点から提言等を行う機関だ。そこで、日学法は、科学者としての「研究または業績」を会員選抜の基準とする(同法17条)。首相や内閣府が、学問の研究・業績を評価するのは不可能だ。だからこそ、日学法は、科学者の集まる学術会議自身が候補者を選ぶこととしたのだ。
これに対し、加藤官房長官は10月1日の記者会見で、「専門領域での業績にとらわれない広い視野」から総合的・俯瞰(ふかん)的に選んだと説明した。これは、学問の「研究または業績」とは無関係な理由で選んだことを自白するもので、「法律の定める基準」に反するのは明らかだろう。
そうなると、菅義偉首相は、法律に真正面から違反した責任を問われざるを得ない。そこで首相は、推薦名簿を「見ていない」と言い出した(10月9日のグループインタビュー)。しかし、この弁明を前提にすると、学術会議の推薦に基づかずに任命したことになり、明確に違法だ。
さらに、日学法7条は、105名(合計210名)を任命しなくてはならないと定めており、6人足りない任命も違法だ。加藤官房長官は、「詳しくは見ていなかった」とフォローしたが(10月12日の記者会見)、推薦名簿を「ちらりと」見たにしても、違法な基準に基づき、違法な定員不足を生じさせた責任が首相に生ずることは否定しようがない。
このように、政府は憲法73条4号、日学法17条、7条を隠蔽(いんぺい)して議論を進めようとしている。しかし、公示され、全国民が見ることのできる法文の存在をごまかそうとする政府の態度は、不当を通り越し滑稽だ。任命拒否の動機が、政策を批判されたことにあるのも明らかで、それを隠そうとするのは、まるで子どものようだ。
条文と政府の会見を照らし合わせれば、今回の任命拒否の違憲・違法・不当は明らかだ。次回は、学問の自由の観点から検討したい。
(東京都立大教授、憲法学者)=第1、第3日曜日に掲載します。
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