2024年10月24日
「Great Impression!〜地理的表示(GI)制度を知って味わう地酒の個性~」
弁理士 城田晴栄 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
1.はじめに
今年もそろそろ終盤戦、間もなく忘年会のシーズンがやってきます。そして、楽しい食事会の必須アイテムといえばお酒ですよね。最近では、どこのお店でもお酒の生産地や銘柄などが紹介されており、日本酒なら「秋田」、焼酎なら「宮崎」、ワインなら「山梨」など、生産地で今夜の一杯を決める人も多いのではないでしょうか。
こうした付加価値の付いた産地名を保護する制度として、前回(2023年10月)のコラムでは、「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(いわゆる地理的表示法、GI法)」に基づく「地理的表示(GI)」保護制度を紹介しました。今回は、そのお酒版である「酒類の地理的表示」制度を紹介します。農水GIの保護対象は農林水産物とその加工品ですので、酒類も保護の対象になりそうなものですが、実は酒類に関しては、「酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律」に基づいて国税庁が管轄する「酒類の地理的表示」という別の仕組みがあります。
2.酒類の地理的表示制度
(1)制度概要
酒類のGIは、特定の酒がその産地と本質的な結びつきを持ち、確立された品質や社会的評価を有する場合に、国税庁長官の指定を受けることで、その産地名を正当に使用することができる制度です。GIに指定されると、その地域で製造された酒類がその地域の特性や伝統的な製法を反映していることや、品質・評判が一定の基準を満たしていることが保証され、これにより、産地とその酒類との強い結びつきが明確にブランド化されます。GI指定は、地域の共有財産としての「産地名」の適切な使用を促進し、産地名の不正利用を防ぐことで地域ブランドを保護し、消費者にとっては信頼できる製品の選択基準となります。酒類のGIは、伝統や地域の名声を保護しつつ、消費者保護と地域経済の活性化を同時に実現する制度なのです。
さらに、酒類のGIはWTO(世界貿易機関)で国際的に認められた制度であるため、GI指定により、海外でも日本の酒類の保護とブランド価値の向上が期待できます。
(2)成り立ち
前回のコラムでは、産地名の保護について、100年以上前のフランスにおけるワインの産地保護が制度的原型であることを紹介しました。現在、フランスの産地名保護は「原産地統制呼称」という制度のもとで行われており、例えば、「シャンパン」ならば、フランスのシャンパーニュ地方で伝統的な製法で作られたもののみが「シャンパン」と名乗ることができるといったこともこの制度によるものです。このように、フランスでは、古くから酒類と産地との繋がりの重要性が強く認識されており、厳格な基準の下にその結びつきを保護することで、フランス産ワインのブランド確立と保護の国際的な成功を収めています。
これに対し、日本の酒類の地理的表示制度は、運用開始からまだ30年ほどの比較的若い制度です。
1995年、WTO発足の際、ぶどう酒と蒸留酒の地理的表示の保護が加盟国の義務となりました(地理的表示は、WTO協定の付属書であるTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)において、知的所有権の一つであると定義されています)。日本もWTO加盟にあたり、国税庁が1994年に日本酒、焼酎、泡盛を対象として「地理的表示に関する表示基準」を制定しました。これが日本における酒類のGI制度の始まりです。その後、2015年に見直しが行われ、すべての酒類(ワイン等も含む)が制度の対象となり、現在に至っています。
(3)仕組み
酒類のGIは、産地の酒類製造業者団体などからの申立てに基づいて、国税庁長官が指定を行います。その際、名称、産地の範囲、酒類区分、生産基準(酒類の特性、原料・製法、管理機関等)が設定され、これによりその酒が「正しい産地」の「一定の基準を満たす品質」であり、国のお墨付きを得た信頼性の高い製品であることが保証されます。
なお、正しい産地でないものにGIが不正使用された場合には、行政が取締りを行います。この点は農林水産省が管轄するGI制度と同様、非常に強力な制度となっています。
(4)管轄官庁
そもそも、GI制度にまつわる多くの産品が農林水産省の管轄なのに、酒類についてはなぜ国税庁が管轄しているのでしょうか。これは、日本における酒税に関する歴史的な経緯と法的な枠組みが関係しています。
日本では、古くは室町時代から酒類に対する課税が行われており、酒税は国家にとって時代を超えて重要な財源の一つでした。1899年、酒税が国家税収の1/3を占めて徴収額第1位となるに至って、明治政府は、酒類の自家醸造を禁止し、製造を免許制にするなど、厳格な規制と管理で税収の安定を図ってきました。その後、1953年に現行の「酒税法」が制定され、国税庁が酒類に対する課税及び規制全般を監督するようになったことで酒類のGI制度もそのまま国税庁の管轄下に置かれたのです。
3.酒類のGIの事例
(1)地理的表示「壱岐」
[名称] | [産地の範囲] | [種類区分] | [管理機関] | [表示例] |
壱岐 | 長崎県壱岐市 | 蒸留酒 | 壱岐焼酎管理委員会 |
「壱岐」は、1995年の酒類のGI制度開始当初にGI指定を受けた麦焼酎です。
壱岐焼酎は、麦を原料とする最古の焼酎と記録されており、その歴史は、朝鮮半島から蒸留技術が伝来した約500年前に遡るとされています。キレの良い飲み口は、ミネラルが豊富で清廉な壱岐の地下水に由来し、原料を米こうじ1:大麦2の比率で用いる伝統的な製法は、産地である壱岐に起源を発するものとして「壱岐」の特性を確立させる要因の一つとなっています。
壱岐焼酎がGI指定を受け、国際的にブランドとして保護されるようになって以降、壱岐焼酎を求める外国人観光客が増加し、観光産業や地域経済に良い影響が見られるようになっています。観光事業者は壱岐焼酎の蔵を巡るツアーなどの企画を強化し、壱岐市もGI指定を受けた7月1日を「壱岐焼酎の日」として登録、「壱岐焼酎による乾杯を推進する条例」を施行するなどして、壱岐焼酎の製造業者のみならず、官民が協力してGI「壱岐」の認知度向上や、販路拡大、国内外に向けてのブランド力の確立に尽力しています。
(2)地理的表示「琉球」
[名称] | [産地の範囲] | [種類区分] | [管理機関] | [表示例] |
琉球 | 沖縄県 | 蒸留酒 | GI琉球管理委員会 |
ご存知「泡盛」は、琉球王国以来の長い歴史と独特の製法を有する沖縄を代表する産品の一つです。
その蒸留技術は、500年以上前の琉球王国の時代に東南アジアから伝来し、琉球王家の庇護のもとで発展したとされています。泡盛は、沖縄の高温多湿の風土に適した黒麹菌を使ってタイ米を米麹にし、これに、硬水でミネラル分が多い沖縄県内の水と酵母を加えてもろみにしたものをすべて発酵させる全麹仕込みという特徴的な仕込みののち、単式蒸留機で蒸留して作られています。
また、泡盛には、蒸留後に3年以上貯蔵して熟成させ、ブレンドしながら古酒として育てていく独特の文化があります。「仕次ぎ」と呼ばれるこの伝統的な手法は一般家庭で行えるほどに確立しており、経年変化によってさらに香りと味わいに深みが増す古酒は、沖縄の生活に根付き、家庭ごとに受け継がれる味となっています。
GI「琉球」の指定において、対象の蒸留酒である泡盛は、発酵・蒸留・貯蔵及び容器詰めというすべての工程が沖縄県内で行われることを基準としており、沖縄県内のすべての泡盛製造業者がGI「琉球」の生産基準に則って泡盛造りを行っています。現在、販売されている殆どの泡盛には「地理的表示 琉球」のマークが付されていることからも、泡盛を沖縄の文化的な産品として大切にし、GI「琉球」を活用することで世界に泡盛を発信していこうとする取り組みが見て取れます。
(3)地理的表示「日本酒」
[名称] | [産地の範囲] | [種類区分] |
日本酒 | 日本国 | 清酒 |
2015年12月、国税庁は、国レベルの地理的表示として「日本酒」を指定しました。
指定の背景には、海外でJapanese Sakeの人気が高まるにつれ、外国産や外国産米で作られた「清酒」が「日本酒」と混同されるようになったことがあります。「日本酒」は日本の伝統的な酒として、古来より日本人の生活や文化に深く根付いている日本特有の産品ですが、国産清酒もそうでない清酒も同じ「日本酒」として括られてしまうと、そうした特性も薄れ、市場評価にも影響が出ます。
そこで、国税庁は、こうした問題に対処し、「日本酒」が高品質で信頼できる酒であることを国内外にアピールするため、「日本酒」をGI指定しました。その結果、「日本酒」と表示できるのは、国産米を使用し且つ日本国内で製造された清酒のみとなり、客観的でゆるぎない品質保証ができるようになりました。また、国際交渉を通じて各国にGI「日本酒」の保護を働きかけることで、海外マーケットにおいて、国産清酒とそうでない清酒が差別化され、「日本酒」のブランド価値向上に繋がっています。GI「日本酒」は、国内需要の振興や海外への輸出促進に大きく貢献しているのです。
4.課題
ここからは制度が抱える課題について考えてみます。
(1)認知度の不足
酒類のGIは、酒の品質の高さや産地の特性を保証してくれる重要な制度であるにもかかわらず、世間一般にはかなりマイナーな制度です。そのため、せっかくGI指定を受けても国内の消費者にその価値が伝わりにくく、制度の効果が限定的となっています。こうした問題の解決には、GIの意義を伝えるためのプロモーション活動が重要であり、その価値を内外に積極的に知らしめていく施策を官民連携して進めていく必要があります。
例えば、GI指定を受けた「壱岐」が地域観光と連携して行うPR活動やそれを後押しする壱岐市の条例、「琉球」のケースにおける地元の飲食店によるSNSでの情報発信など、製造業者と官民が一丸となって行うプロモーションは、GIの認知度向上に大きな役割を果たしています。
(2)費用対効果の問題
小規模事業者や細々と伝統を守っている地域にとって、GIの申請に要するコストや煩雑な手続きは、物理的にも心理的にも高いハードルです。地域産業を活性化し、直接間接の利益に繋げるためにも、行政は、申請手続きのアシストや指定後の効果の検証、補助金の交付やGI制度に関するコンサルティングなど、申請のハードルを下げるための施策を打ち出していく必要があります。
(3)地域の合意形成の難しさ
酒類のGIの申請要件の一つに、策定した統一基準に対する産地内の製造業者の合意形成があります。GI指定後、製造業者はこの統一基準を守ることとなりますが、例えば、生産地以外の米を使用することでより良い酒ができる場合があったり、製造業者毎に守ってきた伝統や製法がある場合、地域内の全製造業者の基準を統一することは容易ではありません。かといって、GI指定のために合意形成を優先し、基準を緩和してしまうと、GIの付加価値が低下する恐れがあります。製造業者のオリジナリティの保護と生産地における統一基準の策定という、相反する事柄を両立させる合意形成は、非常に重要で難しい課題となっています。
(4)マーケットの問題
酒類のGIが持つブランディング力は、現時点では、国内よりも海外マーケットに対して、より高い効果が発揮されています。例えば、輸出先のマーケットに海外産清酒が出回っている場合、正しい産地と一定の品質を保証するGIマークは、国産清酒と海外産清酒を差別化するにあたり非常に有効です。一方、国内においては、(1)で述べたようにGIの付加価値や効果がまだ限定的であるため、国内マーケットをターゲットとする製造業者が手間暇かけてGI指定を受けようとする動機が見出しにくい状況です。これまで述べてきた通り、GI指定による付加価値向上を肌で感じられるような施策も、国内マーケット向けの商品にGI制度を普及するための課題といえるでしょう。
5.酒類の地理的表示制度と農林水産物等の地理的表示保護制度の違い
ここで、酒類と農林水産物等の二つのGI制度の特徴を比較してみましょう。
酒類の地理的表示 | 農林水産物等の地理的表示 | |
所轄官庁 | 国税庁の所管
登録申請先は国税庁長官 |
農林水産省の所管
登録申請先は農林水産大臣 |
法的基盤 | 酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律 | 特定農林水産物等の名称の保護に関する法律 |
申請主体 | 地理的表示の指定を希望する酒類製造業者及び酒類製造業者を主たる構成員とする団体 | 品質基準を満たす地域内の生産・加工業務を行う団体の構成員である生産業者 |
保護対象 | 特定の地域で製造された「清酒」「ぶどう酒」「蒸留酒(焼酎・泡盛)」「その他の酒類(リキュール)」で、品質や特性がその地域の風土や伝統的な製造方法等と密接に関連していて一定の基準を満たして製造されている場合に、その産地名を保護する。 | 名称から産品の地域が特定でき、産品の特性と産地との強い結びつきがわかる農林水産物、食品、飲料、工芸品などの産品が保護対象。 |
登録要件 | ・地理的に明確に特定できる範囲の産地であること ・酒類の特性が明確であること ・その特性を維持するための管理が行われていること |
・産品に生産地特有の自然・人的要因と結びついた特性があること ・特性を維持した状態で概ね25年以上の生産実績(2022年11月より要件緩和)があること |
品質管理 | 地理的表示を使用する酒類の産地や製造者によって構成された団体が、一定の基準を満たした管理機関として、生産基準に基づいた酒類の特性や原料・製法を継続的に確認する 確認作業は書類確認、理化学分析、官能検査を含み、これらが適切に実施されることが求められる |
申請時に登録生産者団体が生産地の風土等に関連する産品の特性等を定め、農林水産省においてこれを公表する 登録以降は、登録生産者団体員である生産・加工業者が、その公表された生産の方法等の基準を守るよう団体が管理する必要があり、国は、団体による生産の手順・体制をチェックすることで品質の維持管理を行う |
効力 | GI指定されると地域の共有財産である「産地名」を正当に使用できる -------------------------- 正しい産地でないもの、品質が基準を満たしていないもの、消費者がGIと誤認する表示などを禁止 |
登録されると地域共有の財産となる
品質基準を満たせば、地域内の生産・加工業者は名称を使用可能 -------------------------- 上記を除き、GI及びこれに類似し、又は誤認を与える表示などを禁止 |
規制手段 | 主に国税庁が監督し、不正使用に対する取り締まりを行う(地域振興や支援の観点で地方自治体や他省庁が関与する場合もあり得る) | 不正使用は農林水産省が取り締まりを行う |
表示 | 統一されたGIマークはない GI指定の産地ごとにGIマークがある 例)地理的表示「白山」 例)地理的表示「灘五郷」 例)地理的表示「長野」 |
GIマークは地理的表示と併用する
(GIマークのみの使用は不可) 例)高知県の物部ゆず 物部ゆず |
二つの制度を比較してみると、目的や効力においてかなり似通った制度であることが分かります。大きく異なるのはその保護対象で、農水GIが産品名を保護するのに対し、酒類GIは産地名を保護します。いずれも名称を保護することで品質保証とブランド価値の向上を目指し、生産者と消費者双方を保護しようとする点において、非常に有益な制度であることは間違いありません。
6.おわりに
2024年8月30日、25番目の酒類の地理的表示として「南会津」([産地の範囲]福島県南会津郡南会津町、[種類区分]清酒)が指定されました。1995年の制度開始当初は「壱岐」「球磨」「琉球」の蒸留酒3種類だけであったことを考えると、30年の間に随分増えたものです。
しかし、青森や秋田、高知など、日本有数の酒どころで未だ指定されていない地域もあります。酒類の地理的表示制度の魅力を伝えるための積極的な広報活動と、生産地や製造業者が一体となって取り組む姿勢、また、それを支える行政による継続的な支援があれば、今後、こうした一大産地からのGI申請も増えていくのではないでしょうか。酒類の地理的表示がさらに活用され、日本各地のお酒が消費者の印象に強く残り、地域経済の活性化、産業の発展に繋がることを期待します。
参考資料:
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/hyoji/chiriteki.htm
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/sake/0022003-186_01.pdf
https://ikishochu.org/july-1st-iki-shochu-day/
https://www.city.iki.nagasaki.jp/section/reiki/reiki_honbun/r014RG00001086.html
https://www.champagne.fr/ja
株式会社山本酒造店(電話インタビュー)https://www.yamamoto-brewery.com/
以上
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2023年10月23日 弁理士 城田晴栄(骨董通り法律事務所 for the Arts)
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