鍵盤の魔術師
CYPRIEN KATSARIS
《主催者》
シプリアン・カツァリスは、フランスを代表する世界的なピアニストの一人です。
《鍵盤の魔術師》との異名をもつ、その超絶技巧の技術力はもちろん、フランス人らしい詩人のような演奏技法から多くのメッセージを感じさせてくれるピアニストです。
カツァリスの手から繰り出される魔法のようなピアノの音色と、それに乗せられた深みあるメッセージを、是非生演奏で体験してみてください。
【日時】2023.12.2.(土)18:30〜
【会場】葛飾シンフォニーヒルズアイリスホール
【出演】シプリアン・カツァリス
CYPRIEN KATSARIS
シプリアン・カツァリスは、1951年マルセイユ生まれのキプロスフランス人ピアニ スト兼作曲家で、幼少期を過ごしたカメルーンで、4歳からマリー・ガブリエル・ロー ワース (Marie Gabrielle Louwerse)にピアノを習い始めた。
パリ音楽院卒、ピアノをアリーネ・ヴァン・バレンツェン (Aline van Barentzen) およびモニーク・デ・ラ・ブルッコレリー (Monique de la Bruchallerie)に師事 (1969年にピアノで第一位)、ルネ・リロイ (René Leroy) およびジャン・ヒュボー (Jean Hubeau)に室内楽を師事した (1970年第一位)。1977年、ブラティスラバで インターナショナル・ヤング・インタープリターズ・ロストラム・ユネスコ (International Young Interpreters Rostrum Unesco) 優勝、1974年ヴェルサイユでシフラ国際 コンクール第一位受賞の他、1972年ベルギーのエリーザベト王妃国際音楽コン クールでは唯一の西ヨーロッパ人受賞者となった。
カツァリスは、国際的に活躍しており、ベルリン・フィル、など、世界の著名なオーケス トラや、レナード・バーンスタイン、クルト・マズア、チョン・ミョンフン、サイモン・ ラトルなどの指降者と共演。1984年ドイツでベートーヴェン作曲/リスト編曲の「交 響曲第九番」で「レコード・オブ・ザ・イヤー賞」の各賞を受賞したテルデックとの録音 を始め、これまで、ソニー・クラシカル、EMI、ドイチェ・グラモフォン、BMG RCA. デッカ、パヴァーヌなどと数多くの録音を行い、現在は自身のレーベル「PIANO21」 で音を行っている。ソロバージョンに協奏曲編曲し、その録音も企画中。
ショパンイヤーに録音されたバージョンのショパンのピアノ協奏曲第2番はとても 興味深い。
1992年、日本のNHKは、シブリアン・カツァリスと共同で、フレデリック・ショパンに ついてカツァリスによるマスタークラスの番組を制作、その個性的なレッスンに多く の若いピアニストが魅了された。2008年8月、カツァリスは北京オリンピック開催時 に招かれ国家大劇院で演奏会を2回行い、新しく作られた、10台のピアノとオーケ ストラのために作曲した協奏曲の世界初演に加え、オリンピックの普遍性に敬意 を表して古代ギリシャの旋律、そしてとりわけ中国の旋律を用いて即興演奏した。 カツァリスは、1997年に「ユネスコ平和芸術家」に任命され関連のコンサートに参加 している。
東日本大災に際しては放射能汚染も地も怖くないので、いつでも被災者の方 連を励ましに、演奏会に行く準備はできているとメッセージを送った。その年に来日 した際には、多くのチャリティーコンサートを行い、義援金も送った。
【曲目】
①シューベルト:
即興曲 D935 op.142-1 へ短調 Impromptu D935 op. 142-1 f-minor
即興曲 D935 op.142-3变口長調Impromptu D935 op. 142-3 B-flat major
18世紀の終わりに生を受け、僅か31歳で天逝するまでに シューベルトが遺した音楽的遺産の豊かさは計り知れない。 だが、後年作られた目録は1000に届くほどの作品が残されて いるにも関わらず、生前に音楽的な価値を評価されたものは 一握りであった。 シューベルトといえば“歌曲王”の異名が知られている。確かにドイツ歌曲の第一人者としてふさわしい呼び名ではあるが、 他方、生前に出版された楽譜の殆どが歌曲だったからという 理由もある(それ以外の作品が認知されていなかった)。死の 前年に書かれた本作も即興曲という性格的小品を代表する名作であるが、出版に至ったのは彼が世を去ってから実に30年 後のことであった。当時、評論家としても活躍していたシュー マンがシューベルト受容に大きく寄与した。世に出ていない傑 作の上演や紹介に尽力し、本作についても即興曲という性格 を認めつつも、4曲からなる本作が有する芳醇な音楽的本質を ソナタに喩えて賞賛した。本日はその中から2曲が演奏される。 コンサートの幕開けにふさわしい厳かな迫力を持つ第1曲。続 <第3曲はシューベルトの器楽曲の中でもよく知られる「ロザ ムンデ」の旋律による5つの変奏により構成されている。
②シューベルト/リスト編:
アヴェ・マリア Schubert/Liszt: A ve Maria
"シューベルトのアヴェ・マリア”として永く親しまれてきた歌曲 を、フランツ・リストがピアノ独奏のために編曲した。伝説的な ヴィルトゥオーゾ・ピアニストだったリストは、自作曲のみなら ず既存の作品を自身で編曲して披露していた。ジャンルは独 唱曲から交響曲まで、時代も初期バロックから現代(当時の) までと、膨大な数に上る。本作も、旋律が繰り返されるたびに伴奏がどんどん変容していくという非常に舞台映えする構成。 アヴェ・マリア、という歌い出しから始まるが、本来宗教音楽では ない。正式タイトルは「エレンの歌第3番」。エレンとは、スコット ランドのロマン派詩人であるウォルター・スコットの叙事詩「湖 上の美人」の登場人物を指す。後年、キリスト教会がこの曲にラ テン語の典礼文を乗せて、教会でも歌われるようになった。
③シューマン:子供の情景
Schumann: Kinderszenen
見知らぬ下長調不思議なお話 ニ長調/鬼ごっこ ロ短調/おねだり ニ長調/満足 ニ長調/重大な出来事イ長調/トロイメライ(夢)ヘ長調/炉端で ヘ長調/木馬の騎士ハ長調/むきなって嬰ト短調/こわがらせホ短調/眠っている子供ホ短調/詩人のお話ト長調
1838年シューマンが27歳の頃に作曲したピアノ曲集。ドイツ・ロマン派時代のピアノ音楽を代表する名曲として愛され てきた。のちに結婚することになる10歳下の婚約者、クララ・ ヴィークに以下のような手紙を送っている。「いつだったか、貴女は『あなたって時々こどもみたい」と手紙に書いてくれたこと があったと思います。その言葉が余韻のように残っています。小 品を30ほど書いたのですが、そこから12曲を選びました。タイ トルは「子供の情景」にしました。喜んでもらえたら嬉しい」。 のちに子供向けの曲集も手がけたシューマンであったが、「子 た、本作はフランツ・リストが大のお気に入りだったことでも 知られている。彼の娘にせがまれて何度も弾きながら、自身も 喜びを感じているとシューマンに伝えている。
《休憩》
後半は、all ラフマニノフ及びカツァリスのラフマニノフがらみの演奏曲です。
④ラフマニノフ :幻想的小曲集Op.3
⑤カツァリス:即興<ラフマニノフへのオマージュ>
⑥カツァリス:さよならラフマニノフ
【演奏の模様】
会場は、300席程の小ホールですが、ほぼ満席でした。開演予定は18:30からなのですが、この日は京成線の事故で電車がかなり遅れていたため、十分以上遅れて始まりました。そう言えばホールに来る途中、日暮里駅で乗り換えたら成田に行く沢山の外国人(主に東洋人)達がホームでスーツケースを持って電車が来るのを待っていました。
①シューベルトの即興曲
登壇したカツァリアスは、広告写真より少し年入って見えましたが、今年72歳、4歳からピアノと共に歩んで来て六十余年、ピアノの前に座りすぐに弾き始めた様子は、ピアノの大家の雰囲気を漂わせていました。
即興曲はよく親しんで来ている曲達で、人口にも膾炙したメロディが有名です。31才という若さで亡くなったシューベルトの死の前年の作品ですから、美しい中にも何か寂しさも含蓄している作品です。
<第1曲へ短調> カツァリスは体格も指の太さも体の動きも、力が満ち溢れる様子なのですが、発音された音は、それ等を微塵も感じさせない繊細な如何にもシューベルトらしいメロディが流れ出しました。この冒頭の箇所はどうしてかいつもモーツァルトを思い出してしまいます。関係があるのかな?すぐに速い旋律に変わり、それが止むとまたシューベルト節の美しい調べです。高音の分散和音が左手のそれに対して弾ける様、 手をクロスして左手が奏する旋律も何とも言えない位素晴らしい。カツァリスはその後も軽々と指を進め、シューベルトの魅力を余すところ無く伝えて呉れました。
<第3曲変ロ長調> 冒頭から気分が晴れやかになる「ロザムンデ」のテーマソングが流れ出しました。これを聴いただけでも音楽における旋律の重要性は理解出来るというもの、和声の重要性は勿論のことですが。カツァリスは相当な力を込めたり弱めたり変奏曲をやはり軽やかに展開しました。
②シューベルト/リスト編: アヴェ・マリア
上記(曲について)にある様に「アヴェ・マリア」の正式タイトルは、ロシーニのオペラ「湖上の美人」に出てくる主人公の名を冠した「エレンの歌」。このシューベルトの歌曲をピアノ独奏用にリストが編曲したものです。そう言えば①の即興曲もシューベルトの死後10年後に出版されたのですが、出版社はそれをリストに献呈したものですから、今日のプログラムの前半は、シューベルトとリスト関係の曲で構成されていると言って良いですし、後述するラフマニノフ関係の曲を合わせて、二大ピアノ演奏家の曲を堪能できるカツァリスならではの選曲と言えるでしょう。
アヴェ・マリア変奏曲が、カツァリスの変化に富んだメリハリの利いた演奏で短い時間内を駆け巡りました。最後の高弱音をカツァリスは長―く伸ばしていたのが印象的でした。
③シューマン:子供の情景
結婚前の若かりしシューマンの傑作です。リストの大のお気に入り曲だったと言われますが、この曲は誰でも、何度でも聴きたくなる素朴さとメロディの要素を兼ね揃えた曲達と言って良いでしょう。こう言う自分も大いに気に入っています。以下の13曲から構成。
第1曲 見知らぬ国と人々について (Von fremden Ländern und Menschen)
第2曲 不思議なお話 (Kuriose Geschichte)
第3曲 鬼ごっこ (Hasche-Mann)
第4曲 おねだり (Bittendes Kind)
第1曲の動機と同じ音程関係で開始される(ただしリズムは変えている)。
第5曲 十分に幸せ (Glückes genug)
第6曲 重大な出来事 (Wichtige Begebenheit)
付点リズムが特徴的な曲。第1曲の中間部冒頭の高声音型が含まれている。
第7曲 トロイメライ(夢) (Träumerei)ヘ長調、4分の4拍子。
作曲者のピアノ曲の中で最も有名なもののひとつ。各種楽器用に編曲も幅広い。中声部に複雑な和声進行をすることで幻想的な音響を形成するのは作者の常であるが、曲想と一致していて最も効果をあげた作品。4小節の旋律が上昇・下降するが、これは8回繰り返される。
第8曲 暖炉のそばで (Am Kamin)
第7曲と同じくハ音からヘ音の4度跳躍で開始するが、主題を構成する動機そのものが同じである。
第9曲 木馬の騎士 (Ritter vom Steckenpferd)
シンコペーションと3拍目のアクセントによる。
第10曲 むきになって (Fast zu ernst)
嬰ト短調、8分の2拍子。
原題は「ほとんど真面目すぎるくらい」の意味。前曲と同じくシンコペーションのリズムが旋律の形成の中核を担っている。
第11曲 怖がらせ (Fürchtenmachen)
感傷的な旋律の遅い部分とスケルツォ風の速い部分が交互におかれる。
第12曲 眠りに入る子供 (Kind im Einschlummern)
ゆったりとした動きで開始し、中間部はホ長調になる。なお第12曲はワーグナーの楽劇『ヴァルキューレ』の「眠りの動機」と類似していることが指摘されている。
第13曲 詩人は語る (Der Dichter spricht)
ここで言う詩人とは作曲者のことを指す。最後の7小節の和音は第1曲の中間部の右手の動機からとられている。
カツァリスは彼独特のAgogikとDinamik を付けた調べで魅力十分に演奏しました。
でも第7曲「トロイメライ(=独語で夢)」は特に有名で今回の演奏も素敵だったですが、これまで一番琴線に触れた演奏は、ホロヴィッツがモスコーに里帰りした時の演奏会で弾いた「トロイメライ」です(録音しか聴いていませんが)。NHKの映像に映った男性観客の一人は一縷の涙が、頬を伝わって落ちていましたね。あれ以上の演奏は聴いたことない。
ここで《20分の休憩》です。18:30 のスタートが遅れて、この時19:30を回っていましたから、後半は19:50再開で後半60分かかるとして、終演は午後9時頃になるでしょう。終演後サイン会があるそうですが、今日は随分歩いて疲れたし、随分と遠くに来ているし、翌日曜日には川口の演奏会に行かなければならないので、すぐ帰宅する予定です。
さて後半は、allラフマニノフがらみの曲でした。
④ラフマニノフ :幻想的小曲集Op.3
これまでラフマニノフというと、コンチェルトや交響曲を中心に聴いて来たので、この様な曲があるとは知りませんでした。第1悲哀エレージ、第2前奏曲、第3メロディ、第4道化役者、第5セレナードから成る曲のメドレー演奏です。
1ではロマンティックで情熱溢れる演奏で、2では1より内に秘めた思いを感じさせ、最後は「鐘の音」を連想させる個所も有りました。また3では最初弱いゆっくりとした旋律から後半はカツァリスは結構強い打鍵で速い演奏で、上行下行旋律にも力を入れていました。独自の❝幻想的❞の解釈でしょうか?4では諧謔的調子の調べでスタート、カツアリスの演奏は後半の右手の分散和音と左手の如何にもラフマニノフらしい旋律の掛け合いが面白かった。5最終曲もかなりロマンティックな幻想的調べの三拍子が調子が良い、下行和音の速いテンポアップの終焉部まで一気にカツァリスは弾き切りました。
⑤カツァリス:即興<ラフマニノフへのオマージュ>
もうこの曲になるとカツァリスの独断場だったと言って良いでしょう。即興曲演奏はまるで手練れたジャズ演奏者が次から次へと音と旋律を繰り出しているに等しく、恐らくカツァリスの記憶細胞には、AI並みの巨大データが蓄積されているのでしょう。言い換えれば、全部と迄は言いませんが、かなり巨大なラフマニノフの曲の旋律を頭にたたき込んでいて、瞬時にそれらが頭脳に浮かんできて切れ目なく腕・手・指に指令を与え、旋律と旋律のつなぎ目もごく自然に溶けて一本の調べと成し、恰も一つの連続した曲の様に構築していく独創才能は天才的と言って良いでしょう。今回の宣伝チラシの冒頭にある、将に「魔術師」的演奏。それが随分長い時間弾いていたのです。ラフマニノフの曲の広い海原を自由自在に泳ぎまわった演奏が終了すると、ラフマニノフ的カツァリスの曲の巨大建築物を描いて見せたピアニストに猛烈な歓声と拍手が沸き起こったのは当然でした。もの凄い演奏をするピアニストだと恐れおののく程でした。
⑥カツァリス:さよならラフマニノフ
哀愁を帯びた冒頭旋律はラフマニノフのパロディでしょう。次第に曲相はテーマを交えた強打の変奏に変わり、強打鍵の合間にキラキラキラと合の手が入り、さらに力強い演奏を最後まで披露したカツァリス死後は超高音部まで弱音でゆっくりと駆け上がり終音を鳴らしてエンドとなりました。
尚、アンコール演奏が二曲有り、①ショパン『幻想即興曲Op.66』及び
②バッハ『ラルゴ』でした。