自衛官の定年は、民間よりもずっと早い。階級が高くなればなるほど定年年齢は遅くなるが、将官でも60歳、1佐で57歳、2佐~1曹が56歳、2・3曹が54歳(ただし幕僚長を除く。また2024年10月からは1佐58歳、2・3佐57歳、2・3曹55歳)となっている。民間企業でよく見られる、「一旦定年を迎えた人材を再雇用で迎え入れる」といったケースも多くはない。つまり、多くの自衛官が、50代の若さで自衛隊を去ることになる。
かつての軍人には恩給制度があったが、いまの自衛官にはそれもない。自衛官への年金支給開始年齢は民間人と同じ65歳だ。そのため多くの自衛官は、“再就職”の選択を余儀なくされる。定年後の再就職に際しては、自衛隊の再就職支援制度を利用してもよいし、自己開拓してもよい。自衛隊の再就職支援制度の利用を希望した自衛官はほぼ再就職を果たしており、“職を選ばなければ”まず再就職できる。ただし、将官クラスともなれば大企業の顧問など好待遇で迎え入れられることも多いが、幹部クラスでは損保会社の損害サービス業務、曹クラスでは警備員や運転手などが再就職先のボリュームゾーンだ。
50代で新人に、年収は激減
多くの場合、再就職後の給与は現役時代に比べて大きく減ることになる。その補填として、防衛省は2000万円を超える退職金に加え、1000万円ほどの「若年退職者給付金(若退金)」を支給しており、若退金と再就職後の給与を足し合わせて現役時代の75%程度の水準となるよう目指している。が、あくまで「目指す」ものであり、現実には75%に満たないケースも多い。逆に再就職先で一定の水準を超える稼ぎがある場合、超えた分の若退金は返納しなければならない。
再就職後の低賃金はとくに地方において顕著で、曹クラスであれば年収200万円程度も珍しくない。定年して数年が経ったある元陸上自衛官は、「まだ家のローンや教育費がある。それなのに給与は手取りで20万円に満たない。お金がどんどんなくなっていくことに恐怖を覚えている」と話す。
自衛官の定年年齢が早いのは、ひとえに「精強さを保つため」だ。いかに若々しい高齢者が増えたとは言っても、20代の若者との体力の差はいかんともしがたいものがある。ただ、民間企業では65歳までの雇用が義務化され、70歳までの雇用も努力義務とされるなど就労期間の長期化が進む中で、自衛官も少しずつではあるが定年年齢が延長される動きが強まっている。2020年1月から22年1月にかけ、1佐以下の定年年齢が1歳ずつ引き上げられたところだが、2023年10月から2024年10月にかけ、また1歳ずつ引き上げられることとなった。
それでも自衛官の多くは「定年延長」に否定的
自衛官の定年延長が進む背景には、人手不足が挙げられる。2023年3月末現在、定員約24万7000人に対し、実数は約22万7000人。「充足率92%」と聞くとそれほど悪いようには聞こえないかもしれないが、「自衛官が2万人不足している」という事態は相当深刻だ。多くの自衛官が「業務量が多すぎる」と悲鳴を上げており、採用担当者は「もはや入隊試験に『優秀な人材を選抜する』余裕はなく、『入れてはいけない人材を落とす』ものになっている」と本音を漏らす。
自衛隊の業務といっても、何も体力を要するものばかりではない。システムを操作する職種や後方支援職などであれば、その技能は年齢にかかわらず生かせる可能性が高い。現にこのような考え方から、定年後に再任用で迎え入れられる人員の数は増加傾向にある。2001年末段階では30人に過ぎなかった再任用による在職者数は、2022年度末時点で1347人となっており、その対象業務も広範に及んでいる。
現役自衛官および元自衛官の中には、「若年定年は時代と逆行している。定年年齢を延ばすべきだ」「定年年齢になれば一律で再任用すべきだ」と主張する人もいる。仮に自衛隊の定年が65歳まで延びれば、人員不足解消の大きな一助となるだろう。「ある程度の年齢になれば前線から退いて後方部隊を担当することで、若い兵力を前線に投入できる」との見方を示す人もいる。また自衛官個人の観点から言えば、定年まで働くことができれば、給与が激減することも、50代半ば以降で新しい環境に飛び込んで一から仕事を覚えなければならないストレスもなくなる。そのためこの主張には頷けるところもある。
ただ、筆者が自衛官および定年退官した元自衛官らに取材した中では、「定年年齢を延ばすべきではない」という声のほうが実は大きい。補足すると、「再任用が増加しているといっても、定年を迎える自衛官全体の中から見れば一握り。組織の性質を考えると、定年が65歳まで延びることはないだろう。それならば中途半端な定年延長はかえってマイナスとなる」との意見だ。
慣れ親しんだ自衛隊に1年でも長くいられることが「マイナス」になるのはなぜなのか。定年退官した元自衛官らがまず挙げるのは、再就職先の企業からの視点だ。企業がいくら高齢者の活用を進めているとはいっても、「1年でも早く来てほしい」というのが多くの企業の本音だ。55歳での退官であれば、65歳定年の企業でも10年間勤務してもらうことができる。それが仮に今後定年年齢が60歳ともなれば、勤務期間は5年しかなくなってしまう。採用や育成、引継ぎにかかる時間も考慮すると、「何もしなくても人が集まるような企業ほど、定年退職する自衛官の雇用に二の足を踏むところが出てくるのではないか」との懸念を抱く。
また、自分自身の衰えを理由に挙げる元自衛官も多かった。「新しいことを始めるのに、50代と60代ではやはり差がある」「50代まではそこまでの衰えを感じなかったが、60代では仕事を覚えるのも感情の起伏のコントロールも難しくなった」などといった理由だ。「人は何歳からでも新しいスタートを切れるが、そのスタートは早いに越したことはない」と話す人もいた。
勤続20年で年金がもらえる米軍
組織のあるべき姿として、「諸外国をヒントにしてほしい」と話す元自衛官らも少なくない。たとえば米軍では、大尉までは定期昇任できる一方、少佐以上では厳しい選抜試験が待っている。昇任していくためには、普段の勤務態度や体力、学位の有無などが厳しく審査され、審査に落ちたものは退官していく。その結果、優秀な人材が軍に残り、組織の若さも保たれる。軍を辞してから起業する者も多く、元軍人の起業をサポートする団体もある。
また、年金制度にも違いがある。米軍では20年以上勤務すれば退役直後から支給される独自の年金制度が設けられている。20歳で入隊したならば、40歳の時点ですでに年金が受給できるというわけだ。そもそもアメリカでは退役軍人に関して「退役軍人省」という一つの省が設置されていたり、「退役軍人の日」が制定されていたりと、退役した軍人に対する社会の見方からして日本とは異なる。
自衛隊の人事制度では、士長(この階級までは終身雇用ではない任期制隊員)から3曹へと昇任する際に試験があるだけで、曹以上になってしまえば定年まで自衛隊にいることができる。幹部の中には優秀な人材も多いが、昨今自衛隊で問題になっているのは、その優秀な人材が中途で退職し、民間企業へ流出してしまっていることだ。筆者の知り合いにも、大手コンサルファームやGAFAに勤めている元幹部自衛官が複数いる。結果として国防の志ゆえに自衛隊に残るのではなく、「俺はほかに何にもできないから、自衛隊にいるしかない」と自衛隊にしがみつくような幹部も出てくる。
定年までいられることは、雇用の安定という面からはよいだろう。一方で、組織の精強性や自分自身を高めていく意欲といった観点から見ると、どうしても米軍に劣る。ある元自衛官は、「年齢が上がれば上がるほど再就職は難しくなる。米軍を参考に30~40代で一部が民間企業に出ていく制度としたほうが、結果として再就職で困難に直面する人も減るのではないか」と話す。
「社会」と「自衛隊」の観点から見たときには、「イスラエル軍のあり方が参考になる」と話す元自衛官もいた。ガザ侵攻で批判を浴びるイスラエル軍だが、軍民の間のエコシステムという面では、国際的に高く評価されている。イスラエル軍は、職業軍人と徴収兵、正規予備役で構成されており、18歳になれば一部の宗教の信徒を除いて徴兵され、男性32カ月、女性2年間の兵役が課せられる。そして除隊後も、40歳までは有事が起これば徴兵されることになっている。
イスラエル軍は、非常に“ハイテク化”が進んだ軍隊だ。そんなイスラエル軍では、高校を卒業したばかりの若者の中から優秀な人材を選抜し、非常に高度なサイバー教育を施す。結果、そのような人材は軍に所属していた実績が評価され、除隊後には一流企業に勤めることができる。
“やりがい”だけでは戦えない
翻って日本では、社会の中で「自衛隊」そのものに対しての理解は深まってきた一方で、「自衛隊員」が退職して民間企業に勤めることへの視線については、厳しいものがあると言わざるを得ない。「公務員、しかも自衛官が民間企業に転職したところで役には立たない」といった言説もとみにネット空間では目立つ。
その真偽は一旦横に置くとして、社会的に「自衛隊に入ってしまうと退職後が苦しい」と認識されてしまえば、募集にも大いに悪影響を及ぼし、人材不足がさらに加速するだろう。いまの自衛隊は任期制隊員を別として、「隊員を辞めさせない」ことを是としている。しかし民間との垣根を低くし、流動性を高めることを容認していく方向性こそが自衛官の人生の充実につながり、結果的に日本の国防体制の充実にもつながるのではないだろうか。
もっともこれは、防衛省自身も早い段階で認識していた視点ではある。2007年に公表された「防衛力の人的側面についての抜本的改革」において、すでに「自衛隊のような実力組織においては組織をより精強な状態に維持することが必要であることや、近年、国際平和協力活動などで実際に活動する機会が増加していることを踏まえれば、現状の年齢構成は望ましくない」と指摘。併せて「若年定年で退職するよりも40代の方が有効求人倍率は高いことや再就職するのであれば50代よりも若い年代の方が新たな職場への適応力が高いと考えられることも考慮すべきである」と述べている。
それでも防衛省は、比較的簡単に実施できる(国会の議決を要する法改正ではなく、閣議決定による政令改正で可能な)定年延長ばかりを繰り返してきた。しかしいま自衛隊に必要なのは、現行の制度ありきで考えることではないだろう。組織の精強性を保つため、自衛隊をより魅力ある組織にするため、そして国防の道を歩んだ人たちの思いに報いるためには何が必要なのか。「定年」のテーマにおいても、そのような本質的な部分を考えるときが来ているはずだ。“国防”には、確かに大きなやりがいがある。しかし、やりがいだけを強調する組織の未来は暗い。