ハマス・イスラエル紛争における「戦争犯罪」とは何か:法的解釈の差異が生むパラレルワールドを読み解く(前編)

執筆者:越智萌 2023年11月9日
エリア: 中東 その他
どのような行為が「戦争犯罪」と呼ばれるかは、国際政治における各プレーヤーの法的解釈によって異なる[イスラエル軍の空爆で破壊された瓦礫の中から負傷した少女を救出したパレスチナ人男性=2023年10月25日、ガザ市](C)EPA=時事
ハマスの襲撃と、それを受けたイスラエル軍のガザ地区への空爆によって、すでに多数の民間人死傷者が出ている。国際政治の場では、こうした行為を非難する際に「戦争犯罪」というワードが使われることがあるが、国際法上の「戦争犯罪」が成立するには様々な条件がある。紛争の当事者が互いを国家として承認していない場合、拠って立つ法的な前提がそもそも異なることとなり、ある種のパラレルワールドが生じる。

 裁判になれば、各プレーヤー(=当事者。本記事では直観的なわかりやすさのため、プレーヤーと呼ぶ)が法的主張を行う。そのため、法廷ではプレーヤーの数だけ法的パラレルワールド(複数の法的な世界線)が出現する。ハマスとイスラエルの紛争(以下、本紛争)に関しては、このパラレルワールドは、この紛争を取り巻く各主体によって、しかも他の事件では問題にならないような基本的な前提から分岐している。そして例えば、「戦争犯罪」概念が成立しない世界線に身を置くプレーヤーは、「戦争犯罪」が行われた、という主張を行うことはできない。

 この記事で行うのは、各プレーヤーがどのような法的世界線に身を置いているのか、過去の発言等から推定することである。よほど発言の一貫性を気にしないプレーヤーでない限り、国際的な発言や行動も、少なくとも過去のそれと矛盾がないように行うことが想定される。そのため、各プレーヤーが身を置く世界線(国際法的前提)の理解は、今後の各プレーヤーの動きや発言を理解するのに役立つだろうと思われる。

 裁判官は、すべての主張を聞いた上で、法的な分析に基づき決定を下し、複数の世界線を統一する。本稿では、裁判官がどのような決定をするかには踏み込まない。なお、想定される「法廷」としては、まず国際司法裁判所(ICJ)が挙げられる。2022年12月に国連はICJに対し「東エルサレムを含むパレスチナ占領地域におけるイスラエルの政策と実行から生じる法的帰結」についての意見を求める決議を採択しているため、ICJによる法的判断が数年以内に出される予定である(公聴会は2024年2月19日に予定されている)。また、中核犯罪(コアクライム。例えば、ジェノサイドや戦争犯罪といった国際法上の犯罪)についての個人の刑事責任を追及し得る国際刑事裁判所(ICC)も、パレスチナの事態について2021年にすでに捜査を開始している。

 ※ 本稿の基準日は2023年10月25日(イスラエル軍によるガザへの地上侵攻は起きていない)である。

国際的武力紛争(IAC)or非国際的武力紛争(NIAC)or法執行活動

 戦争犯罪は、国家間、または国家と武装集団もしくは武装集団間で、「武力紛争」が存在することを前提とする。戦争犯罪とは、武力紛争に適用される武力紛争法(国際人道法)の違反のうち、特定の深刻な(著しい)違反のことを指すためである。武力紛争と関連のない犯罪は、普通犯罪ないしその他の中核犯罪となり得るが、「戦争犯罪」は武力紛争との関連がなければ成立しない。

「武力紛争」には2種類ある。一つは、国家間の武力紛争で、「国際的武力紛争(International Armed Conflict:IAC(アイアック))」と呼ばれる。ハーグ諸条約や、ジュネーブ諸条約といった、いわゆる武力紛争法がフル適用される。

 もう一つは、国家と武装集団、または武装集団同士で行われる「非国際的武力紛争(Non-International Armed Conflict:NIAC(ナイアック)」と呼ばれ、武力紛争法の基本的な保障と、その他の一部の規範のみが適用され、戦争犯罪の種類も激減する。

 NIACが成立するには、武装集団に十分な組織性があり、かつ戦闘の烈度が一定程度高いことが要求される。IACの中で別の武装組織が台頭してNIACが同時並行することもあり得る。単なる国内の騒乱やマフィア同士の戦いは該当しない。こうしたNIACに当たらないようなものは、テロ行為と呼ばれることもあるが、国際法上の分類としては単に「武力紛争ではない」ことになり、「法執行活動」として、平時の警察活動に適用されるような法が適用される。武力紛争中に起きる犯罪に対して法執行が行われることもあるが、これは「敵対行為パラダイム」とは異なる「法執行パラダイム」として分けて論じられる。

 なんらかの大義があって闘っている武装集団側からすると、自らの行為を単なる犯罪として鎮圧される対象とは見られたくない。そうではなく、国家と対等な権利と義務を持つものだと主張する。

 国家側は、警察によって鎮圧できそうなレベルのものであるならば、わざわざ「武力紛争」として武装集団側に正当性を付与することは避けたい。しかし、組織性や烈度が上がってきて、被害が大きくなったり、捕虜をとられたりし始めると、武装集団にも国際人道法上の義務を課すために、相手方の交戦団体としての地位を認める必要性が出てくる場合もある(そのための「交戦団体承認」という制度も一応存在する)。

 一般市民からすると、「法執行活動」が「武力紛争」に事実上エスカレートさせられない方がよい。「武力紛争」とされると、非常事態が宣言され、普段享受している人権が制限され得るし、平時だとあり得ない損害(付随的損害等)なども甘んじて受け入れざるを得なくなることもある。他方で、現実と世界線がずれたままにされる(烈度は武力紛争であるのに平時の法が適用される)と、必要な防衛力や支援を配備・提供してもらえずに困ることになる。

 なお、誤解されやすいが、「宣戦布告をしたか否か」や「どっちが先に手を出したのか」は、武力紛争法の適用やIAC/NIACの分類には影響しない。現代の国際法では、「武力紛争あるところに武力紛争法あり」(事実主義)との立場が一般にとられており、また武力紛争法はどちらが始めたかに関係なく「紛争当事者に平等に適用される」(平等適用)。

主要プレーヤー5者とその法的立場

 この記事で取り上げる本紛争のキープレーヤーは、ハマス、パレスチナ自治政府、イスラエル、欧米等、国連等の5つとする。それぞれが身を置く世界線の前提を確認する。

1. ハマス

 ハマスは、パレスチナを国家と前提し、ガザ地区を実効支配する。ガザ地区は被占領地であるとし、自らはパレスチナ人民を代表する者との立場をとる(ハマスによる声明)。IAC上は、「紛争当事国に属するその他の民兵隊及び義勇隊の構成員(組織的抵抗運動団体の構成員を含む)」(以下、民兵隊)など(捕虜条約4条A(2))と自認している可能性が高い(そのほか、「イスラム聖戦」や「パレスチナ解放人民戦線」等の集団もあるが本稿では割愛する)。イスラエルとの平和的共存を拒否するが、イスラエルの国家性についての公式的な立場は不明。

2. パレスチナ自治政府

 パレスチナ自治政府は、パレスチナを国家と前提し、これを代表する政府である。ガザ地区は被占領地であるとし、自らがパレスチナ人民を代表する唯一の政府だとの立場をとっている(マフムード・アッバス議長による声明)。イスラエルとの平和的共存を認めるが(オスロ合意)、イスラエルの国家性についての現在の公式的な立場は明確ではない。

3. イスラエル

 イスラエルは、イスラエルを国家と前提し、パレスチナを国家と認めていない。ガザ地区の占領は2005年の一方的撤退で終了しているとの立場をとっている。ハマスをテロ集団と位置付けている。

4. 欧米等

 欧米の主要国(米、英、仏)および日本は、イスラエルを国家と承認し、パレスチナが国家として成立していることは認めていない。ガザ地区の位置づけについての立場ははっきりしないが、下で見るように占領地に適用される国際法の適用を認容しているように見える。ハマスをテロ集団と位置付けている。

5. 国連等

 国連やICCに加え、ロシア、中国といった139カ国は、パレスチナを国家と承認し、イスラエルも同時に承認している国も多い。ガザ地区は引き続きイスラエルの占領下にあるとの立場をとっている。ハマスをパレスチナと完全に区別することもないため、パレスチナに属する民兵隊として見ている可能性もあるが、パレスチナ自治政府からは分かれた武装集団と見る可能性もある。

 なお、ここで各プレーヤーがガザ地区を被占領地とみなすか否かを問題とした理由は、「占領」はIACの結果もたらされる状態ということで、IACの多くの部分が引き続き占領地にも適用されるためである。ICJはすでに2004年に、パレスチナ西岸地区におけるイスラエルによる防護フェンスの設置につき、占領地における当該行為は国際人道法および国際人権法に違反するとの勧告的意見を発している(ICJ壁事件)。

 本稿後編では、上記のキープレーヤーがそれぞれ身を置く法的な世界線について、さらに掘り下げて分析する。(後編に続く

カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
越智萌(おちめぐみ) 2011年大阪大学大学院国際公共政策研究科博士前期課程修了(修士(国際公共政策))、2012年ライデン大学(オランダ)法学修士課程修了(LL.M.)、2015年大阪大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士(法学))、日本学術振興会特別研究員(SPD)(京都大学)、2019年ひょうご震災記念21世紀研究機構研究戦略センター主任研究員(9月まで)、2019年京都大学白眉プロジェクト特定助教、2020年立命館大学国際関係研究科・国際関係学部准教授(現在に至る)。
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