ビズショカ(ビジネスの書架)

ビジネス書、新書などの感想を書いていきます

『嫉妬と階級の『源氏物語』』大塚ひかり 平安の格差社会を生き抜いた紫式部が『源氏物語』に込めた想い

本ページはプロモーションが含まれています

大塚ひかりの「源氏本」が出た!

2023年刊行。筆者の大塚ひかりは1961年生まれの古典エッセイスト。

わたしが初めて大塚作品を読んだのは草思社の『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』から。新潮新書の『女系図でみる驚きの日本史』はこのブログでも紹介している。

嫉妬と階級の『源氏物語』(新潮選書)

得意分野は平安時代、特に『源氏物語』であるようで、本書以前にも『『源氏物語』の身体測定』『源氏物語愛の渇き』『カラダで感じる源氏物語』『源氏の男はみんなサイテー 親子小説としての源氏物語』など、『源氏物語』に関する著作をいくつも書いている。

内容はこんな感じ

『源氏物語』には作者紫式部の、強い嫉妬と階級意識が反映されている。祖先は上流貴族であったのに祖父の代には落ちぶれて受領階級に。夫を亡くし、しがない宮仕えとなり、藤原道長の召人となった紫式部。低い身分ながら、高貴な人々に囲まれて宮中での生活を送った紫式部は『源氏物語』にどんな思いを込めたのか。嫉妬、そして階級の観点から『源氏物語』を読み解いた一冊。

目次

本書の構成は以下の通り。

  • はじめに 『源氏物語』は嫉妬に貫かれた「大河ドラマ」
  • 第1章 『源氏物語』は「ifの物語」?
  • 第2章 はじめに嫉妬による死があった
  • 第3章 紫式部の隠された欲望
  • 第4章 敗者復活物語としての『源氏物語』
  • 第5章 意図的に描かれる逆転劇
  • 第6章 身分に応じた愛され方があるという発想
  • 第7章 「ふくらんでいく世界」から「しぼくでいく世界」へ
  • 第8章 嫉妬する召人の野望
  • 第9章 腹ランク最低のヒロイン浮舟の生きづらさ
  • 第10章 男の嫉妬と階級・少子・子無し・結婚拒否という女の選択
  • おわりに 紫式部のメッセージ
  • 『源氏物語』の嫉妬年表

嫉妬で人が死ぬ時代

筆者はまず『源氏物語』の嫉妬に注目する。出自が低いにもかかわらず帝に愛された桐壷更衣(きりつぼのこうい)は、宮中の女たちから妬まれ、若くして死ぬ。六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)の妬心は源氏の正妻、葵上(あおいのうえ)を殺してしまう。この時代では強い嫉妬心は、人間を殺すと考えられていた。

平安時代の貴族の価値観として、現世の身分や容姿、幸不幸は、前世の行いが反映されたものという考え方があった。そのため身分が低かったり、容貌が劣ったものはひたすらに虐げられるし、軽く見られ馬鹿にされる。劣るものへの侮蔑感がすごいのだ。よって、自分より劣位であると信じたものが、自分が得るべき愛情を独占している事態は強い嫉妬心を生み出すのだ。

受領階級からの敗者復活

紫式部の家系は曽祖父くらいまでの代では上流貴族に属していたが、次第に落ちぶれて、祖父の代には受領のような下級貴族の地位に甘んじていた。『源氏物語』で頻繁に登場する役職に受領(ずりょう)がある。

受領(ずりょう)とは、国司四等官のうち、現地に赴任して行政責任を負う筆頭者を平安時代以後に呼んだ呼称。

受領 - Wikipediaより

実質的には地方のナンバーワンでわり経済的な特権も多い受領階級だが、中央においては下級貴族が務める職として見下されている。『源氏物語』で受領と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは明石の入道だ。明石の入道は、明石に流れてきた源氏に、娘の明石の君を戦略的に嫁がせ、遂には孫(明石の中宮)を天皇の后にまでしてしまう。

『源氏物語』は受領の娘の成功を描きたかったのではないか?と本書で筆者は指摘している。『源氏物語』は敗者復活の物語でもあったわけだ。

最初のヒロイン桐壷と最後のヒロイン浮舟の対比

紫式部は時の権力者藤原道長の召人(めしうど)の地位にあったとされる。

召人(めしうど)は、貴人のそばに召し使う人のこと。日本の平安時代においては、特に主人と男女の関係にある女房のことをさす。

召人 - Wikipediaより

主人と性的な関係を持ちながらも、正妻ではもちろんないし、きちんと屋敷を与えられた側室でもない。召人とはなんとも微妙な立ち位置の存在だ。『源氏物語』にはこの召人の悲哀、怨嗟、そして願望も色濃く反映されている。

それが最も強く出ているのが『源氏物語』の最終盤「宇治十帖」だ。この物語、最後のヒロイン浮舟(うきふね)は、源氏の実弟である八の宮の娘。帝の血を引く血筋ながらも、母親の中将の君(召人)の身分が低かったため、宮からは娘として認知されない。大塚ひかりいわく、浮舟は「腹ランク最低のヒロイン」なのだ(しかし酷いいいようでではある)。

中将の君は後に、受領の妻となるので、浮舟は受領の娘の扱いだ。身分は低いが、その出自と美貌で、浮舟は薫(女三宮の不義の子、名目上は源氏の子、実父は柏木)や、匂宮(明石の中宮の子、源氏の孫)らに懸想されて人生を翻弄される。美しくはあるが、身分が低いために、浮舟は常に下に見られ、男たちに軽く扱われる。

ただ、そんな浮舟も最後には自らの意思で出家を果たし、薫の復縁の誘いを袖にする。筆者は浮舟を嫉妬や階級の意識から解放された人間なのだとする。これは『源氏物語』最初のヒロインである、嫉妬や階級意識に生涯苦しめられた桐壷との対比になっているのだと筆者は読み解く。この視点には驚かされたな。

ちなみに、『源氏物語』関連本を多数書いている大塚ひかりは、2008年~2009年にかけては『源氏物語』の全訳も手掛けている(恥ずかしながら知らなかった)。が、現在では絶版のようでAmazonでスゴイ値段になっている。

せっかくの大河ドラマイヤーなのだから、再版してくれませんかね。筑摩さん。

本書が気になったらこちらもおススメ