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『「民都」大阪対「帝都」東京』原武史 どうして関西では私鉄王国が築かれたのか?

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サントリー学芸賞、社会・風俗部門受賞作

1998年刊行。講談社の人文学術書レーベル、選書メチエからの登場だった。

筆者の原武史(はらたけし)は1962年生まれの政治学者で、専攻は日本政治思想史。『「民都」大阪対「帝都」東京』は、1998年のサントリー学芸賞の社会・風俗部門を受賞している。

その後、二十余年の歳月を経て、講談社学術文庫版が登場した。わたしが今回読んだのはこちらの版。

「民都」大阪対「帝都」東京 思想としての関西私鉄 (講談社学術文庫)

内容はこんな感じ

国家(官)による鉄道事業が先行した東京とは対照的に、関西では私鉄(民)による積極的な事業展開が行われた。沿線に高級住宅地を開発、動員力を高めるエンターテイメント施設の建設、ターミナル駅へのデパート展開。日本一の「民衆の都」大阪はいかにして形成されたのか。そして大正から昭和へ。時代が移り変わっていく中で、やがて大阪は「帝都」へと変貌していく。

目次

  • 本書の構成は以下の通り。
  • はじめに―昭和大礼の光景
  • 第1章 私鉄という文化装置
  • 第2章 「私鉄王国」の黎明
  • 第3章 「阪急文化圏」の成立
  • 第4章 昭和天皇の登場
  • 第5章 阪急クロス問題
  • 第6章 「帝都」としての大阪
  • おわりに―「紀元二千六百年」の光景
  • あとがき
  • 学術文庫版あとがき
  • 解説 天皇の遍在に抗して

関西に私鉄王国が築かれた理由

わたしが初めて大阪を訪れたのは二十歳前後の頃だった。その際に衝撃を受けたのが阪急梅田駅(現、大阪梅田駅)の10面9線、南海難波駅の9面8線にも及ぶ広大なターミナル構造だった。関東の私鉄駅は比較的大きな小田急新宿駅でも地上4面3線+地下3面2線、西武池袋駅でも4面4線くらいなのだからその巨大さが際立つ。

本書『「民都」大阪対「帝都」東京』では、関西の主要私鉄五社、南海、阪神、京阪、大阪電気軌道(近鉄)、そして箕面有馬電気軌道(阪急)の歴史を紹介しつつ、何故、関西では独自の鉄道網が発達しえたのか、その背景を考察していく構成となっている。

東京圏であっても私鉄の開発は相当な勢いで展開されてはいたのだが、これらの鉄道の多くは国有化されてしまう。その理由は、1887年に公布された私設鉄道条例の以下の項目にあった。これけっこうエグイ法律だよね。

  • 私設鉄道は官設鉄道と線路幅を同じにしなければならない
  • 私設鉄道は官設鉄道の接続を拒めない
  • 私設鉄道は二十五年が経過すれば買収して官設鉄道の線路にできる

一方、関西の私鉄は「鉄道」ではなく、専用の線路を持たない「軌道(路面電車)」の枠で事業が開始されたケースが多い。そのため私設鉄道条例に従う必要が無く、線路幅も官設鉄道(1067ミリ)とは異なる、国際標準軌(1435ミリ)が採用された。これによって関西の私鉄は官設鉄道への合併を免れ、独自の繁栄を謳歌することが出来たというわけだ。

官から独立した文化装置としての鉄道

本書では関西私鉄の中でも、小林一三(こばやしいちぞう)が経営を担った箕面有馬電気軌道(阪急)の事例が特に多く紹介されている。沿線に中産階級向けの分譲地を造成する。宝塚少女歌劇団のような集客力のある興行装置を運営する。ターミナル駅に百貨店をオープンする。現在の鉄道会社がこぞってやっているような施策の多くが、小林一三時代の阪急にルーツがあるのかと思うと、その先見の明の確かさに驚かされる。

小林一三は「官」におもねらない。「民」として独自の経営を行っていくことを是としており、これが大阪人の気風にもマッチしたのだろう。この時代、大阪市は東成、西成地区が市域に編入され、人口が133万人から一気に212万人に増大。これは同時期の東京市の人口を上まっていた。関東大震災の被害で経済的にも大ダメージ受けていた東京と比べて、経済的にも大きな発展を遂げていたようだ。この時、大阪はまさに日本一の街だったことになる。

天皇の行幸と「官」の巻き返し

発展を続ける大阪を、昭和天皇はなんども訪れ視察を行っている。しかし、天皇の行幸に伴い、大阪のインフラはさらに強化、改善され、結果的に「官」の勢いも強まっていく。象徴的であったのが「阪急クロス問題」だ。国鉄大阪駅の改良工事で、それまで国鉄の線路跨いで「上」を走っていた阪急は、強制的に高架の「下」を走らさせることになる。これにより小林一三は阪急の経営から退くことになる。

独自の発展を遂げてきた大阪も、結局は「官」の威光のもとに、以降は帝都東京の縮図としての都市形成がなされていく。土地ごとの独自性を奪い、全国どこへ行っても同じような街づくりをしてしまう「官」の体質は昔から変わらないのだなと感じた。

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