2024年12月28日土曜日

ジョンソン論文「日本でレイプは犯罪なのか?」には明らかな粗がありまして — 用語定義と統計の取り方に気をつけよう

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実際、ハワイ大学の研究者デイビッド・T・ジョンソンが「日本でレイプは犯罪なのか?」という論文を出しています。法的に犯罪でも実際は処罰がほぼされていない状況、訴訟に行き着く数も少なく、法が機能していないという内容」と言うツイートが流れていたのだが、Johnson (2024) "Is rape a crime in Japan?"は明らかな粗がある論文なので指摘したい。性犯罪(sex crime)には強姦(rape)も痴漢も覗きも含まれることに注意して読み込もう。

要約を読むと、強姦(rape)のデータから議論を組み立てたことが記されている。

Japan is often said to have one of the lowest rape rates in the world, and Japanese police claim to solve 97 percent of rape cases. But in reality, only 5–10 percent of rape victims report it to police, and police record half or less of reported cases while prosecutors charge about one-third of recorded cases. The result of this process of caseload attrition is that for every 1,000 rapes in Japan, only 10–20 result in a criminal conviction – and fewer than half of convicted rapists are incarcerated. Similar patterns characterize Japan's criminal justice response to other sex crimes. This article shows that impunity for sex offenders is extremely common in Japan, and it argues that patriarchal social and legal norms help explain this pattern.(拙訳:日本では、強姦事件の発生率が世界で最も低い国のひとつであるとよく言われ、日本の警察は強姦事件の97%を解決していると主張している。しかし実際には、強姦被害者のわずか5~10%しか警察に届け出ず、警察は届け出られた事件の半分以下しか記録しておらず、検察官は記録された事件の約3分の1しか起訴しない。この事件処理の過程における脱落の結果、日本で発生する1,000件の強姦事件のうち、刑事事件として立証されるのはわずか10〜20件であり、有罪判決を受けた強姦犯の半数以下しか収監されない。同様のパターンは、日本の刑事司法における他の性犯罪への対応にも見られる。この論文は、性犯罪者の不処罰が日本で極めて一般的であり、このパターンを説明するのに家父長制的な社会的および法的規範が役立つことを示している。)

しかし本文では性犯罪(sex crime)や性暴力(sexual violence)の統計を参照している。統計を参照している箇所を見てみよう。

Japan has low levels of reporting for rape and other sex crimes. The numbers vary from study to study, but they all point in the same direction: the vast majority of victims never report it to police. In 2018 the National Police Agency's “White Paper on Crime Victims”stated that only 3.7 percent of victims of sex crime contacted the police (Hanzai Higaisha Hakusho 2018), and a 2020 survey by Japan's Cabinet Office (2020) found that only 5.6 percent of victims did so. In several other accounts, less than 5 percent of incidents of sexual violence were reported to police (Asahi Shimbun/Asia and Japan Watch 2019; Human Rights Watch 2018; Kemp 2020; Oppenheim 2019). NHK's survey in 2022 found that 10 percent of the victims of sexual violence reported to police – but police did not record (juri) 29 percent of those cases, and another 34 percent were never sent (soken) to prosecutors (Osawa 2023, pp. 153–55). Thus, the NHK data indicate that prosecutors received a little more than one-third (37 percent) of all reported cases. Overall, the evidence from Japan suggests that only 5–10 percent of victims of sex crime report it to police. By this estimate, for each sexual offense that is reported, 10–20 are not⁷.(拙訳:日本では、強姦やその他の性犯罪の届け出率が低い。調査によって数値は異なるが、すべて被害者の圧倒的多数が警察に決して届け出ないと言う同じ方向の指摘をしている。2018年、警察庁の「犯罪被害者白書」は、性犯罪被害者の3.7%だけが警察に連絡したと述べており(犯罪被害者白書(2018))、内閣府による2020年の調査(内閣府 (2020))では、5.6%の被害者だけが届け出ている。他のいくつかの報告では、警察に届け出られた性暴力事件は5%未満であった(Asahi Shimbun/Asia and Japan Watch 2019; Human Rights Watch 2018; Kemp 2020; Oppenheim 2019)。NHKの2022年の調査では、性暴力被害者の10%が警察に届け出たが、警察はそれらの事件の29%を受理せず、さらに34%は書類送検されなかった(Osawa 2023, pp. 153–55)。したがって、NHKのデータは、報告されたすべての事件の3分の1強(37%)しか書類送検されていないことを示している。全体として、日本からのエビデンスは、性犯罪被害者のわずか5~10%しか警察に届け出ないことを示唆している。この推定によると、届け出られる1件の性犯罪に対して、10~20件が認知されていない。)

性暴力や性犯罪の統計を見ているのに、強姦の話に摩り替わっているわけだ。

なお、この論文、NHKの2022年の調査の結果を重視しているようだが、これは恐らく38,383件の回答が寄せられた性暴力アンケート*1のことだ。大沢 (2023)『 「助けて」と言える社会へ―性暴力と男女不平等社会』を参照しているが、この本の目次に「三万八三八三件の被害者から見えてきた性暴力の実態」があった。しかし、この性暴力アンケートは、犯罪認知率の計算には向かない*2。ランダムサンプリングを用いるなどした、しっかりした世論調査の結果ではない。また、痴漢の他、卑猥な言葉を投げかけられた、自慰行為を見せられたような話も含まれており、強姦だけに話を絞っていない。

他に参照している資料も苦しい。2018年の「犯罪被害者白書」の警察認知3.7%は性犯罪全般の話なので、痴漢や露出を含む数字だ。内閣府による2020年の調査は「男女間における暴力に関する調査」になると思うが、これは「無理やり(暴力や脅迫を用いられたものに限りません)に性交等(性交、肛門性交又は口腔性交)されたことがありますか」で、強姦にあたるものか良くわからなかったりする。例えば妻が夫に*3土下座されて不本意ながら応じた事例なども含まれている蓋然性が高い。

*1性暴力アンケート 38,383件の「傷みの声」 - 性暴力を考える - NHK みんなでプラス

被害内容についての統計があるが、18.6%が強制性向罪/不同意性向罪の要件になる。

*2また日本のジェンダー社会学者はぁぁぁ妙な調査を参照してぇぇぇと思ったが、著者の大沢真知子氏の紹介に「日本女子大学名誉教授。専門は労働経済学、女性キャリア研究…Ph.D(経済学)」とあり、そもそも著作でどのように言及されているかは分からなかった。

*3この調査の「加害者との関係」には配偶者が含まれている。

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