「アメリカで注目を集めている“Inbound marketing”とは何か(4)」はこちら
Inbound marketingを理解する4つのポイント
Inbound marketingが非常に現代的なマーケティングなのは、誰もがすでに普通に行っている情報行動=「検索」から始まっている点だ。従来型のマーケティング、とりわけAIDMAやAISASのような購買行動プロセスは「振り向かせる」ところからスタートするのに対し、自分たちがターゲットとする人々が興味を持つようなコンテンツを配備し、検索行為が行われたときにそれらを「見つけられる=get found」されるようにするという考え方は、検索やソーシャルメディアといったユーザー主導型のプラットフォームが増えている時代のマーケティング手法としてもっとも注目したいポイントである。
ポイント1/機会を買うか、機会を作るか
もともと「広告」と呼ばれるものは、「人が集まってるところ」において、人々との接触機会を購入するものだった。テレビでは視聴者との、ラジオでは聴取者との、新聞・雑誌では購読者との、ネット媒体ではユーザーとの、イベント会場では来場者との「接触機会」を買う。新たなコンタクトポイント(タッチポイント)が出てきたとしても、この「機会を買う」という発想でマーケティングを考える限りは、実は従来のマーケティング脳と変わらない。
機会を買うか、機会を作るか。この発想の違いが、ネットが重きを持つようになってきたマーケティングの世界で理解しておかねばならないことだと考えている。例えば、「オウンドメディア」というコンセプトも、そこに集まる人々を、運営企業が自ら集めなければならず、「機会を作る」ことに力を入れなければあっという間に閑古鳥が鳴いてしまい、マーケティングに貢献しないものとなってしまう。
Inbound marketingにおいては、ブログやダウンロード可能なeBookを配布することがあるが、それらのようなコンテンツは、潜在顧客や見込み客との接触機会を「作る」ためにネット上で公開される。もう10年も前になる、オンライン限定で公開されたショートフィルムのプロジェクト『BMW films』の場合、「車を購入する際はネットで吟味した上で買われる事が多い」という事前の調査から、ネット上に公開された映像を「接触機会」としてブランディングに貢献させた。これらは大規模なプロジェクトだったし、当時は街中にポスターを貼り出したり、「集客」をするための試みは、一方でOutbound なものだった。
しかし、広告(媒体)費にかける予算を、コンテンツ制作費に大規模に充てたというのは、機会を買う、と、機会を作る、の違いを語る上で非常に重要な試みだったように思う。今では、コンテンツを見てもらうために広告を使うという、「広告のための広告」を行わなくても、ユーザーの持つ興味と適切なSEO対策さえあれば、接触機会を「作る」ことができる。しかも大仰なコンテンツである必要は必ずしもないので、どんな規模の広告主でも参加ができる。
ポイント2/コンバージョン志向から育成志向へ
また次に理解しておきたいのは日本のネット広告業界の現状である。検索連動型広告、アフィリエイトが普及し、「コンバージョン」という言葉が普及すると、「今すぐ」に資料請求や購入をしてくれる人々を集めてくることばかりに邁進し、潜在顧客を見込み客へ、見込み客を購入意向者へ、「育成する」という視点がないままにここまで来てしまった。
先にも書いたInbound Marketing Summit 2012 SFに参加した際、あるスピーカーが聴衆に対してした質問、「あなたたちのオンラインマーケティングにとって、もっとも重要なことは何?」に対して、「コンバージョン」と答えた人はほとんどいなかった。あちらこちらから上がったのは「リード」、つまり見込み客を集めることがもっとも重要である、と多くの参加者が答えていたのである。
このあたりの感覚が今の日本の状況と違う。日本ではまさに「焼畑農業」をすすめるばかりで、少しでもパイを大きくするようなことを考えてる人は意外に少ない。種を撒いて水をやり、育てる。Inbound marketing が Content marketingでもあるのは、顧客を育てるための水であり、肥料でもあるのがコンテンツだからだ。つまり、Inbound marketing
というのはSEOやソーシャルメディア、Web PRを駆使して最初の接触機会を作る部分(= inbound)はあるが、全体を通じてみると、コンテンツを中心にした顧客育成型マーケティング、と理解するのが正しい。
ポイント3/特に、出すべき広告媒体がないマーケターに向いている
広告媒体というのは、その広告媒体がもっている読者/視聴者/ユーザーが、企業側がリーチしたいターゲットとマッチする場合に購入される。至極当然のことだが、媒体を買うというのは、その媒体がもっている購読者との接触機会を買うに等しい。当然過ぎて見過ごされがちでもあるが。裏返していえば、企業側がリーチしたいターゲットに合う媒体が無ければ、その企業は「広告主」として成立しないので、例えば広告代理店から相手にされない企業ということになる。
これには2つのパターンがあり、1)ターゲットの“層”が合わない。2)媒体のサイズが合わない。すなわち媒体の広告料金が合わない。というケースが存在する。1)は例えばB2Bのマーケティングの場合のように、業界誌以外に自分たちが出すべき媒体がないときに起こり、2)は、事業規模におけるマーケティング予算と媒体の広告料金が合わないときにおこる。
しかしながら、広告を打つ、ということと、マーケティング活動を行う、ということは違う話であり、どんな企業であっても「マーケティング」は必要であって、B2Bであろうが、B2Cであろうが、マーケティング対象は「人」である。一方、現在使えるマーケティングのツールたちは、何万人、何十万人とバルクでターゲットをとらえる従来の媒体的な考え方から一歩進み、人単位でのマーケティングを可能にしてくれるので、自分たちの予算に見合って、かつ目指すべきターゲットを、テーラーメイドで集めてくれるようになってきている。Yahoo!やGoogleといった検索エンジンが普及させたのは、そういう、企業の事業サイズに関わらず、かつターゲットを抱えてる媒体が無くても、どの企業でもマーケティングができるようになる、という世界だ。
Inbound marketing はターゲットにとって興味がありそうなコンテンツを制作し、「見つけてもらう」という手法を持っているが、このコンテンツの塊は、検索で見つけられる各企業の「オウンドメディア/オウンドコンテンツ」でもあり、出すべき広告媒体がないマーケターたちが、自分たちで「媒体を作る」ことでもある、と考えている。ただし、単に媒体に集客するだけでなく、ポイント2のようにその後に「育成」という観点が入っているのがInbound marketing である。
ポイント4/広告のマネージメントから、コンテンツのマネージメントへ。あるいは、媒体の管理から顧客の管理へ
ここまで書いてみると気づいて来ることだが、Inbound marketingは「広告」の話ではない。「広告」が登場することは少ないと考えても間違いがない。ただ、あえて言うなら、例えば、従来のネットでのマーケティング活動が、ネット広告を中心にしたマーケティングマネージメント活動だったとするなら、コンテンツを中心に据えるInbound marketingでは、ターゲットに読まれるコンテンツ、しかもSEO対策も施してあり、かつソーシャルメディアで拡がることも想定しているようなコンテンツのマネージメントこそが重要だろう。
どの広告がどれだけのトラフィックを稼ぎ、どれくらいコンバージョンしたのかを理解するのと同様に、どのコンテンツがどれくらいのトラフィックを集め、そのうちどのぐらいが「リード」につながったのか、を理解するという意味で、コンテンツのマネージメントが重要になってくる。そしてそのコンテンツによって、潜在顧客→見込み客→購入意向とつなげるのであれば、顧客の管理、という考え方も重要になってくる。
検索連動型広告の世界では、どのぐらい広告が表示され、どのぐらいのクリックがあり、どのくらいのクリック単価が発生し、どのぐらいランディングページからコンバージョンにつながったのか、という媒体(キーワード)の管理・運用に力が大きく割かれるが、Inbound marketingでは、顧客の育成こそが重要なので、媒体の管理から顧客の管理へと考え方を変える必要があるだろう。
以上、最後の回として4つのポイントで Inbound marketing を考えてみた。「Inbound marketingを理解するための~」といった記事がネット上に広がりだしたが、それらの多くはTIPS的な内容であり、俯瞰した内容から語ってるものは少ない。また、Inbound marketingはそれぞれの構成要素が昔からあるものばかりで、それらを組み合わせたらできる、新しくない、という指摘も正しい。
しかしながら、ネット広告関連の仕事をして10年以上、Googleで広告ビジネスの担当をしていた自分にとって、なぜInbound marketingに興味を持ち、これを日本に拡めようとしているかは、今回でなんとなく理解してもらえるのではないだろうか。
本日時点では、コムニコ/スケダチで共同声明を出した HubSpot を使った Inbound marketing事業のサービス形態と料金構成について未決定のことも多いので、まだ詳しく書くことは出来ないが、月間100万円~程度の予算で利用可能なものを準備したいと思っている。短期集中でのInbound marketing に関する連載はここで終了となるが、このあとは、コムニコ/スケダチによる Inbound marketing領域のビジネス展開にぜひ注目していただきたいと思う。
「AISAS」関連記事はこちら
高広伯彦の“メディアと広告”概論 バックナンバー
- 第25回 アメリカで注目を集めている“Inbound marketing”とは何か(4)(7/2)
- 第24回 アメリカで注目を集めている“Inbound marketing”とは何か(3)(6/26)
- 第23回 アメリカで注目を集めている“Inbound marketing”とは何か(2)(6/22)
- 第22回 アメリカで注目を集めている“Inbound marketing”とは何か(1)(6/20)
- 第21回 ソーシャルメディアの時代なので、クチコミマーケティングを再考しよう:6(9/26)
- 第20回 コンテクストが理解されにくい背景~ツイッターで誤解がおきやすい理由(6/6)
- 第19回 ソーシャルメディアの時代なので、クチコミマーケティングを再考しよう:5(5/16)
- 第18回 ソーシャルメディアの時代なので、クチコミマーケティングを再考しよう:4(5/9)