https://whatever.doorblog.jp/archives/40659050.html山本七平、加瀬英明『イスラムの読み方』―イスラム世界の5つの常識、他
(1)以前の記事「
イザヤ・ベンダサン(山本七平)『中学生でもわかるアラブ史教科書』―アラブ世界に西欧の「国民国家」は馴染まないのではないか?」で、半ば思いつき的に、アラブ世界には国民国家ではなく宗教国家の方が適していると書いたが、本書で山本七平がちゃんと論理的に宗教国家の可能性を論じていた。
厳密な意味ではバハイ教徒のあいだでしか契約が成り立たず、ユダヤ教徒はユダヤ教徒のあいだでしか契約は成り立たない。そのため、それぞれが結社のようになり、この教団の内と外とでは国籍が違うような関係になってしまいます。したがって<国民国家>というものが成立しうるかどうか、相当に問題です。
各人がイスラム教徒とかドルーズ教徒とかいう意識を捨てて、自分はシリア国民であるとか、レバノン国民であるとかいう意識を本当に持たせることができるかどうか、これが問題なんです。それのいちばん基本というのは、つまり宗教法体制というものを認めるか認めないかということになるわけです。
あれ(※パキスタンとインドの分断)と似た現象が、ほかでも起こるんじゃないかと思うんですよ。シーア派はシーア派連邦のような形でまとまるなどということが。そうなると、イラクは半分に切れてしまうわけですね。その可能性は絶対ないとはいえない。ですから、民族国家ではなくて宗団国家という形で、それぞれが自分たちの宗教法を憲法としてまとまる。こうなれば、ある程度、まとまりうるのではないか。そうなっているのがサウジアラビアですね。だいたいワッハーブ派で一本ですから。
国家の成立要件にはいろいろ議論があると思うが、非常に簡略化すれば以下のようになるだろう。まず、個人が集まって社会として生活するにあたり、各個人の財産と生命を保護するために各人が最低限守らなければならないルール(法)が必要である。ただし、この法は最初は人々の意識の中にとどまるだけであるから、法を明文化する機関(立法府)が要求される。立法府は、時代のニーズに応じて法を修正したり、新たな法を立案したりもする。法の成立後は、その法を執行する機関(行政府)も必要となる。また、法をめぐって人々の間で紛争が生じた場合に備えて、紛争を解決する機関も設置しなければならない(司法府)。
国家は、社会の内部で生じる脅威(紛争)だけではなく、外部の国家からの脅威にも備えなければならない。他国との間で法を形成して紛争を鎮めるためのソフトな交渉権=外交権と、他国からの物理的な攻撃に対処するハードな力=軍を持つ必要がある。このように、法を基点として構築される国家が「法治国家」である。また、法と諸機関、外交、軍隊に対して同じように信頼を寄せる人々の集団が「国民」ということになり、この国民が国家と結びつくと「国民国家」となる。
西欧では、啓蒙主義によって聖俗の分離が進み、宗教とは別に、理性の結晶として法が形成された。理性は宗教を個人の内面へと押しやり、宗教に対する法の優位性を認めさせた。そして、理性的な法を中心に、近代的な議会、官僚組織、裁判所、軍隊などの整備が進められた。これに対して、啓蒙主義を経験しなかったアラブ世界では、聖俗が分離しなかった。
とはいえ、それだけをもって、アラブ世界は近代化が遅れていると結論づけるのは乱暴だろう。アラブ世界では、コーランが個人の財産や生命をはじめ、生活の全てを規定している。コーランの解釈・適用に困った時は、コーランの専門家が解を与えてくれる。コーランは、国家の構成要素たる法として機能している。コーランの絶対性ゆえ、立法府というものは存在しないが、コーランの専門家が行政府に相当するとも言える。
啓蒙主義者は、宗教に定められた規律が矛盾に満ちた非理性的なものだと批判する。確かに、コーランには矛盾する記述もあるらしい(例えば、ある箇所では4人まで妻を取ってよいと書かれているが、別の箇所では妻は1人までにすべきとされている、など)。しかし、理性的な法とて完全ではないのであって、宗教だから前近代的と決めつけるのは機械論的すぎるように思える。
コーランは普遍的な教えであるが、現実には微妙に教義が異なる宗団が多数形成されている。オスマン・トルコの時代には、各宗団がそれぞれ独自に裁判所を持ち、宗派の教えに従って紛争を処理していた。さらに、宗団が自ら外交を行い、軍隊も保有していたという。フィヒテはこれを「国家の中に国家を認める」と評したそうだ。このように見ていくと、アラブ世界では、それぞれの宗団が国家としての要件を満たしている。宗団=国家とすればよかったものを、西欧の都合で機械的に国境を引いたことが、アラブを混乱させる結果になったのではないだろうか?
(2)とはいえ、アラブ世界の国家と西欧の国家では異なる点も非常に多い。本書から相違点をまとめておく。
(a)イスラム世界に公私という意識はない。サウド家(サウジアラビアの王家)でもハシム家(ヨルダンの王家)でも、国家とは自分の私有財産のように扱われている。中東では、国名に人名がつくことが多い。サウジアラビアは「サウド家のアラビア」という意味である。また、ヨルダンは「ハシム・ヨルダン家」から来ている。国家が私有財産のように扱われるため、権力者が私腹を肥やして政治が腐敗することが多い。
(b)イスラエル北部にドルーズ教徒という、11世紀にイスラム教シーア派から派生した一派がいる。ドルーズ派はシリアやレバノンにもおり、彼らはイスラエル北部のガリラヤのヒッティンの丘にある聖所に巡礼に行く。彼らは特別なパスポートを持っていて、シリア政府もレバノン政府も止めることができない。近代国家の原則に反するようだが、これが彼らの現実である。彼らには「○○国の国民」という意識はなく、宗教集団に対する帰属意識があるのみである。
(c)セム族の社会は非常に厳格な血縁社会である。砂漠で遊牧している限り、地縁は生じない。例えばリヤドに行くと近代的なビルが並んでいるが、ビルに番地がない。ベドウィンのテントに番号をつけても意味がないのと同じ理屈である。郵便はどうやって届くのかというと、毎朝私書箱へ行って受け取るのだという。これに対して、アメリカなどは地縁社会であり、アメリカという地域に入ると、血縁的関係、人種、宗教を問わず誰もが「アメリカ族」になる。
(d)イスラム世界には、人と人との間に契約は成立しない。契約が成立するのは神と人との間のみである。例えばお金の貸し借りをする場合、当人の間で契約を結ぶ必要はなく、各人が神との間で契約を結ぶことになる。同一の頂点である神に双方とも同じ契約をしているから、結果として両者の間に合意が成立する、と考える。日本のように、当事者間の話し合いによって契約が成立するという考え方は、イスラム圏では全く通用しない。
(e)勤労は美徳という意識がない。砂漠を動いて略奪する方が、土を耕す人間よりも立派だと見なされる。よって、勤労をしなくてはならない人間は下層に位置づけられる。清貧という概念もなく、貧富の差に関しても非常に無神経である。マホメット自身が商業によって金儲けをしているくらいである。キリスト教のように禁欲的になって、お金を危険なものとして見なすことがない。
(続く)
《追記》
「イスラム国(IS: Islamic State)」は、欧米を敵視するイスラム原理主義の産物だと思われがちだが、基本的にはシーア派とスンニ派の対立が根底にある。イスラム国が国家の樹立を宣言する前の名称は、「イラクとシリアのイスラム国(ISIS: the Islamic State in Iraq and al-Sham)」であった。ということは、イラクとシリアの政権に対抗して作られた国家ということになる。
イラクでは、イラク戦争でスンニ派のフセイン政権が倒され、シーア派が実権を握った。政権に対抗するスンニ派は過激組織を構成し、活動を開始した。彼らが武力を手にし始めたのは、2006年にイラク政府がシーア派統一会派として成立した頃である。2004年頃には「イラクの聖戦士アルカイダ」と名乗っていた組織が分裂、解体、連合を経て2006年には「ムジャヒディーン(聖戦士)諮問評議会」と名乗り、スンニ派をまとめ始めた。これがイスラム国の初期の姿である。
イスラム国は、内戦が長期化していたシリアにも手を伸ばした。シリアのアサド政権は、シーア派の一派とされるアラウィ派の影響力が強い。よって、国内には反体制派のスンニ派武装組織が多数存在する。イスラム国は反体制派に混じってアサド政権への抵抗を開始した(ただし、イスラム国は他のスンニ派武装組織とも対立しているため、事態はもっと複雑である)。こうした背景を見るにつけ、イスラム世界では宗教と政治が密接に結びついており、両者を無理に引き剥がすとかえって混乱が増すだけだと思ってしまう。
啓蒙主義による世俗化を経験した欧米世界から見れば、イスラム世界は近代化が遅れた地域と映るのだろう。しかし、最も近代化が進んでいるとされるアメリカでさえ、多くの国民は今でも熱心に教会に足を運ぶし(以前の記事「
山本七平『日本人とアメリカ人』―アメリカをめぐる5つの疑問」を参照)、進化論を否定して旧約聖書の創世記の正しさを説明するミュージアムを国中に建設している。だから、宗教と国家が結びついても、個人的にはそれほど不思議ではない。
イスラム国は、古代のカリフ制を復活させ、コーランに基づく政治の実現を目指している。また、油田から得られる豊富な資金をバックに、着々と軍事力を強化している。表面的に見れば、イスラム国は国家としての要件のいくつかを満たしているようにも思える。しかし、その暴力的な手法は、およそ現代国家として認められるものではない。
イスラム国は、征服地のスンニ派以外の人々に対し、同派への改宗か税の支払いを要求している。ここまでは伝統的なイスラム教徒のやり方なのだが、イスラム国は、改宗などを拒否した異教徒を殺害したり、キリスト教会を破壊したりしている。古代から伝わるヤジード教徒と呼ばれる少数派やキリスト教徒、さらにはシリア北部に住むクルド人などが迫害されている。イスラム国の横暴によって非難を余儀なくされた人々の数は100万人以上に上るという推計もある。
本文でも述べたが、国家とは一言で言えば「人々の身体や財産を内外の脅威から保護する仕組み」である。現代において独立を目指す国家は、既存の国家に対して、「自らの方が既存国家よりも人々の身体や財産を効果的に保護することができる」ことを証明し、その証明を支持する人々を集めなければならない。これら一連のプロセスは、(スコットランドのように)交渉とキャンペーンによるべきであって、武力に頼るのは国際法違反である。他国の人々の住む地域や、まして生命までをもむやみに奪う行為は、国際的に非難されても仕方ない。
《参考》
世界を地獄に放り込む「イスラム国」の脅威(行政調査新聞、2014年9月3日)
米国が「イスラム国」空爆 イラクで何が起こっているのか?(THE PAGE、2014年8月11日)
「イスラム国」勢い衰えず 警戒強める欧米諸国 (日本経済新聞、2014年8月23日)
イスラム国の恐怖支配が終わりそうにないことがわかる「仰天データ」(THE HUFFINGTON POST、2014年8月30日)