https://whatever.doorblog.jp/archives/46884880.html【城北支部国際部オープンセミナー】「中小企業診断士による国際展開支援事例から、支援のありかた、診断士の役割を学ぶ」
私が所属する(一社)東京都中小企業診断士協会 城北支部国際部で、中小企業のグローバル化支援を行っている、または今後行う予定の中小企業診断士向けに、オープンセミナーを開催した。中小企業基盤整備機構(中小機構)で海外展開支援の専門家としてご活躍されている診断士、中小企業と直接的に海外進出支援コンサルティングの契約を結んでいらっしゃる診断士を講師にお招きした。以下、セミナー内容のメモ書き。
(1)1人目の講師は、中小機構で海外展開支援の専門家を務める診断士であった。中小機構の専門家には大手商社のOBが多く、講師がおっしゃるには「海外に詳しい猛者ばかり」だという(この講師の海外経験は、中国で5年ほどしかないそうだ)。商社OBは海外経験が長いだけあって、現地の法制度やビジネスの仕組みに非常に詳しい。言い換えれば、進出後の”How”に強い。そういう商社OBと差別化を図るために、この講師は
進出前の”Why”を大切にしているという。海外進出をしたいという中小企業経営者に対して、講師は次のように理由を掘り下げる。
経営者:「最近、国内の売上高が減少傾向にあるため、海外に進出しようと思います」
⇒講師:「業種、地域、製品・サービス別に売上高の推移を分析しましたか?」
経営者:「実は、親会社が海外について来いと言っているのです」
⇒講師:「親会社はどこまで自社への発注を保証してくれていますか?」
経営者:「親会社からの発注がなくても、日本ブランドは海外で強く、チャンスだと思います」
⇒講師:「最近はインバウンド需要も増加していますが、そちらには対応しないのですか?」
経営者:「急激に円安になったため、海外に出るなら今しかないと考えています」
⇒講師:「では、円高になったら日本に戻ってくるつもりでしょうか?」
経営者:「本当のことを言うと、海外事業を成功させて自分の求心力を高めたいのです」
⇒講師:(やっと本音を話してくれた)
海外進出の理由について深く切り込んでいくと、実は経営者の個人的な動機に基づいている、というケースは決して少なくない。個人的な動機の有用性を否定するつもりは毛頭ないのだが、個人的な動機だけでは海外事業を成功させることは難しい。まず、個人的動機に基づく海外戦略はいかに脆弱であるかを経営者に認識してもらう。その上で、海外で通用する戦略を経営者と一緒に組み立てていくのが専門家の仕事だという。
(2)中小機構の海外展開支援は、日本国内における海外戦略立案のフェーズと、現地調査を実施するフェーズに分かれる。以前は、後者のフェーズを重視しすぎていたという。例えば、ベトナムに進出したい中小企業に対しては、北部5か所、南部5か所、計10か所を回るような視察を提案していた。しかし、これでは10か所回ることが目的となってしまい、候補地を効果的に絞り込むことができない。
まずは、ベトナム南北のどちらにするか決める。その上で、立地や地盤などの条件を調べて2ケ所ほどに絞り込んでから視察に出かけるべきである(以前の記事「
「海外ビジネス進出セミナー」で学んだこと(1)|(2)」でも似たようなことを書いた)。
現地調査で最も苦労するのは、現地企業にアポイントを取ることである。中小機構は現地のアドバイザーとパートナー契約を結んでおり、彼らにアポ取りを依頼している。それでも、当日訪問したら担当者がいなかったり、「アポの話を聞いていない」と面会を拒否されたりする。そのため、必ず予備の訪問先を用意しておく。ちなみに、海外に視察に行く場合は、日本大使館や領事館も訪れるとよい。講師によれば、日本大使館などにはそれほど重要な情報はないのだが、「身体検査をして領事に会える」ことに喜びを感じる経営者が多いのだという。
(3)(2)とも関連するが、1回目のアポイントは中小機構の専門家や現地アドバイザーが取ってくれる。だが、
2回目以降のアポイントは自分で取るという姿勢が必要である。あまりに当たり前の話なのだが、これができない中小企業は意外と多い。海外の展示会に出展したある企業は、ブースで現地企業の関係者と名刺交換した後、注文がないことを嘆いていた。しかし、よく話を聞くと、その企業は名刺をもらっただけで、何のフォローもしていなかった。当然のことながら、こちらから電話やメールで連絡を取り、商談のアポイントを取らない限り、絶対に進展はない。
日本の展示会もそうだが、ブースの前をたまたま通りかかった人に自社製品・サービスを売り込むのは至難の業である。よって、
事前にターゲット顧客をリストアップし、展示会の案内状を送付して、ブースに来てもらえるように誘導しなければならない。海外の場合は、中小機構の現地アドバイザーや信用調査会社に現地企業のリストを作ってもらうことが有効である。
(4)海外に製造子会社を設立すると、日本の工場長クラスが現地法人の社長として派遣される。海外子会社の社長は、日本の工場長とは比べ物にならないほど忙しい。人事・労務管理、総務、経理処理など、製造以外の仕事も行う必要がある。ところが、海外子会社の社長に対し、本社は従来通り工場長として接する傾向がある。すると、OKY問題が発生する。海外子会社の社長からすれば、
「OKY=お前、来てやってみろ」と本社に言いたくなるのである。
本社は、海外子会社の社長の忙しさに配慮しなければならない。本社は、海外の様子が解らないからと言って、海外子会社の社長にいちいち報告させてはならない(報告業務は、本社が想像する以上に現地の負担となっているものだ)。
現地のことを知りたければ、本社が現地に出向いて聞きに行くことが大切である。海外子会社の社長を多忙にしないことは、海外子会社の社長が突然の急病で倒れるといった不測の事態を防ぐことにもなる(この話も、以前の記事「
「海外ビジネス進出セミナー」で学んだこと(1)|(2)」で書いた内容に通じるところがある)。
(5)海外で自社製品・サービスを販売するには、現地のパートナー企業を探し、販売店・代理店契約を締結する。だが、
パートナーが見つかれば簡単に製品・サービスが売れるようになると勘違いしている中小企業は少なくない。販売店・代理店の役割は、あくまでも「売れる製品・サービスの拡販」である。「売りにくい製品・サービスを売れるようにする」ことではない。日本の販売店・代理店でさえ、売りにくい製品・サービスを売れるようにしてくれるところは例外的である。
日本でもできないことを海外で望むのは無謀だ(この話に限らず、
日本では難しいことが海外では簡単にできると錯覚してしまうことはよくある)。「売りにくい製品・サービスを売れるようにする」のは、自社の役割である。それでもなお、売りにくい製品・サービスを販売店・代理店に売ってもらいたければ、国内以上の労力と費用をかけて、販売店・代理店を育成する必要がある。
(6)海外販路開拓においては、海外向けWebサイトの構築が必須である。海外の人は、日本人が思っている以上にWebサイトをよく見ている。Webサイトがない企業とは取引しないと明言する外国人も多い。逆に、日本企業が海外企業と取引する場合には、海外企業のWebサイトがあるからと言って安心してはならない。
Webサイトはあるが、Webサイトに書かれている住所にはオフィスがない(つまり、会社としての実体がない)ことがある。こういう詐欺的な企業を見破るには、信用調査会社を活用するのが一手である。
言うまでもなく、日本と海外では価値観や嗜好が異なるため、海外の事情に配慮しなければならない。例えば、日本では挿絵やイラストを多用するが、欧米人は子どもっぽいと感じて敬遠し、むしろ写真や文章を好む。また、表示言語を切り替えるために国旗のアイコンを並べることがあるが、国旗の侮辱だと受け取る人もいるので要注意だ。Web制作会社を選ぶ際には、単に外国語に翻訳するだけの会社(そういう会社は、たいてい翻訳を外部の翻訳家に丸投げしている)ではなく、
外国の事情を考慮して外国用のWebサイトを作ってくれる会社を選ぶべきである。
(7)2人目の講師は、中小企業と直接的に海外進出支援コンサルティングの契約を結んでいる方であった。最近、「チャイナプラスワン戦略」としてASEAN諸国が注目されている。
ASEAN諸国は親日国が多いとされるが、この講師はその見方に疑問を呈していた。人間の欲求は経済成長とともに変わる。10年前の中国人は、勤勉で残業もいとわない、家は狭くても文句は言わない、社宅に冷房をつけると「そのお金を賃金に回してほしい」と申し出るなど、日本人にとって非常にビジネスがしやすい相手であった。だが、現在の中国人は、食堂の食事がまずいと言って暴動を起こす。
ASEAN諸国も、経済が成長すればストライキや暴動を起こす可能性がある。
講師は、中国の13億人の市場はやはり捨てがたいと語っていた。私もこの見解には同意する。
世界銀行は毎年、各国のビジネス環境をランキング化しているが、実はASEAN諸国は軒並み中国よりはるかに順位が低い。最近、CLM(カンボジア、ラオス、ミャンマー)の労働コストの安さに惹かれて、この3国への進出を検討する中小企業が増えている。しかし、初めての海外進出のターゲットをCLMに設定するのは、あまりにリスクが高い。
まずは、比較的進出しやすく、かつ市場が大きい中国に進出して海外経験を積むというのが定石であるように感じる。
(8)ブログ別館の記事「
下川裕治『本社はわかってくれない 東南アジア駐在員はつらいよ』」で、ASEAN各国の人々の特徴について書いたが、講師から教えていただいた情報を追加する。
①タイ・・・人前で叱るのはタブーである。特に、
人格を否定するような叱り方は絶対にやってはいけない。人格を否定されたタイ人は、仲間と一緒に殺しにやってくる。
②ベトナム・・・
非常に自意識が過剰で、何でもすぐに「できます」と答える。英語ができるベトナム人を採用しようとして、応募者に「英語はできるか?」と尋ねたところ、「できます」と言ってきた。そこで「英語で自己紹介してください」と言ったら黙り込んでしまった。「英語ができると言ったではないか?」と問い詰めると、「半年後にはできるようになります」と答えたという。
③ミャンマー・・・
後から序列をつけられるのを嫌がる。ワーカーとして採用した人たちの中から、能力が高い特定の人をリーダーに昇格させようとすると、「私は皆と一緒に働きたいので、ワーカーのままでいい」と言ってくる。それでも無理に昇格させると、昇格したリーダーも、昇格させた人事担当者も、残りのワーカーから嫌われる。リーダークラスを作りたいのであれば、面接の段階から「この人はリーダーにする」と決めておく必要がある。
(9)
ベトナムは建前上サービス業が外資に開放されているが、現在ホーチミンでは飲食店の許認可が下りない。当局の担当者がのらりくらりと処理を引き延ばすうちに担当者が異動になり、新たな担当者と一から交渉をしなければならない。これが繰り返されているのが実情のようだ。この問題はJETROなども認識しており、当局と交渉中だという。
いわゆる「袖の下」を渡せば許認可が下りるのではないか?という質問が出たが、袖の下を渡しても許認可が下りないらしい。ちなみに、袖の下に関しては、日本人は違法と認識するのに対し、現地の人はそれほど違法だとは思っていない。当局の担当者は、「自分が許認可を与えた、投資奨励策に基づく特典を与えたのだから、その対価をもらってしかるべきだ」と考える。
別のセミナーで、中国での駐在経験がある講師が、駐在時代に1,000円程度の「交通カード」(昔日本でも使われていたプリペイド型の乗車券)を何枚か常に持ち歩いていた、という話をしてくれた。当局の担当者と交渉する時、書類の間に交通カードをそっと紛れ込ませておく。これだと、袖の下ではないかと指摘を受けても、「うっかり紛れ込んでしまった」とごまかすことができる。