2008年 06月 08日
Lehman 対 ヘッジファンド |
アメリカの5大証券の一角であったBear Stearnsは、サブプライム問題のあおりを受けて事実上の破綻に追い込まれ、5月末でJP Morganに吸収合併されました。その当日、Bearから「リサーチ配信中止」といったお知らせや、JPから「営業担当者変更のお知らせ」などが立て続きに届き、一つの証券会社の最期が実感されました。
それと同じ週に、残り4社となった証券業界の一角であるLehman Brothersが、厄介な問題を抱えていると、NY Timesが報じていました。
同紙の6月4日の記事「Lehman Battles an Insurgent Investor(リーマンと反乱投資家の戦い)」によると、運用資産高$6bn(約6,300億円)の大手ヘッジファンド、Greenlight Capitalを運営するヘッジファンドマネージャーDavid Einhorn氏(39)が、同証券会社が大きな損失を出す可能性があると公に主張して、物議をかもしているそうです。
Lehmanは5月にS&Pによる格下げに見舞われ、6月始めには「巨額損失を計上予定で、FEDに緊急融資を申し込んだ」と言った噂が流れたり、WSJに「外資資本によるエクイティ資本増強を計画している」と報じらるなどして、株価が急落していました。NYTの記事が出た時点では、株価は過去1年で、実に59%も下落してしまっていたそうです。
そんな苦境に立たされているLehmanのCFO、Erin Callan氏にとっては、Einhorn氏のような投資家からの攻撃は、最も歓迎せざるものだと言える気がします。ヘッジファンドのマネージャーが、上場株のショート(空売り)ポジションについて大々的に公言することは極めて珍しく、この話はメディアから大きな注目を集めることになっています。
Einhorn氏のLehmanに対する主張は、同社が価値が不透明な流動性の低いモーゲージ証券を多数抱えており、決算の際には自らの都合の良い(割高の)価格でその評価をすることで、利益をかさ上げしている、というもののようです。
NYTによると、同氏は「別にLehmanに問題を解決しろと迫っているわけではなく、問題含みと思われる資産の評価方法と、可能性のある問題資産を全て公にしているかどうかについて、CFOに詰問しただけ」なのだそうです。サブプライム問題で「世界中で$380bn(約40兆円)もの損失が出ているわけだから、投資家として当然」だというわけです。
Lehmanは決算発表を目前に控えているため、決算に関する内容については何もコメントが出来ない、いわゆる「ブラックアウト」期間にあるわけですが、決算発表の時点で、同社から色々な説明が行われるものと思われます。それを待たずに、業界からは、Einhorn氏の主張に対して賛否両論が噴出しています。
同氏のネガティブなビューに賛同する人は、Lehmanは投資銀行であるにも関らず、バランスシートに30倍以上のレバレッジをかけており、そのお金でモーゲージ債に投資をしていたため、いつでも流動性危機に陥って破綻する可能性がある、と主張しているようです。
それに対して比較的ポジティブな見方を持っている人は、Lehmanの本業はしばらく厳しい時期が続くだろうが、同社のバランスシートには大きな問題なく、いざとなってもFEDの緊急融資に頼ることが出来る。よって今の株価暴落は、単なる「恐怖ファクター」によるパニック売りだ、と主張しているようです。
ここで言うところの「恐怖ファクター」とは、言うまでもなく、Bear破綻の再発ということです。
Lehman Brothersは、Bear Stearnsと同様に、債券業務、特にモーゲージ業務に強みを持った投資銀行であると一般に言われています。(実態はBearに比べて遥かに多角化していると思いますが。)また、証券業界の中では、Bearに次いで小さい規模の会社であり、Bear破綻直後にも株価が一時大幅に下落したことがありました。
加えて、Bear Stearnsが流動性危機を引き起こしたのは、ヘッジファンドによる風説の流布が原因ではないかという根強い噂があり、そのことをSECが調査しているという報道もなされています。そのことも、大手ヘッジファンドのマネージャーであるEinhorn氏の主張の重みを増長する結果になっているのかもしれません。
また、上でも書いた通り、ヘッジファンドは自分がどの銘柄をショート(空売り)しているかという話を外部にすることは、滅多にありません。その理由は、空売り先の企業に悪印象を持たれることに何のメリットもないということと、貸し株市場が混み合って、貸し株費が上がってしまうことを避けるため、などがあるかもしれません。
しかし一番大きい理由は、「ショートスクイーズ」、つまり自らが空売りしている銘柄を一斉に買い上げられることで、莫大な損失を被る可能性を回避することだと言えると思います。ショート戦略は、可能損失が無限大という極めて難しいストラテジーですが、ヘッジファンドの多くは、その戦略を市場リスクのヘッジのために用いています。しかしスクイーズをかけられると、ヘッジのはずのポジションで大きな損失が出てしまう可能性があるわけです。
と言うわけで、Einhorn氏のように、自らのショートポジションを大々的に宣伝する人は極めて少なく、それだけに「よほど自信があるのだろう」という印象を、投資業界に与えているのかもしれません。
(ちなみに同氏は、Lehman以外の金融株にどのようなスタンスであるかは公表していないそうですが、ファンド全体ではロングとショートの比率は2:1になっており、Lehmanが破綻して市場全体の暴落を招くようなことになれば、ファンド全体は損害を受ける可能性が高いそうです。またLehmanのショートポジションは、自説が正しい、または間違っていたと証明されるまで、持ち続けるつもりだそうです。)
ところで、このLehman対Einhorn氏の対決で、にわかに注目を集めているのが、90年代にLehmanのCFOを勤めた経験を持ち、今ではSanford C. Bernsteinで金融株担当のアナリストを担当している、Brad Hintz氏です。
5月中旬にパークアベニューにある老舗ホテル、Waldorf-Astoriaで開かれた投資家向けカンファレンスで、Einhorn氏が自らのLehmanに対する見方を発表した際、同氏は参加していた投資家から意見を求められて、引っ張りだこだったそうです。
同氏はNYTの記事の中で、「一度投資家から会計方針について疑問を持たれてしまったら、会社の評価に永久に悪影響を及ぼすため、Lehmanの経営陣はEinhorn氏に対して激怒している」とした上で、Einhorn氏の戦略は「短期的で歪曲している」と述べた旨が取り上げられていました。
同氏に対しては、BusinessWeekもインタビューをしたようで、6月16日号のFACETIMEにその内容が載っていました。その中でHintz氏は、「株式投資家は債券投資家よりナーバスになりやすく、サプライズを恐れて、質問よりも行動が先走ってしまう」、「Lehmanのディスクロージャーはもちろん完璧とは言えないが、株価は明らかに売られ過ぎ」だと述べていました。
また資本増強の可能性については、$3bn(約3,150億円)程度はあり得ると述べた上で、その理由について、「FEDの緊急融資枠は9月中旬までしか使えないので、それまでにバランスシートを強固な物にしておきたいのだろう」、「FEDはLehmanを絶対に倒産させない」と述べていました。
この記事の中での、同氏の最後のコメントが面白かったのですが、ウォールストリートでは、よくサブプライム問題は既に7回裏を回ったなどを言われるが、それはその通りかもしれない。しかし残念ながら試合は「ダブルヘッダー」で、景気減速、倒産の増加、消費者ローン問題の拡大などはこれからだ、とのことです。
それが本当だとすると、Einhorn氏のLehmanに対する賭けは、Hintz氏の主張に反して、しばらくの間は上手く機能してしまうのかもしれません。
(写真出典)
http://lehman-brothers-news.newslib.com/img/logo/529.jpg
http://www.nytimes.com/2008/06/04/business/04lehman.html?pagewanted=1&_r=1&sq=Lehman%20Brothers&st=nyt&scp=2
http://web.ics.purdue.edu/~omcc/Old_Masters/2004_Old_Masters/hintz-bLO.jpg
それと同じ週に、残り4社となった証券業界の一角であるLehman Brothersが、厄介な問題を抱えていると、NY Timesが報じていました。
同紙の6月4日の記事「Lehman Battles an Insurgent Investor(リーマンと反乱投資家の戦い)」によると、運用資産高$6bn(約6,300億円)の大手ヘッジファンド、Greenlight Capitalを運営するヘッジファンドマネージャーDavid Einhorn氏(39)が、同証券会社が大きな損失を出す可能性があると公に主張して、物議をかもしているそうです。
Lehmanは5月にS&Pによる格下げに見舞われ、6月始めには「巨額損失を計上予定で、FEDに緊急融資を申し込んだ」と言った噂が流れたり、WSJに「外資資本によるエクイティ資本増強を計画している」と報じらるなどして、株価が急落していました。NYTの記事が出た時点では、株価は過去1年で、実に59%も下落してしまっていたそうです。
そんな苦境に立たされているLehmanのCFO、Erin Callan氏にとっては、Einhorn氏のような投資家からの攻撃は、最も歓迎せざるものだと言える気がします。ヘッジファンドのマネージャーが、上場株のショート(空売り)ポジションについて大々的に公言することは極めて珍しく、この話はメディアから大きな注目を集めることになっています。
NYTによると、同氏は「別にLehmanに問題を解決しろと迫っているわけではなく、問題含みと思われる資産の評価方法と、可能性のある問題資産を全て公にしているかどうかについて、CFOに詰問しただけ」なのだそうです。サブプライム問題で「世界中で$380bn(約40兆円)もの損失が出ているわけだから、投資家として当然」だというわけです。
Lehmanは決算発表を目前に控えているため、決算に関する内容については何もコメントが出来ない、いわゆる「ブラックアウト」期間にあるわけですが、決算発表の時点で、同社から色々な説明が行われるものと思われます。それを待たずに、業界からは、Einhorn氏の主張に対して賛否両論が噴出しています。
同氏のネガティブなビューに賛同する人は、Lehmanは投資銀行であるにも関らず、バランスシートに30倍以上のレバレッジをかけており、そのお金でモーゲージ債に投資をしていたため、いつでも流動性危機に陥って破綻する可能性がある、と主張しているようです。
それに対して比較的ポジティブな見方を持っている人は、Lehmanの本業はしばらく厳しい時期が続くだろうが、同社のバランスシートには大きな問題なく、いざとなってもFEDの緊急融資に頼ることが出来る。よって今の株価暴落は、単なる「恐怖ファクター」によるパニック売りだ、と主張しているようです。
ここで言うところの「恐怖ファクター」とは、言うまでもなく、Bear破綻の再発ということです。
Lehman Brothersは、Bear Stearnsと同様に、債券業務、特にモーゲージ業務に強みを持った投資銀行であると一般に言われています。(実態はBearに比べて遥かに多角化していると思いますが。)また、証券業界の中では、Bearに次いで小さい規模の会社であり、Bear破綻直後にも株価が一時大幅に下落したことがありました。
加えて、Bear Stearnsが流動性危機を引き起こしたのは、ヘッジファンドによる風説の流布が原因ではないかという根強い噂があり、そのことをSECが調査しているという報道もなされています。そのことも、大手ヘッジファンドのマネージャーであるEinhorn氏の主張の重みを増長する結果になっているのかもしれません。
また、上でも書いた通り、ヘッジファンドは自分がどの銘柄をショート(空売り)しているかという話を外部にすることは、滅多にありません。その理由は、空売り先の企業に悪印象を持たれることに何のメリットもないということと、貸し株市場が混み合って、貸し株費が上がってしまうことを避けるため、などがあるかもしれません。
しかし一番大きい理由は、「ショートスクイーズ」、つまり自らが空売りしている銘柄を一斉に買い上げられることで、莫大な損失を被る可能性を回避することだと言えると思います。ショート戦略は、可能損失が無限大という極めて難しいストラテジーですが、ヘッジファンドの多くは、その戦略を市場リスクのヘッジのために用いています。しかしスクイーズをかけられると、ヘッジのはずのポジションで大きな損失が出てしまう可能性があるわけです。
と言うわけで、Einhorn氏のように、自らのショートポジションを大々的に宣伝する人は極めて少なく、それだけに「よほど自信があるのだろう」という印象を、投資業界に与えているのかもしれません。
(ちなみに同氏は、Lehman以外の金融株にどのようなスタンスであるかは公表していないそうですが、ファンド全体ではロングとショートの比率は2:1になっており、Lehmanが破綻して市場全体の暴落を招くようなことになれば、ファンド全体は損害を受ける可能性が高いそうです。またLehmanのショートポジションは、自説が正しい、または間違っていたと証明されるまで、持ち続けるつもりだそうです。)
ところで、このLehman対Einhorn氏の対決で、にわかに注目を集めているのが、90年代にLehmanのCFOを勤めた経験を持ち、今ではSanford C. Bernsteinで金融株担当のアナリストを担当している、Brad Hintz氏です。
5月中旬にパークアベニューにある老舗ホテル、Waldorf-Astoriaで開かれた投資家向けカンファレンスで、Einhorn氏が自らのLehmanに対する見方を発表した際、同氏は参加していた投資家から意見を求められて、引っ張りだこだったそうです。
同氏はNYTの記事の中で、「一度投資家から会計方針について疑問を持たれてしまったら、会社の評価に永久に悪影響を及ぼすため、Lehmanの経営陣はEinhorn氏に対して激怒している」とした上で、Einhorn氏の戦略は「短期的で歪曲している」と述べた旨が取り上げられていました。
同氏に対しては、BusinessWeekもインタビューをしたようで、6月16日号のFACETIMEにその内容が載っていました。その中でHintz氏は、「株式投資家は債券投資家よりナーバスになりやすく、サプライズを恐れて、質問よりも行動が先走ってしまう」、「Lehmanのディスクロージャーはもちろん完璧とは言えないが、株価は明らかに売られ過ぎ」だと述べていました。
また資本増強の可能性については、$3bn(約3,150億円)程度はあり得ると述べた上で、その理由について、「FEDの緊急融資枠は9月中旬までしか使えないので、それまでにバランスシートを強固な物にしておきたいのだろう」、「FEDはLehmanを絶対に倒産させない」と述べていました。
この記事の中での、同氏の最後のコメントが面白かったのですが、ウォールストリートでは、よくサブプライム問題は既に7回裏を回ったなどを言われるが、それはその通りかもしれない。しかし残念ながら試合は「ダブルヘッダー」で、景気減速、倒産の増加、消費者ローン問題の拡大などはこれからだ、とのことです。
それが本当だとすると、Einhorn氏のLehmanに対する賭けは、Hintz氏の主張に反して、しばらくの間は上手く機能してしまうのかもしれません。
(写真出典)
http://lehman-brothers-news.newslib.com/img/logo/529.jpg
http://www.nytimes.com/2008/06/04/business/04lehman.html?pagewanted=1&_r=1&sq=Lehman%20Brothers&st=nyt&scp=2
http://web.ics.purdue.edu/~omcc/Old_Masters/2004_Old_Masters/hintz-bLO.jpg
by harry_g
| 2008-06-08 14:00
| ヘッジファンド・株式投資