2009年 10月 29日
「大きすぎて潰せない」の愚? |
先日のエントリーの続きになりますが、10月27日のFTに、イギリスの著名エコノミストであるJohn Kay氏が、「Too Big To Fail is Too Dumb an Idea to Keep(『大きすぎて潰せない』は馬鹿げている)」というコラムを書いていました。彼のコラムは、先日紹介した英中銀やイギリスの規制当局の主張を支持する内容で、金融機関の経営ミスを厳しく批判していますが、結論がなかなか興味深かったので、簡単に紹介してみます。
(以下、本文の抄訳)
Too Big To Fail is Too Dumb To Keep
Financial Times – John Kay
> 金融危機が、規制当局の手落ちで発生したと言う人がいるが、それは、犯罪自体の発生の原因を、警察の怠惰の責任に帰しているに等しい。
> 金融危機を防ぐために、規制当局が国内外で協調して対処することが必要だと言うが、その考えはおかしい。金融危機発生の責任は、一重に、自らの行動のリスクを理解していなかった、金融機関の貪欲で無能な経営者にある。
> 資本主義(市場経済)のアイデアの根本には、強者が生き残り、弱者が敗れるというものがある。そう考えると、Lehman Brothersの破綻は資本主義の敗北ではなく、むしろ勝利であった。同社の経営はお粗末で、従業員は給料をもらいすぎており、事業の社会貢献も極めて限定的であった。
> 「大きすぎて潰せない」という考え方は、金融機関の間でモラルハザードを引き起こし、リスク拡大を助長するばかりでなく、各社のリスクモニタリングへの関心自体を薄めてしまう。その結果、納税者は、コントロール不能で際限のないリスクに、さらされることになる。
> 相互依存型システムは、何も金融業界に限った話ではない。電力供給の世界も同じであるし、石油精製も、原子力発電の世界もそうだ。相互依存型システムを正常に機能させるには、その構成要因(=個別企業)ではなく、システム全体をしっかりと構築する必要がある。金融システムが、そのように構築されていないのであれば、(個別金融機関ではなく)システム全体を見直す必要がある。
> 金融機関には、テクニカルな問題に対するリスク管理システムが存在するが、組織的な破綻に対応するシステムは存在しないのが問題でさる。その対策としては、社内と業界内で、業務間にファイアウォールを設置し、また巨大金融機関を小さく解体することで、一部分の破綻がシステム全体を危機にさらさないようにする必要がある。
> 納税者の利益を守るためには、個人や企業に対して金融サービスを提供する会社に、リスクの高い事業をさせないことである。自己資本規制を(若干ではなく、大幅に)高めたり、「生前遺言」をきちんと実行すれば、英中銀のMervyn King総裁が主張している銀行解体と、ほぼ同じ効果が得られるはずである。
> 規制当局の仕事は、納税者として、また金融サービスの受けてとしての「国民」の利益を守ることであり、特定の産業の利害を促すことではない。
> 次に金融危機が発生したら、国民の怒りは、それを防げなかった政治家や規制当局、当事者であるバンカー達のみならず、市場システムそのものに向かうであろう。ここでリスクに晒されているのは、ウォールストリートの将来だけではなく、資本主義そのものかもしれない。
・・・この内容は、一見「アンチ・ウォールストリート」の意見ように見えますが、その主張するところが、市場経済・資本主義の擁護であるところは、なかなか興味深い点です。同氏は、金融機関を「公共サービス」と「カジノ」に分断すべきと主張する英中銀の総裁は、正しい主張をすることで敵を増やしている、とも警告していました。
10月22日のFTのコラム「Why curbing Finance is hard to do(金融規制はなぜ困難か)」においても、同紙のコラムニストMartin Wolf氏は、King総裁の意見は英国のGordon Brown首相を含む大物から「機能しない」とすかさず批判を浴びたが、「公共サービス」部門を「決済機能」と極めて狭義に定義付ければ問題ないはずだ、と主張していました。
また同氏は、King総裁の「経済危機をとめるために、銀行セクターに与えられた大幅なサポートは、史上最大のモラルハザードを作り出した恐れがある」というスピーチに触れ、解決策としては、「大きすぎて潰せない」機関を、「素晴らしくてつぶれない」か、「潰しても問題ない」機関に作り変えることが必須である、と主張していました。
しかし同氏もまた、銀行を解体したとしても、レバレッジ(借り入れ)を使った投資を止めなければ、金融危機を本当に防ぐことは出来ないであろうし、借り入れ自体を禁止するということは、現実的でもなければ国民が欲するところでもないだろう、と言った内容でコラムをまとめています。経済活動が人間が行う行動である以上、完璧なシステムの構築は困難でしょうから、システミックリスク対策の議論は、まだまだ続くのだろうと想像します。
しばらく前に、金融機関の報酬規制の(クリエイティブな)仕組みを考え出したのが、スイスであるという話を書きましたが、市場寄りとされるFTでもこのようなコラムが頻繁に紹介される辺り、欧州における金融危機対策への関心度合いの高さが、窺い知れる気がします。
(以下、本文の抄訳)
Too Big To Fail is Too Dumb To Keep
Financial Times – John Kay
> 金融危機が、規制当局の手落ちで発生したと言う人がいるが、それは、犯罪自体の発生の原因を、警察の怠惰の責任に帰しているに等しい。
> 金融危機を防ぐために、規制当局が国内外で協調して対処することが必要だと言うが、その考えはおかしい。金融危機発生の責任は、一重に、自らの行動のリスクを理解していなかった、金融機関の貪欲で無能な経営者にある。
> 資本主義(市場経済)のアイデアの根本には、強者が生き残り、弱者が敗れるというものがある。そう考えると、Lehman Brothersの破綻は資本主義の敗北ではなく、むしろ勝利であった。同社の経営はお粗末で、従業員は給料をもらいすぎており、事業の社会貢献も極めて限定的であった。
> 「大きすぎて潰せない」という考え方は、金融機関の間でモラルハザードを引き起こし、リスク拡大を助長するばかりでなく、各社のリスクモニタリングへの関心自体を薄めてしまう。その結果、納税者は、コントロール不能で際限のないリスクに、さらされることになる。
> 相互依存型システムは、何も金融業界に限った話ではない。電力供給の世界も同じであるし、石油精製も、原子力発電の世界もそうだ。相互依存型システムを正常に機能させるには、その構成要因(=個別企業)ではなく、システム全体をしっかりと構築する必要がある。金融システムが、そのように構築されていないのであれば、(個別金融機関ではなく)システム全体を見直す必要がある。
> 金融機関には、テクニカルな問題に対するリスク管理システムが存在するが、組織的な破綻に対応するシステムは存在しないのが問題でさる。その対策としては、社内と業界内で、業務間にファイアウォールを設置し、また巨大金融機関を小さく解体することで、一部分の破綻がシステム全体を危機にさらさないようにする必要がある。
> 納税者の利益を守るためには、個人や企業に対して金融サービスを提供する会社に、リスクの高い事業をさせないことである。自己資本規制を(若干ではなく、大幅に)高めたり、「生前遺言」をきちんと実行すれば、英中銀のMervyn King総裁が主張している銀行解体と、ほぼ同じ効果が得られるはずである。
> 規制当局の仕事は、納税者として、また金融サービスの受けてとしての「国民」の利益を守ることであり、特定の産業の利害を促すことではない。
> 次に金融危機が発生したら、国民の怒りは、それを防げなかった政治家や規制当局、当事者であるバンカー達のみならず、市場システムそのものに向かうであろう。ここでリスクに晒されているのは、ウォールストリートの将来だけではなく、資本主義そのものかもしれない。
・・・この内容は、一見「アンチ・ウォールストリート」の意見ように見えますが、その主張するところが、市場経済・資本主義の擁護であるところは、なかなか興味深い点です。同氏は、金融機関を「公共サービス」と「カジノ」に分断すべきと主張する英中銀の総裁は、正しい主張をすることで敵を増やしている、とも警告していました。
10月22日のFTのコラム「Why curbing Finance is hard to do(金融規制はなぜ困難か)」においても、同紙のコラムニストMartin Wolf氏は、King総裁の意見は英国のGordon Brown首相を含む大物から「機能しない」とすかさず批判を浴びたが、「公共サービス」部門を「決済機能」と極めて狭義に定義付ければ問題ないはずだ、と主張していました。
また同氏は、King総裁の「経済危機をとめるために、銀行セクターに与えられた大幅なサポートは、史上最大のモラルハザードを作り出した恐れがある」というスピーチに触れ、解決策としては、「大きすぎて潰せない」機関を、「素晴らしくてつぶれない」か、「潰しても問題ない」機関に作り変えることが必須である、と主張していました。
しかし同氏もまた、銀行を解体したとしても、レバレッジ(借り入れ)を使った投資を止めなければ、金融危機を本当に防ぐことは出来ないであろうし、借り入れ自体を禁止するということは、現実的でもなければ国民が欲するところでもないだろう、と言った内容でコラムをまとめています。経済活動が人間が行う行動である以上、完璧なシステムの構築は困難でしょうから、システミックリスク対策の議論は、まだまだ続くのだろうと想像します。
しばらく前に、金融機関の報酬規制の(クリエイティブな)仕組みを考え出したのが、スイスであるという話を書きましたが、市場寄りとされるFTでもこのようなコラムが頻繁に紹介される辺り、欧州における金融危機対策への関心度合いの高さが、窺い知れる気がします。
by harry_g
| 2009-10-29 08:26
| 投資銀行