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「早慶を就労ビザの優遇校に」とのシンガポール政府へのロビイングが「早慶MBAで」と斜め上の対応に終わる

うにうに@シンガポールウォッチャーです。
シンガポール日本人村の政治力として、末永く語り継ぐべき惨事(珍事)が発生したので、記録に残します。

今回の話は就労ビザEP (Employment Pass) です。シンガポールには、給料によって、何種類かの就労ビザがありますが、その中で王道がこのEPというものです。
移民国家シンガポールも、「国民の仕事を外国人が奪っている」という声に応え、就労ビザの引き締めを行っています。最近の最大の波が、2023年9月に導入されたCOMPASSというEPへのスコアリング制度導入です。
uniunichan.hatenablog.com

  1. 給料 (業界での地元民ホワイトカラー給与と比較)
  2. 学歴 (申請者の学歴)
  3. 国籍多様性 (申請者の企業内でのホワイトカラー国籍多様性)
  4. 地元民雇用支援 (業界内他企業と比べた、地元民ホワイトカラー雇用比率)

の4項目で評価され、各項目0か10か20点。合計40点取得できると、原則としてEP発行というものです。
このうち学歴では、

  • 0点: 大卒未満
  • 10点: 大卒
  • 20点: 優遇校 (日本からは東大・京大・東工大・阪大・東北大の5校のみ)

となっています。今回の騒動は、この優遇校認定です。
uniunichan.hatenablog.com

シンガポール政府が認める就労ビザ優遇校は大学ランキング100位
100位圏外の早慶

このトップ校認定には3つの基準があります。

  1. QS大学ランキング100位以内: 全専攻対象
  2. シンガポールの国立大学: 全専攻対象
  3. 関係省庁の推薦: 特定専攻のみ対象

1は、ほぼ機械的です。QS大学ランキングの100位以内であれば対象です。日本からは5校です。東北大は、QSランキングで100位を切りましたが、いまでも優遇校として継続しています。

32位 東大
50位 京大
84位 東工大
86位 阪大
107位 東北大
181位 早稲田
188位 慶応

2は、地元の大学に留学した後に就職するのは、親和性が高く優遇されます。国内大学を卒業した留学生を優遇するのは、世界的傾向です。また、シンガポールの国立大学は、8位のシンガポール国立大(NUS)、15位のナンヤン工科大(NTU)とランキング上位です。
なお、学位が必要です。学位がでない交換留学などは対象外です。

3が、今回の話題の対象です。「行政裁量で優遇校を指定」するというものです。監督官庁の推薦で優遇校に入ります。MBAの推奨はEDB(経済開発庁)です。
・シンガポール労働省 (MOM): List of institutions awarded 20 points under COMPASS Criterion 2 (Qualifications) (PDF)

「早慶の優遇校入りを陳情している」という話は以前から飛んでいました。インドもEPへの陳情をしています。そこに出てきた今回のCOMPASS学歴基準改定での、早慶MBAの優遇校入りのニュースです。単純にはこういうことでしょう。

JTC「シンガポールで就労ビザEPをとれない!早慶を優遇校に!」
↓
シンガポール「給料が安く、日本人だらけで国民/多国籍雇用が弱いからでは?」
↓
JTC「早慶は日本人エリサーの心!不当!ロビイング!」
↓
シンガポール「(うるせぇ)大学全体はQS大学ランキング100位で私文は圏外だから、早慶MBAだけな」
↓
JTC「駐在の早慶MBAってレアすぎだろ…」

早慶MBAはMBAランキングでも圏外

æ—©æ…¶MBAが、優遇校の中でいかに浮いているかを説明します。QS100位でないMBAからは13校が指定されています。それにファイナンシャル・タイムズ (FT) MBAランキングを突き合わせます。

学校名 国 FT MBAランキング
INSEAD フランス 2位
IESE スペイン 5位
LBS イギリス 8位
HEC フランス 12位
ESADE スペイン 17位
IE スペイン 20位
IMD スイス 36位
インド経営大学院 アーメダバード校 インド 41位
インド経営大学院 バンガロール校 インド 47位
ESSEC フランス 54位
インド経営大学院 カルカッタ校 インド 67位
早稲田 日本 圏外
慶応 日本 圏外

はい、早慶MBAは見事に100位圏外です。そして、100位圏外から優遇校入りは早慶MBAのみです。もともと「QS100位圏外校への優遇指定」は総合大学でなくQSランキングに入りにくいが、評価が高いINSEAD MBAへのような救済処置が中心でした。そこに、専門校ランキング圏外の早慶MBAが入るのは、事情があるのが察せられます。

なぜ「早慶MBA」だと「斜め上」の対応になるのか

早慶MBAが斜め上の対応になるのは、単純に優遇を受けられる対象者が少数だからです。シンガポール在住者で、早慶MBAに会うことは滅多にありません。なので、「これまでの早慶MBA卒業生の実績を買われた結果」というのはありえません。優遇対象を減らすために、あえて早慶のMBAが選ばれたのでは、という勘ぐりすら発生します。

駐在では、国内MBAをとる人は、シンガポール駐在への社内パスにのるのは困難です。「勉強する暇があれば仕事しろ」という意味です。それがJTCです。
現地採用者は、国内MBAをとる意味がありません。NUS/NTUのパートタイムMBAに行く人はいますが、そもそも国内MBAにはアクセス困難です。国内MBAをとってから、シンガポールで現採を始める人もレアです。それなら海外でMBAを取得するでしょうから。

ナンヤン工科大・早稲田デュアルMBA

ナンヤン工科大(NTU)は、早稲田とMBAのダブルディグリープログラムを持っています。修了で、NTUと早稲田の両方の卒業生になれるという便利なものです。彼らは、最優遇なシンガポールの国立大学のNTU学位を以前から使えるので、早稲田MBAが優遇入りするメリットはありません。また、日本人卒業生の大半は日本に帰国しています。

結果、在シンガポール日本人で、早慶MBAは海外MBAより少ない、日本との逆転現象になっているはずです。早慶MBAのため、COMPASSで10点加算を得られる日本人は、極少数でしょう。これが、在シンガポールJTCが苦労を重ねたロビイングの成果です。


もう一つできる解釈があります。「早慶MBAを希望したのは日本サイドだった」というものです。
「(うるさい)分かった。QS100位未満なので、全専攻は指定できないから、早慶から好きな専攻を一つもってこい」
とシンガポール政府に言われて、日本サイドが出した(苦渋の決断)がMBAだったということです。
仮に早稲田政経と慶応法学部を日本サイドが選択し、早慶の他学部出身者が優遇されなくなるのは、日本の社内政治的に大戦争になるのは明白です。「君は慶応SFCだからシンガポール駐在に選ぶことができなくて、ビザの都合で慶応法学部卒を選んだ」という恐ろしい話が現実になるということです。シンガポール政府に逆恨みが飛ぶ可能性すらあります。
それを避けるためには、ジェネラルで対象が広いMBAを選んだというものです。結果として、身内の事情を優先し、優遇を受ける人数が激減したなら、「なんのために始めたロビイングですか?」というのが私の感想です。

陳情していると私が聞いていた団体が「頑張ったのはウチです」と名乗り出るかもしれませんが、背景がどうだったかまでは開示はしないでしょう。関係者の後日談に頼ることになります。

早慶MBAはシンガポール就労に有効か

私の評価としては、何らかの事情で既に早慶MBAを持ってる人がシンガポールを目指すには良いですが、シンガポール就職を目的に早慶MBAを取得するのは割に合わない、というものです。それであれば最初から、NUS/NTU/INSEADで学位を取得しましょう、というものです。ビザのラットレースで就労ビザはスタートにすぎず、永住権PRが大ボスになっており、早慶MBAではPRでの加点に弱いからです。
早慶MBAサイドとしては、「シンガポール政府にも認められた!」とプレスリリースで宣伝するのは良いんじゃないでしょうか。

現地採用者のシンガポール就職戦略としては、引き続き以下が王道になるはずです。

  • シンガポール就労の最初の着地点としてドアオープナーとしての日系企業への就職はやむを得ないが、極力避ける。給料が安く、ビザ取得にも困るため。
  • 給料・多国籍・国民雇用をクリアしている欧米系で、仕事が見つかるキャリアパスを築く。日本からの転籍が低リスク。
ガラパゴスジャパン: 私文と学歴ロンダ

「入学難易度が高い早慶の学部の優遇でなく、学歴ロンダな早慶MBAが優遇されるなんて、シンガポール政府は日本を分かっていない」というのは、学歴界隈からの想定できる文句です。
学部の入学難易度が最も高く、院の入学難易度の方が低いのは、欧米・シンガポールとも共通です。ですが、院進学を「学歴ロンダ」とする評価は、海外ではなく日本特有です。日本の特殊性は、

  • 日本の大学には学生スクリーニング機能しか期待がなく、在学中の人材育成を評価しない
  • 日本の大学院も、人材育成をできていない

というものです。日本の大学は、日本の就学人口が縮小しているにもかかわらず、大学規模を縮小せず、大学院重点化でカバーしようとしています。人材育成成果を出せなければ、今後も「学歴ロンダ」という非難が蔓延する、日本特有のガラパゴスが継続するのでしょう。

受験の負担が少ないにもかかわらず、国内就職では遜色がなかった私文に進むのは、グローバル就職の面でリスクとなりつつあります。私文の大学ランキング低迷は、各方面に影響が侵食し、シンガポールの優遇校選外もその一つです。
いくら日本でのエリート校だとしても、早慶を卒業しエリサーとして活躍する日系企業駐在員は、駐在先で現地企業への転職は困難です。転職できない理由に、英語力やポータビリティのあるキャリアの欠如に加え、シンガポールでは私文はビザ取得が困難な傾向が見えています。日本の私文は、日本以外の就職に苦労するのは今後強まるでしょう。

では、就労ビザ対策で何を陳情すべきだったのか

陳情団体では「早慶MBAが受け入れられたことを第一歩として、他の専攻も認められるように頑張りましょう」という評価でしょうが、今回の恩恵を受ける対象者が少なすぎですし、今後の拡充への展望も謎です。
現在、日系企業がシンガポール就労ビザに苦心をしているのは、

  • 欧米系など同業他社より給料水準が安い
  • 国民雇用が少ない
  • 日本人が多く、国籍多様性が低い

ためです。ですがこれは、日本語に依存する日系企業では、本社派遣(の日本人)が雇用外国人の中心で、欧米系は一部役員を除き現地採用が中心という、大きな構図を見逃しています。日系企業の駐在依存率の高さはシンガポールには好ましくない一方で、海外直接投資と直結する本社派遣の駐在は、給料が高いが国民と雇用を競う現地採用より重要です。そして、シンガポールでは、企業内転勤者用のICT (intra-corporate transferee) という就労ビザで、COMPASSをスキップできます。
・シンガポール労働省: What documents are required to show that the EP applicant is an overseas intra-corporate transferee?

ところが、現実にはICTの利用が低調なのは、ICTでは帯同ビザDPが取得できないからです。シンガポールの駐在は、大半が家族持ちです。なので、ICTを利用できません。ICTでDPを取得できないのは、MOMは理由を明記しています。FTAで明記がある国からの申請のみ、DPを認めるというものです。

Family members of Employment Pass holders who chose to apply as an overseas ICT under WTO GATS or an applicable FTA are not eligible for Dependant’s Passes or Long-Term Visit Passes, except where they are specifically covered by an applicable FTA and meet the prevailing criteria for consideration.

・シンガポール労働省 (MOM): Eligibility for Dependant's Pass
なので、FTA条文を見に行きます。

natural persons of the other Party who engage in work on the basis of a personal contract with public or private organisations in its territory.

・エンタープライズシンガポール: Japan – Singapore Economic Partnership Agreement (JSEPA)
対象者は就労者本人に限定されており、家族帯同は確かに日星FTAで明記されていません。
現在、MOMが日本からのICTにDPをつけるのを拒否しているのは、FTAでspecifically coveredされていないためです。日本だけはFTA条文外で「相互に帯同ビザ発給を認め合う」といったspecifically coveredの例外を陳情するとか、FTA条文の付帯・改定を狙うのがロビイングのはずです。ICTにDPがついても、全員が救済されるわけではなく、長期滞在など対応できない件は発生しますが、早慶MBAよりはるかに広範に活用可能です。

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