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PFAS汚染とマンハッタン計画~ある弁護士の闘い1~

 ①

 

(映画「オッペンハイマー」で天才物理学者を演じるキリアン・マーフィー。監督クリストファー・ノーラン。アカデミー賞で作品賞ほか7部門を制覇。写真はcined.com



「われは死なり われは世界の・・」

書棚の一冊がサンスクリット語であることに興味を抱いた恋人は、読んで欲しいと本をベッドに持ち込みます。ロバート・オッペンハイマーはヒンドゥー教の聖典「ギータ―」の一節を、「われは死なり、われは世界の破壊者なり・・」と読み始めます。映画の命題を黙示する象徴的なベッドシーンです。

 

1943年、原子爆弾開発(マンハッタン計画)の総指揮を委ねられたオッペンハイマー(39歳)は、ニューメキシコ州の草原に小学校から酒場まである研究者たちの町を建設、全米の先端知能を結集。ナチスの先行開発を恐れ、急ピッチで研究開発を進めます。

1945716日、原爆の実用実験に成功。米軍は翌8月日本へ。

戦後、オッペンハイマーは日米戦争を早期終了させた科学者として国民的な英雄になりました。しかし、広島・長崎の惨状を知って苦悩・・われは世界の破壊者か。

そんな彼に、レットパージ(共産主義者狩り)の嵐が追い打ちをかけます。

恋人と弟が共産党員だったこと、現在の妻も元共産党員であること、水爆開発に反対していることなどで、ソ連のスパイ容疑で聴聞され公職を追放されました。

 

原子爆弾に必要不可欠だったPFAS

 1938年、冷蔵庫メーカーの要請に応じてアンモニアに代わる新たな冷媒の研究中に、デュポン社の若い研究者が奇妙な化学物質を発見しました。

たまたま合成された白い粉末は、高熱にも各種の化学薬品にも質変化をしない、不思議な物質でした。この有機フッ素化合物(PFAS)は、後にテフロンと名付けられデュポンのドル箱商品となります。

 4年後、マンハッタン計画の一翼を担ったデュポンは、原爆に必要なプルトニウムの製造工場を建設。テフロンはウラン濃縮装置のパッキンやシールなどに使用され、軍の重要な機密物質になりました。ちなみに同時に開発された冷媒はフロンと名付けられます。

 

牛が190頭も死んでいる 男は電話で叫んだ

「牛がばたばた死んでいくんだ。聞いてくれ、デュポンが垂れ流す化学物質が、俺の農場を汚染している!」

1998109日。もしロバート・ビロット弁護士(32歳)がこの電話をとらなかったら、PFAS汚染問題は闇に葬られていたかもしれません。

 

 

②

 

(映画「ダーク・ウォーターズ~ 巨大企業が恐れた男~」で弁護士ビロットを演じるマーク・ラファロ。監督トッド・ヘインズ。2021年日本公開。写真は映画.コム)

 

ビロットは「私は、企業弁護士ですから」と、一旦は依頼を断ります。しかし男が祖母の知り合いと聞き、ウエストバージニア州パカーズバーグの農場を訪ねました。

農場主のアール・テナント(54歳)は変死した牛の歯や肝臓などのビデオや写真をビロッドに見せ、白濁した泡が浮く小川に案内。

「これを見てくれ。こいつを飲んで、牛は死んだに違いないんだ」

小川は隣接するデュポンの工場廃棄物の埋め立て地から流れ出ています。

「デュポンも環境保護庁も、州のどの機関も、俺の話を聞こうとしないのさ」

 

 

③

 

(憤怒の農場主テナントを演じるビル・キャンプ。農場のあるウエストバージニア州パカーズバーグはデュポン工場のある企業城下町)

 

 悲嘆にくれる農場主の訴えを聴き、ビロットは巨大化学薬品メーカー・デュポン訴訟の代理人弁護を引き受けました。<投棄された化学物質のなかから基準値を超えている物質を探しだせば>裁判は簡単に終わるだろう、と考えたからです。しかし、その日から20年を超える永い闘いとなります。

 ビロットは投棄した化学物質とその関連文書を開示請求(裁判所が請求を承認)。デュポンから送られてきた文書はいやがらせのように膨大で、事務所の一室を埋め尽くします。

④                         

 

10万ページを超える文書資料と格闘するビロット。写真はキネマ・COM

ロバート・オッペンハイマーが物理学の天才なら、ロバート・ビロットはまさに努力の天才。膨大な資料を年月日とテーマ別に分類、こつこつと読み進めます。文書の海のなかに時おり登場する暗号のような4文字がありました。PFOAです。

PFOAとはなにか?(注1)化学問題に精通した弁護士も知りません。しかし3M米の化学・電気素材メーカー)が製造中止した化学物質がPFOSと呼ばれていることを知り、テフロンに必要な化学物質であることを突き止めます。

PFOAに関する資料開示請求が実り、デュポンが隠蔽していた恐るべき毒性が明るみに出ます。さらに、廃棄場から漏れ出したPFOAが水道水を汚染していることもわかりました。しかも、デュポン社内のPFOA曝露の安全基準をはるかに超える値が、水道水から検出されていたのです。

 訴訟から2年後(2001年)、更なる追及を恐れたデュポンは和解に転じ、農場主テナントは勝訴。

 

テナント勝訴のニュースは、デュポン工場の城下町パカーズバーグを揺さぶりました。水道汚染を知り健康被害に怯える市民が集団訴訟へと立ち上がり、ビロットは再び巨大企業と対峙します。(次回に続く)



⑤  



 

(アインシュタインを演じるトム・コンティ。写真は映画・コム)




映画「オッペンハイマー」のラストシーン。

失意のオッペンハイマーは旧知のアインシュタインと出会います。実はアインシュタインはかつてルーズベルト大統領に原爆開発を薦める書簡を送り、それがマンハッタン計画の発端となり、世界の核開発競争(終末危機)への幕開けとなりました。

オッペンハイマーは鬱積した胸中を語ります。

我々は世界を破壊してしまった」(I believe we did

書簡に慚愧の念を抱いていたアインシュタインは無言で立ち去りました。

 

⑥

 

(ゴジラ誕生70周年記念作品。山崎貢監督の「ゴジラ・マイナスワン」は日本映画初のアカデミー賞視覚効果賞を獲得。全米で大ヒット。写真は映画ナタリより)

 

 195431日、米軍はビキニ環礁で水爆実験。第五福竜丸をはじめ日本漁船1423隻が被爆。そして、この実験で巨大化したゴジラが日本上陸、敗戦後の復興まもない東京銀座を踏み砕きます。

対策チームは奇策を実行。デュポンが開発したフロンガスの泡でゴジラを包み、浮力を奪って相模湾の海溝深くに沈めますが、水圧に耐えたゴジラは平然と浮上。対策チームの艦船に襲い掛かります。 

 映画のクライマツクス。主人公(特攻隊の生き残り)が戦闘機で、熱線を吐くゴジラへ自爆攻撃。

核の鬼っ子、そして反核のシンボル怪獣でもあるゴジラと元特攻隊員の対決。この舞台設定の興味深い奥行が米の観客に分かるのでしょうか。

 

          ~~~~~~~

 

注1)PFOAとはなにか?:PFOA(ピーフォアと発音)ペルフルオロオクタン酸、炭素の原子数が8つの有機フッ素化合物。

当サイトの「PFOA PFOSってどんなもの?」をご参照ください。

   https://tokyo924mizu.blog.fc2.com/blog-entry-95.html

 

2024・5・19記 文責 山本喜浩

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Tokyo no Mizu

Author:Tokyo no Mizu
プロフィル

東京都は水道水のほぼ60%を利根川水系・荒川水系に依存しています。
つまり、自給率はほぼ40%。こんな自給率で異常気象や大地震が引き起こす
災害に備えることが出来るのでしょか。
私たちは大変に危うい水行政の元で暮らしています。
これまで東京の河川・地下水の保全と有効利用をめざしてきた市民グループ、
首都圏のダム問題に取り組んできた市民グループらが結束して、
「東京の水連絡会」を設立しました。
私たちは身近な水源を大切にし、都民のための水行政を東京都に求めると同時に、
私たちの力でより良い改革を実践していきます。
東京の水環境を良くしようと考えている皆さま、私たちと共に歩み始めましょう。
2016年9月24日。        
                   
      

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