2011年09月01日

歌の泉

歌の泉
うたぬいじゅん
'uta nu 'izyuN
歌の泉

作詞・作曲 登川誠仁


一、歌とぅ三線や 人ぬ肝勇み 世間ぬ人々ぬ為に尽くち
うたとぅさんしんや ふぃとぅぬちむいさみ しけぬふぃとぅびとぅぬたみにちくち
'uta tu saNshiN ya hwitu nu chimu 'isami shike nu hwitubitu nu tami ni chikuchi
歌と三線は人の良い心を励まし 世界の人々の為に尽くし
語句・ちむ 「心。心情。情け。kukuru(心)よりもはるかに多く使う。」【沖縄語辞典】(以下【沖辞】)。標準語でも「心がない」という時に「良い心」という意味を含ませるように、「ちむ」という時は「情け」、「良い心の働き」という意味あいを強く持たせる。  ・いさみ <いさみゆん 'isamiyuN 「励ます。慰めて励ます。激励する」【沖辞】。・しけ 「世界」【沖辞】。<しけー shikee 「世間」というのは当て字。(「世間」は「しきん」 shikiN)


ニ、人ぬ肝心 勇み持てぃ成する 歌とぅ三線ぬ情知らな
ふぃとぅぬちむぐくる いさみむてぃなする うたとぅさんしんぬなさきしらな
hwitu nu chimu gukuru 'isami mutinasuru 'uta tu saNshiN nu nasaki shirana
人の良い心を励まし作る歌と三線の情けを知ろう
語句・むてぃなする <むてぃなし 「取り扱い。作り方」【沖辞】。+しゅん。 する。標準語の「もてなす」は「とぅいむちゅん」。・しらな <しゆん 知る。→しら 知ろう。知りたい。+な 「知ろうね」「知りたいね」と柔らかい表現になる。 


三、だんじゅ我が島や 昔から今に 歌とぅ三線ぬ 泉んさらみ
だんじゅわがしまや んかしからなまに うたとぅさんしんぬ いじゅんさらみ
danju waga shima ya Nkashi kara nama ni 'uta tu saNshiN nu 'ijuN sarami
いかにも我が島は昔から今にいたって歌と三線の泉であろうぞ
語句・だんじゅ <だんず。「なるほど。いかにも。げにこそ。」【沖辞】。 ・さらみ 「『であろう』の意を強調して表す。…であろうぞ。」【沖辞】。


四、我が島ぬ文化 守り何時までぃん 年寄若者ん 心合わち
わがしまぬぶんか まむりいちまでぃん とぅすいわかむぬん くくるあわち
waga shima nu buNka mamuri 'ichimadiN tusui wakamunuN kukuru 'awachi
我が島の文化を守りいつまでも年寄り若者も心合わせて
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2011年06月05日

意見あやぐ

意見あやぐ
いちんあやぐ
'ichiN 'ayagu
意見の歌
語句・あやぐ 「あやぐ」を参照のこと。

作詞 嘉手苅ウシ  歌 嘉手苅林昌 嘉手苅林次


一、うゆす世間ぬ産し子ぬ達 銭金儲きてぃ 荒地にさん事 細しく使みそり 荒地にしーねー 泉ぬ水んひなゆるたみし
うゆすしきんぬなしぐゎぬちゃー じんかにもーきてぃ あらちにさんぐとぅくましくちかみそり あらちにしーねーいじゅんぬみじんひなゆるたみし
'uyusu shikiN nu nashigwa nu chaa jiNkani mookiti 'arachi ni saNgutu kumasiku chikamisori 'arachi ni siinee 'ijuN nu mijiN hinayuru tamisshi
すべて世間に生まれた子どもたちはお金を儲けては無駄遣いしないよう慎ましく使いなさい 無駄遣いすると泉の水でさえ少なくなるものであるぞ
語句・あらち 名詞。「荒々しいこと。乱暴」【沖辞】<あらさん。乱暴である。 ・くましく くまさん。 「つつましい」【沖辞】 ・ひなゆる <ふぃなゆん。 「減る。少なくなる。また摩滅する。」【沖辞】 ・たみし ものだ。「前例」【沖辞】


二、たとぅいわじかぬ銭やてぃん一日に一厘貯みてぃん百日五貫チリん積むれ山ふどぅ重なてぃ大福なゆさ
たとぅいわじかぬじんやてぃんいちにちにぐんじゅーたみてぃん ひゃくにちぐくゎん ちりんちむれーやまふどぅかさなてぃでーふくなゆさ
tatui wajika nu jiN yatiN 'ichinichi ni guNjuu tamitiN hyakunichi gukwaN chiriN chimuree yamahudu kasanati deehuku nayusa
たとえ僅かのお金であっても一日に一厘貯めれば百日で五貫になる チリも積もれば山ほど重なって大きな福になるよ
語句・ぐんじゅー 「50文」のこと。のちの「一厘」に相当する。


三、油断とぅ貧乏やけー隣い 働ち男とぅうぇーきぬ神や腹ぬ兄弟ど 稼ぐに追いつく貧乏ぬ神や世間にねーやびらん
ゆだんとぅふぃんすーやけーとぅない はたらちうぃきがとうぇーきぬかみやはらぬちょーでーど かしぇぐにういちくふぃんすぬかみやしきんにねーやびらん
yudaN tu hwiNsuu ya kee tunai hatarachi wikiga tu 'weeki nu kami ya hara nu choodee doo kashegu ni 'uichiku hwiNsuu nu kami ya shikiN ni neeyabiraN
油断と貧乏はすぐ隣 働き者と金持ちの神は同じ腹の兄弟だぞ 稼ぐに追いつく貧乏の神は世間に居ません
語句・ふぃんすー 貧乏。・けー ちょっと。すぐ。・うぇーき 「富。たくさんの財産」【沖辞】。


四、産し子ぬ栄いや村栄い村々里々栄てぃ行かわどぅ国ん栄る 家庭円満和睦にそーてぃう栄いみそり
なしぐゎぬさかいやむらざかい むらむらさとぅざとぅさかてぃいかわどぅくにんさかる かてーえんまんわぶくにそーてぃ うさかいみそり
nashigwa nu sakai ya mura sakai muramura satusatu sakati 'ikawa du kuniN sakaru katee eNmaN wabuku ni sooti 'usakai misori
わが子の栄えは村の栄だ 村々里々が栄えていってこそはじめて国も栄える 家庭円満仲良くしてお栄なさい


五、銭やくぬ世ぬまわり物 玉黄金産し子や御天ぬ授き物 やくとぅ人ぬ達うぇーき貧乏や坂ぬ下り上い
じんやくぬゆぬまわりむぬ たまくがになしぐゎやうてぃんぬさじきむぬ やくとぅちゅぬちゃーうぇーきふぃんすーやふぃらぬうりぬぶい
jiN ya kunu yuu nu mawari munu tama kugani nashigwa ya 'utiN nu sajiki munu yakutu chu nu chaa 'weeki hwiNsuu ya hwira nu 'uri nubui
お金はこの世に回り物 大切なわが子は天からの授かりもの だから皆さん金持ちと貧乏は坂の下り上りのようなもの


曲は「あやぐ」と同系で、それに嘉手苅ウシさん(林昌先生のお母様)が歌を作って載せたという。

CD「風狂歌人」では、嘉手苅林昌先生と林次先生とお二人で交互に歌われている。

教訓歌であるが、とくにお金の大切さ、まじめに働くことの大切さをテーマにしている。


お金の計算方法について
沖縄語辞典によるとかつて琉球では

50文(一厘) guNzuu ぐんじゅー
500文(一銭)guhyaaku (ichikumui)ぐひゃーく (いちくむい)
5貫(十銭) gukwaN

などと数えていた。

一日一厘を百日貯めると百厘、5000文、10銭、すなわち5貫となる。


ちなみに汗水節でも以下のような歌詞がある。

「一日に一厘 百日に五貫守てそこねるな昔言葉」

(よく「ぐんじゅー」を「五厘」と書いたものがあるが間違いである)


たまに次の歌詞も付け加えられて歌われることがある。
六、馬や乗りわどぅ知らりゆる 人ぬ心や肝から心からひらてぃどぅ知らしらりゆる やくとぅ人ぬ達 今ぬ世間の悪欲持たらんど
んまやぬりわどぅしらりゆる ふぃとぅぬくくるやちむからしんからひらてぃどぅしらりゆる やくとぅちゅぬちゃー なまぬしきのーあくゆくむたらんどー
'Nma ya nuriwa du shirariyuru hwitu nu kukuru ya chimu kara shiN kara hwirati du shirariyuru yakutu chunuchaa nama nu shikinoo 'akuyuku mutaraN doo
馬は乗ってこそ(良し悪しが)判る 人の心は真心から心の底からつき合ってはじめて知ることができる だから皆さん今の世の中は悪い欲を持てませんよ
語句・ひらてぃどぅつき合ってはじめて。 <ふぃらゆん つき合う。+ どぅ こそ。 




  

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2011年01月05日

浮世節

浮世節
うちゆぶし
'uchiyu bushi
浮世(この世。「憂き世」にもかけている)の唄

【作詞作曲 徳原清文】

CD「徳原清文の世界」より。筆者聞き取り。

一、志立てぃてぃ渡るくぬ世界やヨ 義理とぅしがらみぬあまたあるい 自由ならんむんどぅ 浮世さらみヨ
くくるざしたてぃてぃわたるくぬしけやよ じりとぅしがらみぬあまたあるい じゆならんむんどぅ うちゆさらみよ
kukuruzashi tatiti wataru kunu chikeya yoo jiri tu shigarami nu 'amata 'aru i jiyu naraN muN du 'uchiyu sarami yoo
志を立てて生きていく世界は義理としがらみがたくさんあるのか 自由にはならないものこそ浮世であろうぞ
語句・しけ<しけー 世界。「sekai」の三母音化。・さらみ 「・・であろうぞ」文語でよく使われる。・うちゆ 浮世。「憂き世」にもかけている。自由にならないこの世の中。・ この「よ」は意味が無い。曲にあわせて語数を合わせるための囃子言葉。


二、繰い返いちみぐるう車ぬ浮世ヨ 節待てぃば花ん咲ちゅらやしが あてぃならんむんどぅ 浮世さらみヨ
くりかいちみぐる うぐるまぬうちゆよ しちまてぃばはなん さちゅらやしが あてぃならんむんどぅ うちゆさらみよ
kurikaichi miguru 'uguruma nu 'uchiyu yoo shichi matiba hanaN sachura yashiga 'ati naraN muN du 'uchiyu sarami
繰り返し廻る車のような浮世 時期を待てば花も咲くだろうが(咲かないこともある) あてにならにものこそ浮世であるぞ


三、義理んふいしてぃてぃ 情きちくすとぅんヨ うむいあだなするふぃとぅぬ心 たぬまらんむんどぅ 浮世さらみヨ
じりんふいしてぃてぃ なさきちくすとぅんよ うむいあだなするふぃとぅぬくくる たぬまらんむんどぅ うちゆさらみ
jiriN huishititi nasaki chikusutuN yoo 'umui 'adanasuru hwitu nu kukuru tanumaraN muN du 'uchiyu sarami
義理も振り捨てて情けを尽くしてもこちらの思いをアダにする人のように 頼ってはならないものこそ浮世であるぞ
語句・ふいしてぃてぃ 振り捨てて。・ちくす 尽くす。<ちくしゅん。・たぬまらん 頼めない。あてにできない。<たぬむん たぬぬん。+らん。


四、年毎に節や巡てぃ来るたみしヨ 今ん来ん春や 誰がとぅみら 侭ならんむんど 浮世さらみヨ
とぅしぐとぅに しちやみぐてぃちゅるたみしよ なまんくんはるや たるがとぅみら ままならんむんどぅ うちゆさらみよ
tushi gutu ni shichi ya miguti churu tamishi yoo namaN kuN haru ya taru ga tumira mama naraN muN du 'uchiyu sarami
年毎に季節は巡ってくるのだが 今も来ない春は誰が止めているのか ままならんものこそ浮世であるぞ
語句・たみし 「試すこと。前例」【琉辞】。


五、誠しち人ぬ志情ん頼みヨ 情きしち人ぬ心知ゆい うりどぅ世渡いぬ要所ヨ
まくとぅしちふぃとぅぬ しなさきんたぬみよ なさきしちふぃとぅぬ くくるしゆい うりどぅゆわたいぬ かなみどぅくるよ
makutu shichi hwitu nu shinasakiN tanumi yoo nasaki shichi hwitu nu kukuru shiyu i uri du yuwatai nu kanami dukuru yoo
誠を実行して人の情け心をあてにせよ 情けをして人の心をしる それこそが世渡りに一番重要だ

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2010年11月23日

移民小唄

移民小唄
いみんこうた

(標準語読みのため発音、意味は省略)

作詞・作曲 普久原朝喜


(男)なれし古里沖縄の 思い出深き那覇港 泣いて別れた両親と 八重の潮路を押し渡り
なれしふるさとおきなわの おもいでふかきなはみなと ないてわかれたふたおやと やえのしおじをおしわたり


(女)海山越えてはるばると 来る月日も夢の間に も早一年越しました 油断するなよネー貴男
うみやまこえてはるばるときたるつきひもゆめのまに もはやいちねんこしました ゆだんするなよねーあなた


(男)立てし希望の一筋は 岩をも貫く覚悟あれ 金は世界の廻りもの かせぐ腕には金ばかり
たてしきぼうのひとすじはいわをもつらぬくかくごあれ かねはせかいのまわりもの かせぐうでにはかねばかり


(女)無理なお金も使わずに 貯めたお金は国元の 故郷で祈る両親に 便り送金も忘れるな
むりなおかねもつかわずに ためたおかねはくにもとの こきょうでいのるふたおやに たよりそうきんもわすれるな


(男)人に勝りて働けよ 勤倹貯蓄も心がけ 錦かさねて帰るとき 親の喜び如何ばかり
ひとにまさりてはたらけよ きんけんちょちくもこころがけ にしきかさねてかえるとき おやのよろこびいかばかり




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2010年07月18日

移民口説

移民口説
'いみんくどぅち
'imiN kuduchi

[この歌詞は前編大和口でつくられている。アルファベット表記、発音記号は省略する。作者は普久原朝喜だといわれている。歌詞参照;「沖縄民謡大全集」]


一、ひとつ開くる此の御代は四海同胞睦まじく共に稼ぐも面白や
ひとつひらくるこのみゆにしかいどーもんむつまじくともにかせぐもおもしろや


ニ、二つ二親兄弟と別れてはるばると八重の潮路を押し渡り
ふたつふたおやきょうだいとわかれわかれ はるばると やえのしおじをおしわたり


三、三つみ国と我が家の富を増さんと雄々しくも尋ね尋ねて此の国に
みっつみくにとわがいえのとみをまさんとゆゆしくもたずねたずねてこのくにに


四、四つ夜昼時の間も忘るまじきは父母の国馴れし古里沖縄よ
よっつよるひるときのまもわすれまじきはふぼのくになれしふるさとおきなわよ


五、五つ幾年経るとても親に便りを怠るな親に孝事を忘れるな
いつついくとしへるとてもおやにたよりをおこたるなおやにこーじをわすれるな


六、六つむつびて働けよ金は世界の廻り持ち稼ぐ腕には金がなる
むっつ むつびてはたらけよ かねはせかいのまわりもちかせぐうでにはかねがなる


七、七つ那覇港の桟橋に別れ告げたるあの心いかで忘るる事やある
ななつ なはこーのさんばしでわかれつげたるあのこころいかでわするることやある


八、八つ山より尚高き立てし志望の一筋は岩をも貫く覚悟あれ
やっつ やまよりなおたかきたてししぼーのひとすじはいわをつらぬくかくごあれ


九、九つ心は張弓の緩むことなく他の国の人に勝りていそしめよ
ここのつこころははりゆみのゆるむことなくたのくにのひとにまさりていそしめよ


十、十と所は変われども稼ぐ心は皆一つエイ錦飾らん古里に親の喜び如何ばかり
とーとところはかわれどもかせぐこころはみなひとつ えい にしきかざらんふるさとにおやのよろこびいかばかり
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2010年06月26日

ウムカジ(面影)

ウムカジ(面影)
'うむかじ
'umukaji
面影(おもかげ)

作詞・作曲 知名定男 
唄 ネーネーズ

1、梯梧の花咲ちゅるうりずんの頃や 変わてぃあうみ里がなちかさぬならん ちりなさや ちりなさや 里が情き
でぃぐぬはなさちゅる'うりずんぬくるや かわてぃ'うみさとぅが なちかさぬならん ちりなさや ちりなさや さとぅがなさき
digu nu hana sachuru 'urizuN nu kuru ya kawati 'umisatu ga sachikasanu naraN chirinasa ya chirinasa ya satu ga nasaki
デイゴの花咲くうりずん(旧暦2~3月)の頃はとりわけて愛しいあの人が懐かしくてならない つれないことよ つれないことよ あの人の情け
語句・でぃぐ <でぃーぐ 梯梧。沖縄の県花。 ・うりずん 「うりじん」とも発音する。「旧暦2~3月、麦の穂の出るころのこと。waka'urijiNともいう。那覇では'urujiNという。」(沖)。石垣では「うりぃじぃん」('urïjïN)。 ・かわてぃとりわけ。格別。特に。【沖縄語辞典】・ちりなさ <ちりなさん 「つれない。情けない」【沖辞】。


2、月ぬ山ぬ端にあがるゆまんぎや 肝にひしひしとぅさびさうやちらさ うびじゃすさ うびじゃすさ里が姿
ちちぬやまぬふぁに'あがるゆまんぎや ちむにふぃしふぃしとぅ さびさ'うらちらさ 'うびじゃすさ 'うびじゃすさ さとぅがしがた
chichi nu yama nu hwa ni 'agaru yumangi ya chimu ni hwishihwishi tu sabisa 'urachirasa 'ubijasusa 'ubijasusa satu ga shigata
月が山際にあがる夕方は 心がひしひしとさびしいことよ! うら悲しいことよ! 思い出すよ 思い出すよ あの人の姿
語句・ゆまんぎ <ゆまんぐぃ 'yumaNgwi。「夕まぐれ。'yusaNdiなどの語に比べ、一種の寂寥感のある語。」【沖辞】。・ふぃしふぃし 「①ずきずき。脈打つように痛むさま。」「②ひしひし。びしびし(非難などが)胸にこたえるさま。」【沖辞】。・さびさ <さびっさん 「①さびしい」「②口さびしい」【沖辞】。形容詞が文末で「-sa」で終わるときは感嘆的表現となる。「なんと・・なことよ」。・うびじゃすさ <うびんじゃしゅん 'ubiNjashuN 「思い出す」【沖辞】。「ん」が省略されて「うびじゃしゅん」とも言う。+さ よ。
 

3、磯端ぬ千鳥たんでぃ泣ち呉るな ただねちょん寂さしちょーてぃ暮らちょしが 暮らさらん 暮らさらん 里が事思れ
'いすばたぬちどぅり たんでぃなちくぃるな ただねちょんさびさしちょーてぃくらちょしが くらさらん くらさらん さとぅがくとぅ'うむれ
'isubata nu chiduri taNdi nachikwiruna tadanee choN sabisa sichooti kurachoshiga kurasaraN kurasaraN satu ga kutu 'umure
磯端の千鳥よ 頼むから鳴いてくれるな ただでさえ寂しく暮らしていくのだが あの方の事を想うと暮らしていけない 生きていけない
語句・たんでぃ どうかお願いだから。・ただね <ただ 「ただ。」「いたずらに。むなしく。」+ねー ように。ごとく。・ちょん <ちょーん <「すら。さえ」【沖辞】。・くらさらん 暮らすことができない。生きていけない、くらいの意味。・うむれ <うむゆん 思う。+wa  すれば。→融合して「うむれー」。


4、千鳥ちゅいちゅいな 我身んただ一人 共に泣ちあかち 里ゆしぬばなや ちゅいちゅいな ちゅいちゅいな 偲でぃちゅいちゅいな  ちゅいちゅいな ちゅいちゅいな 共にちゅいちゅいな
ちどぅりちゅいちゅいな わみんただふぃちゅい とぅむになち'あかち さとぅゆしぬばなや ちゅいちゅいな ちゅいちゅいな しぬでぃちゅいちゅいな ちゅいちゅいなちゅいちゅいな とぅむにちゅいちゅいな
chiduri chuichuina wamiN tada hwichui tumu ni nachi 'akachi satu yu sinubana yaa chuichuina chuichuina shinudi chuichuina chuichuina chuichuina tumuni chuichuina
千鳥がチュイチュイと鳴いている 私はただ一人 一緒に泣き明かしあの人のことを慕いたいよねえ チュイチュイと泣いてあの人を慕い 共にチュイチュイと泣いてはあの人を思い 泣いている
語句・ちゅいちゅいな 舞踊曲「浜千鳥」の中で浜にいる千鳥の鳴き声を模して「チュイチュイナ」という囃子から。「ちゅい」は「ひとり」という意味も掛けている。・ を。・しぬばなや (思い出を)慕びたいよねえ。<しぬぶん 「①忍ぶ。堪える。こらえる」「②ひそむ。かくれる。ひそかに行く。(男女が)かくれて通う。あいびきする。」【沖辞】にはこうある。しかし「慕ぶ」(しのぶ)、追憶するという意味もあるのではないだろうか。ここでは「慕う」を採用したい。「しぬばな」(偲びたいよ)に「やー」(ねえ)がついた形。  続きを読む

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2010年01月06日

赤馬節  2(八重山民謡)

赤馬節
'あか'んまぶし
'aka 'Nma bushï
赤馬の歌

(発音中の「き」「ï」は中舌母音を表す)

[ 歌詞は「八重山島民謡誌」喜舎場永珣著及び「八重山古典民謡工工四上巻」大濱安伴編著から。歌詞の表記は後者を参考にした。 ]


一、赤馬ぬ(ヨ)いらすぃざ(ヒヤルガヒ)足四ちゃぬ(ヨ)どぅくぃにゃふ(ヨ)(ハリヌヒヤルガヒ)
'あか'んまぬ(よ)'いらしざ (ひやるがひ) 'あしゆちゃぬ(よ) どぅきにゃふ(よ)(はりぬひやるがひ)
'aka 'Nma nu (yo) 'irashïza (hiyaruga hi) 'ashï yucha nu (yo) dukï nyahu (yo) (hari nu hiyaruga hi)
赤馬がとても羨ましいことよ!馬があまりにも幸運だ!
語句・いら 「赤馬節 1」を参照。・すざ しざ <すっつぁ。「羨ましいなあ。良いなあ」【石辞】。から来ていると思われる。 ・あしゆちゃ 「馬」の別称。 ・どぅき どき。「あまりに。甚だ。ひどく」【石辞】「赤馬節」を参照。・にゃふ あまりにも幸運。<にゃ<なー さらに。より。+ ふ<ふー 「めぐりあわせ。運、幸運」【石辞】。 ちなみに「八重山島民謡誌」喜舎場永珣著には「にゃく」とあるが、「く」は後に「ふ」に転訛した。「K」が「F」に転訛した例は「子」(八重山 hwaa ← 首里 kwaa)の例がある。


二、生りる甲斐赤馬 産でぃる甲斐足四ちゃ
'んまりるかい'あか'んま すでぃるかい'あしゆちゃ
'Nmariru kai 'aka'Nma sudiru kai 'ashïyucha
生まれた甲斐(がある)赤馬 産まれた甲斐(がある)馬
語句・あしゆちゃ 「馬」の別称。ここでは「赤馬」と対句。


三、沖縄主ん 望まれ 主ぬ前ん 見のうされ
'うきなしゅんぬずまれ しゅぬまいん みのーされ
'ukïna shuN nuzumare shu nu maiN ninoosare
琉球国王が所望され 国王がお気に召され
語句・うきなしゅ 琉球国王。・しゅぬまい 「琉球国王」の別称。対句。
  
四、いらさにしゃ 今日の日 どぅくぃさにしゃ黄金日
五、我ん産でぃる今日だら 羽むいるたきだら
(この四、五については「赤馬節 1」を参照)


六、御主加那志御果報や 御万人ぬすぃでぃがふ
'うしゅがなし みがふや 'うまんちゅぬ しでぃがふ
'ushuganashi migahu ya 'umaNchu nu shïdigahu
琉球国王様の御果報は世間の万人の光栄だ
語句・みがふ ご果報。<み 御。+がふ<かふー 「果報。幸福」【石辞】。・でぃがふ 「栄誉。栄光」【石辞】。<しでぃ は「シゥディルン」(生まれる)の連用形【石辞】。


七、御万人ぬ栄いや 御主加那志御果報
'うまんちゅぬさかいや 'うしゅがなしみがふ
'umaNchu nu sakai ya 'ushuganashi migahu
世間万人の栄えは琉球国王様のご果報だ  続きを読む

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2009年12月12日

赤馬節  1(八重山民謡)

赤馬節
'あか'んまぶし
'aka 'Nma bushï
赤馬の歌
語句・あかんま 「赤毛の馬、即ち竹島氏二世の祖師時といふ人の馬」(「八重山民謡誌」喜舎場永珣著) 

(発音中の「き」「ï」は中舌母音を表す)

一、いらさにしゃ(ヨ)今日ぬ日(ヒヤルガヒ)どぅきぃさにしゃ(ヨ)黄金日(ヨ)(ハリヌヒヤルガヒ)
'いらさにしゃ(よ)きゆぬふぃ(ひやるがひ)どぅきさにしゃ(よ)くがにふぃ(よ)(はりぬひやるがひ)
'irasanisha (yo) kiyu nu hwi (hiyarugahi) dukïsanisha (yo) kuganihwi (yo)(hari nu hiyarugahi)
ああ嬉しいことよ!今日の日 非常に嬉しい大切な日
語句・いら 「ああ。民謡に使われているが今は死語。」【石垣方言辞典】(以下【石辞】と略す)・さにしゃ なんと嬉しいことよ!。<さにしゃーん。「嬉しい。楽しい」【石辞】・どぅきぃ <どぅぐ 「あまりに。甚だ。ひどく」【石辞】「どぅきぃ」と「どぅぐ」は発音が違うが、現在の石垣方言「どぅぐ」に対応すると言われている。 


二、ばんしぃでぃる(ヨ)今日だら(ヒヤルガヒ)羽生いる(ヨ)たきだら(ヨ)(ハリヌヒヤルガヒ)
ばんしでぃる(よ)きゆだら(ひやるがひ)はにむいる(よ)たきだら(よ)(はりぬひやるがひ) 
baN shïdiru (yo) kiyu dara (hiyarugahi) hanimuiru (yo) takidara (yo)(harinuhiyarugahi)
私が生まれた(のは)今日なのだなあ 羽が生えて嬉しいような(気持ちな)のだなあ
語句・だら だなあ。「名詞、形容詞の語幹について、感嘆の意を表す。~だなあ。」【石辞】。・たき 石垣方言「だぎ」(「だけ。程度を表す。」【石辞】)に対応すると思われる。 


八重山民謡では祝儀歌、舞踊曲として最初に演奏される。
石垣市宮良に伝わる節歌。

作者は大城師番。
歌が作られたのは1703年といわれているから300年程前の歌だ。

作られた背景は「八重山民謡誌」(にまとめられたものをさらに要約するとこうなる。

石垣村字石垣の師時は赤毛の名馬を持っていた。主人が乗ろうとすると体を伏せ、主人が乗れば立ち、走れば遠方まで休みなく走る駿馬だった。
その馬の噂を聞いた琉球国王は師時に献上を申し付けた。師時も村人も泣き悲しんだ。この別れの時に「無量の感心に打たれ自然と湧き出た歌で、曲譜も自分で作った」(「八重山民謡誌」)。

ところで上掲の歌詞は現在よく歌われている「赤馬節」の歌詞であるが、
実は師時が作った歌詞ではなく「鷲の鳥」の歌詞からの転用である。

しかも「鷲の鳥」の原作者である仲間サカイの歌詞に後から付け加わった歌詞からの転用である。

転用されたものが「赤馬節」として継承され現在にいたった経緯や
師時の作った赤馬節の歌詞は次回に載せる。

尚、歌碑は石垣島の宮良にある。

(撮影 2014年 2月9日 筆者撮影)






YouTubeも貼っておく。



  

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2009年11月24日

行きゅんにゃ加那  (奄美民謡)

行きゅんにゃ加那
いきゅんにゃかな
ikyuNnya kana
行くのかい愛する人
語句・いきゅんにゃ 行くのかい? 「にゃ」は沖縄語の「なー」(軽い疑問)。

歌 西和美

(たとえば「きぃ」「ï」は中舌母音を表す)

一、行きゅんにゃ加那 わきゃくとぅ忘れて行きゅんにゃ加那 汝きゃくとぅ思ばや 行き苦しゃ スラ行き苦しゃ(スラ行き苦しゃ)
いきゅんにゃかな わきゃくとぅわすれて いきゅんにゃかな なきゃくとぅうめばや いきぐりしゃ すら いきぐりしゃ (すら いきぐりしゃ)
ikyuNnya kana wakyakutu wasurete ikyuNnya kana nakyakutu umiba ya iki gurisya sura ikigurisha (sura ikigrisha)
行くのかい?愛する人 私のこと忘れて行くのかい?愛する人 貴方のこと思えば行き難い スラ行き難い 
(以下 囃子は省略)


二、走りぃよ船 きぃぶしやまきゃまきゃ 走りぃよ船 わきゃ島かくりてぃ 雲ばかり すら雲ばかり
はりぃよふに きぃぶしや まきゃまきゃ はりぃよふに わきゃしまかくりてぃ くもばかり すらくもばかり
harU+EF yo huni kïbusha makya makya harï yo huni wakya shima kakuriti kumo bakari sura kumo bakari
走れよ船 煙巻き巻き走れよ船 私の故郷は隠れて雲ばかり 


三、目ぬさみぃてぃ ゆるやゆながとぅ みぃぬさみぃてぃなきゃくとぅうみぃばや にぃぶららんよ スラにぃぶららんど
みぃぬさみぃてぃ ゆるやゆながとぅ みぃぬさみぃてぃ なきゃくとぅうみぃばや にぃぶららんよ すらにぃぶららんど
mï nu samïti yuru ya yunagatu mï nu samïti nakyakutu umiba ya niburaraN yo sura niburaraN do
目が覚めて 夜は一晩中目が覚めて目が覚めて 貴方のこと思うと眠られないよ 
語句・ゆながとぅ 沖縄語の「ゆながた」(一晩中)に対応。 


四、戻てぃこよ うむかげたちゅんとき もどてぃこよ くてぃさやあたんてぃも わったい暮らそ スラ吾二人暮らそ
むどぅてぃくゆ うむかげたちゅんとぅき むどぅてぃくゆ くてぃさやあたんてぃむ わったいくらそ すら わったいくらそ
muduti ku yu umukage tachuNtuki muduti ku yu kutisa ya ataNtimu wattai kuraso sura wattai kuraso
戻って来いよ 面影浮かぶ時戻ってこいよ 苦しさがあっても二人くらそう
 
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2009年07月19日

あやかり節

あやかり節
'あやかりぶし
'ayakari bushi
あやかれ唄
語句・あやかり あやかれ。<あやかゆん あやかる。命令形。

作詞作曲 照屋林助


一、くまぬ殿内ぬ たぬむしや 徳ぬ神ぬ やどみしょち 子孫繁盛 いや栄い (さりさり 我っ達ん 今日ぬゆかる日に あやからち呉みそーれ)
くまぬとぅんちぬ たぬむしや とぅくぬかみぬ やどぅみしょち しすんはんじょー いやさかい (さりさり わったん きゅぬゆかるひに 'あやからちくぃみそーれー)
kuma nu tuNchi nu tanumushi ya tuku nu kami nu yadumishochi shisuN hanjoo 'iya sakai (sari sari wattaN kiyu nu yukaru hi ni 'ayakarachikwimisooree)
こちらのお屋敷のなんと頼もしいことよ!徳の神がお宿りなさって 子孫繁盛やあ栄え (もし!申し上げます! 私たちも今日の佳き日にあやからせてくださいね)
語句・くま ここ。あなたさま、この方。大和口でいう「こちらの」ぐらいの丁寧な表現が相当。 ・とぅんち 「【殿内】脇地頭以上の家柄;その邸宅〔'udun[‘御殿’]よりは下位〕;〔一般に〕お邸。」【琉辞】。「お屋敷」と訳しておく。 ・たぬむしや 「頼もしいことは」と訳すより「や」を感嘆の表現ととらえて、なんと「頼もしいことよ!」と訳すほうが適当だろう。 ・やどぅみしょち お宿りなさって。<やどぅゆん +みせーん ・・なさる。連用形。みそーち、みしょーち。・いや 「〔文語〕やあ〔呼びかけ〕」【琉辞】。 ・さり 「〔敬語;目上に対する男性の呼びかけ・発語、または文(節)末語〕もし!〔saiよりも改まった感じ;女性はtariと言う〕」【琉辞】。さらに語源については「【‘申し上げる’の古義で使われた謙譲語‘知ラレル’の連用形シラレの縮約;呼びかけの(和語)モシ(モシ)が‘申[マウ]し(上げます)の縮約であることと軌を一にする’(以下省略)】」【琉辞】。つまり「さりさり」で「もし!申し上げます」ぐらいの意味。 ・ゆかるひ 佳き日。
(以下、括弧の繰り返しは省略)


二、くまぬ殿内ぬ 福らしゃや 長寿ぬ神ぬやどみしょち 白髪かみてん 若々と
くまぬとぅんちぬ ふくらしゃや ちょーじゅぬかみぬやどぅみしょち しらぎかみてぃんわかわかとぅ
kuma nu tuNchi nu hukurasha ya chooju nu kami nu yadumishochi shiragi kamitiN wakawaka tu
こちらのお屋敷の嬉しいことよ!長寿の神がお宿りなさって白髪になっても若々と
語句・ふくらしゃ <ふくらしゃん 「【誇ラシサ+アリ】〔文語〕嬉しい」【琉辞】。 もともとは本土の「誇らしい」と同じだが、「嬉しい」のニュアンスが強い。が、当て字で「誇らしい」「福らしい」とされることも多い。 ・かみてぃん <かみゆん 頭の上に乗せる 頂く。ここでは白髪を頭に生やして=白髪になって。


三、くまぬ殿内ぬ面白や 福ぬ神ぬやどみしょち うち笑い笑い かながなと
くまぬとぅんちぬ'うむしるや ふくぬかみぬやどぅみしょち 'うちわらいわらい かながなとぅ
kuma nu tuNchi nu 'umushiru ya huku nu kami nu yadumishochi 'uchiwarai warai kanagana tu
こちらのお屋敷のなんと面白いことよ!福の神がお宿りなさって 笑い笑い 仲睦まじく
語句・うちわらい 「うち」には「うちふりゆん」(すっかり惚れこむ)のように後の動詞を強調する役割はあるが必ずしも意味があるわけではないので、ここでは「笑い笑い」くらいに。・かながなとぅ 仲睦まじく。
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2009年07月18日

踊いナークニー

踊いナークニー
うどいなーくにー
udui naakunii


唄 前川朝昭


でぃちゃようし連りてぃ 眺みやいあしば すらし匂い袖に移ちあしば
でぃちゃよ 'うしちりてぃ ながみやい'あしば すらしにうぃすでぃに'うちゅち 'あしば
dicha yo 'ushichiriti nagamiyai 'ashiba surashi niwi sudi ni 'uchushi 'ashiba
さあ、一緒に連れて眺めたりして遊ぼう すてきな匂い袖に移して遊ぼう
語句・でぃちゃよ さあ。文語で「でぃか」ともいう。口語では「でぃっかー」。・すらし いとしい。すばらしい。かわいい。すてきな。やさしい。 など多義。 <すら<しゅーらーしゃん 「<シホラシイ」かわいい。


ゆらてぃ眺みりば 暮りる日ん忘てぃ あしでぃぬかりらん 二人が仲や
ゆらてぃながみりば くりるふぃんわしてぃ 'あしでぃ ぬかりらん たいがなかや
yurati nagamiriba kuriru hwiN washiti 'ashidi nukariraN tai ga naka ya
近寄って眺めると暮れる日も忘れて 遊んで離れられない 二人の仲は
語句・ゆらてぃ 近寄って。・ぬかりらん 離れられない。<ぬちゅん 「立ち退く。離別する」【琉辞】。


照り美らさあてぃん 咲ち美らさあてぃん 誰とぅ眺みゆが 月ん花ん
てぃりじゅらさ'あてぃん さちじゅらさ'あてぃん たるとぅながみゆが ちちんはなん
tirijurasa 'atiN sachijurasa 'atiN taru tu nagamiyuga chichiN hanaN
(月の)照りがいかに美しくても(花が)咲いてどんなに美しくても誰と眺めることができるか 月も花も


共に眺みゆる人ぬ居てぃからや ぬゆでぃ照る月に(我んね)向かてぃ泣ちゅが
とぅむにながみゆるふぃとぅぬ うてぃからや ぬゆでぃ てぃるちちに(わんねー)んかてぃなちゅが
tumu ni nagamiyuru hwitu nu utikara ya nuyudi thiru chichi ni (waNnee)Nkati nachu ga
一緒に眺められる人がいるのなら どうして照る月に向かって私は泣くのだろうか


眺みゆるうちに 面影ん残ち 山ぬ端に入ゆる月ぬ惜しさ
ながみゆる'うちに 'うむかじんぬくち やまぬふぁに'いゆるちちぬ うしさ
nagamiyuru 'uchi ni 'umukajiN nukuchi yama nu hwa ni 'iyuru chichi nu ushisa
眺めているうちに(あなたの)面影を残して山の端に入る月がなんと惜しいことよ!
語句・うしさ <うしさん 惜しい。体言止めで「なんと惜しいことよ!」。('うしさん 'ushisaN 薄い。遅い。これとは声門破裂音の有無で意味をわけているので注意)


夜中天川や島ゆくになとい でぃちゃよ立ち戻ら ゆびぬ時分 
ゆなかてぃんじゃらやしまゆくになとい でぃやよたちむどぅら ゆびぬじぶん
yunaka tiNjara ya shima yuku ni natoi dicha yo tachimudura yubi nu jibuN
夜中に天の川は村の(上に)横になっていて さあ戻ろう 昨夜と同じ時間だ
語句・てぃんじゃら 天の川。銀河。<てぃんがーら →てぃんじゃーらと読むこともある。・ゆく 横。天の川が丁度村の上で横になっていることの表現。もう寝る時間という含みもあるだろう。  続きを読む

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2009年06月13日

蝶小節

蝶小節
はべるぐゎーぶし
habarugwaa bushi
蝶の歌


(安冨祖流工工四より)

(すり)東り打ち向て飛びうる綾蝶 (すり)先ゆ待て蝶いやり我ね頼ま
'あがり'うちんかてぃ とぅびゅる'あやはべる まじゆまてぃはべる'いやいわねたぬま
'agari 'uchiNkati tubyuru 'ayahaberu majiyu mati haberu 'iyai wane tanuma
東に向かって飛んでいる美しい蝶よ しばらく待て蝶よ 伝言を私は頼みたい
語句・「すーり東」参照

 
(すり)東り立雲や世果報しにゆくゆい(すり)遊しにゆくゆる二十才美童達
あがり たちぐむや ゆがふしにゅくゆい 'あしびしにゅくゆる はたちみゃらび
'agari tachigumu ya yugahu shinyukuyui 'agari 'ashibi shinyukuyuru hatachi myarabi
東の立ち雲は豊年満作を準備しており 遊びを準備する二十歳娘
語句・「すーり東」参照



(野村流工工四より)

(それ)あがり打向て飛びゆる綾蝶 (それ)先づよ待て蝶いやりわないたのま
'あがり'うちんかてぃ とぅびゅる'あやはべる まじゆまてぃはべる'いやいわねたぬま
'agari 'uchiNkati tubyuru 'ayahaberu majiyu mati haberu 'iyai wane tanuma
東に向かって飛んでいる美しい蝶よ しばらく待て蝶よ 伝言を私は頼みたい
語句・「すーり東」参照



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2009年01月09日

あら不思議宮古根~かいされ (沖縄狂歌)

あら不思議宮古根 
[あら不思議]なーくにー
'ara hushigi naakunii
語句・あらふしぎ 文字通りの「あら不思議」という意味だろう。ちなみに「あら」には「初めての」という意味があるが。また「不思議」はウチナーグチでは「ふしじ」と発音。この唄では多様な人生の理不尽さを表しているように思えるのであえてこのまま使う。


唄三線 ザ フェーレー
語句・ふぇーれー 山賊。


宮古根

一、出じゃる三月に あら不思議さりてヨ (とーんまやさ とーうりやさ)五月の今も歩み苦りさ(あり小さんねー面ふっきてぃ くり小しーねー腹ふっきてぃ) 
'んじゃるさんぐゎちに[あら不思議]さりてぃよー (とー 'んまやさ とー'うりやさ)ぐんぐゎちぬなまん'あゆみぐりさ('ありぐゎさんねーちらふっきてぃ くりぐゎしーねーわたふっきてぃ)
'Njaru saNgwachi ni 'ara hushigi sariti yoo (too 'Nma yasa too nama yasa) guNgwachi nu namaN 'ayumigurisa('arigwa saNnee chira hukkiti kurigwa shiinee wata hukkiti)
去る三月に「あら不思議」されて (さあ あんただよ、さあその人だよ)五月の今も歩きずらい(あの子しなければ顔ふくれて、この子したら腹ふくれて)
語句・んま あんた。 ・うり 彼。その人。 ・わた 腹。 



二、あら不思議我蕾しんそちゃる人や 隣村やてれ 恩義そしが(ちりビラ畑ぬ赤みみじゃ フクシンかんとてぃ下ムクムク)
[あら不思議]わちぶみしんそちゃるふぃとぅや とぅないむらやてれ うんじそしが(ちりびらはたきぬ'あかみみじゃ ふくしんかんとぅてぃしちゃむくむく
'ara hushigi waa chibumi shiNsoocharu hwitu ya tunai mura yatere 'uNji soshiga ( chiribira hataki nu 'akamimijaa hukushiN kantoti shicha mukumuku)
[あら不思議]私の蕾(不明)した人は隣村であっても 恩義をするが (ニラ畑の赤ミミズ フクシン(不明)噛んで下ムクムク)
語句・しんそちゃる 不明。 ・チリビラ ニラ。 ・ふくしん 不明。



綱引きの夜にあら不思議さりて かぬちぼーがやたら うちちなとさ(ぐそーやありんあみあんま バーキばかいどやんてぃんど)
ちなふぃちぬゆるに あらふしぎさりてぃ かにちぼーがやたら うちちなとさ (ぐそーや 'ありん'あみ 'あんま ばーきばかいどどぅやんてぃんど)
chinahwichi nu yuru ni 'ara hushigi sariti kanuchiboo ga yatara 'uchichi natoosa (gusoo ya 'ariN 'ami 'aNmaa baaki bakai du yaNtiN doo)
綱引きの夜にあら不思議されて貫木(かぬち棒)であったのか 内出血になっているよ(あの世はあれもあるのかい?母さん 笊(ざる)ばかりしかないよ〔または〕笊計りしかないよ)
語句・かぬちぼー  「綱引きの雄綱と雌綱を繋ぎとめる棒」(琉) 「かにちぼー」ともいう。閂(かんぬき)から来ている。 ・やたら  ・・であろうか?。 ・うちち 打撲傷。内出血。 ・ぐそー あの世。「後生」から。「ぐしょー」ともいう。



四、初めてぃどやくとぅ たんきりよさしが 情けねんあふぃ小ぐふぃな不思議 (ちりみぬたんてぃーありゆーばん ありゆーばんぬんわたみちゅみ にーさん まーさん いりらちかみ とー今やさ)
はじみてぃどぅやくとぅ たんきりよ さしが なさきねん 'あふぃぐゎ ぐふぃな ふしぎ (ちりみぬたんてぃー 'あり ゆーばん
hajimiti du yakutu taNkiri yo sashiga nasakineN 'ahwigwa guhwina hushigi (crimi nu taNtii 'abi yuu waN 'abi yuu waNnuN watamichumi niisaN maasaN 'irirachikami too nama yasa)
初めて会ったので 「お大事に」と言ったが 情けのない兄さん そんなにたくさんの不思議 (切れ目の種まき あの夕飯 あの夕飯でもおなか一杯になるか?まずい おいしい(と云って)お代わりを頼めるか?さー今だ)



やーからすみ わんからすみ やーからしーねー わんねーちゃーすが でぃーあんせー交代交代
やーからすみ わんからすみ やーからしーねー わんねーちゃーすが でぃー'あんせー こーたいごーたい
yaa kara sumi waN kara sumi yaa kara shiinee waNnee chaasuga dii 'ansee kootai gootai
お前からするか 私からするか お前からすると 私はどうするか さあだから交代交代



かいされ


一回小どさしが 世間しりわたてしみたしが 不足ジントーヨー さしが迷惑スラヨジントヤルハジド
ちゅけんぐゎどぅさしが しきんしりわたてぃしみたが ふすく (じんとーよー) さしがみわく (すら じんとーよー やるはじどー)〔括弧は以下省略〕
chukeNgwa du sashiga shikiN shiriwatati shimitaga husuku sashiga miwaku
一回だけしたけれど世間に知り渡ってしまったが あやまちをして不名誉
語句・ちゅけん <ちゅけーん 「けーん」は回の意味。一回。 ・ふすく 「①不足。足りないこと。②落度。あやまち。③神仏・祖先の祭祀を怠ること」(沖)。・みわく <みーわく。 「不面目。不名誉。恥さらし。」(沖)。



海のガマガマや タコの住み所 姉小ガマガマや 二才が住家
'うみぬがまがまや たくぬしみどぅくる 'あんぐゎがまがまや にせがしみか
'umi nu gamagama ya taku nu shimi dukuru 'aNgwa gamagama ya nise ga shimika
海の穴(洞窟)は蛸の住むところ 姉さんの穴は青年の住み家
語句・がま 洞窟。ほら穴。「ガマガマ」と重ねたのはゴロあわせだろう。



あら不思議ちぶみ やでどぅふぎやびる 痛まなあかりゆみ たいが仲や
'あらふしぎちぶみ やでぃどぅふぎやびる 'いたまな 'あかりゆみ たいがなかや
'ara hushigi chibumi yadi du hugiyabiru 'itamana 'akariyumi tai ga naka ya
あら不思議 蕾 痛くしてこそ穴があきます 痛まなければあかないでしょう 二人の仲は
語句・やでぃ <やぬん 痛い。 連用形。 ・ふぎやびる <ふぎゆん (穴が)開く。九州、宮崎では「ほげる」という。同系。 + あびーん 丁寧。


いくさしぬじゅんでぃ ガマに隠りたれ あら不思議 さりてぃ あぃえな ゆくんいくさ
'いくさしぬじゅんでぃ がまにかくりたれ 'あらふしぎさりてぃ'あいえな ゆくん 'いくさ
'ikusa shinujuNdi gama ni kakuritare 'ara hushigi sariti 'aienaa yukuN 'ikusa
戦争をしのごうと洞窟に隠れたら あら不思議をされて あら困った!ひどくなる戦争
語句・しぬじゅ <しぬじゅん しのぐ。避ける。・んでぃ ・・と。・かくりたれ <かくりゆん 隠れる。 過去形 かくりた +れー <り +や ・・たら。 隠れたら。 ・あいえな 困ったときなどにつかう感嘆詞。 ・ゆくん <ゆく 副詞 もっと。 +ん もっと。一層。



赤火なるまでぃん ちぶみ花散らち しなさきぬ言葉てぃーちんねーらん
'あかびなるまでぃん ちぶみばなちらち しなさきぬくとぅば てぃーちねらん
'akabi narubadiN chibumi bana chirachi shinasaki nu kutuba tiichi neraN
赤い火になるまでも蕾花を散らせて やさしい言葉の一つもない



(囃子)スラヨ やり袴ぬ裾 うぇんちゅぬうちゅくゎてぃ 天井までぃすんちゃー からから
すらよ やりばかまぬすす 'うぇんちゅぬ'うちくゎてぃ てぃんじょーまでぃ すんちゃーからから
surayoo yaribakama nu susu 'weNchu nu 'uchi kwati tiNjoo madi suNchaa karakara
愛しい人よ 破れ袴の裾 ネズミがかじって 天井まで引きずる者 (からから 不明)
語句・やり <やりゆん 破れる。 ・すんちゃー <すんちゅん 引きずる。→すんちゃー 引きずる人 (「馬車すんちゃー」馬車曳き。)  

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2008年12月28日

永良部シュンサミ

永良部シュンサミ
えらぶしゅんさーみー
erabu shuNsaamii
語句・えらぶ 沖永良部島。現在の行政区は鹿児島県だが、廃藩置県(1871年)以前は琉球王朝の下にあった。本島では「'irabu いらぶ」と発音するが、「erabu えらぶ」とも発音する。・しゅんさーみー 囃子言葉からきた歌の題名。語源は不明だが、【今帰仁方言音声データベース】によると、「スンサーミー /suNsaamii/ (名詞)意味:村芝居の最初に出てくる長者の大主(うふしゅ)のお供をする子供の持つ小さい竹のばち。また、その竹のばちを持った子供たちの踊りの名。」とある。又、【沖縄大百科】によると『我如古スンサーミー
読み方:がねこすんさーみー 沖縄本島中部宜野湾市我如古で行われる豊年祭。伝承によると察度王の三男の孫にあたる我如古大主が我如古城を築城した際、その祝宴に披露したのが始まりといわれ、それ以来、毎年豊年や子孫繁栄を願って旧暦8月17日に踊られていた。しかし、いつ頃からか旧暦3月3日に踊られるようになり、「3月踊り」、「スンサーミー」と呼ばれるようになった。平成7年に宜野湾市無形民族文化財に指定。』とある。



一、永良部シュンサミ シュンサミ節入りぬしゅらさ 永良部島ん人ぬ想い 想いやてる (しゅんさーみー しゅんさーみー)
えらぶしゅんさーみー しゅんさーみー ふし'いりぬしゅらさ えらぶしまびとぅぬ'うむい 'うむいやてぃる 
erabu shuNsaamii shuNsaamii hushi'iri nu shurasa erabu shimabitu nu 'umui 'umui yatiru
永良部シュンサミ(歌の名前の)節に入る愛しさよ! 沖永良部島の人の想い 想いだ
語句・ふし'いり 「ふし」は「曲節」。つまり歌に入る部分。 ・しゅらさ <しゅーらーしゃん しおらしい。かわいい。愛らしい。 体言止めで、「なんと愛しいことよ」。 ・やてぃる <やん ある。 やてぃ 連用形 + どー である。 <duu →ruu


二、二、三月頃や麦粟どぅ刈ゆる 下夏や揃てぃ稲どぅ 稲どぅ刈ゆる
にさんんぐゎちぐるや むじ'あわどぅかゆる しむなちやするてぃ 'んに 'んにどぅかゆる
nisaNgwachiguru ya muji 'awa du kayuru shimunachi ya suruti 'Nni 'Nni du kayuru
二、三月頃は麦粟を刈るのだ 夏の終わりは 揃って稲を、稲を刈るのだ
語句・しむなち 「しむなち」という語句は辞書にない。「しむ」が「後ろ」を意味するなら「夏の終わり」と訳せる。


三、今年仕立てたるマサク主が支度 世界に無い支度 今度 今度初み
くとぅししたてぃたる まさくしゅがしたく しけにねんしたく くんどぅはじみ はじみ
kutushi shitatitaru masaku shu ga sitaku seike ni neN sitaku kudu hajimi hajimi
今回仕立てた政孝主の支度 前代未聞の支度 今度が初めて
語句・まさくしゅ 政孝主。沖永良部島の伝統芸能である「大蛇踊り」に伝承された話にでてくる「政孝主」だと想われる。「上平川の幸山政孝が、薩摩藩への貢ぎ物の御用を無事すませて帰島する途中に嵐にあい明国に漂着し、そこで暮らす内にこの踊りを覚え、数年後、沖永良部へ帰る船便の都合で琉球に立ち寄り琉球の歌と踊りを、この踊りに取り入れ大蛇踊りを完成させ、上平川へ伝えたと言い伝えられています。」(知名町役場HPより) ・したく 支度。首里、または伝説にあるように薩摩への献上品を多く準備するということだろうか。


四、かん甘さ御酒 我一人飲まりゆみ 村でぃ打ち揃てぃ飲まい 飲まい遊ば
かん'あまさ'うざき わんちゅいぬまりゆみ むらでぃ'うちするてぃぬまい ぬまい'あしば
kaN 'amasa 'uzaki waN chui numariyumi mura di 'uchi suruti numai numai 'ashiba
このように甘い御酒(お供え) 私一人で飲まれるか 村で さあ勢ぞろいして飲もう 飲んで遊ぼう
語句・かん かように。このように。 ・あまさ <あまさん 甘い。 ・うざき 「酒」なら「さき」であり、「さぎ」と読むなら「うさぎ」=「貢物」であろう。首里か薩摩への献上物。ここでは「うざき」とする。・むらでぃ 村で。


五、明日や首里かい行めしが 何やか欲しゃ物や 匂い鬢附 チョウ箱 かみどぅくとぅん櫛 とぅん櫛
'あちゃやしゅいかい'いめしが ぬやかふしゃむぬや にうぃびんじき ちょーばく かみどぅく とぅんぐし とぅんぐし
'acha ya shui kai 'imeshiga nu ya ka husha munu ya niwi biNjiki choobaku kamiduku tuNgushi tuNgushi
明日は首里に参るが 何が欲しいか? 香りよい髪附(油)化粧箱 髪を梳く唐櫛
語句・びんじき 「頭髪用のねばり強い固形の油。ポマードのようなもの」(沖)。 ・ちょーばく おそらく「京箱」。



コメント

前回、「十九の春」「与論小唄」で歌が旅をすることを
見て来たが、今回は「シュンサミ」。

「シュンサミ」系の歌には
本島で歌われる「スンサーミ」と、この「永良部シュンサミ」
そして沖永良部島の「永良部シュンサミ」がある。

このメロディーは沖縄本島でも好まれていて、エイサーや民謡としてよく歌われる。
それもそのはず、「スンサーミ」は、エイサーの原型ともいわれる「ウスデーク」とも呼ばれていたという。

今回は、本島で歌われる「永良部シュンサミ」を取り上げた。
次回は本島中部の「スンサーミ」、沖永良部島の「永良部シュンサミ」を取り上げてみる。

  

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2008年11月09日

伊計離節 2(舞踊)

伊計離節
'いちはなり ぶし
'ichihanari bushi
語句・いち 伊計(島)。



勝連の(よー)島や(よー はり)通い欲しゃ(よーへいよー)あしが(よー)
かちりんぬ(よー)しまや(よー はり)かゆいぶしゃ (よー へいよー)'あしが(よー)
kachiriN nu(yoo) shima ya (yoo hari)kayuibusha(yoo heiyoo)ashiga(yoo)
以下括弧内囃子は省略する。
勝連の村には 通いたいが



和仁屋間門の潮の蹴やいあぐで
わにゃまじょーぬ 'うしゅぬ きやい'あぐでぃ
wanyamajoo nu 'ushu nu kiyai 'agudi
和仁屋間門の潮を蹴り(渡り)かねて
語句・わにゃま 地名。北中城村で中城湾に面している。



無蔵に思みなせば一うえく半
んぞに'うみなしば ちゅ'うぇーくなから
Nzo ni 'uminashiba chu 'weeku nakara
貴女に思いをなせば 一(ひと)漕ぎ半(で着くかのよう)だ
語句・うぇーく 櫂(かい)。「いぇーく 'yeeku」とも言う。



遊で浮上がゆる津堅久高
'あしでぃ 'うちゃがゆる ちきん くだか
'ashidi 'uchagayuru chikiN kudaka
遊んで浮き上がる津堅島、久高島
語句・うちゃがゆる <うちゃがゆん 「浮き上がる。鮮明〔鮮やか〕になる。」(琉)。



伊計離節は、いままで2回登場している。
谷茶前のチラシ(逆もある)としての伊計離節は早弾き。
また普通の伊計離節。

古典ではゆっくりしたものが使われる。
それについては別項で書きたい。


琉歌大成(清水彰編著)を見ると

 2772
津堅渡の渡中汗はてど漕ぎゆる 無蔵に思ひなせば一おあわくなから
chikiN duu nu tunaka 'ashi hatidu kujuru Nzo ni 'uminasiba chu weku nakara
津堅島への海を汗かいて渡っているが、恋人に逢うと思えば、一漕ぎ半の感じだ


さらに、「遊で浮上がゆる津堅久高」の歌詞は


同 493
行けば伊計戻て浜平安座遊び浮上がゆる津堅久高
'ikiba 'ichi muduti hama heNza 'ashibi 'uchagayuru chikiN kudaka
行けば伊計島 戻って浜平安座島 遊び浮き上がる津堅島、久高島

琉歌大成での解説では
「伊計・浜・平安座・津堅・久高それぞれに踊って楽しい島々だ」と大意が添えられている。
「浮き上がる」ほど「楽しい」と受け止めているようだ。



また、上掲の歌詞と関連ある琉歌として

同 4862 
和仁屋間門の潮や蹴やりあぐまはも勝連の島や通ひぼしやの
wanyamajoo nu 'ushu ya kiyai 'agimawaN kachiriN nu shima ya kayuibushanu
和仁屋間門の潮流は(櫂で)漕ぎにくくても 勝連の島には通いたいものだ
(諏訪杢右衛門の作といわれる)


同 1363
勝連の島や通ひぼしやあすが和仁屋間門の潮や蹴やいあぐで
kachiriN nu shima ya kayuibushaashiga wanyamajoo nu 'ushu ya kiyaiagudi
勝連の島は通いたいものだが和仁屋間門の潮流は(早くて 櫂で)漕ぎにくい


それぞれ北中城村の歌碑に書かれて今も残っている。

初めて工工四を作った屋嘉比朝寄(1716〜1775)のいわゆる「屋嘉比工工四」には「和仁也間門節」の名前で上句の「勝連の島は通り欲しやあすが」だけが記載されている。(「歌三線の世界」勝連繁雄著 )

  

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2008年10月21日

あきとーなー

あきとーなー
'あきとーなー
'akitoonaa
あら!まあ
語句・あきとーなー「おやまあ。あらまあ。驚いた時、失敗した時などに女のいう語」(沖)。


一、うぬちゃ年取たるヨ 元びれぬウサ小や あきとーなー 顔小うすまぐいヨ 白髪小かみて あきとーなー
'うぬちゃ とぅしとぅたる (よ)むとぅびれぬ'うさぐゎや ('あきとーなー)ちらぐゎ'うすまぐい(よ)しらぎぐゎかみてぃ('あきとーなー)
'unucha tushitutaru (yo) mutubire nu 'usagwa ya ('akitoonaa) chiragwa 'usumagui (yo) chiragigwa kamiti ('akitoonaa)
○その年齢の年取った昔の恋人のウシちゃんは (あらまあ) 顔は少し皺がふえ白髪になって (あらまあ)
語句・うぬちゃ その年齢。「うぬゆちゃ」ともいう。 ・むとぅびれ 昔つき合っていた恋人。<もとぅ 元。昔。 +ふぃれー つきあい。交際。  ・うさぐゎ 「ウシ」という女性の名前の「Usii[ウシ]の平民名〔女性に多かった;親しんでUsa-gwaa[ウシちゃん]とも〕」(琉)。 しかし女性主体の歌。男性の名前であろうか?・うすまぐい<うす+まぐい<まぐゆん 皺が寄る 
※以下()内の囃子は省略。


二、明日ん来よ毎日ヨ すたるあぬ里が あきとーなー うぬヒジ小立ててヨ うぬちゃなていめさ あきとーなー
'あちゃんくよ めにち すたる'あぬさとぅが 'うぬふぃじぐゎたてぃてぃ 'うぬちゃなてぃいめさ
'achaN ku yo menichi sutaru 'anu satu ga 'unu hwijigwa tatiti 'unucha nati 'imesa
明日も来てよ毎日 連れ添ったあの方はその髭をのばしてその年齢になっておられるよ 
語句・くよ 来いよ。<くーよー <ちゅーん 来る。 命令形+よ ・すたる 連れ添った。<すゆん 添う。 ・ひじ 髭。 「ふぃじ」 ・いめさ いらっしゃるよ。 <いめーん 居る。来る。行く。の敬語。+さ よ。


三、行逢て恥かさやヨ 昔ぬ元びれ小 あきとーなー 恥かさやあてんヨ まじ一目や見ぶさ あきとーなー
'いちゃてぃはじかさや むかしぬむとぅびれぐゎ はじかさや'あてぃん まじちゅみやみぶさ
'ichati hajikasaya mukasi mutubiregwa hajikasa ya 'atiN maji chumi ya mibusa
逢って恥ずかしいことよ!昔の恋人に 恥ずかしくてもちょっと一目見てみたいものだよ

語句・まじ まず。しばらく。ここでは「ちょっと」くらい。 
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2008年10月18日

丘の一本松

丘の一本松
[おかのいっぽんまつ]
([ ]は大和口)


作詩 上原直彦
作曲 普久原恒勇


(セリフ)
(主) ぬーがひゃーくまー うふとぅるばいし遊どーてぃ 物ぬ喰まりーねー 皆遊ぶんどーひゃー おーい
ぬーが ひゃー くまー 'うふとぅるばいし 'あしどーてぃ むぬかまりーねー んな'あしぶんどー ひゃー おーい
nuu ga hyaa kumaa 'uhuturubaishi 'ashidooti munu kamariinee Nna 'ashibuNdoo hyaa ooi
何だお前!ここでまったくぼんやりして 遊んでいておまんま食べられるなら皆遊ぶんだよ 違うか?
語句・ひゃー 野郎。やつ。・うふとぅるばいし まったくぼんやりしている様子をして <'うふ 大。 + とぅるば<とぅるばゆん 「ぼんやり[ぽかんと]する。」(琉)。 +し <しゅん。する。 ・ねー ・・なら ・おーい 「おお」は「目下の年長者に対する肯定の返事」(琉)。に疑問の「い」がついて「そうです よな?」から「違うか?」くらいの意味。


 
(良助)フン!やな主小や 人ぬ面見じゅし とーまじゅーん しぐゴー口な!
ふん やなすーぐゎー や ふぃとぅぬちら んじゅし とーまじゅーん しぐ ごーぐちなー
huN yana suugwaa ya hwitu nu chira Njushi too majuuN shigu googuchi naa
ふん!嫌なお父様だ!人の顔見るやいなや すぐ苦情だね! 
語句・んじゅし <んじゅん 見る。 +し ・・して。 ・とー さあ。・まじゅーん 一緒に。 「とー まじゅーん」で「・・するやいなや」くらいの意味か。・ごーぐち 苦情。


(主)ぬーやん!
ぬーやん
nuu yaN
何だ 
語句・。やん ・・である。


(良助)ぬーんあらん!
ぬーん 'あらん
nuuN  'araN
何でもない 


(唄)
北谷桑江ぬ前ぬ 村はじし 渡久地小ぬ カンジャー屋よ
ちゃたんくぇーぬめーぬ むらはじし とぅぐちぐゎーぬ かんじゃーやーよー
chataN kwee nu mee nu mura hajishi tuguchigwaa nu kaNjaa yaa yoo
北谷桑江の前の村はずれ 渡久地生まれの鍛冶屋だよ 
語句・はじし はずれ。 ・ ・・生まれ


親子揃りとーてぃ 古金打ちゃい 馬ぬ爪くまちゃい 見事なむんさみ
'うやっくゎすりとーてぃ ふるがに'うちゃい 'んまぬちみくまちゃい みぐとぅなむんさみ
'uyakkwa suritooti hurugani 'ucchai 'Nma nu chimi kumachai migutuna muN sami
親子揃って古金打ったり 馬の爪はかせたり 見事なものであるぞ
語句・くまちゃい はかせたり。 <くぬん 履く。 →くま + ちゃい ・・したり。


アネ! 良助 評判どー 村中他島までぃ 音ぬ立っちょんどー
'あね [りょうすけ] [ひょうばん]どー むらじゅう たしままでぃ 'うとぅぬたっちょんどー ([ ]は大和口)
'ane  [りょうすけ] [ひょうばん]doo murajuu madi 'utu nu tacchoN doo
あれ! 良助 評判だぞ 村中 他島まで 評判が広がっているぞ


(セリフ)
(主)やな童たーが くさ物言しーねーくさぶくるる タタチいぇーさりーんどーひゃー
やなわらばーたーが くさむにーしーねーくさぶくる るたたちぇーさりんどーひゃー
yana warabataa kusamunii shiinee kusabukuru ru tatacheesariN doo hyaa
嫌な子ども達はませた言い方すると ませたせいで叩かれるんだぞ おまえ!
語句・くさむにー ませた言い方。・くさぶくるる ませたせいで。<くさぶくる <くさぶっくぃゆん ませる。こまっしゃくれる。 + る=どぅ ・・のために。


(良助)あんしぇーんちゃ いち迄んわらび 鼻たりてー居らんてぃん 鼻だやーわらばーなー我んねー
'あんしぇー んちゃ 'いちまでぃん わらび はなたりてぃうらんてぃん はなだやーわらばー なー わんねー
'aNshee Ncha 'ichimadiN warabi hanataritiuraNtiN hanadayaa warabaa naa waNnee
そうすると なるほど いつまでも子ども。鼻タレてはいなくても鼻タレ子どもね 私は。
語句・んちゃ なるほど。 ・はなだやー 鼻タレ。


(主)あったいめー いゃーやれー 三十なてぃん 五十なてぃん 鼻だやーてー フン!
'あったいめー 'やーやれー さんじゅーなてぃん ぐんじゅーなてぃん はなだやーてー ふん
'attimee 'yaa yaree saNjuu natiN guNjuu natiN hanadayaatee huN
あったりまえ!お前なら 三十になっても 五十になっても鼻タレよ ふん
語句・あったいめー おそらく大和口の「当たり前」「あったりめー」の沖縄口であろう。 ・やれー ・・であれば。・てー よ。文末助詞。 


(唄)
主や頑固主小 子上ったむん ゴーグチヒャーグチ するうちなかいん
すーやぐゎんくーぐゎー っくゎー'あがったむん ごーぐちひゃーぐちする'うちなかいん
suu ya gwaNkuugwaa kkwaa 'agattamuN googuchihyaaguchi suru 'uchinakaiN
お父さんは頑固もの 子はさらに上 不平不満言い合いするうちにも
語句・あがったむん <あがゆん 「それより上を行く悪さ」のように使う。父さんより頑固者という意味。


打ちゅる鍬ヒーラー 汗はい水はい 打っちゃいたたちゃい うみはまらんでー
'うちゅるくぇーひーらー 'あしはい みじはい 'うっちゃいたたちゃい 'うみはまらんでぃ
'uchuru kwee hiiraa 'ashihai mijihai 'ucchai tatachai 'umihamara Ndi
打つ鍬(クワ) へら 汗水流して 打ったり叩いたり 励もうと
語句・あしはいみじはい <あし 汗 + はい<はゆん 出る。 「みじはい」も同じ。・うみはまらんでぃ <うみはまゆん 励む。 + んでぃ ・・と。


アネ! 良助 主どーひゃー 親るやっさい にじーるすんどー ゲーんすなよーやー
'あね [りょうすけ] すーどーひゃー 'うやるやっさい にじーるすんどー げーんすなよーやー
'ane [りょうすけ] suu doo hyaa 'uya ru yassai nijii ru suNdoo geeN suna yoo yaa
おい!良助 お父さんはな お前 親であるから 辛抱するんだぞ 反抗するなよねえ
語句・にじー 辛抱。<にじゆん 辛抱する。語幹に「i」が付いて名詞化。・げー 反抗。


(セリフ)
(良助)やな頑固主小や いかなしとぅん曲らんどぅあくとぅや! 家ぬ金どぅんやれー たっぴらかしどぅんしーねー曲ゆんてー
やなぐゎんくーぐゎーや 'いかな しとぅん まがらん どぅ 'あくとぅや やーぬかにどぅんやれー たっぴらかしどぅんしーねー まがゆんてー
yana gwaNkuugwaa ya 'ikana shituN magaraN du 'akutu ya yaa nu kani duN yaree tappirakashi duN shiinee magayunntee
嫌な頑固もんだ どんな姑でも曲がらない悪い者だ! 家の金属でも 叩いて平たくすれば曲がるんだって


(良助)やぐとぅんでち どぅーぬ親たっぴらかする訳にん いかんあい まーがらんち安売し ちゅーがやーなー
やぐとぅんでぃち どぅーぬ'うやたっぴらかするわちぇーにん 'いかん'あい まがらんち やし'ういしちゆが やーなー
yagutu Ndichi duu nu 'uya tappirakasuru wachee niN 'ikaN 'ai magaranNchi yashi'ui shichiyuga yaa naa
だからといって自分の親を叩いて平たくする訳にもいくまい? 曲がらんといって安売りできるかねえ


(唄)
ウマ馬喰 マチャーウンチュー 又すくちなむん ガージュー馬小 うち売てぃ 若馬買いがどー
'んまばくよー まちぇーうんちゅー またすくちなむん がーじゅー'んまぐゎ 'うち'うてぃ わか'んまこーいがどー
'Nmabakuyoo machaa uNchuu mata sukuchinamuN gaajuu 'Nmagwa 'uchi'uti waka'Nma kooiga doo
馬の売買する人 マチャー(松;名前)おじさん 又おどけ者 頑固者の馬を売って若い馬買うためによ
語句・がーじゅー 頑固者。・こーいが 買うために。<こーゆん 買う。 語幹 こー +い(名詞化) + が ・・のために。→買うことのために。


ぬーが馬小 うすてぃんすびちん 動ちんさんある
ぬーが'んまぐゎ 'うすてぃんすびちん 'んじゅちんさん'ある
nuu ga 'Nmagwa 'usutiNsubichiN 'NjuchiNsaN 'aru
なぜ馬は押しても引いても動かないでいるのか
語句・うすてぃんすびちん <うしゅん 押す。 + すびちゅん 引きずる。(すんちゅん とも言う) ・んじゅちん <んじゅちゅん 動く。 +ん=強調。


アネ! 主よー 歩っかんしが 年やとぅいるむのー あらんさやー馬小
'あね すーよー 'あっかんしが とぅしやとぅい る むのー 'あらんさやー 'んまぐゎ
'ane suu yoo 'akkaNshiga tushi ya tui ru munoo 'araNsa yaa 'Nmagwa
ほら お父さんよ 歩かないが年はとるものではないですよね 馬(は)


(セリフ)
(主)主がゴー口するいぇーだー かしまさーあてぃん あびらちょーてぃ とぅらせー良助
すーがごーぐち するえーだー かしまさー'あてぃん 'あびらちょーてぃ とぅらせー [りょうすけ]
suu ga googuchi suru yeedaa kashimasaa'atiN 'abirachooti turasee [りょうすけ]
お父さんが苦情を言う間は うるさくても言わせておいてくれ 良助
語句・いぇーだー 間は。<いぇーだ 間。+や は。 融合して長母音。 ・かしまさー <かしまさん うるさい。・あびらちょーてぃ <あびゆん 叫ぶ。わめく。ほえる。声高に話す。 言わせて。・とぅらせー <とぅらしゅん 補助動詞で・・・してやる。また接続形に付いて命令形で・・しておくれ。→あびらちょーてぃ(わめく の接続形) + とぅらし (しておくれ)+よ 融合→ とぅらせー →言わせてくれ。


(良助)主よー今からーくぬ一本松とーゐぬむん 主やシミ縄かきてぃ まちとーちゅさなー
すーよー なまからーくぬ[いっぽん]まちゃーとぅ いぬむん すーやしみなわかきてぃ まちとーちゅさなー
suu yoo nama kara kunu [いっぽん]machaa tu inumuN suu ya shiminawa kakiti machitoochusa naa
お父さんよ 今からこの一本松と同じように お父さんはシメ縄をかけて 祀って(待って?)おいてよね
語句・いぬむん 同じもの、・・と同様に。<いぬ 同じ +むん もの。 ・まちとーちゅさ
<まちゆん 祀る。 → まちとー 祀っていて + うちゅん ・・しておく。→ うちゅ していて (まちゆん ではなく まちゅん かもしれない。待っていておいてよね)


(主)あんしとぅらしぇー!
'あんしとぅらしぇー
'aNshiturashee
そうしておくよー


(唄)
年小とぅったる一本松 物知りむん 金あちさるうちうてぃ 打てぃわるたむちどー
とぅしぐゎとぅったる[いっぽん]まちゃー むぬしりむん かにー'あちさる'うち'うてぃ 'うてぃわる たむちどー
tushigwa tuttaru [いっぽん]machaa munu shirimuN kanii 'achisaru 'uchi 'uti 'utiwaru tamuchi doo
年を取った一本松は物知り者 金属は熱いうちに打って 打ってこそ長持ちさせろよ
語句・わる ・・ばこそ <わ ば。 + る=どぅ こそ ・たむちゅん <たむちゅん 長持ちする。命令形。


主がぬらいし あんまーが語ゆし 親まさいん子ぬ
すーがぬらいし 'あんまーがかたゆし 'うやまさいんっくゎぬ
suu ga nuraishi 'aNmaa ga katayushi 'uya masaiN kkwa nu
お父さんが叱って お母さんがさとして 親より勝る子どもが
語句・ぬらいし <ぬらゆん 叱る。


アネ! 良助なー 一ちばい ん孫んみしりよーや 主がしかすんどー
'あね [りょうすけ]なー ちゅちばい 'んまがん みしりよーやー すーがしかすんどー
'ane [りょうすけ] naa chu chibai 'NmagaN mishiri yoo yaa suu ga shikasuN doo
ほら 良助 もうひと頑張り 孫を見せろよね お父さんがあやすよ
語句・しかすん <しかしゅん あやす。

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2008年09月14日

あがろーざ節 (八重山民謡)

あがろーざ節
'あがろーざ ぶし
'agarooza bushï

《「'」は声門破裂音。「」、やか「ï」は中舌母音を表す。》


一、あがろーざぬんなかに ヤゥイ 登野城ぬんなかに ヤゥ ハリヌクガナ
'あがろーざぬ'んなかに よーい とぅぬすくぬ'んなかに よー はりぬくがな
'agarooza nu 'Nnaka ni yooi tunusuku nu 'Nnaka ni yoo hari nu kugana
東里村の真ん中に (囃子言葉) 登野城の真ん中に (囃子言葉)
(以下、囃子言葉省略)
語句・あがろーざ 「東里(あがりざと)村」という説があるがはっきりはしていない。 ・んなか 真ん中。 ・とぅぬすく 登野城。「石垣市旧四箇村の最も東の集落。かつては支庁、市役所などがあり、行政の中心地だった」【石垣方言辞典】(宮城信勇著)。・はりぬくがな 囃子言葉。「はりぬくが」と歌われる歌者もいる。


二、九年母木ば植べとぅーし 香さん木ばさしとぅーし
くにぶんぎば'いべとーし かばさんぎばさしとーし
kunibuNgi ba 'ibetooshi kabasaNgi ba sashitooshi
みかん(など柑橘類)の木を植えてあって 香り高い木が植えてあって
語句・くにぶんぎ 本島方言で「みかんなどの柑橘類の総称」。 石垣方言では「ふぬびゃーきー」という。・ を。 ・いべとーし 植えてあって。 <いびるん いびん 植える。 +し ・・して。 本島方言の「し」(「s(j)unの継続形qsiが弱まった形」(琉)」と同じ。多くの歌詞に「とぅーし」とあるが「とーし」と発音する。


三、九年母木ぬ下なか 香さん木ぬ下なか
くにぶんぎぬしたなか かばさんぎぬしたなか
kunibuNgi nu shïta naka kabasaNgi nu shïta naka
みかんの木の下に 香り高い木の下に
語句・なか に。本島方言の「なかい」と同義だと思われる。存在する場所を示している。


四、子守りゃ達ぬ揃るゆてぃ 抱ぐぃ姉達ぬゆらゆてぃ
ふぁむりゃだぬするゆてぃ だぎなだぬゆらてぃ
famuryada nu suruyuthi dagïnada nu yurati
子守り達が揃い寄って 子を抱くもの達が集まって
語句・ふぁむりゃ 子守り。<ふぁ<ふぁー 子。 + むりゃ<むりゃー 「むれー」とも言うが、「・・人」の意味の語尾を延ばす形(aa)かもしれない。・だぎ 子どもを抱くもの。「な」は「なー」(本島方言の「小」ぐゎーに相当)。「抱く」は「だぐん」。


五、子守りゃ達ぬ言葉ぬ 抱ぐぃ姉達ぬむにゃいぬ
ふぁむりゃだぬくとぅばぬ だぐなだぬむひゃいぬ
famuryada nu kutuba nu dagïnada nu munyai nu
子守り達の言葉は 子を抱くもの達の語ることは
語句・むにゃい語ること。 「むに」は「言葉」と同義。


六、腕ば痛み守りひゅうば かやば痛み抱ぎひゅうば
'うでぃばやみ むりひゅーば かやばやみだぎひゅーば
'udi ba yami murihuuba kaya ba yamidagi huuba
腕を痛むほど子守り(ひゅう・・不明)ので 手首を痛むほど子を抱き(不明)ので
語句・ひゅー 不明。


七、大人ゆなりとーり 高人ゆなりとーり
'うふぴとぅゆなりとーり たかぴとぅなりとーり
'uhupïtu yu naritoori takapïtu naritoori
大人になられよ 高い人になられよ
語句・なりとーり なられよ。 <なるん 成る。 連用形(1又は2)+ おーるん いらっしゃる。という補助動詞 命令形 おーり 


八、墨書上手なりとーり 筆取るぃ上手なりとーり
んかきじょーじなりとーり ふでぃとぅりじょーじなりとーり
shïNkakïjoojï naritoori hudïturïjoojï naritoori
筆達者になられよ 筆を取るのが上手になられよ
語句・んかきじょーじ 「筆達者。能筆。『筆書き上手』の意」(石)。本島の「墨」(しみ)=学問を意味するのと相似。筆書き上手=筆取る上手→筆達者→学問にすぐれた人。


九、沖縄旅受けおーり 美御前旅受けおーり
'うきなたび 'うけおーり みょまいたび'うけおーり
'ukïnatabï 'ukeoori myomaitabï 'ukeoori
沖縄本島への旅を お受けなさい 首里の王様への旅を お受けなさい
語句・うき 沖縄本島。当時の「沖縄」は本島のみを指している。 ・みょまい 首里の王様。王様への旅とは、首里王府に奉公すること。


十、月ぬ形買いおーり 星ぬ形買いおー
ぬかたかいおーり ふしぬかたかいおーり
chïkï nu kata kaioori hushï nu kata kaioori
月の模様(の服)を買いなされ 星の模様(の服)を買いなされ
語句・かた 模様。


十一、産しゃる親とぅゆまし 守りゃる姉名とぅらし
なしゃる'うやとぅゆまし むりゃる'あんまなとぅらし
nasharu 'uya tuyumashi muryaru 'aNma na turashi
生んでくれた親を有名にせよ 子守りしてくれた母の名を上げよ
語句・なしゃる 生んでくれた。 <なしん 産む。 ・とぅゆまし 世に鳴り響かせよ→有名にせよ。 <とぅゆましん 轟かせる。 命令形。 ・とぅらし 与えよ。取らせよ。 <とぅらしん 与える。取らせる。(石) 命令形。



八重山民謡。

この歌は1842年、「鷲の鳥」を作ったとされる大宜味信智が、大川の東の村(東里)の子守歌(ユンタ)をもとに工工四を発表したとされている。(「八重山民謡誌」)
しかし宮古島には「東里真中」(あがす゜ざとぅんなか)という歌があり、ルーツ論争がある。(「島うた紀行」)

ともに子守歌ではあるが、宮古の「東里真中」は、東里の真中に蜜柑の木を植え、それを念入りに育て大きく実らせてその下で守り育てたものが蜜柑玉で遊ぼう、というような内容。
こちらの「あがろーざ」では、蜜柑(九年母木)は子守の情景の一部で、その下での子守りをするものに、そだてた子どもが大人になり勉強に励み、首里に仕え、出世してお土産に綺麗な模様の服を買ってきて、親や子守りをしたものの名をあげよ、という内容。

メロディーは似ているというが、みなさんはどうであろうか。
工工四を弾いてみるが、あまり似ている感じがしない。
歌詞は共通点が多いが、上述したように観点が違う。
昔は同根であった歌が、時代と風土が違う中で変化したものなのだろうか。

いくつか疑問、問題点を列挙しておく。

歌者の間でも「ハリヌクガニ」と「ハリヌクガナ」の囃子言葉が違う。

また二番、「とぅーし」と書かれた歌詞ばかりだが、歌は多く「とーし」と聞える。

六番、「ひゅーば」の「ひゅー」は不明である。


しかし、ゆったりとした情のこもったみごとな八重山歌。
子どもへの夢も歌にこめられ、さぞかし子守の疲れも癒せる歌であったのだろう。


  

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2008年09月13日

遊び仲風

遊び仲風
'あしび なかふー
'ashibi nakahuu

作詞 上原 直彦
作曲 普久原 恒勇
唄 山里ゆき子


一、忘らりみ 忘ららん互に 染みなちゃる玉ぬ御縁 里よ 
わしらりみ わしららんたげに すみなちゃるたまぬ ぐいん さとぅよ
washirarimi washiraraN tage ni suminacharu tama nu guiN satu yo
忘れられる?忘れられない 互いに染めあげた宝玉のような御縁 あなたよ
語句・たま 稀。あるいは「玉」。「玉」という当て字がしてあるから、玉、丸いもの。宝玉。以外に 宝玉のような、と訳しておく。


二、手枕ん云語れん仮に通わちゃる縁やあらん里よ 
てぃまくらん 'いかたれんかりにかゆわちゃるいんや'あらんさとぅよ
timakuraN 'ikatareN kari ni kayuwacharu iN ya 'araN satu yo
手枕も、語らいも仮に通わせる縁ではない あなたよ
語句・いかたれ 「男女の契り。男女の語らい。」 「い」は接頭語。(沖)。 「云語れ」と当て字がしてあっても「おしゃべり」に限定した意味ではない。「かたれー」には「仲間になること。仲間入りを約束すること。男女の一緒になる約束」(沖)などの豊かなニュアンスが込められている。<いかたれー。



三、語らてん語らてん思い云言葉ぬ残る恨みしゃ里よ 
かたらてぃん かたらてぃん'うむい 'いくとぅばぬぬくる らみしゃ さとぅよ
kataratiN kataratiN 'umui 'ikutuba nu nukuru ramisha satu yo
語ろうって 語ろうって 思い言葉が残る なんと恨めしいことよ!あなた
語句・かたらてぃん 語ろうって。<かたら 語ろう。+ てぃん ・・という。・・って。 ・らみしゃ 「名詞。恨めしい。残念だ。歌などの終わりに来る語」(沖)。
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2008年08月03日

あかなー

あかなー
'あかなー
'akanaa
アカナー
語句・あかなー 「夕焼けを起こす想像上の人格」【琉球語辞典(半田一郎)】。「童謡などにある語。月の中にいる者の意に用いる。月の薄暗い部分を水桶をかついで立っている者と見立てたものらしい。」【沖縄語辞典(国立国語研究所編)】(以下【沖辞】と略す)




一、アカナよ アカナ 何処かい行ちゅが アカナ 西ぬ海かい よう二才 蟹小取いが
'あかなーよ 'あかなー まーかい'いちゅが'あかな にしぬ'うみかい よーにーせー がにぐゎーとぅいが
'akanaa yo 'akanaa maakai'ichuga 'akanaa nishi nu 'umi kai yoo niisee ganigwaa tuiga
アカナーよ アカナー どこにいくのか?アカナー 西の海に よう青年の蟹をとりに
語句・まーかい 何処に <まー (何処。どなた。) + かい (に) ・いちゅが いくの? <いちゅ(いちゅん 行く。)+が(疑問をあらわす語句について疑問文を作る) ・にし 西。 普通「にし」は「北」を意味し「西」は「いり'iri」と発音するが、この唄では「日が落ちる方向」としての西方。「にしぬうみ」とは「東シナ海」を示すが、後に見るように那覇市の現在西町と呼ばれる一帯の海をそう呼んだ。沖縄語の「北 (にし)」は、もともと「北西の風」を「にし」といい、それが転じて「北」を「にし」と呼ぶようになったという説がある。(琉)。・にーせー 青年。・とぅいが 取るために→取りに。 この「が」がは「・・・に」「・・するために」。「動詞の連用形、または(連用形の末尾音節がC+Vの場合は)連用形+iにつく)(琉)



二、蟹小取てぃ何すが 我思やーになしゆん 汝うむやーや誰やが 十五夜お月様
がにぐゎー とぅてぃぬーすが わー'うむやーになしゅん 'やー'うむやーやたーやが じゅーぐや'うちちゅー
ganigwaa tuti nuusuga waa 'umuyaa ni nashuN 'yaa 'umuyaa ya taa yaga juuguya 'uchichuu
蟹を取って何にするか 私の恋人にする お前の恋人は誰か 十五夜のお月様
語句・ぬすが何にするのか <ぬーすが ・うちちゅ お月様。<うちちゅー お月様の子どもの言い方。



(別の歌詞)
二、蟹小取て何すが 我うないにたすん 汝うないや誰やが 十五夜お月様
がにぐゎーとぅてぃぬーすが わー'うないにたしゅん 'やー'うないやたーやが じゅぐや'うちちゅー
ganigwaa tuti nuusuga waa 'unai ni tashuN 'yaa 'unai ya taa yaga juuguya 'uchichuu
小蟹を取って何にするか 私の姉妹にたす(不明) お前の姉妹は誰か 十五夜のお月様
語句・うない 「兄〔妹〕からみた妹〔姉〕。」ここでは、姉妹としておく。多くの訳では「妹」と解されている。・たすん 不明。「たす(しゅ)ん」は「裁つ、裁断する」の意味。「足す」という意味はない。「する」と多くの訳にあるが、「なしゅん」の間違いかもしれない。


たるーのコメント

童謡である。
曲は「赤田首里殿内」とほぼ同じ。
夕方の夕焼けをみながら子どもが歌うそうだ。
アカナーという想像上の生き物は、月に住み、蟹を取って恋人にする。または姉妹に「たすん」。

夕焼けという幻想的な光景がこどもたちに夢をあたえ、このような唄が生まれ、うけつがれてきたのだろう。

しかし夕焼けは太陽が起こすもの。
そしてアカナーは月にすむ。
筋の通らぬ話も童謡ならば当たり前だ。

月にアカナーが住むということについては昔話がある。
(参考 琉球から日本人への手紙 )


西の海について

一番の歌詞に出てくる「西の海」(にしぬうみ)は那覇市の現在は西町と呼ばれる一帯にあった海の事である。


Google マップの赤いマークに「西の海の跡」という説明板がある。



文字を起こしてみる。


西の海跡(ニーシヌウミアト)
Nishi-nu Umi Site 西海遺跡

西村(現那覇市西)の西の海のこと。童謡「アカナー」にも歌われており、那覇の人々に親しまれた海辺であった。
かつて、那覇港先の三重城から、潮の崎(現那覇市辻三文珠公園一帯)にかけては、U字形に湾入しており、「西の海」と呼ばれた。沿谷岸部は「下り」と呼ばれ、「牛町下り」·「嘉手川下り」等の小字があった。1733年、那覇の人口増加に対応して、西の海の一部を埋め立てて、宅地にしたという(「球陽』尚敬王21年条)。
1879年(明治12)の沖縄県設置置(琉球処分)後、本格的に西の海の埋立が行われ、1882年(明治15)、「湯屋の前」(ユーワーヌメー)と呼ばれる一帯約400坪が埋め立てられ、東本願寺(現真教寺)が建立された。1888年(明治21)には、第百四十七銀行支店長田代静之助により、三重城に延びる突堤付近約4.000坪の埋立が計画され、後にこの一帯は、西新町1~2丁目となった。
1908年(明治41)、沖縄県により埋立事業が開始されたが、後に尚順(最後の琉球国王尚泰の四男)が引き継ぎ、1922年(大正11)に竣工した。一帯は、西新町3丁目となり、俗にミーガタ(新潟)と呼ばれ、1~2丁目はフルガタ(古洞)と呼ばれた。当初、ミーガタはゴミ捨て場同然だったといわれるが、1915年(大正4)6月に大正劇場が新築された。同劇場では、1932年(昭和7)に玉城盛義等が「真楽座」を結成し、新天地劇場の「珊瑚座」と人気を二分したという。
終戦後、同一帯は、更なる埋立と区画整理により、住宅地の他、倉庫街となっている。



「上り口説」で中盤に出てくる「なかぬはし」、三重城(みーぐしく)にまで行ける海中道路のような琉球石灰岩で作られた橋である。そこに囲まれた場所の海を「西の海」とよんだ。


(ピンクのあたり)

今はもう見られぬ光景ではある。




  

Posted by たる一 at 13:05Comments(2)あ行