セミプロに駆逐されるプロという構図
ちょっと前にこんな記事があった。
後半の個人間のいざこざの話は余計だとは思うが、本題部分は大変興味深く拝読させてもらった。
夏野さんの以下の発言から、ここしばらく考えていたことが頭をよぎったので、少し書いてみたい*1。
「知識があるのに発信の場を持っていなかった人が山ほどいて、そうしたセミプロの領域がメルマガで広がった」(夏野氏)
ネットの普及などにより、多くの人が情報発信するようになったのは事実だ。それにより、埋もれていた人の知識や経験が多くの人に共有されたり、ニッチな領域であるために今までメディアを通じてでは発信の機会さえ与えられなかった人が発信できるようになった。メルマガというのは一手段であり、今日ではメルマガに限らずさまざまな可能性がある。
しかし、今まで専業のプロがコンテンツを流通させていたのと比較して、アマチュアやセミプロの市場への参入というのは必ずしも良いことばかりでは無い気がする。いや、気がするというほど強い思いがあるわけではない。だが、上に述べたような利点を理解していながらも、何かもやもやしたものが抜け切らないのだ。
アマチュアやセミプロの参入はプラットフォームプレイヤーにとっては多くのコンテンツプロバイダーが増えるということになって良いのだが、その市場で今まで食べていたプロからすると、下手をするとコンテンツ流通価格のダンピングが進むことになる。その結果、良質なコンテンツを提供するプロがいなくなるという事態に発展することも考えられる。
無料コンテンツというと、話が広がりすぎてしまうが、ここで言っているのは、あくまでも、それを生業としていない人によるコンテンツだ。
もう15年以上前になるが、私が雑誌などに寄稿をし始めたころ、原稿を依頼する編集者が私に言った「原稿料は1ページXXX円です。及川さんのような方は原稿料などで食べていらっしゃるのではないのでご不満は無いと思いますが、もし必要であれば協議させていただきます」という言葉は印象に残っている*2。
確かに、原稿料にはそんなにこだわっていなかったし、相場も知らなかったので、相手の言い値で原稿は引き受けた。お金よりも、自分の知識を共有することのほうに興味があった。自分の原稿を読んだという人に会うことが嬉しかった。
時はITバブル全盛期。私のような輩がたくさんいたのだろう。
結果、コンピューター関係の原稿のダンピングが進み、プロのテクニカルライターというのは食えない職業となった。
というのは言い過ぎかもしれないが、大量のセミプロがあふれたことにより、プロが厳しくなったのは事実だ。嘘だと思うのならば、知り合いのライター業の人を探して聞いてみると良い。ここ10年〜15年くらいで原稿料はほとんどあがっていないどころか、下がっているケースも多いはずだ。
アマチュア並の能力しかないプロが淘汰されるのは構わないが、質の高いプロが食えなくなり、その市場から撤退するのは残念だ。
同じことは、コンピューター関連のセミナーでも言える。今でも大手のセミナー会社は存続しているが、中小規模のところにはいなくなってしまったところも多い。同じく、15年くらいまえ、ちょうどクライアント/サーバーというのが流行り始めたころ、巷には多くのセミナー会社があった。私のところにも2日間の講師をすることで、20万から30万くらいの講師料をくれるという依頼が多くあった。
ついこの間、ふとそのころの会社を検索してみたのだが、見事になくなっていた。
そりゃそうだ。今では同じような内容が、勉強会という名の下に無料(もしくは極めて安価)で提供されているからだ。
このような勉強会には私も主催者、参加者、講師のいずれの立場でも参加したことがある。ここ数年で一気に広まっている感じで、これ自身は大変素晴らしいのだが、プロによる有料セミナーというのも重要な学びの機会であった。
本来は無料で提供されうるものをだまくらかしてセミナーと称して金を取っていたような会社は淘汰されてしかるべきだ。しかし、ニッチな領域も含めて、広く技術教育を提供していたような会社まで無くなってしまった現状を憂えることもある。
これがもやもやの原因だ。
良質なコンテンツを提供するならば、プロと同じ価格で提供し、不要な価格競争になることを避けるようにすれば良いのではないかとも思った。だが、必ずしも有料でなければいけないというわけではない。無料のコンテンツで一気に広がった技術もある。
有料の優良なコンテンツが駆逐されないためにはどうしたら良いのだろう。
駆逐されてしまうようなコンテンツは所詮それまでのものだという覚めた見方もあるかもしれないが。
Facebookで上のようなことを書いたところ、むしろ高品質のプロの仕事が再評価されているという話も教えてもらった。確かにそういうケースもあるだろう。
大量のセミプロが存在する市場。その先には何があるのだろう。