2022年 05月 28日
黒田洋子『正倉院文書の一研究』 |
注文してあった一冊が届く.本のタイトルとしては,「一研究」はふさわしくないだろう.具体的な内容がわからないからである.副題の「奈良時代の公文と書状」で初めて内容がわかるのだが,であればこれを主題にすべきで,「一研究」では主題の意味がない.副題を主題にして,副題を「正倉院文書からみた」とでもすれば良い.
で,この本を注文したのは,第二部「書状を対象とした研究」に,中国史関係の小見出しが並んでいたからである.その第一章「「啓」・書状の由来と性格」第一節「正倉院文書に見える「啓」・書状」によると,書状に近い「啓」が念頭にあるのだろう.ところが,中国の「啓」となると,第三節「『文心雕龍』の中の表と啓」というように,『文心雕龍』の記述からの説明を試みる.その第六項,(六)に「近年出土した簡牘に見られる書信簡牘―表や啓の起源―」があるが,取って付けたような感が強い.そこの一文.
名謁木簡の性格については,相手のもとを尋ね(正しくは「訪ね」か),自らの拝謁を願う際に,先方の門前で配下の者に渡したもので,現代の名刺にあたるものと言われている(306頁).
当否を云々することは控えるが,正倉院文書という一次史料を解釈する,ないしは比較するために『文心雕龍』は少なくともベストではないだろう.同時代と言うよりは少しさかのぼるが,トゥルファン出土文書の中の〈五胡〉時代の「啓」をしっかりと把握すべきではないか.中国の研究もあるし,私も「辞」との違いを意識して「啓」について論じたことがある.しかし著者にはトゥルファン出土文書にはほとんど言及がない.〈五胡〉時代の書信もあるのに,残念なことである.
by s_sekio
| 2022-05-28 11:28
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