2024年に映画館で見た映画

わたしにとって映画は映画館に行くこととセットである。閉じられた暗闇のなか、スクリーンに他者の人生が映ってはやがて消えていく。あの空間をこよなく愛している。配信も便利だけど、行く手間がかからないのでまったく見た気がしない。映画館に行くのはめんどくさい。チケットも高い。でも映画を見るためだけに作られた場所で映画を見るという体験は、わたしの日々になくてはならないものだと思う。

 

新作=*

  • ファースト・カウ(ヒューマントラストシネマ渋谷)
    映画館始め。めちゃめちゃ寝てしまった。ドーナツおいしそうだった。
  • 哀れなるものたち(シネクイントホワイト)*
    あんまり好きじゃなかったけどなんでそう思ったのかよくわからない。もうランティモスは自分のフェイバリットの監督ではないなと思った。
  • ストップ・メイキング・センス(アップリンク吉祥寺)
    みんな音楽しててよかった。おそらくトーキング・ヘッズをのリスナー世代で、ベストヒットUSAが大好きだった母親と一緒に見たが、歌詞がぜんぜんわかんないわ〜としか言わずちょっと悲しかった。
  • 夜明けのすべて(アップリンク吉祥寺)*
    自分ではコントロールできないつらさや喪失感は確かに存在するが、そういった感情を他者と分かち合える瞬間もあって、時にはその事実だけでこれから生きていけるかもと思えたりもする。そんなやわらかな希望を淡々と描いていた。
  • ボーはおそれている(アップリンク吉祥寺)*
  • 落下の解剖学(アップリンク吉祥寺)*
    弁護士がhotすぎて一緒に見た恋人と彼がいかにセクシーだったか、という話しかしていない……
  • PAST LIVES /再会(アップリンク吉祥寺)*
  • 成功したオタク(イメージフォーラム)*
  • プリシラ(アップリンク吉祥寺)*
    隣の席に座っていた女性が大泣きしていてそこに一番ぐっときた。彼女がこの作品に何を見たのか気になっている。
  • ガールフレンド(下高井戸シネマ)
    ともに夢のために奮闘していた親友が結婚し、自分とライフステージが変化していくことに主人公は焦燥感を抱えはじめる。しかし親友も結婚はすれどもおとぎ話よろしくめでたしめでたし、ジ・エンドではない。自分や自分の人生がどんどん変わっていくことへの戸惑いや葛藤を克明にすくい上げていく。各々の人生を進めようと奮闘するふたりはどこまでも愛おしくチャーミング。オールタイムベストに入れたい。
  • ピクニックatハンギングロック(bunkamuraシネマ渋谷宮下)
    10年ぶりくらいに見たけどこんなにドラッギーだったのかというおどろき。死んで腐っていく虫とレースやフリルが共存する悪夢。わたしは一生こういうモチーフに魅了されるのだなと思った。
  • チャレンジャーズ(ヒューマントラスシネマ渋谷)*
    テニスのシーンがアニメのテニプリだよ、と言われ期待したらそれ以上を超えていき、わたしもゼンデイヤのように絶叫したくなった。
  • WALK UP(アップリンク吉祥寺)*
  • 映画館の恋(Stranger)
    ずっと見たかったホン・サンスの作品。この時代、というかキム・ミニ登場以前は男の登場人物が軒並み気持ち悪いのだけど、逆説的に現在のホン・サンスが変化したかのかがよくわかる。
  • 婚約者たち(新文芸坐)
  • 時々、私は考える(新宿シネマカリテ)*
  • まずは卒業して...(新文芸坐)
    若者たちはロマンチックな恋愛をしたり朝まで乱痴気騒ぎをする日々を繰り返すが、彼らには両親たちのような退屈な日常、変わり映えのしない日々、凡庸な人生が待ち構えていることが示唆されている。親世代のようにはならないし、自分は老いないと強く思っている彼らもきっと親を反復する存在になっていく。映画を見ながら彼らはこの事実に気づいていないのかも、と思った。でももしかしたら気付きながらただただ刹那に向かってひた走っているのかもしれない。みんな薄々気づいているけど、気づいていないふりをしたり、騒いで遊ぶことでごまかしている。
  • 自由の暴力(bunkamuraシネマ渋谷宮下)
    ファスビンダー大好き。愛と尊厳を奪われ続けてもがく主人公に涙を浮かべつつ、時折り挟まれるファスビンダー的としか言えない、おそらく天然でやっている奇妙な間や構図が冴えまくっててかっこいい。わたしはファスビンダーのことはにものすごく陰惨ながら愉快で変な作品を撮る人だと思っている。観客からのツッコミ待ちとしか思えないシーンや謎のオモロ演出がしょっちゅうだ。物語が悲惨であればあるほどそのオモロな面が際立ちまくる。その愉快さはいろんな作品で見られる。わたしはこの痛ましさと愉快さが同時にあるところにずっと魅了されている。
  • アル中女の肖像(早稲田松竹)
    女が飲んだくれていることに今以上に眉を顰められる時代に主人公は飲んで飲んで飲みまくる女として存在する。そのことでこのくそったれの世界に反抗しているみたいで鮮烈だった。
  • ナミビアの砂漠(bunkamuraシネマ渋谷宮下)*
  • ミニー&モスコウィッツ(Stranger)
    カサヴェテスのずっと見たかった作品。紋切り型のロマンティックなラブコメではあるがカサヴェテスの手にかかるとこんなにもひりついた孤独が隣り合わせになる。すべてが愛おしい。
  • 憐れみの3章(シネクイントホワイト)*
  • ルル(新文芸坐)
    旧作というかオールタイムベストに入るくらい好きだった作品。他人と完全にわかりあえるなんて不可能だけど、でも「あなた」と一緒にいたいと感じずにいられないことの美しさ、そしてそれに伴う困難を描いていてとても好きだった。上映後、小汚い池袋の街が輝いて見えた。
  • SUPER HAPPY FOREVER(新宿武蔵野館)*
    いなくなっても残るものはあって、それがいかに奇跡的であるかを淡々と慎ましやかに描いていてよかった。付き合う前の人たちの会話が絶妙にキモくて、そうそう付き合う直前ってこういう感じだよな……となった。
  • grace(イメージフォーラム)*
  • スムース・トーク(Stranger)
    暗めの青春映画かと思ってチケットを取っていたが、オープニングに原作:ジョイス・キャロル・オーツの名前があって不穏めいた予感を抱く。予想は当たる。フィルターをかけたようなドリーミーでまろやかな画も肌を逆撫でるみたいで怖かった。
  • キノ・ライカ 小さな町の映画館(ユーロスペース)*
    カウリスマキの映画といえば労働者、と言ってもいいのではないかというほど働く市井の人が登場するが、この作品も生活を営む労働者にもきちんとフォーカスを当てていて、その姿勢に強い好感を感じた。
  • I Like Movies(アップリンク吉祥寺)*
    新作で一番好きだった。流れていくもう戻らない瞬間、主人公ひいては監督の映画へのまっすぐな愛情やノスタルジーのすべてが愛おしい。あることがきっかけで彼が少しずつ変化する過程を微笑ましく眺めたが、同時にその姿にさみしさも抱く。そしてアラナのような俳優や映画業界志望の若者が現在もいることを思うと、ただ楽しい、よかっただけで済ますことができないシリアスな映画でもある。

これが多いか少ないか判断するのは各々に任せることにして、2025年もめんどうくさがらず、映画館でたくさん映画を見て、大きな画面といい音響で胸を打ち震わせたい。

まだ今年を振り返りたくなんかないけど

少し前に、強く地面に打ちのめされるような悲痛さを感じる出来事があった。月日の経過とともにその悲しみも少しずつ癒えているものの、まだつらさが残雪のように存在している。そんなわたしをやすやすと置いていくみたいに毎日は流れ、気づけば今年も終わってしまうらしくて、それもしんどい。だから振り返りたくなんかないんだけど、でも楽しいことを振り返ったほうが絶対に気持ちがよいので、思い出してみる。

・初めてのZINEを作った

オタクの卒業文集のつもりで作った、2017年から今年の秋までに書き溜めていた文章をまとめたZINE。文フリ39がなければたぶん完成することはなかった。推し活=すばらしいこと、と捉えられがちだが、わたしはそのすばらしくない一面、みっともなくて、ださくて、アイドルから離れられないひとのばかばかしい真摯さみたいなものを捉えたかったし、まあまあできたかなとも思う。この本をひとりで作れたことはわたしのひとつの起点になるような気がする。文章を書いたり入稿データを作るなどの作業のひとつひとつは大変だったけどとても楽しくて、その楽しさが忘れられなくて、今も新しい本の準備をしている。(もしこの本で読みたい方がいましたらご連絡下されば嬉しいです:hmbllue*gmail.com Instagramでも構いません)

 

・文学フリマに出品した

というわけで作った本を文学フリマ39に出品した。わたしは当日用事があって、というかコンサートに行っていたので、こういった同人誌即売会の経験のある友達に託した。用意した在庫はすべて売れたと聞き、本当に信じられない気持ちになった。その場で試し読みをして購入して下さった方が多いらしい。本当にありがたい。次回5/11の文学フリマ東京40にも出る予定なので、そのときはおひとりおひとりとお話ができるといいなと思う。

・韓国と台湾と韓国に行った

ソウル(3月)

台北(5月)

ソウル(5月)

短期間に行きすぎてて笑ってしまう。結局このやたらと短いスパンで行った3回が2024年の海外旅行になった。来年の正月明けに久しぶりにソウルへ行こうと思ったが、2月に友達と旅行が決まったのでたぶん行かないだろう。冬のソウルが好きなので来年末とかに行けたらいいな。3回とも一日25000歩くらい歩き回っていたので毎日重たくて強烈な疲労を感じていた。でもなかなか来れないと思うと歩みを止められなかった。このあたりの体力の調整もうまくなりたい。

 

・オタクをやめなかった

というわけでずっとオタクをやめるとかなんとか言っていたが続けている。でもそれは流されているというよりは、自分の意思で好きでいることを選択しているような思いが今はすごくある。7月に東京、8月に名古屋、9月に福岡、12月の頭に大阪に行った(このあたりの逡巡をZINEでは取り上げている)。今は自分のペースを一番大事にして楽しめている。来年は東京とツアーのラスト公演以外は我慢するつもり。

 

・一番好きなグループ以外のコンサートにもよく行った

一番好きなグループ以外のコンサートはなかなか腰が重く、これまであまり行かなかったけど、けっこう意識していろんなところに足を運んでいた。すべて楽しかったけど一番ぐっときたのはNewJeansだった。

 

・女友達のことがもっと好きになった

わたしには親友はいない。でもいい女友達はたくさんいて、そのひとりひとりに支えてもらったり励まされたり、話を聞いてもらったり、気楽な時間をともに過ごしてもらったり、一緒にZINEを作ったりしていた。彼女はみんな年齢やバックグラウンドは違うけど「わたしをリラックスさせてくれる」という自分にとって大変すばらしい共通点がある。わたしは基本的に対人関係が得意ではなくすぐに緊張して疲れてしまうので、自然体でいさせてくれる人は本当に感謝しているし、大事にすべきだなと思うことが多かった。女友達ひとりひとりもそうだし「友達同士」の関係がもっと好きになれた一年だった。

 

・新しい知り合い、新しい居場所を作りたくなって行動した(している)

フルリモートとなると本当に顔を合わす人が限られてくるので、知らない人の話が聞きたくなったこと、あと新しい自分の居場所が欲しくなって、秋くらいからリーディングパーティとか、カフェのイベントとかに顔を出すようになった。リーディングパーティでまったくの初対面の人と本の感想を言い合って、それがきっかけで知り合いができた日のことはたぶん忘れられないと思う。居場所に関してはまだ奮闘している。頑張りすぎずにやっていきたい。

 

・今年よかった新作アルバム

・Clairo『Charm』
・Kelly Lee Owens『Dreamstate』
・Erika de Casier『Still』
・Charli XCX『brat』
・Claire Rousay『Sentiment』
・The Last Dinner Party『Prelude to Ecstasy』
・Newdad『MADRA』
・柴田聡子『Your Favorite Things』

 

・ほぼ一年間継続して日記を書いていた

なんかずっと日記とか文章書いてたなあ……というのが今年のぼんやりとした感想。日記自体はメモっぽいものを昔からずっと書いていたものの、うっすらと人に見せる前提のものを書くと自然と言い回しや説明を入れるようになっていった。わたしはそこで自分なりに頭を使うようになって、文章を書く筋肉がすごく発達した感覚がある。そしてすごく思うのが、日記を書くことはわたしにとって自分との対話なのではないかということ。前述もしたけど個人的にとても悲しい出来事があって、自分の気持ちを整理するために感情の揺れを克明に記録していたけど、それは自分を見つめる作業でもあるし、自分で「あなたは今こう思っているんだね」と自身と対話をする行為にも思う。もはや日記を書くことはわたしには欠かせない。

 

・日記を書く場所をはてなブログからInstagramに変えて、毎日ストーリーで公開することにした

簡単に言うと5月の文フリに日記本やエッセイを出すつもりなのだけど、はてなよりもInstagramにひたすら毎日上げ続けたほうが興味を持ってもらえるんじゃないか。まずそんな理由で移動した。とにかくストーリーだと24時間で消えるのがいい。書いたものがいつでも読める状態だと売上に影響が出そうだし、高頻度で上げ続けると関心を持ち続けてもらえそう、というガバガバな理由でInstagramに上げている。けっこういいんじゃないかと思う。ほとんど毎晩更新しているのでよかったら。ちなみに本日12月18日の日記はすごく雑なのであんまりおもしろくないかも。普段はもうだいぶ読み応えがあると思う。はてなはたまにリラックスして文章を上げていきたいです。

https://www.instagram.com/hmbllue/

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何回繰り返すんだという感じだがつらい出来事があって間もないので、どうしても今年あったことを思い出そうとするとその悲しみの色で一色になりがちである。でもこうやって挙げてみると今年はけっこう楽しかったんじゃないか。そう思わずにいられない。来年も日記を書き、本を作り、新しい居場所や新しい知り合いができたらいいなと思う。

わたしの子ども

これまで生まれてくるかもしれなくて、これから生まれる可能性のあるかもしれないわたしの子どもについて考える時がある。わたしがそう言うと、恋人はこの言葉に対してどう返していいのかわからないまま、何か言うのをためらっているような表情を浮かべた。

三十歳ごろから卵子の数が少なくなって、どんどん妊娠しにくくなることを最近知った。それ以来、自分の身体に「あなたは子どもを生むんですか、生まないんですか」と常に問われているような気がする。自分にとって妊娠とか出産などのトピックは、銀河や深海といったような、はるか遠く、スケールの大きなものと同じようなカテゴリーに分類されていた。わたしはわたしだけの人生をやるのにいつも精一杯だったから子どもを持つことなんて考えたこともなかったし、何より自分自身が幼少期より「生まれてきてよかった」と思うことより「生まれなければよかった」と感じることのほうが圧倒的に多かったので、誰かに同じような思いをさせないこと、つまりは誰も生まないことが自分がこの人生でできる最良の選択だと思っている。だから自分の心境に大きな変化がない限り、わたしの子どもと会うことはないだろう。わたしはそのことが自分にとってよろこばしいことなのか、悲しいことなのか、よくわからない。時おりからっぽのお腹を撫でる。これまで生まれてくるかもしれなかったわたしの子ども。これから生まれてくるかもしれないわたしの子ども。あるいは死ぬまで会うことのかなわないわたしの子ども。わたしはたまに呼びかける。あなたはどこにいて、何をしているの。

今月も生理が来る。毎月毎月飽きもせず、決まったようにやってくる。先月もあなたは妊娠しませんでした。では今月は?そう身体から言われている感じがする。子宮を押さえつけるようなこの鈍痛は子どもを生まない罰なのだろうか。ベッドでうずくまりながら、わたしの子どものことを考える。わたしはあなたを生まないからこんな罰ゲームを受けてる。わたしはあなたに会いたいのか会いたくないのか、よくわからない。あなたもたぶんそうだよね。生まれたいかどうかなんて、わかんないよね。生まれるって、あなたの意思と関係なく勝手に行われてしまうことだもんね。闇夜の奥に小さく金星が見える。ぎらぎらと光っている。どこかにいるわたしの子どもにも見えるだろうか。あの輝きは見てほしいかも。でもあなたを生むことを選択する勇気は今のわたしにはない。わたしはからっぽの子宮を撫でながら、なめらかな惰眠のなかへと落ちて落ちて落ちていく。

文学フリマに出す本と、Instagramに日記を投稿することにした

既にnoteで告知しているのでほぼそちらからのコピペになるのですが、12/1の文学フリマで本を出します。

ZINEの内容について

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『推し絡まってハローグッバイ』というエッセイZINEを出します。本当に変なタイトルで正直まだあんまり、ぜんぜん馴染んでないんですが、それなりにきちんとした理由はあって由来は本に書いてあります。

アイドルのオタクをやめる。
でもその前に、オタクとして全力で生きた自分のためにレクイエムを作る。
そう決めたのが今年のはじめでした。わたしはこの愉しく烈しく、奇妙な七年間について振り返る必要があり、それが達成されない限りはこの月日とオタクだった自分に別れを告げることも、供養をすることもできないような気がしていたのです。ファンが抱く感情やこれまでのオタクとしての経験を元にした短編小説もどきを書いてみたり、短歌を詠んでみたり、はたまたラップをはじめ、リリックや曲を書いてみたりとひとり奮闘していましたが、なんだかどれもしっくりきませんでした。 そんなときにただ単純に、この数年間に書き溜めていた文章……本人には絶対に届かないとわかっていながらもインターネットの彼方へと投げずにいられなかったラブレター、憂鬱まみれの日記、気持ちの整理のために書き殴っていた文章などをまとめ、さらにオタクをやめ、アイドルと思い出に手を振るまでの過程までもドキュメンタリーみたいに捉えてみてはどうか? そう思いついたのが、この本のはじまりでした。

2017年の12月にはじまり、今年の10月初旬までの文章を収めています。
そもそもなぜやめたいと思うようになったのか、やめようと決めている時の心情、やめようと思っていたのに続けることにしたきっかけやその心の移り変わりについて、特に中盤から後半はかなり細やかに書いてます。実際にリアルタイムで自分の気持ちの揺れをずっと記録していたので、どことなくドキュメンタリーみたいな印象を受けるかもしれないです。

アイドルそのものについてのZINEではなく、何かを熱狂的に好きでいることも、またそれによってあれこれ悩むこともやめられない人の本だと自分では思っています
わたしは7年という短くはない年月を「オタク」として生きて、推しは2回変わりました。いつだってアイドルのことは大好きで仕方がなかった。でも、自分がアイドルに向ける「好き」の気持ちには常に大小さまざまな痛みが伴っていました。

「推し活は素晴らしいもの」「推しと出会えてよかった」という言説が巷にあふれかえるようになって久しいです。自分自身「アイドルを好きになってよかったな」と思う瞬間はたくさんあります。でもわたしはすぐこんなにアイドルに夢中になっていいのか悩み、アイドルを追いかけてばかりの人生なんてよくないと自責したり、自分の選択がすべて間違っている気がして苦しみ、アイドルの精神的成長をうまく受け止められずつらくなったり、アイドルを愛する自分自身が醜く思え、嫌悪感を感じたりしています。

世間一般にあたりまえの感情として存在していることになっている「推し活は素晴らしいもの」「推しに出会えてよかった」の思いと、その裏にある感情の揺らぎを同時に捉えることができないだろうか?そう考えながら本を作りました。

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後日、つけっぱなしのテレビでたまたま彼らを見た。胸が痛んだけれど、その痛みがどこまでも愛おしく感じられ、そんな自分に驚いた。そしてこの胸の痛みこそ裕翔くんのことが大好きで仕方なくて、自分の世界のすべてだった証に思えた。降りると決意する直前に感じていたのはできたての生傷のような強いひりつきだったけれど、現在の甘く波打つような痛みはきっとノスタルジックな感傷でしかなかった。

 このひとはどんな大人になるんだろう。そんな思いを抱きながら、スビンを見つめはじめたことを覚えている。二十歳。彼は少年と大人のあわいにいて、パンデミックのせいで静けさに包まれてしまった世界のなかで歌い踊っていた。あのころのスビンはいつも静かにおびえたり混乱しているような目をしていて、どんなに楽しそうにパフォーマンスをしていても、メンバーとはしゃいでいても、その切れ長の目の奥はガラスの破片のような物悲しい光を放ってるみたいに思えた。それはパンデミックという特殊な環境がもたらしたものか、年齢がもたらしたものか、あるいはその両方なのかはよくわからなかった。スビンを見ているとよく二十歳の自分を思い出した。あのころのわたしもたぶんあんな目をして、ブルーにこんがらがっていた。わたしは彼の青く沈んだような、不安げな姿がすごく好きだった。

何かを好きでい続けることは絶対的に孤独と隣り合わせで、その歳月においては幸福と喪失が月の満ち欠けのようにひたすら繰り返されていくことを悟った。それってなんだかすごく人生みたいだと思った。わたしはこれまで好きになった、たくさんの映画や音楽や本を思い出した。何かを好きになることは、わたしの人生そのものだった。自分がいま感じている孤独のこともいつか好きになれるといいと思った。

とんでもなく共感できるかもしれないし、あるいは信じられないくらいダサくてみっともなさすぎる本かもしれません。何かを好きで、でも好きでいることがきっかけで気持ちがめちゃくちゃに揺らいでしまう人の滑稽な悲しみ、アイドルへ向けるばかばかしいくらいの真摯さが伝わって、それをおもしろがったりしてもらえるのが理想です。

推し絡まってハローグッバイ
B6サイズ/132ページ(本文)
イベント販売:1000円
オンラインでの匿名販売:1200円
イベント以外での手渡し販売:1300円
※値段の変動に関しては後に記述があります

 

本を販売する文学フリマ東京39に関して

日時:2024年12月1日(日)
12:00〜17:00 入場料:1,000円(18歳以下無料)
会場:東京ビッグサイト 西3・4ホール
ブース:P13「偶像だいすきクラブ」 

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わたしは当日いないので、一緒にサークルをやっている友達に委託販売します。この友人とふたりで作った「偶像だいすきクラブのマガジン」という身も蓋もないタイトルのフリーマガジンの配布もあります。 お互いのベストアイドル楽曲10曲を発表しあったり、ああでもないこうでもないと自由におしゃべりしている冊子です。 

今回の本作りが楽しすぎて来年の5/11にある文フリ東京40にも出ることになりました。オタクやアイドルとはまったく関係ない内容のなんかの本を作ろうと思っています。そういった趣味活動についてのアカウントを新しく作ったので、もし気になる方がいたらぜひフォローをお願いします。記事の最後の方に貼ってあります。

 

値段設定に関して

参加できる人が限られる対面イベントのみでの販売は元から考えていないので、年明け〜遅くて二月半くらいから、BASEを利用したオンライン販売を行う予定です。

自費出版本の購入経路として文フリなどのリアルなイベント/オンライン購入/イベント以外での手渡し販売のだいたい3パターンに分かれると思うのですが、購入方法で値段を若干変動する予定です。


・イベントでの値段(¥1000)
本そのものの値段は1000円です。現金会計がベースとなる対面販売で計算・会計がしやすいように設定しました。イベントに来てもらう行為はいわゆる「ご足労をおかけする」ことだとも思うので、最も安い値段に設定しています。

・オンラインショップでの購入(¥1200)
オンラインショップでは送料は購入側が支払うシステムになっています。そのためイベントで購入するよりも送料分かかってしまうことはこちらも重々承知なのですが、オンラインショップは出品側にも購入毎に手数料が発生し、本に設定してある金額そのままの利益を得られるわけではないんですね。そのためイベント販売よりも少し高く設定しています。値段が最も安いネコポスを利用し、匿名配送で発送をする予定です。

・イベント以外での手渡し販売(¥1300)
これは主に自分の知人に向けてですね。何人かの知り合いに「手渡しで本を買いたい」「買いたいので会おう!」と非常にうれしい言葉を頂いているのですが、なぜこの値段かというと、まずオンラインショップで送料分支払ってくれる方とできるだけ値段の差をつけたくないことと、あとこれはとても個人的な思想なんですが「友達だから安くするよ!」みたいなのにすごい嫌な特権性を感じるいうか、作者と知り合い同士(=つまりごく一部の人間)じゃないと不可能な行為でまったく平等じゃないなと思っているのでこの値段にしました(ええ〜って感じる方もいると思いますが……)。

というわけで値段が三段階に分かれています。本買いたいけど送料出したくない!今お金なくて買えない!とにかく一番安い値段で買いたい!という人が万が一いたら、来年の5/11の文フリにもこの本を持っていく予定なのでその時のご購入をおすすめします。ちょっと先すぎるけど、次回は会場に絶対何がなんでもいるので……

 

Instagramに日記を投稿することにした

一年くらい継続してはてなブログに日記を投稿していましたが、インスタのストーリーにほぼ毎晩上げることにしました。24時間経ったら消えるのがいいなと思って。ハイライトからいくつかピックアップした過去の日記が見れます。

https://www.instagram.com/hmbllue/

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日記と、あとZINEなどのクリエイティブ活動(?)についてのこともこのアカウントで呟きます。日記じゃない記事はこちらで更新するかも。
ZINEとインスタともども、よろしくお願いします。