POETIC LABORATORY ★☆★魔術幻燈☆★☆

詩と翻訳、音楽、その他諸々

【対訳】ボードレール『悪の華』57. 或るマドンナへ

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charles(シャルル) Baudelaire(ボードレール)/萩原 學(訳)


憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL

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57. 或るマドンナへ
〜スペイン風の奉納品〜
LVII
À UNE MADONE
ex-voto dans le goût espagnol

マリー・ドーブラン詩群ここまで 対句

私は貴女に捧げたい、聖母よ、わが恋人よ、
私の苦悩の奥底に、地の下深くの祭壇を、
先ず我が心の一番暗い隅を掘り下げる、
世俗的な欲望や嘲る目から遠く離れる、
艶やかな壁龕、紺碧と黄金に彩られ
そこに立つ貴女、奇跡の彫像となれ。
銀細工並みに詩を磨き上げて
水晶の韻を巧みにちりばめて、
造り成し奉ろう、貴女の大いなる王冠を。
わが嫉妬のうちに、はや死すべき聖母よ、
貴女のマント、裁ち方ならまあ解る、
ゴツゴツと硬く、重く、裏地は疑惑、
それは監視哨のように、貴女の魅力を封じ込めて。
真珠の刺繍の代わりに、わが涙のことごとくを込めて!
貴女のドレスは打ち震え波打つわが欲望にて、
織り成せるわが欲望たるは高くも低くて、
襞の高みに打揺らぎ、谷へ下れば鎮まり返り、
白と薔薇色の貴女の体を、くまなくキスで覆い。
敬意を込めて奉る、美しい一足の靴を
サテンの、貴女の謙虚な神聖な両足を、
柔らかい抱擁の中に閉じ込めるような、
忠実な木型がその形容を変えぬような。
もし我が勤勉なる技芸の総力を凝らしてもなお、
足台となる銀の月を彫ること叶わぬなら、もう
わがはらわたを噛める蛇を押し込むは
貴女の踵の下。踏みにじり、嘲笑うは
貴女、勝利の女王、贖罪の実を結ぶだろう、
この怪物は憎しみと唾棄で膨れ上がろう。
我が想い、蝋燭よろしく立ち並べ給え、
処女の女王の花咲き乱れる祭壇の前、
青く塗られた天井に映り星と輝く、
常に燃え盛る目で貴女を見守る。
して我が内なるもの、なべて貴女を慈しみ、讃えるよう、
ことごとくが安息香、薫香、乳香、没薬となろう、
白く雪かぶるような山巓の貴女に向かって絶え間なく、
わが嵐のような魂が、蒸気と化して立ちのぼる。

Je veux bâtir pour toi, Madone, ma maîtresse,
Un autel souterrain au fond de ma détresse,
Et creuser dans le coin le plus noir de mon cœur,
Loin du désir mondain et du regard moqueur,
Une niche, d’azur et d’or tout émaillée,
Où tu te dresseras, Statue émerveillée.
Avec mes Vers polis, treillis d’un pur métal
Savamment constellé de rimes de cristal,
Je ferai pour ta tête une énorme Couronne ;
Et dans ma Jalousie, ô mortelle Madone,
Je saurai te tailler un Manteau, de façon
Barbare, roide et lourd, et doublé de soupçon,
Qui, comme une guérite, enfermera tes charmes ;
Non de Perles brodé, mais de toutes mes Larmes !
Ta Robe, ce sera mon Désir, frémissant,
Onduleux, mon Désir qui monte et qui descend,
Aux pointes se balance, aux vallons se repose,
Et revêt d’un baiser tout ton corps blanc et rose.
Je te ferai de mon Respect de beaux Souliers
De satin, par tes pieds divins humiliés,
Qui, les emprisonnant dans une molle étreinte,
Comme un moule fidèle en garderont l’empreinte.
Si je ne puis, malgré tout mon art diligent,
Pour Marchepied tailler une Lune d’argent,
Je mettrai le Serpent qui me mord les entrailles
Sous tes talons, afin que tu foules et railles,
Reine victorieuse et féconde en rachats,
Ce monstre tout gonflé de haine et de crachats.
Tu verras mes Pensers, rangés comme les Cierges
Devant l’autel fleuri de la Reine des Vierges,
Étoilant de reflets le plafond peint en bleu,
Te regarder toujours avec des yeux de feu ;
Et comme tout en moi te chérit et t’admire,
Tout se fera Benjoin, Encens, Oliban, Myrrhe,
Et sans cesse vers toi, sommet blanc et neigeux,
En Vapeurs montera mon Esprit orageux.

最後に、貴女のマリア役を果たすため、
そして愛と蛮行を混ぜ合わせるため、
黒い欲望!「七つの大罪」に数えられるうち、
「悔恨」の処刑人、私は鋭利なナイフを7本持ち、
鋭敏で、かつ鈍感な曲芸師のようにして、
貴女の愛の深さを狙う的にして、
全て突き刺す、貴女の喘ぐ心臓へ、
啜り泣く心臓へ、血を流す心臓へ!

Enfin, pour compléter ton rôle de Marie,
Et pour mêler l’amour avec la barbarie,
Volupté noire ! des sept Péchés capitaux,
Bourreau plein de remords, je ferai sept Couteaux
Bien affilés, et, comme un jongleur insensible,
Prenant le plus profond de ton amour pour cible,
Je les planterai tous dans ton CÅ“ur pantelant,
Dans ton CÅ“ur sanglotant, dans ton CÅ“ur ruisselant !


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訳注

ex-voto:
エクス ヴォート(Ex Voto)とはラテン語で「奉納品」をいう。教会で願掛けをし、その願い事が叶った時に感謝を込めて奉るもの。よく「絵馬」と訳されるが、奉納する時点も目的も姿形も異なるので、少し変えた。というか、形は全く際限ない。例えば、『1662年の奉納品』(Ex-Voto de 1662)と呼ばれるものは、治癒の奇跡を描いた一幅の絵である。

他にも多種多様な奉納品が見つかる。ただ、此処では Scared Heart と呼ばれる、心臓を象った捧げ物をいうのであろう。Ex Voto sacred heart として検索すると、売り物の「心臓」が大量に出てくる。奉納以外にもお守りとして、また蒐集の対象にもなるようだ。奉納品が払い下げになることもあるらしい。

画像はオックスフォード大学の Amulette コレクションにある Sacred Heart Ex-Voto, France と題されたもので、説明によると

聖心の信仰は 11 世紀にまで遡ることができます。これは17世紀、フランスの修道女マルグリット=マリー・アラコックが救い主イエスの幻視を体験し、その中で救い主イエスは彼女に語りかけ、茨と炎に絡め取られ十字架に覆われた心臓を見せたことで人気を博しました。彼女は、自身と祖国を聖心の崇敬に捧げ、聖心の祝日を制定しました。
マルグリットの死後 30 年後の 1720 年、マルセイユの司教は、ヨーロッパ全土に蔓延していた疫病からこの地域を救おうと、教区を聖心に奉献しました。街は疫病の流行からすぐに回復し、聖心は危険や病気から身を守るために身に着けられる人気の紋章となりました。 

という。この「心臓」に剣を突き立てた意匠のものもあり、「スペイン風」とはそのことであろう。そちらは商品ばかりで、画像として使えそうなものが見当たらない。Ex Voto とか Sacred とか称する割には、商魂逞しいページばかり出てくるのは正直、うんざり。
このような「エクス・ヴォート」を巡る事象については、岩井洋『出現・奇跡・奉納』が詳しいけれど、払い下げについては触れられていない。
Madone:
「聖母子」と訳されるのが La Madone au Chanoine であるから、この語は「聖母」そのもの。愛欲の対象とする女「マリー」を「聖母マリア」に重ねている訳で、これは題名共々、冒瀆に近い。毎回そんなギリギリを攻めなくてもと思うが、幸い(?)裁判の対象にはならなかったようである。
なお、イタリア語では Madonna といい、我々に馴染みの「マドンナ」は此方の発音に近く、Missa della Madonna(聖母のミサ)と言えばフレスコバルディの大作『音楽の花束 Fiori musicali』の一部をなす典礼曲集。Marienvesper とも呼ばれるモンテヴェルディ『聖母マリアの夕べの祈り (Vespro della Beata Vergine; SV 206, 206a)』も似たようなものだが、此方は題名に「処女マリア」を謳うせいか、 Madonna と呼ばれることはあまりないようである。いよいよ関係ないけれど、合衆国の歌手“マドンナ”に至っては波長が合わないというのか、出てきた時から大嫌い。あの小娘はマドンナじゃなくてマリリン(の追っかけ)じゃないのか?と最初に思ったからか、未だに歌を聞こうという気にはなれない。
le Serpent...:
創世記3章

14 主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。
15 わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。

cœur;
「心」であり「心臓」でもある。英語の heart も、両者を区別しない。従って物理的に「お前の心臓を突き刺す」という表現で、心理的に「お前の心を刺す」という意味になる。
des sept Péchés capitaux,:
絵図のとおり『7つの大罪』は
  • 強欲 avarice
  • 憤怒 colère
  • 嫉妬 envie
  • 暴食 gourmandise
  • 色欲 luxure
  • 傲慢 orgueil
  • 怠惰 paresse
であり、「悔恨 remord」は入っていない。内容からして「嫉妬 envie」である筈だが、詩集『悪の華』に含まれる envie は1箇所のみ、jalousie も1箇所のみ。対して remord/remords は20箇所に及ぶから、これは書き損ねではなく、故意に書き換えたものであろう。

【対訳】ボードレール『悪の華』56. 秋の歌

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charles(シャルル) Baudelaire(ボードレール)/萩原 學(訳)


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56. 秋の歌
LVI
CHANT D’AUTOMNE

マリー・ドーブラン詩群 二部構成 脚韻ABAB


もうじき、我等は凍(い)てつく闇に沈む。
さらば、短すぎた夏の光よ!
早くも、悼(いた)ましい音が耳につく、
中庭の石畳に響く薪(まき)の音。

Bientôt nous plongerons dans les froides ténèbres ;
Adieu, vive clarté de nos étés trop courts !
J’entends déjà tomber avec des chocs funèbres
Le bois retentissant sur le pavé des cours.


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冬の間中(あいだじゅう)、渦巻くは「憤怒」、自分の中に
憎しみ、戦慄、恐怖、過酷な強制労働、
そして、極北凍土における太陽のように、
私の心臓は凍てついた赤い塊となろう。

Tout l’hiver va rentrer dans mon être : colère,
Haine, frissons, horreur, labeur dur et forcé,
Et, comme le soleil dans son enfer polaire,
Mon cœur ne sera plus qu’un bloc rouge et glacé.


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丸太が落ちる度に、身震いしながら耳を傾ける。
もうくぐもった響きはない、処刑台を組む音に。
私の精神は、倒される塔のように傾けられる、
不屈の重い破城槌の打撃に。

J’écoute en frémissant chaque bûche qui tombe ;
L’échafaud qu’on bâtit n’a pas d’écho plus sourd.
Mon esprit est pareil à la tour qui succombe
Sous les coups du bélier infatigable et lourd.

単調な衝撃がどこか心地よさの域。
棺桶が急遽、どこかで釘付けされているよう。
誰の棺(ひつぎ)?……昨日は夏。今や秋!
この謎めいた音、旅立ちを告げるよう。

Il me semble, bercé par ce choc monotone,
Qu’on cloue en grande hâte un cercueil quelque part.
Pour qui ? — C’était hier l’été ; voici l’automne !
Ce bruit mystérieux sonne comme un départ.

II

君の切れ長の緑がかった目の光が好きだ、
優しい美女よ。しかし今日は全てが苦い、
あなたの愛も、寝室も、暖炉も、要らないのだ、
今は何ひとつ、海に輝く陽に及ばない。

J’aime de vos longs yeux la lumière verdâtre,
Douce beauté, mais tout aujourd’hui m’est amer,
Et rien, ni votre amour, ni le boudoir, ni l’âtre,
Ne me vaut le soleil rayonnant sur la mer.


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それでも私を愛し給え、優しい心よ!母に在り給え、
恩知らずにも、悪人にも、
恋人で在れ、姉妹で在れ、ほんのつかの間であれ。
華やかな秋の、あるいは沈む太陽の。

Et pourtant aimez-moi, tendre cœur ! soyez mère,
Même pour un ingrat, même pour un méchant ;
Amante ou sœur, soyez la douceur éphémère
D’un glorieux automne ou d’un soleil couchant.

直ぐ済む事だ!墓が待っている、貪欲に!
お願いだ、君の膝枕を貸しておくれよ、
味あわせてくれ、灼熱の白い夏を惜しみ、
秋も深まる程に黄色く柔らかくなる光を!

Courte tâche ! La tombe attend ; elle est avide !
Ah ! laissez-moi, mon front posé sur vos genoux,
Goûter, en regrettant l’été blanc et torride,
De l’arrière-saison le rayon jaune et doux !


訳注

この詩にはフォーレが作曲しており、流石の美しさであるけれど、一部省略されているのは残念。陰鬱な詩想を歌うにも関わらず、何故か他にも多くの作曲があるのは引く。その理由を探してみたところ、キリスト教会では(国により若干の違いはあるが)11月2日を「死者の日」「万霊節」と定め、全ての死者の魂のために祈りを捧げる日とする。それで11月は「死者の月」とされるので、作者も読者もこれを意識しているというか、本邦におけるお盆のような感覚なのであろう。念の為に付け加えると、「お盆」は秋の季語である。

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ゴトンゴトンと倒れる音が、前半のモチーフになっている。薪割りの音を聞いていたら、 やがて断頭台を立てる音と聞こえ、精神を打ち倒す破城槌となり、遂には棺桶に釘打つ音と化す。後半では恋人の緑の目の光が、黄色い陽の光に入れ替わる。冷たい音から暖かい光に代わったのなら安心だが、聞こえる音が止まったとは書いていない辺りがボードレールである。

colère:
フランス映画では Le Colère として、「七つの大罪」に数えられる「憤怒 wrath」に当てた事もある。ボードレールがそこまで意識したかどうか。
enfer polaire:
enfer はたいてい「地獄」「冥土」だけれども、「凍土」を指すこともあり、この場合は此方が合うようだ。
「メイドの土産」って土産物も本当にあったが、もう売ってないか。
mon front posé sur vos genoux:
「君の膝に私の額を乗せて」というから、実は「膝枕」とは逆の姿勢。であるが、日本の男女間でそんな姿勢を取ると、おそらく違う意味に取られると思われるので、修正を入れた。

【対訳】ボードレール『悪の華』55. 語らい

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Les Fleurs du mal (1861)

Charles(シャルル) Baudelaire(ボードレール)/萩原 學(訳)


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55. 語らい
LV
CAUSERIE

マリー・ドーブラン詩群

ソネット形式 脚韻ABAB CDCD EFE FGG 

貴女は美しい秋の空、バラ色に澄み切った!
私の中の悲しみは、潮のように満ちてきて、
わが不機嫌な唇に、引き潮となったなら、
その苦い泥は即ち、突き刺さるような思い出。

Vous êtes un beau ciel d’automne, clair et rose !
Mais la tristesse en moi monte comme la mer,
Et laisse, en refluant, sur ma lèvre morose
Le souvenir cuisant de son limon amer.

……わが胸を虚しくも、うっとりと滑る君の手。
求めるところは、友よ、荒れ果ててしまった。
さる女の獰猛な爪と歯とに掛けられて。
わが心はもう探すな、獣に喰われてしまった。

— Ta main se glisse en vain sur mon sein qui se pâme ;
Ce qu’elle cherche, amie, est un lieu saccagé
Par la griffe et la dent féroce de la femme.
Ne cherchez plus mon cœur ; les bêtes l’ont mangé.

わが心は宮殿、喧騒に荒れ果てた、
酔っぱらい、殺し合い、髪つかみ合い!
……貴女の香り、喉のぐるりを囲んだ!……

Mon cœur est un palais flétri par la cohue ;
On s’y soûle, on s’y tue, on s’y prend aux cheveux !
— Un parfum nage autour de votre gorge nue !…


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そうか。美女よ、魂の劫罰よ、君はそれがお望み!
ならば饗宴のように輝くその炎の瞳もて、
焼き尽くすがいい、獣が食い散らした残り滓でも!

Ô Beauté, dur fléau des âmes, tu le veux !
Avec tes yeux de feu, brillants comme des fêtes,
Calcine ces lambeaux qu’ont épargnés les bêtes !


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Discipline: 40th Anniversary Edition

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劇的物語『ファウストの劫罰』は、ベルリオーズがゲーテ『ファウスト』を読んで感動のあまり作曲に及んだものであるが、初演(1846)は全く客が入らず、ベルリオーズは破産し、オペラ=コミック座は大損害を被った。しかしベルリオーズは1847年、バルザックの助言によりロシアに逃れ、サンクトペテルブルクで3月15日、モスクワで4月18日、ベルリンで6月10日、ロンドンでは翌年2月7日、作品を演奏しているから、パリの聴衆に問題があったようだ。パリで初めて成功したのは1877年、エドゥアール・コロンヌとジュール・パスドゥルーの手によるもので、この時すでにボードレールは亡くなっているから、この曲を聞けたかどうか微妙なところである。

【対訳】ボードレール『悪の華』54. 修復不能

喪中につき、新年のご挨拶は控えさせて頂きます。皆様には善い年となりますように。

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charles(シャルル) Baudelaire(ボードレール)/萩原 學(訳)


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54. 修復不能
LIV
L’IRRÉPARABLE

1855 : À la Belle aux cheveux d’or (1855-06-01 : Revue des Deux Mondes)

マリー・ドーブラン詩群 脚韻ABABA、各節初行を少し変えて最終行に繰り返し

古くて長い「悔恨」を食い止めることはできるだろうか、
        生きて、蠢(うごめ)き、ねじくれて、
死人につく虫のように私たちを喰らうか、
        毛虫のつくは樫の木にさえ。
仮借ない「悔恨」を食い止めることはできるだろうか?

Pouvons-nous étouffer le vieux, le long Remords,*1
        Qui vit, s’agite et se tortille,
Et se nourrit de nous comme le ver des morts,
        Comme du chêne*2 la chenille ?
Pouvons-nous étouffer l’implacable Remords ?


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どの媚薬、どのワイン、どのハーブティーなら?
        この地獄の宿敵を溺れさせよう、
遊女のように破壊的で貪欲で、付け加えるなら
        忍耐強さはアリのよう?
どの媚薬?…どのワイン?…どのハーブティーなら?

Dans quel philtre, dans quel vin, dans quelle tisane,
        Noierons-nous ce vieil ennemi,*3
Destructeur et gourmand comme la courtisane,
        Patient comme la fourmi ?
Dans quel philtre ? — dans quel vin ? — dans quelle tisane ?

言ってみろ、美魔女よ、さあ言ってみろ、知っているのなら、
        苦悩に満ちたこの魂に
負傷者に押しつぶされて瀕死の男さながら
        馬の蹄が押しつぶすように、
言ってみろ、美魔女よ、知っているのなら言ってみろ、さあ、

Dis-le, belle sorcière, oh ! dis, si tu le sais,
        À cet esprit comblé d’angoisse
Et pareil au mourant qu’écrasent les blessés,
        Que le sabot du cheval froisse,
Dis-le, belle sorcière, oh ! dis, si tu le sais,

既に狼に嗅ぎつけられた、この哀れな死にゆく男は、
        次いでカラスに狙われて
この傷ついた兵士!もはや絶望するしかないのは
        自分の十字架、墓の当て。
この哀れな死にゆく男、既に狼に嗅ぎつけられた!

À cet agonisant que le loup déjà flaire
        Et que surveille le corbeau,
À ce soldat brisé ! s’il faut qu’il désespère
        D’avoir sa croix et son tombeau ;
Ce pauvre agonisant que déjà le loup flaire !

暗く濁った空を照らせるか?
        あなたは引き裂けるか、暗闇を?
朝もない、夕もない、漆黒よりも濃厚な、
        星もない、陰鬱な電光もない闇を。
黒く濁った空を照らせるか?

Peut-on illuminer un ciel bourbeux et noir ?
        Peut-on déchirer des ténèbres
Plus denses que la poix, sans matin et sans soir,
        Sans astres, sans éclairs funèbres ?
Peut-on illuminer un ciel bourbeux et noir ?

宿の窓に輝く希望は
        吹き飛ばされ、永遠に死んでしまい!
月もなく、光もなく、庇護を求むは
        悪の道の殉教者たち!
悪魔が宿の窓から全てを消し去った!

L’Espérance qui brille aux carreaux de l’Auberge
        Est soufflée, est morte à jamais !
Sans lune et sans rayons, trouver où l’on héberge
        Les martyrs d’un chemin mauvais !
Le Diable a tout éteint aux carreaux de l’Auberge !

愛らしい魔女よ、呪われた者を愛するか?
        許されざる者を知っている?
毒にまみれた「悔恨」を知っているか、
        私たちの心を標的にする?
愛らしい魔女よ、呪われた者を愛しているか?

Adorable sorcière, aimes-tu les damnés ?
        Dis, connais-tu l’irrémissible ?
Connais-tu le Remords, aux traits empoisonnés,
        À qui notre cœur sert de cible ?
Adorable sorcière, aimes-tu les damnés ?

「修復不能」が、呪われた歯で牙をむく、
        魂、無惨なる記念碑に。
時が来れば、襲いかかるは白蟻のよう、
        向かうは建物の根元に。
「修復不能」は、呪われた歯で齧り付く!

L’Irréparable ronge avec sa dent maudite*4
        Notre âme, piteux monument,
Et souvent il attaque, ainsi que le termite,
        Par la base le bâtiment.
L’Irréparable ronge avec sa dent maudite !


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……私は時々、ありふれた劇場の奥で見た事がある
        楽団に火が点くのを、
地獄のような空を妖精が照らす
        奇跡の夜明けを。
ありふれた劇場の奥に、私は時々、見た事がある

— J’ai vu parfois, au fond d’un théâtre banal
        Qu’enflammait l’orchestre sonore,
Une fée allumer dans un ciel infernal
        Une miraculeuse aurore ;
J’ai vu parfois au fond d’un théâtre banal


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眩(まばゆ)いばかりの存在、金とガーゼの、
        巨大なサタンを打ち倒す。
だが私の心は、恍惚感に浸ることはなかった、一度も
        心の劇場ではいつも虚しく
待つばかり、ガーゼの翼持つ存在を!

Un être, qui n’était que lumière, or et gaze,
        Terrasser l’énorme Satan ;
Mais mon cœur, que jamais ne visite l’extase,
        Est un théâtre où l’on attend
Toujours, toujours en vain, l’Être aux ailes de gaze !


訳注

題名はたいてい「取り返しのつかないもの」と訳される。しかし、IRRÉPARABLE とは元来、 Réparate = Repair できないという趣旨であったようだから、その意味を保ちたい。

*1 Remords:
ここでは「悔恨」とするのが解り易く感じる。「良心の呵責」でもあり、そうするとオスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの肖像』に通底しているかもしれない。 不完全な良心回路に悩むロボットなんて設定の話もあったな。原作者は最初から「人間になったピノキオは幸せになったか?」を表現していたというけれど、放映当時はまったく意識していなかった。
*2 chêne:
樫・柏・楢などコナラ属の総称。「堅い木」の代表として取り上げているから、ここでは「樫」とする

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*3 ce vieil ennemi:
英語で old enemy は「宿敵」、The Old Enemy というと「悪魔」「大魔王」の意味になる。フランス語も似たようなものだと思うが、確証はない。詩人は本作中で「悪魔」を Le Diable とも Satan とも称しているので、その何れか、おそらくサタンを指す。しかし Le Diable が種族名、Satan が個体名であるならば、両方という事になる。その正体は、またしても、章名が示しているものであろう。
*4 dent maudite:
「牙をむく」「齧り付く」と訳し分けてみたが、原文は同一。吸血鬼の印象。

【対訳】ボードレール『悪の華』53. 旅への誘い

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

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53. 旅への誘(いざな)い
LIII
L’INVITATION AU VOYAGE

マリー・ドーブラン詩群 脚韻AABCCBDDEFFE + 対句の繰り返し


 愛しい我が子、妹よ、
 夢見るは甘美なこと
行って、一緒に暮らそう!
 愛に過ごす、
 愛に死す
あなたに似た国へ行こう!
 びしょ濡れ太陽
 空に霞むよう
私の心にはそれが魅力的で
 とても神秘的な
 あなたの両目は
不実にも涙に濡れて輝いて。

    Mon enfant, ma sœur,
    Songe à la douceur
D’aller là-bas vivre ensemble !
    Aimer à loisir,
    Aimer et mourir
Au pays qui te ressemble !
    Les soleils mouillés
    De ces ciels brouillés
Pour mon esprit ont les charmes
    Si mystérieux
    De tes traîtres yeux,
Brillant à travers leurs larmes.

そこでは全てが整正端麗、
豪奢、静寂、悦楽の極致。

Là, tout n’est qu’ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.

 煌輝(きらき)らしい家具、
 長い年月が磨く
私たちの部屋を飾ろう
 珍しい花々が
 香り重ねるか
仄(ほの)かな竜涎香(りゅうぜんこう)ともども、
 豪華な内装に、
 重厚な鏡
その煌めきの東洋なこと、
 全てが物語り
 魂に密(ひそ)やかに
甘美なる彼の母国語を。

    Des meubles luisants,
    Polis par les ans,
Décoreraient notre chambre ;
    Les plus rares fleurs
    Mêlant leurs odeurs
Aux vagues senteurs de l’ambre,
    Les riches plafonds,
    Les miroirs profonds,
La splendeur orientale,
    Tout y parlerait
    À l’âme en secret
Sa douce langue natale.

そこでは全てが整正端麗、
豪奢、静寂、悦楽の極致。

Là, tout n’est qu’ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.

 見よこの運河を
 眠れる船を
思い思いにさまよっている
 叶えてやろうと
 ささやかな願いを
地の果てからもやってくる。
 …沈む太陽
 野原を覆う、
運河とて、街全体とて、
 ヒヤシンスと黄金(おうごん)
 今や天下は就寝(しゅうしん)
暖かい光に包まれて

    Vois sur ces canaux
    Dormir ces vaisseaux
Dont l’humeur est vagabonde ;
    C’est pour assouvir
    Ton moindre désir
Qu’ils viennent du bout du monde.
    — Les soleils couchants
    Revêtent les champs,
Les canaux, la ville entière,
    D’hyacinthe*1 et d’or ;
    Le monde s’endort
Dans une chaude lumière.

そこでは全てが整正端麗、
豪奢、静寂、悦楽の極致。

Là, tout n’est qu’ordre et beauté,
Luxe, calme et volupté.

 


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訳注

*1 hyacinthe:
ヒアシンスは古くから栽培されていたが、フランスでは18世紀になってから流行し、19世紀初頭には2,000品種を数えたという。ヒアシンスと黄金を並べたのは、夕暮れの彩りを写したのであろう。本邦にては夕陽が紅く視えるに対し、欧州にては夕陽も黄色く視え、赤紫が混じるのは珍しいらしい。参考までに、ポール・シニャックの絵「サントロペ港夕暮れの赤い陽」を掲げる。

【対訳】ボードレール『悪の華』52. 美しい船

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charles(シャルル) Baudelaire(ボードレール)/萩原 學(訳)


憂鬱と理想
SPLEEN ET IDÉAL


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52. 美しい船
LII
LE BEAU NAVIRE

マリー・ドーブラン詩群 各節第3行のみ字下げ、脚韻AABB

私は貴女に伝えたい、柔らかな魅惑の女よ!
貴女の青春を彩る様々な美を。
                 貴女の麗しさを描こう、
あどけなさに成熟が乗るところを。

Je veux te raconter, ô molle enchanteresse !
Les diverses beautés qui parent ta jeunesse ;
                 Je veux te peindre ta beauté,
Où l’enfance s’allie à la maturité.

広大なスカートで風を切り進む貴女は
今にも出航していく美しい船さながら、
                 帆布を纏い、横揺れしつつも
足取り穏やか、ゆったりと、ゆっくりと。

Quand tu vas balayant l’air de ta jupe large,*1
Tu fais l’effet d’un beau vaisseau qui prend le large,
                 Chargé de toile, et va roulant
Suivant un rhythme doux, et paresseux, et lent.

広く丸い首、ふっくらとした肩、
不思議な優雅もて聳える頭。
                 穏やかにも勝ち誇る空気
厳(おごそ)かな娘(こ)よ、おのが道歩める気色(けしき)。

Sur ton cou large et rond, sur tes épaules grasses,
Ta tête se pavane avec d’étranges grâces ;
                 D’un air placide et triomphant
Tu passes ton chemin, majestueuse enfant.

私は貴女に伝えたい、柔らかな魅惑の女よ!
貴女の青春を彩る様々な美を。
                 貴女の麗しさを描こう、
あどけなさに成熟が乗るところを。

Je veux te raconter, ô molle enchanteresse !
Les diverses beautés qui parent ta jeunesse ;
                 Je veux te peindre ta beauté,
Où l’enfance s’allie à la maturité.

貴女の谷間、前に突き出し、波紋押し出す、
勝ち誇る谷間こそは、美しい船箪笥。
                 曲面も鮮やかな胸板に
電(いなづま)も止まる、盾さながらに。

Ta gorge*2 qui s’avance et qui pousse la moire,
Ta gorge triomphante est une belle armoire
                 Dont les panneaux bombés et clairs
Comme les boucliers accrochent des éclairs*3 ;

バラ色の鋲にて鎧える挑発的な盾!
甘美な秘密の戸棚、良いものに満ち満ちて、
                 ワイン、香水、リキュール
脳と心を熱狂させる!

Boucliers provoquants, armés de pointes roses !
Armoire à doux secrets, pleine de bonnes choses,
                 De vins, de parfums, de liqueurs
Qui feraient délirer les cerveaux et les cœurs !

広大なスカートで風を切り進む貴女は
今にも出航していく美しい船さながら、
                 帆布を纏い、横揺れしつつも
足取り穏やか、ゆったりと、ゆっくりと。

Quand tu vas balayant l’air de ta jupe large,
Tu fais l’effet d’un beau vaisseau qui prend le large,
                 Chargé de toile, et va roulant
Suivant un rhythme doux, et paresseux, et lent.

貴女の気高い両脚、人の追いかけるフリルの下、
暗い欲望を苦しめ、悩ますは、
                 魔女の二人が掻き回すよう
深い壺の中で黒い媚薬を。

Tes nobles jambes, sous les volants qu’elles chassent,
Tourmentent les désirs obscurs et les agacent,
                 Comme deux sorcières qui font
Tourner un philtre*4 noir dans un vase profond.

早熟なヘラクレスもて遊ぶが如きあなたの両腕、
その両腕は光沢ある大蛇を手本としていて、
                 頑なに絞め上げるように、
恋人を心に刻みつけるように。

Tes bras, qui se joueraient des précoces hercules,*5
Sont des boas luisants les solides émules,
                 Faits pour serrer obstinément,
Comme pour l’imprimer dans ton cœur, ton amant.

広く丸い首、ふっくらとした肩、
不思議な優雅もて聳える頭。
                 穏やかにも勝ち誇る空気
厳かな娘よ、おのが道歩める気色。

Sur ton cou large et rond, sur tes épaules grasses,
Ta tête se pavane avec d’étranges grâces ;
                 D’un air placide et triomphant
Tu passes ton chemin, majestueuse enfant.


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訳注

ボードレールが遠洋航海に出たのは生涯に一度きりで、途中で引き返しているけれども、詩人にとって深い思い出となったようで、ここでは恋人を船に例えて褒めちぎる。実際には客船でない限り、恋が生まれる場所ではなく、絶えず死に晒されるのであるが、だからこそというべきか、『トリスタンとイゾルデ』が毒poisonのつもりで媚薬potionを飲み恋に落ちる場面は船上になっている。

ワーグナー作曲になるオペラはいくつか聞いたが、ルネ・コロが歌うトリスタンは声質が軽いし、夢オチにしてしまった演出は感心できないのでお勧めできない。カール・ベームさんの指揮したレコードがどこかに行ってしまったので、取り敢えずYou Tube にあるものを。


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*1 jupe large:
ボードレールは特に明言してはいない(『現代生活の画家』で少し触れている)が、これはクリノリン・スカートを指している。クリノリンは元来、スカートの下に履くペチコートの一種であったところ、膨らませるには重ね着を要し、1850年代初頭には7枚重ねに至り、歩行困難を来した。そこで1856年、アメリカ人W.S.トムソンの特許になる籠型クリノリンが発明され、やがて鯨ヒゲや針金で形成する骨組みをクリノリンと称するようになった。

この新しいクリノリンにより、正装のスカートはより軽量に、より幅広くなり、それでいてワルツを踊って裾を乱すこともなくなり、60年代には巨大化が止まらず、その流行は猖獗を極めた。その一方で巨大化のあまり転倒や火災の危険も増し、フローレンス・ナイチンゲール『看護の栞』第3版では、クリノリンで焼死負傷した女性が数多あり、その責任は重大と非難されている。つまり『悪の華』の時代こそは良くも悪くも、クリノリン・ドレスの全盛期で、この1篇はそれを前提に歌われた事になる。

4. 騒音
IV. NOISE

…シルクやクリノリンのそわそわ、糊のきいたペチコートのパチパチという音、鍵のガチャガチャという音、金具や靴のきしむ音は、世界中のどんな薬よりも患者に害を与える。淑女の「音を立てない足取り」は、今日では何の意味もなさない。彼女のスカートは(家具少々を引き倒さないとしても)、移動するときに少なくとも部屋の全ての物品を擦り上げる。スカートが燃えたり、看護師が患者と共に生け贄となって自分のペチコートで焼かれたりすることもないのなら、勿怪の幸いというしかない。1863年から64年にかけての2年間で、630人以上の女性が、衣服に引火して焼死した。これは全年齢の数字なので、クリノリン着用が10歳から始まり、その後ずっと続くとすれば、2年間で277人の命が、この不条理で醜悪な風習のために、火事の犠牲になったことになる。しかし、登録総監によれば、女性における火災による死亡者数では、その死因を明記されていない者がはるかに多い。したがって、1864年だけでも、10歳以上の少女及び女性の、火傷による死亡を除いた火災による死亡者数は395人を下回っていない。そして、これらの人々に、完全に亡くなられたのではなく、生涯不自由な生活を余儀なくされた人々を加えるならば、婦人服の責任は実に残酷である! しかし、人々が愚かであろうとするならば、自らの愚かさから身を守るための対策を講じよう。化学者なら誰でも知っているような対策、たとえば、でんぷんにミョウバンを入れることで、糊付けされた服が炎上するのを防ぐことができる。私も、クリノリンを着ている人たちが、他の人たちが見ているように、自分の服装の品位を見ることができればと思う。やんごとなき年配の女性がクリノリンを着て前かがみになると、部屋に横たわっている患者に対して、舞台の踊り子も同然に、自分の中身をさらけ出してしまう。しかし誰も、この喜ばしくない真実を告げようとはしないものだ。…

The fidget of silk and of crinoline , the crackling of starched petticoats , the rattling of keys , the creaking of stays and of shoes , will do a patient more harm than all the medicines in the world will do him good . The " noiseless step " of woman means nothing at this day . Her skirts ( and well if they do not throw down some piece of furniture ) will at least brush against every article in the room as she moves . Fortunate it is if her skirts do not catch fire - and if the nurse does not give herself up a sacrifice together with her patient , to be burnt in her own petticoats . In two years , 1863-4 , no fewer than 630 females , of all ages , were burnt to death by their clothes catching fire . If the crinoline age begins after 10 , and continues onwards , then 277 lives are known to have been sacrificed by fire during two years only to this absurd and hideous custom . But the Registrar - General tells us that a far greater number of deaths by fire take place among women , where the manner is not stated . Thus , in 1864 alone , the deaths by fire , without the deaths by scalding , among girls and women above the age of 10 , were no less than 395. And if to these we add those who are not killed outright , but crippled for life , the account to be laid at the door of women's clothes is cruel indeed ! But if people will be stupid , let them take measures to protect themselves from their own stupidity - measures which every chemist knows , such as putting alum into starch , which prevents starched articles of dress from blazing up . I wish , too , that people who wear crinoline could see the in- decency of their own dress as other people see it . A respectable elderly woman stooping forward , in crinoline , exposes quite as much of her own person to the patient lying in the room as any dancer does on the stage . But no one will ever tell her this un- pleasant truth.

*2 gorge:
今では専ら「喉」をいうが、古くは「渓谷」→「胸」を暗示
*3 éclairs:
概ね「電光」時には「胎動」
*4 philtre:
「ポーション」「媚薬」と訳されるこの語は「飲み薬」「水薬」であったようだ。etymoline に拠ると
philtre(n.)
また philter とも書かれ、「愛を引き起こすとされる魔法の薬、性的な愛を刺激する力があるとされる薬」を意味する1580年代の単語です。フランス語の philtre(1560年代)、ラテン語の philtrum(複数形 philtra)「愛の薬」から来ており、ギリシャ語の philtron「恋愛の魔法」、正しくは philētron と言い、文字通り「自分を愛されるようにするもの」という意味です。これは philein「愛する」(philos「愛」という意味; philo-を見てください)と、道具を示す接尾辞 -tron から成っています。
とあり、RPG でお世話になる回復薬「ポーション」と比較して中々刺激的。
*5 hercules:
ギリシア神話の英雄ヘーラクレース。赤ん坊にして既に怪力、襲ってきた蛇2匹を絞め殺したという。

【対訳】ボードレール『悪の華』51. 猫

悪の華
Les Fleurs du mal (1861)

Charles(シャルル) Baudelaire(ボードレール)/萩原 學(訳)


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51. 猫
LI
LE CHAT

マリー・ドーブラン詩群 #34 と同一題名

poetlabo.hatenablog.jp二部構成 何れも脚韻ABBA 

I

歩き回るはわが脳裏、
自分のアパートも同様、
強靭にして柔軟、魅惑の美猫よ。
みゅうと鳴いても聞こえもしない、

Dans ma cervelle se promène,
Ainsi qu’en son appartement,
Un beau chat, fort, doux et charmant.
Quand il miaule*1, on l’entend à peine,

鳴く音は控えめ、ごく優しく。
落ち着いていても、唸っても、
響くは豊かに深々と。
そこが秘密の、その魅力。

Tant son timbre est tendre et discret ;
Mais que sa voix s’apaise ou gronde,
Elle est toujours riche et profonde.
C’est là son charme et son secret.

この声、珠となり透き通る
私のいちばん暗い深みにて
韻文のように私を満たして
麻薬のように愉しませる。

Cette voix, qui perle et qui filtre*2
Dans mon fonds le plus ténébreux,
Me remplit comme un vers nombreux
Et me réjouit comme un philtre.

残酷極まる苦痛を麻痺させ
ありとあらゆる恍惚を。
どんなに長い文句でも、
言葉を必要ともしないで。

Elle endort les plus cruels maux
Et contient toutes les extases ;
Pour dire les plus longues phrases,
Elle n’a pas besoin de mots.

いや、噛み合う弓など無かった
わが心、完璧な楽器に合う、
いやが上にも格調高く、
この上なく生き生きとした弦を鳴らすのは、

Non, il n’est pas d’archet*3 qui morde
Sur mon cœur, parfait instrument,
Et fasse plus royalement
Chanter sa plus vibrante corde,

声ばかり、不思議な猫の、
熾天使な猫、見慣れない猫、
万物統べる、天使のような子、
調和取れつつ繊細な子の!

Que ta voix, chat mystérieux,
Chat séraphique*4 , chat étrange,
En qui tout est, comme en un ange,
Aussi subtil qu’harmonieux !

II

ブロンドと茶色の毛皮から
とても甘い香りを放ち、私は
ある晩、それで防腐処理された
一度の、一度きりの愛撫から。

De sa fourrure blonde et brune
Sort un parfum si doux, qu’un soir
J’en fus embaumé*5, pour l’avoir
Caressée une fois, rien qu’une.

この地に居着く精霊か
裁き、統べ、鼓舞するは
その帝国の万物をば
妖精なのか、神なのか?

C’est l’esprit familier du lieu ;
Il juge, il préside, il inspire
Toutes choses dans son empire ;
Peut-être est-il fée, est-il dieu ?

愛するこの猫に向かって、私の目は
磁石に引き寄せられるように
するすると素直に振り向き、
そして私は自身を見つめた、

Quand mes yeux, vers ce chat que j’aime
Tirés comme par un aimant,
Se retournent docilement
Et que je regarde en moi-même,

私は驚いて見入った
青白いその瞳の焔に
澄んだランタン、生きたオパールに
私をじっと見守る人が。

Je vois avec étonnement
Le feu de ses prunelles pâles,
Clairs fanaux, vivantes opales,
Qui me contemplent fixement.


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訳注

ジャンヌ・デュヴァル詩群にあった同名の作品より一層手の込んだこの1篇を読んで、だいたいこの作者の性格が解った。猫や恋人を猫可愛がりしようとして、手を出す度に引っ掻かれるタイプだ。そんなに目を見開いて、両手ワキワキさせて掴みかかろうとしたら、嫌がられるに決まってる。

錆色 #6c3524 を見つけたので、サビ猫を表現できないかと使ってみたが、思うようにならないし面倒くさくなって中断した。気が向いたらまたやってみたいけれど、インフルエンザにかかった後は急に寒くなり、身体を温めなければとカレーを平らげ、おでんを夜食にしていたら、今度はトイレで出血が止まらず慌てて入浴して止めるとか、うっかり外出もできない有り様。色々根性なくなってきた…

*1 miaule:
フランス人が聞く猫の鳴き声。「ニャア」より「みゃう」に近いようだ。
*2 filtre:
だいたい「フィルタ」「濾過」の意味に使われるので、「珠となり篩(ふるい)となり」とは、どんなフルイ分けだ?と頭を抱えた。ほぼ逆に「(篩の目を)すり抜ける」という使い方にもなるようだ
*3 d’archet:
ヴァイオリンの弓。詩人という楽器を鳴らすのに相応しい弓など、ぬこ様以外にあるものか、と言っている。と同時に、この詩を受け取る恋人を猫扱いしてもいる。
*4 séraphique:
セラフィムSeraphim(6翼の熾天使)から来た「天使のような」とする形容。「熾」は「火が盛んに燃える」の意で、神への愛と情熱で体が燃えていることを表す。最上位の天使とされる。
イザヤ書6章
ウジヤ王の死んだ年、わたしは主が高くあげられたみくらに座し、その衣のすそが神殿に満ちているのを見た。
2 その上にセラピムが立ち、おのおの六つの翼をもっていた。その二つをもって顔をおおい、二つをもって足をおおい、二つをもって飛びかけり、
3 互に呼びかわして言った。「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の主、その栄光は全地に満つ」。
4 その呼ばわっている者の声によって敷居の基が震い動き、神殿の中に煙が満ちた。
ヨハネの黙示録4章
8 この四つの生き物には、それぞれ六つの翼があり、その翼のまわりも内側も目で満ちていた。そして、昼も夜も、絶え間なくこう叫びつづけていた、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、全能者にして主なる神。昔いまし、今いまし、やがてきたるべき者」。
無数の目を持つ6枚の翼ある生き物、として絵に描くなら、この世のものとも思えない景色であるが。おそらくメソポタミアから伝わった6翼の神像に、毒蛇を喰らう孔雀(神)の姿が「神々しい姿」として合成されてしまったものであろう。
*5 embaumé:
「芳香で満たす」こと、または(ミイラに施す)防腐処置をいう。普通は「香りに満ちる」と訳すが、ボードレールはエジプトの神を意識してもいたし、救い主イエスの故事もある。
ヨハネによる福音書12章
3 その時、マリヤは高価で純粋なナルドの香油一斤を持ってきて、イエスの足にぬり、自分の髪の毛でそれをふいた。すると、香油のかおりが家にいっぱいになった。