水色あひるblog

はてなダイアリー 「mizuiro_ahiruの日記」 から引っ越しました。

M字カーブは改善しているのか?

先日、日経新聞にこんな記事がありました。

www.nikkei.com

女性の労働力率曲線に現れていた「M字」の谷が浅くなり「台形」に近づいているという話です。

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日経新聞のグラフには分かりやすく上向きの矢印が書き込まれ、ググっと労働力率が上がっている様子が分かります。記事文には「働く意欲のある女性が増え、子育て支援策が充実してきたのが背景だ」と書いていますが、これは本当でしょうか? そもそも、カーブが上昇するのは良いことなのでしょうか?

これまでM字カーブが上昇してきた理由

M字の谷底になっていたのは30-34歳です。そこで、1980年から2015年までの30-34歳の「労働力率」と「未婚率」をグラフにしてみました。

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この間に未婚率は25.5ポイント上昇し、労働力率は23ポイント増加しています。ですから「なぜ30-34歳で働いている女性の比率が増えたのか?」という問いに対しては「独身女性が増えたから」で説明できます。
M字カーブの欠点は、それだけ見ても何故カーブが上昇したのか分からない事です。「子育て支援策が充実して、子を産み育てながら働き続けている人が増えた」からなのか、それとも「結婚しない人が増え、子供を産まずに独身で働き続けている人が増えた」のか区別がつきません。極論すれば、低賃金な不安定雇用をどんどん増やせば誰も結婚・出産しなくなり、女性の労働力率は北欧並みに上がるかもしれませんが、それはちっとも良いことではありません。M字カーブが「上がる」ことは必ずしも社会の「改善」ではなく、上がった理由を見極めなければ意味がありません。

女性は子供を産んでも正社員として働けているのか?

日経の記事にはこうも書かれています。「政府や企業が働き方改革を進め、子育て世代も働きやすくなってきた。17年は25~34歳の女性正社員が前年比で4万人増え、非正規社員が3万人減った。パートでなく正社員として復職する姿も目立つ」 本当でしょうか? もちろん、挙げた数字に嘘はないのでしょうが、どうも実感と異なります。
そこで、総務省の労働力調査から年齢階級別の「正規の職員・従業員の割合」をグラフにしました。

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二つ問題が見えます。一つは男女間の激しい格差。もう一つは、女性の2002年と2017年、15年隔てたグラフの間に何ら改善が見られない事です。二本の線は重なり、正社員比率の水準は全然上がっていません(厳密には2017年の方が少し数値は悪化している)し、どちらも25-29歳をピークに割合が低下していきます。子供を産むにつれて正社員を辞めてパート労働に転じていく様子です。右下がりの傾斜角にも緩和が見られず、45歳以降ではむしろ2002年よりも悪化しています。

注目すべき数字

子供を産み育てながら働けているかどうかを、M字カーブより正しく把握するデータはないのでしょうか? 一つ役に立つと思うデータがあります。それは国立社会保障・人口問題研究所が出している「第1子出産前後の妻の就業変化」というものです。 

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右端の2010-14年を見ると、下二つの10.0%(育休無)+28.3%(育休有)=計38.3%が「出産後も就業を継続している率」。その上の33.9%が「出産を機に退職した人の率」です。就業継続を左から時系列でみると、1985-89年に計24.1%だったものが、2005-09年に計29.1%。20年かかってわずか5ポイントしか改善されていません。残念ながらこの20年間は政策的な成果がほとんど出ていないお粗末な状況です。でも、最新の2010-14年では計38.3%へと9.2ポイント上がっています。2010年代に入って、ようやく、動きが出てきた感じです。

先に挙げた(グラフ1)を見ると、2010年から2015年にかけては未婚率が0.1ポイントしか上がっていないのに、労働力率は3.4ポイント上がっています。これは、2010年代に入って「出産後も就業継続率」が改善したことと関係がありそうです。

M字カーブを捨てよう

私の意見は、M字カーブは役立たずだからもう見るのを止めよう、です。諸外国はどうなのか知りませんが、日本ではこのグラフは「女性が働く環境が整って」いることを全然証明していません。政府や厚労省が、あたかもこれまでの政策が見事に効果を上げて、今や我が国は欧米に引けを取らないかのように見せ掛ける小道具にこのグラフを悪用している気さえします。

日経の見出しは「M字カーブほぼ解消」と、なんだか女性が働く環境整備はそろそろ終着点に近づきつつあるかのように書いていますが、説明してきたように、過去の労働力率上昇は未婚率の上昇で説明できてしまいますし、現状の女性の正社員比率は男性と格差があり、また30代以降、非正規に転じていく様子はまるで改善されていません。出産後の就業継続も、改善は2010年代に入ってやっと動き出したところ。道のりはまだまだこれから、という状況です。

今後はM字カーブを見るのではなく、ここで紹介した諸統計や、男女間の賃金格差の様子、保育園が足りているかなどを個別に見て行く必要があります。

様々な原因で上昇し得るM字カーブを「総合指数」のように扱うのは不適切だと思います。

おまけ

「第1子出産前後の妻の就業変化」につていは、諸外国と比較できればと思うのですが、どこかにそのデータは無いのでしょうか?

引用したデータの出典は以下の通り

未婚率は、元は国勢調査。数字は社会実情データの図録▽未婚率の推移から孫引き
労働力率は、総務省の労働力調査「長期時系列データ 表3 (2) 年齢階級(5歳階級)別労働力人口及び労働力人口比率(エクセル:116KB) (1968年~)」から
年齢階級別の正規の職員・従業員の割合は、総務省の労働力調査「長期時系列データ 表10 (2) 年齢階級(5歳階級)別就業者数及び年齢階級(5歳階級),雇用形態別雇用者数(エクセル:206KB)(正規の職員・従業員,非正規の職員・従業員) (2002年~)」から

 

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