小説を 勝手にくくって 20選!

ジャンルで分けた20選の感想をつづります。

       書評を中心に、時たま日常を語り社会問題に意見します。ネタばれは極力気をつけます。        

番外 逆説の日本史12 近世暁光編「天下泰平と家康の謎」 井沢元彦

 「戦国三英傑」編は本人の伝記を取り上げませんが、番外として「逆説の日本史」から本人に迫ります。最後は徳川家康。井沢元彦は家康を「日本史上最大の危機管理能力を持つ」として、徳川幕府成立の「秘策」を考察しています。

 

【目次】

第1章 徳川幕府の成立1 序章としての関ケ原編 一「天下分け目の戦い」でいかにして勝利したか

第2章 徳川幕府の成立2 泰平への長い道編 一保守主義者が好んだオーソドックスな手法

第3章  徳川幕府の成立3 天下泰平の構築編 一賢者のライバルつぶしの秘策「分断支配」

 

【感想】

1 関ケ原から大坂の陣の戦いは、大規模なリストラ?

 井沢元彦が描く関ケ原に至る過程は、司馬遼太郎の名作「関ケ原」と重なっている。ただしここでは秀吉の朝鮮出兵による「新規雇用政策」に対し、家康は余剰武士の中でも、反徳川の勢力を、関ヶ原の戦いで「リストラ」したと語っている。

 家康によるリストラ政策で、長州、薩摩、土佐がそれぞれ問題を抱えたまま幕末を迎える。家康が家督争いを避けるために示した「嫡子単独相続」は、その恨みが100年、200年経ても消えずに受け継がれ、維新のエネルギーとなったとする考察は興味深い。

 

 

 *私が推す家康俳優は、大河ドラマ「葵 徳川三代」の津川雅彦です(NHK)

 

2 「分断」による大名支配

 関ケ原の戦いで勝利した家康は、ざまざまな「分断」統治を行った。まず諸大名。論功行賞によって外様には思い切った加増を行ったが、同時に三河武士から63家もの譜代大名を創設させ、外様は遠方に追いやり、譜代は近隣で交通の要所に備えた。また幕府内の権力構造において、外様は決して幕政に加えず、高禄の大名が権カと結びつく可能性を徹底的に回避させた。

 これは室町幕府の矢敗を踏まえたもの。足利尊氏が「気前よく」部下たちに大盤振る舞いをしたために「六分一殿」と言われた山名氏清ら、巨大な領地を保有する「三管領四職」たちが争うことで、室町幕府の統制が効かなくなってしまった。しかし、家康はよくもこんなに手を込んだことを、と昔は思ったもの。

 

3 朝廷と宗教と

 朝廷を凌駕する姿勢を見せた信長と、関白という座に就くことで、朝廷を自分の権威付けに利用した秀吉。そして家康は、朝廷を完全に支配下に置こうとした。そのために公家諸法度を定めて政治への介入を阻止させるとともに、関白をテコ入れして天皇に対峙させて、朝廷内も「分断統治」して、その上に君臨しようとする。

 同じ思想は宗門にも及んでいる。若き家康が三河で苦しんだ一向一揆は、信長も石山本願寺や長島の一揆などを経た上で、ようやく和睦が成立した。しかしその後一向宗は後継者争いで混迷する。秀吉は後継者を裁定したが、家康は敢えて敵対勢力に肩入れし、東本願寺を創設させる。豊臣家寄りの西本願寺は関ケ原の戦いで西軍に味方するも、家康は西本願寺を潰すことはせず、結局東本願寺と西本願寺にほぼ対等の勢力に分けて、対立を仕向けて幕府に反旗を翻すカを持たない「分断統治」を行なった。

*生涯ではありませんが、家康の特徴が一番表われている作品だと思います。

 

4 水戸藩の役割

 「井沢史観」の中でも出色の考察は、水戸徳川家の役割についての推測。水戸藩は尾張,紀州とは違って、幕府と朝廷と対立した時に、朝廷側に立って徳川家を存続する役割を担っていたという。将軍家は朝廷から正妻を娶ったが、皇族・公家の子が将軍にならないように「仕向けていた」と作者は考える。対して水戸藩は、当初から朝廷との交流が密のため、朝廷の血を継いだ藩主を何人も出している。

 そんな家康の思惑は、八代将軍吉宗が創設した「御三卿」によって打ち砕かれた。皇族の血を汲んで生まれた水戸藩の公子慶喜は、本来将軍職にはなれないが、一橋家の養子となったことで「水戸家のルール」から外れ15代将軍となり、大政奉還を決断する役割が回ってきた。

 

 水戸藩が二代藩主光圀の代から、真大な資金を要する「大日本史」の編纂を続けたのも、朝廷側に立つ水戸藩の役割によるものと推測しているが、証拠がない。作者は「密命」に証拠があるわけないと語るが、もしも家康が水戸藩に密命を負わせたならば、譜代大名の内何藩かも加えなくては、力が発揮できないと思うが。

 しかし、このようなことも「アリ」と思わせるほど、家康の知恵は細かい所まで辿らせている。大坂城攻めに至る過程でも、片桐且元と侍女の大蔵卿局の間に、齟齬が生じるような対応をして、内部がまとまらないように仕向けるなど、「孫子の兵法」を地で行っている。これは幼少期の人質時代に太原雪斎から学んだ兵法だけでなく、信長や秀吉、そして武田信玄の手法を参考にしながらも、自分の解釈を加えるなど、苦難の中で身に染みこんだ知恵の結晶と思われる。

 このような日本史上稀代の「リアリスト」が、江戸250年の安定をもたらした。

 

  *徳川家康の墓(下野新聞社より)

 

取り上げなかった「家康本」の一部

 ・徳川家康                     山岡荘八        (1967)

 ・覇王の家                        司馬遼太郎     (1973)

 ・影武者徳川家康      隆慶一郎        (1989)

 ・遁げろ家康                     池宮彰一郎     (1999)

 ・徳川家康(トクツヨンカガン)      荒山 徹           (2009)

 ・家康、死す        宮本昌孝        (2010)

 ・築山殿無残        阿井景子        (1983)

 ・ふたり天下(結城秀康)     北沢 秋          (2016)

 ・航海者 三浦按針の生涯        白石一郎       (1999)

 

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 これで長く続いた、戦国時代を舞台とする小説も一区切りとなります。続いては近世(江戸時代)編ですが、その前にもう1人のくくり、「藤沢周平」を取り上げます。

 藤沢周平作品は、戦国時代や幕末を舞台にした物語もありますが、江戸の身分制度の中で虐げられた下級武士や町人に光を当てて、その生き様を鮮やかに切り取りました。そんな登場人物たちは21世紀になって脚光を浴び、多くの共感を受けることになりました。

 

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