事故がなくならない理由(わけ): 安全対策の落とし穴 (PHP新書)
- 作者: 芳賀繁
- 出版社/メーカー: PHP研究所
- 発売日: 2012/09/14
- メディア: 新書
- 購入: 1人 クリック: 3回
- この商品を含むブログ (2件) を見る
安全技術の開発が無駄だと主張するとんでもない本が出版された
という誤解を受けてしまう。本書はこの誤解を解くことを意図して書かれたものだが、リスクをうまく扱えない人がいる理由、どうやれば事故を減らせるかという観点から、より広い題材を扱っている。
まず、問題のリスク・ホメオスタシス理論だが、簡単に言えば、
安全対策や技能向上によりリスク(ここでいうリスクは、危険の意味と考えて良い)を下げることができても、効率性や快適性を求めるためにリスクを高める行動をとってしまうため、結局事故は減らない
ということ。
本書では、「防波堤ができたため、津波の警報が出ても避難しない人が増えた」「トラックドライバーにスキッド訓練を受けることを義務づけたが、雪道を平気で走るドライバーが増えてしまい、事故総数は減らなかった(ノルウェー、スウェーデン、デンマークの事例)」「ABSを装着した車で運転が乱暴になった」などの事例を紹介している。
徒然草の有名なくだりに、
第109段:高名の木登りといひし男、人を掟てて、高き木に登せて、梢を切らせしに、いと危く見えしほどは言ふ事もなくて、降るる時に、軒長ばかりに成りて、『あやまちすな。心して降りよ』と言葉をかけ侍りしを、『かばかりになりては、飛び降るとも降りなん。如何にかく言ふぞ』と申し侍りしかば、『その事に候ふ。目くるめき、枝危きほどは、己れが恐れ侍れば、申さず。あやまちは、安き所に成りて、必ず仕る事に候ふ』と言ふ。
というのがあるが、まさにこれと同じ。同じように下りれば良いものを大丈夫だとばかり気を抜いて飛び降りたりするからかえって怪我をする、という話だが、効率性のためにリスクを高める行動をとるというのは、まさにこのことだと思えば良い。ということは、かなり普遍的な話だということでもある。
人はリスクが低下したことを認識する。この認識が人の行動をリスキーな方向に変化させる。(No.495)
これが「リスク補償行動」と呼ばれるものだが、もちろん、全ての人がそうするわけではない。だから、この理論は決して安全技術開発を否定するものではない。上記の調査は事故が減るとは限らないことを示すが、事故の深刻さ(例えば死者数)は下がることも示している。ただ、技術だけではなく、人間心理まで考えておかないと事故を減らすことはできないということなのだ。
安全対策がどのような成果を上げるのか、あるいは上げないのかを決めるのは、その安全対策によって人間の行動がどのように変化するのかにかかっている。これは工学の問題ではなく心理学の問題なのである。(No.26)
では、どうすればいいのか。考えればすぐに分かる話だが、本書では4つに整理している。
- 慎重な行動によって感じられる利益を増やす(安全運転ドライバーの優遇)
- 慎重な行動によって感じられるコストを減らす(安全器具への補助金)
- 危険な行動によって感じられるコストを増やす(交通違反罰則強化)
- 危険な行動によって感じられる利益を減らす
ここでポイントは「感じられる」というところ。重要なのは心理の問題だよというわけだ。ただし、いずれも金銭的なもので、ある意味「外在的」。著者は「内発的な」方が良いと言い、それは私も賛成だが、まだこの辺の研究は途上ということのようだ。
本書には、他にもリスク関係の記載が、主に心理の観点から色々扱われている。
- うっかりミスとヒューマンエラー(人間の判断の失敗)とリスクテイキング(意図的な違反)の違い
- 正常性バイアス
- パニックは意外と起こりにくい
- フレーミング効果(利益を基準に置くか、損失を基準に置くかで判断が変わる)
- 集団意志決定の極性化(集団浅慮)
- 腐ったリンゴを取り除いても、リンゴが腐る環境をそのままにしておいてはだめ
まあ、この辺は類書と同じ内容。やはり本書は「リスク・ホメオスタシス理論」の話を聞いて「?」と感じた人向けなのだと思う。
本書を読んでいて、いわゆる「ゼロリスク主義」もこの「リスク・ホメオスタシス理論」の一部なのかな、と思った。自分の現状を「ゼロリスク状態」と「思っている」人にとっては、どんな小さなリスクであっても、現状を乱すものであり受け入れられないということになる。そこに合理性はない。
で、その対策としてはやはり心理的なものなので、「利益やコストの増減を感じてもらう」ということになる、という感じ。
*1: