後藤寿庵というペンネームについて

 僕は漫画家として後藤寿庵というペンネームを使っているが、これは最初から決めていたわけではない。後藤寿庵は、江戸時代初期に僕の田舎、現在の岩手県奥州市水沢区福原周辺を治めていたキリシタン領主の名前だ。「ジュアン」という音の響きから想像できるように、これは洗礼名であるらしい。前の記事で書いたように、この後藤寿庵は、胆沢平野に農業用水路(寿庵堰)を引いて穀倉地帯にした地元の偉人として知られており、僕が子供の頃毎年後藤寿庵祭というイベントが行われていた。なので幼少期の僕は、自分が後藤だし、面白いから将来子供ができたら寿庵と名付けようとか思っていたのである。

 それはさておき僕は将来漫画家になりたいと思い続けていたが、ペンネームは決めていなかった。デビュー前割とよく使っていたのは、後藤謙治という本名をそのまま署名するか、謙治のイニシャルをとって後藤Kと略した程度のものが多かったと思う。このKを、漢字の桂に変えて、6月生まれなので水無月桂というペンネームを考えたことがある。ちなみにKを桂にしたのは、超時空世紀オーガスの主人公、桂木桂にちなんだものだ。ただ、これはあまりにカッコつけ過ぎかなあと思って実際に作品の署名に使ったことはなかったと思う。

 漫画ブリッコでデビューしたとき、はがき投稿の延長みたいな宇宙刑事をテーマにした4P漫画みたいな企画に応募して採用されたのだが、そのとき原稿に作者名を書いていたかどうか覚えていない。封筒の差出人には本名を書いていたはずだし、それを採用したのか、企画発表では「杉並の後藤」と書かれていた。当時杉並区阿佐ヶ谷に住んでたので、単純に住所と名字で表記されたらしい。正式連載になるときにペンネームどうするか聞かれたんだったか、「杉並の後藤」は名前じゃねえと自分でプッシュしたんだったか忘れたが、とにかく正式なペンネームを急いで決めないとならないと思って、どうしようと思ったときに、かつて自分の子供につけようと思った田舎の領主の名前、後藤寿庵が浮かんだのである。どう考えても他とバッティングしなそうだし、元ネタのキリシタン領主なんて、岩手県でも水沢周辺でしか知られていない。読み方も「じゅあん」とすぐわかると思ったのだけど、デビュー後結構「じゅあんでいいんですか?」と聞かれた。蕎麦屋の屋号とかによく「長寿庵」というのがあって、あれは「ちょうじゅあん」なのだけど、「長」なしで「寿庵」だとなんかピンとこなかったらしい。「長寿」で1つの単語だし、「ことぶきあん」とも読めるから。はい、「ごとうじゅあん」でいいのです。この場合、そもそも昔の後藤寿庵を知らないだろうという利点がまさにあたって、知らないからこそ読み方もわからないという弱点になってしまった。

 ちなみに僕がデビューした1980年代半ばにはまだインターネットが普及しておらず、今のように人文系を含めたあらゆる知識がネットに溢れていなかったし、みんなが気軽に検索するシステムもなかった。「ググる」という習慣自体が存在しなかったのだ。全文検索エンジンが普及して、みんなが検索するようになると、後藤寿庵を検索したときに、僕を期待するにしても、歴史上のキリシタン領主を期待するにしてもリザルトが混ざってしまうのである。この弊害は、あの当時は思いもよらなかった。おそらく同業の完顔阿骨打先生なんかも頭を抱えたんではないかと思う。

 なお、僕自身が後藤寿庵を名乗ってしまったため、実際に息子が生まれた際、後藤寿庵という名前をつけるのはあきらめた。息子たちにとってはおそらくラッキーな出来事であろう。