『鳥類写生図譜』の精緻・巧妙・優雅(1)
都会の陋巷に生れ育ったせいか生来自然と親しむという経験なく鳥獣虫魚の世界に暗い。鳥といえば鳩と烏しか知らず、獣は犬猫、虫は蝿蚊に名前をいうのもおぞましい暗闇に潜む例の虫、魚は食べることしか知らない。
中国・日本の花鳥画を見ても描かれたそれぞれの花や鳥の種類までには関心が及ばない。若冲の表現と構成に驚嘆してもその題材までは調べない。植物についてはまだしも鳥にいたっては無知蒙昧の徒。
藤牧義夫が染織図案家のもとで修業していた時代に模写した鳥類図の出典を調べて、生れて初めて当時の鳥類図鑑をいくつか調べた。教示を受けて、ようやくそれが『鳥類写生図譜』 という書物だと判明したことについては前回の記事で書いた。
ところが、この『鳥類写生図譜』という書物は、その規模においても美しさにおいても驚くべき図鑑だった。僕の調べた限りでは鳥類図鑑史において空前とまでは言わないが絶後ではあるだろう。詳しく紹介するに足る書物だと思った。まずは、書誌的情報から。
書名: 鳥類寫生圖譜
著者: 小泉 勝爾 、土岡 春郊(土岡 泉)
監修: 結城素明
発行所: 鳥類寫生圖譜刊行會
発行年: 昭和2年7月31日~
昭和13年7月5日
体裁: 全100種の鳥を集める。鳥1種につき2枚の図と1枚の解説がつく。つまり図は全部で200枚。
大きさは最初の50種はタテ44cm、残りの50種は47cm、A3より一回り大きい。鳥は原寸大で描かれるが、縮小した場合にはその縮尺を明示している。
紙質は最初の25種は和紙、次の25種はアート紙、残り50種は再び和紙。印刷は原色刷り、一部オフセット。
刊行の経過はちょっと複雑だ。まず2種4枚の図(+解説)を1輯として12輯(ただし第12輯のみ3種6枚)を月毎の予定で刊行し始めた。全部で25種50枚になるわけでこれを第1期として、その後第4期まで続け、合計100種200枚を完成させた。
第1期に刊行したものを合本にして第1集とし、その後同様にして第4集まで書籍の形でも刊行した。このあたりの詳細なデータは下の注にまとめておいた。
要するに、月刊で出してその後合冊にして書籍化するという出版形態をとったわけだ。それは今でもよくある形態で、『週刊0000』といったような名前で、世界の名画、世界遺産、歴史、植物、鉱物、鉄道模型とさまざまな分野のものが続々出版されている。買う方も負担の少ない額で少しづつ楽しめるし、出版する方もすぐに資金が回収できるよさがあるのだろう。
さきほど、この図譜は「月毎の予定で刊行」されたと書いたが、ほぼ予定通り月毎に刊行されたのは第1期のみで、だんだん間が空くようになり、それでも第3期までは5年でこぎつけた。
ところがそこで1年中断、次の第4期を出し終えるのに5年、結局11年の歳月をかけてようやく完成に至った。
刊行前に周到な準備を整えていたにも係わらずそうなった理由は、まず製作上の困難、出費の増大、不況の到来と次々に障害が起こってきたためだった。著者が「図譜完成に際して」と題して書いた文章が1枚残されていて、それを読むとその苦労や並大抵でなかったことが偲ばれるが、その情熱が最後まで枯れることなく続いたことはその作品が証明している。完成時昭和13年といえば日本は中国との泥沼の戦争にのめりこんでいった時代だ。その後これほど精緻にして巧妙、優雅な図譜が作られたことはないし、おそらくこれからもないだろうと思う。そう思う理由はまた次回。
[写真は『鳥類写生図譜』第4集から。上は「きんけい 錦鶏」本図。 左はその附図。ネットで「キンケイ」と検索するとこの鳥の写真がたくさん出てきます。]
鳥類寫生圖譜 刊行経緯
第1期 全部25種50枚、毎輯2種4枚、12輯をもって完了。第12輯のみ3種6枚。会費2円50銭 全額一時払い28円。
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
印刷者 大江印刷株式會社 第2輯以降は加えて 日清印刷株式會社
発行所 鳥類寫生圖譜刊行會 和紙+オフセット印刷(4,5,6色刷り)A3大
第1輯 発行 昭和2年7月31日
第2輯 発行 昭和2年8月31日
第3輯 発行 昭和2年10月3日 (あかはら、こげら)
第4輯 発行 昭和2年11月4日
第5輯 発行 昭和2年12月6日
第6輯 発行 昭和3年1月15日
第7輯 発行 昭和3年3月8日
第8輯 発行 昭和3年4月15日
第9輯 発行 昭和3年5月25日
第10輯 発行 昭和3年7月15日
第11輯 発行 昭和3年8月18日
第12輯 発行 昭和3年9月30日
第1集 発行 昭和3年12月1日
会費全額 金32円也 著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
印刷者 大江印刷株式會社 日清印刷株式會社 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第2期 会費2円50銭 第12輯は3円75銭
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
アート紙+本圖は原色版五度刷+附図はオフセット印刷(8.9.10色以上刷り)
第1輯 発行 昭和4年 月 日 空白部分は不明
第2輯 発行 昭和4年 月 日(まみじろ、いすか)
第3輯 発行 昭和 年 月 日
第4輯 発行 昭和 年 月 日
第5輯 発行 昭和 年 月 日
第6輯 発行 昭和 年 月 日
第7輯 発行 昭和 年 月 日
第8輯 発行 昭和 年 月 日
第9輯 発行 昭和 年 月 日
第10輯 発行 昭和 年 月 日
第11輯 発行 昭和 年 月 日
第12輯 発行 昭和5年6月25日
第2集 発行 昭和5年7月20日
緞子表大和綴 上帙入全五十枚 特価45円
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第3期 会費2円50銭 第12輯は3円75銭
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第1輯 発行 昭和5年9月20日
第2輯 発行 昭和5年11月25日
第3輯 発行 昭和5年12月20日
第4輯 発行 昭和6年2月25日
第5輯 発行 昭和6年4月20日
第6輯 発行 昭和6年5月25日
第7輯 発行 昭和6年7月20日
第8輯 発行 昭和6年8月20日
第9輯 発行 昭和6年11月30日
第10輯 発行 昭和7年1月25日
第11輯 発行 昭和7年4月15日
第12輯 発行 昭和7年7月10日
第3集 発行 昭和7年7月20日
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第4期 会費2円50銭 第12輯は3円75銭
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第1輯 発行 昭和8年7月30日
第2輯 発行 昭和8年10月15日
第3輯 発行 昭和9年12月25日
第4輯 発行 昭和9年5月10日
第5輯 発行 昭和9年8月25日
第6輯 発行 昭和10年1月15日
第7輯 発行 昭和10年64月25日
第8輯 発行 昭和10年12月25日
第9輯 発行 昭和11年9月5日
第10輯 発行 昭和12年4月16日
第11輯 発行 昭和13年3月15日
第12輯 発行 昭和13年7月5日
第4集 発行 昭和13年7月15日
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
中国・日本の花鳥画を見ても描かれたそれぞれの花や鳥の種類までには関心が及ばない。若冲の表現と構成に驚嘆してもその題材までは調べない。植物についてはまだしも鳥にいたっては無知蒙昧の徒。
藤牧義夫が染織図案家のもとで修業していた時代に模写した鳥類図の出典を調べて、生れて初めて当時の鳥類図鑑をいくつか調べた。教示を受けて、ようやくそれが『鳥類写生図譜』 という書物だと判明したことについては前回の記事で書いた。

書名: 鳥類寫生圖譜
著者: 小泉 勝爾 、土岡 春郊(土岡 泉)
監修: 結城素明
発行所: 鳥類寫生圖譜刊行會
発行年: 昭和2年7月31日~
昭和13年7月5日
体裁: 全100種の鳥を集める。鳥1種につき2枚の図と1枚の解説がつく。つまり図は全部で200枚。
大きさは最初の50種はタテ44cm、残りの50種は47cm、A3より一回り大きい。鳥は原寸大で描かれるが、縮小した場合にはその縮尺を明示している。
紙質は最初の25種は和紙、次の25種はアート紙、残り50種は再び和紙。印刷は原色刷り、一部オフセット。
刊行の経過はちょっと複雑だ。まず2種4枚の図(+解説)を1輯として12輯(ただし第12輯のみ3種6枚)を月毎の予定で刊行し始めた。全部で25種50枚になるわけでこれを第1期として、その後第4期まで続け、合計100種200枚を完成させた。
第1期に刊行したものを合本にして第1集とし、その後同様にして第4集まで書籍の形でも刊行した。このあたりの詳細なデータは下の注にまとめておいた。
要するに、月刊で出してその後合冊にして書籍化するという出版形態をとったわけだ。それは今でもよくある形態で、『週刊0000』といったような名前で、世界の名画、世界遺産、歴史、植物、鉱物、鉄道模型とさまざまな分野のものが続々出版されている。買う方も負担の少ない額で少しづつ楽しめるし、出版する方もすぐに資金が回収できるよさがあるのだろう。
さきほど、この図譜は「月毎の予定で刊行」されたと書いたが、ほぼ予定通り月毎に刊行されたのは第1期のみで、だんだん間が空くようになり、それでも第3期までは5年でこぎつけた。
ところがそこで1年中断、次の第4期を出し終えるのに5年、結局11年の歳月をかけてようやく完成に至った。
刊行前に周到な準備を整えていたにも係わらずそうなった理由は、まず製作上の困難、出費の増大、不況の到来と次々に障害が起こってきたためだった。著者が「図譜完成に際して」と題して書いた文章が1枚残されていて、それを読むとその苦労や並大抵でなかったことが偲ばれるが、その情熱が最後まで枯れることなく続いたことはその作品が証明している。完成時昭和13年といえば日本は中国との泥沼の戦争にのめりこんでいった時代だ。その後これほど精緻にして巧妙、優雅な図譜が作られたことはないし、おそらくこれからもないだろうと思う。そう思う理由はまた次回。

鳥類寫生圖譜 刊行経緯
第1期 全部25種50枚、毎輯2種4枚、12輯をもって完了。第12輯のみ3種6枚。会費2円50銭 全額一時払い28円。
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
印刷者 大江印刷株式會社 第2輯以降は加えて 日清印刷株式會社
発行所 鳥類寫生圖譜刊行會 和紙+オフセット印刷(4,5,6色刷り)A3大
第1輯 発行 昭和2年7月31日
第2輯 発行 昭和2年8月31日
第3輯 発行 昭和2年10月3日 (あかはら、こげら)
第4輯 発行 昭和2年11月4日
第5輯 発行 昭和2年12月6日
第6輯 発行 昭和3年1月15日
第7輯 発行 昭和3年3月8日
第8輯 発行 昭和3年4月15日
第9輯 発行 昭和3年5月25日
第10輯 発行 昭和3年7月15日
第11輯 発行 昭和3年8月18日
第12輯 発行 昭和3年9月30日
第1集 発行 昭和3年12月1日
会費全額 金32円也 著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
印刷者 大江印刷株式會社 日清印刷株式會社 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第2期 会費2円50銭 第12輯は3円75銭
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
アート紙+本圖は原色版五度刷+附図はオフセット印刷(8.9.10色以上刷り)
第1輯 発行 昭和4年 月 日 空白部分は不明
第2輯 発行 昭和4年 月 日(まみじろ、いすか)
第3輯 発行 昭和 年 月 日
第4輯 発行 昭和 年 月 日
第5輯 発行 昭和 年 月 日
第6輯 発行 昭和 年 月 日
第7輯 発行 昭和 年 月 日
第8輯 発行 昭和 年 月 日
第9輯 発行 昭和 年 月 日
第10輯 発行 昭和 年 月 日
第11輯 発行 昭和 年 月 日
第12輯 発行 昭和5年6月25日
第2集 発行 昭和5年7月20日
緞子表大和綴 上帙入全五十枚 特価45円
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第3期 会費2円50銭 第12輯は3円75銭
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第1輯 発行 昭和5年9月20日
第2輯 発行 昭和5年11月25日
第3輯 発行 昭和5年12月20日
第4輯 発行 昭和6年2月25日
第5輯 発行 昭和6年4月20日
第6輯 発行 昭和6年5月25日
第7輯 発行 昭和6年7月20日
第8輯 発行 昭和6年8月20日
第9輯 発行 昭和6年11月30日
第10輯 発行 昭和7年1月25日
第11輯 発行 昭和7年4月15日
第12輯 発行 昭和7年7月10日
第3集 発行 昭和7年7月20日
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第4期 会費2円50銭 第12輯は3円75銭
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
第1輯 発行 昭和8年7月30日
第2輯 発行 昭和8年10月15日
第3輯 発行 昭和9年12月25日
第4輯 発行 昭和9年5月10日
第5輯 発行 昭和9年8月25日
第6輯 発行 昭和10年1月15日
第7輯 発行 昭和10年64月25日
第8輯 発行 昭和10年12月25日
第9輯 発行 昭和11年9月5日
第10輯 発行 昭和12年4月16日
第11輯 発行 昭和13年3月15日
第12輯 発行 昭和13年7月5日
第4集 発行 昭和13年7月15日
著作者 小泉 勝爾 土岡 泉 発行者 鈴木 精一郎
原色版 三協美術印刷社 光村原色版印刷 オフセット版 日清印刷株式會社
活版印刷 木津印刷所 発行所 鳥類寫生圖譜刊行會
by espritlibre
| 2008-02-22 01:15
| L鳥類写生図譜