もう一つの「曽根崎心中」(2) 吉田玉男の訃報
近松半二作「往古曽根崎村噂ー教興寺村の段」では、駆け落ちした遊女お初と醤油屋平野屋の養子徳兵衛は、偶然にも徳兵衛の許婚お北の実家に一夜の宿を頼むことになる。そこへ、生まれてすぐにやはり平野屋の養女に出されていたいた娘お北が、徳兵衛の行方をさがして養女に出されて以来初めてその実家を訪れる。この教興寺村にある実家での3人の鉢合わせに、お北の両親、とくに父宗二のやるせない思いがからみあう切なく悲しい浄瑠璃の世界に、僕は引きずり込まれた。80分ほどの演奏だったが、得がたい体験だった。わざわざ出かけた甲斐があった。
ところで、近松門左衛門の「曽根崎心中」は現代ではあまりにも有名だとしても、1703年の初演以降はほとんど再演されなかったことをもう一度思い出していただきたい。ここからは、文楽の歴史書の記述を僕なりに整理して書いておきたい。
伝承の途絶えていた「曽根崎心中」が現代に甦ったのは1955年(昭和30年)の復活上演においてだった。近松門左衛門生誕300年を記念して歌舞伎での「曽根崎心中」復活上演が1953年(昭和28年)新橋演舞場で行われ、中村鴈治郎扇雀父子の演技で大ヒットしたのに刺激を受けた。
このときの文楽における「曽根崎心中」復活上演で、徳兵衛に抜擢された人形遣い・吉田玉男は手本なく一から人形の所作を考えた。本来女の人形には足がない!のに、着物の上から足をさするのでは感じが伝わらないと、お初に足をつけ、裾を割って足を出させ、その白い足を自分の喉に押し当てて死ぬ覚悟を伝えた。この谷崎をも思い起こさせる鮮烈なエロティシズムは伝説となった。この復活上演の成功は現代に「曽根崎心中」を甦らせただけでない。近松の心中物復活のきっかけになった。
ところで、もう一つの「曽根崎心中」を聞いたその日は、なんとなんと、その原作「曽根崎心中」を現代に甦らせた偉大な人形遣い・吉田玉男の訃報が報じられた日でもあった。僕は幸いにも国立小劇場の文楽公演で吉田玉男を何度か間にあって見ることができた。最近は公演の案内に名前は出ていてもずっと休演だったが、引退したわけではなかった。新聞の訃報記事によれば「いつのまにかおらんようになるのがええ」かったらしい。大名跡も襲名しなかった。その生き方やまさに浄瑠璃の世界における律儀ながら気骨にあふれた親父のごとし。
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10月10日にもまた公演があります。
COE公開講座「浄瑠璃」(第六回)
復曲奏演(再演)義太夫「北条時頼記ー女鉢の木雪の段」浄瑠璃 豊竹英大夫 三味線 鶴澤 清友 早稲田大学小野記念講堂 参加無料・事前予約不要
ただし、かなり早めに行かないと座れません。僕は今回階段に坐るハメになりました。
ところで、近松門左衛門の「曽根崎心中」は現代ではあまりにも有名だとしても、1703年の初演以降はほとんど再演されなかったことをもう一度思い出していただきたい。ここからは、文楽の歴史書の記述を僕なりに整理して書いておきたい。
伝承の途絶えていた「曽根崎心中」が現代に甦ったのは1955年(昭和30年)の復活上演においてだった。近松門左衛門生誕300年を記念して歌舞伎での「曽根崎心中」復活上演が1953年(昭和28年)新橋演舞場で行われ、中村鴈治郎扇雀父子の演技で大ヒットしたのに刺激を受けた。
このときの文楽における「曽根崎心中」復活上演で、徳兵衛に抜擢された人形遣い・吉田玉男は手本なく一から人形の所作を考えた。本来女の人形には足がない!のに、着物の上から足をさするのでは感じが伝わらないと、お初に足をつけ、裾を割って足を出させ、その白い足を自分の喉に押し当てて死ぬ覚悟を伝えた。この谷崎をも思い起こさせる鮮烈なエロティシズムは伝説となった。この復活上演の成功は現代に「曽根崎心中」を甦らせただけでない。近松の心中物復活のきっかけになった。
ところで、もう一つの「曽根崎心中」を聞いたその日は、なんとなんと、その原作「曽根崎心中」を現代に甦らせた偉大な人形遣い・吉田玉男の訃報が報じられた日でもあった。僕は幸いにも国立小劇場の文楽公演で吉田玉男を何度か間にあって見ることができた。最近は公演の案内に名前は出ていてもずっと休演だったが、引退したわけではなかった。新聞の訃報記事によれば「いつのまにかおらんようになるのがええ」かったらしい。大名跡も襲名しなかった。その生き方やまさに浄瑠璃の世界における律儀ながら気骨にあふれた親父のごとし。
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10月10日にもまた公演があります。
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復曲奏演(再演)義太夫「北条時頼記ー女鉢の木雪の段」浄瑠璃 豊竹英大夫 三味線 鶴澤 清友 早稲田大学小野記念講堂 参加無料・事前予約不要
ただし、かなり早めに行かないと座れません。僕は今回階段に坐るハメになりました。
by espritlibre
| 2006-09-28 19:28
| 映像・演劇・音楽