2007年 08月 03日
身辺雑記(9):ビワの木のバイオリン弾きが枝刈りされそうになったこと,管理会社による居室無断侵入など
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古い読者の中には私の窓の外に山ビワの木が1本立っていることを知っている方もおられるに違いないが,「ビワの木のバイオリン弾き」の意味まで分かる読者はおそらく多くても数人くらいしかいないのではと思うので,まずそれを説明することにしよう.私はしばらく前から窓の外でときどき「キュルキュルー」のような変わった物音がすることに気付いていた.この物音は風が吹く日に限っていたように思われるので,建物かないし戸外の樹木の立てる音だろうという見当は付いた.実際,強い風の日には私の住む老朽アパートはギシギシときしんで悲鳴を上げているのが聞こえる.最後に私は,この物音が窓の外のビワの木の枝がビニール製の樋をこすって立てている音であることを確認した.私はこれを「ビワの木のバイオリン弾き」と名付けた.
聞けば聞くほど,何とも味わい深いサウンドである.「木」が何かうっとりと夢見ながら独りごちているように聞こえる.私はこの「木」自身がこの「音を聴いている」ことに疑いを持たない.この天然のバイオリンは「木」自身が長い時間をかけて創作した彼自身の「楽器」である.「木」が何かを「創作」するなどということは有り得ないというのなら,私は一つだけ私の観察した事例を挙げよう.再婚して横浜から北関東の田舎に戻った私は駅からほど遠くないところにマンションを購入し,バブル崩壊でもう一度手放すまでの期間住んでいた.南面する5階建てマンションの3Fでベランダとの境を仕切る全面ガラスを通して燦燦と太陽の差し込む明るい部屋だった.
私はそのベランダの柵の前にジャスミンの鉢を一つ置いた.ジャスミンは柵を伝って拡がり1年後にはほぼベランダ一面を覆ってジャスミンの花特有の華やかな香りを振り撒いた.ある日の朝,それも早朝(私は大体夜中に仕事していたのでこれから眠りに就く前の時間だったかもしれない)私はベランダに腰を下ろして何ということもなく目の前の緑を眺めていた.ある一定の時間が経過した後,私は1本の蔓の先端が人目を盗むようにスルスルと伸び始めるのに気付いた.植物はもちろん生長するが,それにはかなりの時間を要するしその変化は目に見えない.植物が生長する過程をこの目で見るというのは初めての経験であり驚きだった.しかし驚いたのはそれだけではない.左から蔓が延び始めたのとほぼ時を同じくして右からも蔓が延び始め,どのようなコミュニケーションを介してか,中間点付近の空中でまるで蔓の先端に眼が付いているかのように接触した.それは求め合う男と女がなんのトリガーもなしに手を差し伸べてかすかに指を触れ合うあの魅惑的な瞬間のように思えた.続いてもっと驚くべきことが起こった.
2本の蔓はさらに生長を続けながら互いに旋回して絡みつき,今度は垂直に上昇し始めた.それは実にイザナギ・イザナミの2神が神木の周りを周回する古事記の古い記述を彷彿させるような繊細にして厳粛なる儀式だった.2本の蔓は一体となって天上に向かう堅固な梯子のように空中に自立した.私はこの植物の緩慢で極微的に圧縮された生長点の速度で測定される濃厚な時間に聖なるエクスタシーを感じた.私は寝室で休んでいるかみさんを呼んで2人並んで腰掛けるとその儀式が完遂されるのを見届けた.10分だったか,15分かかったのか,あるいは30分であったか?その後,私たち(かみさんと私)が――この光景に刺激されて――「愛し合った」かどうかについてはご想像に任せよう.実のところその辺りの記憶は残っていない...
もちろん,この現象を完全に物理的・生化学的に説明することは可能だろう.私自身は,「植物って結構,動物に近い」と感じた.植物は原則として根によって固定された位置から移動できないという(私たち動物から見て)「不幸」を背負っている.しかし,植物には植物なりの「ダイナミックな生」があることを私は確信する.植物は動物より程度において甚だしく置かれた環境によって不可避的に決定される制約下にある.しかし,すべてのことを偶然に帰着させることはできない.むしろ,植物はある意味で主体的に行動していると言っても間違いではあるまい.いつでも太陽の方を向いているヒマワリの運動を単なる「マシーン」と見るのは狭量な見方だ.
私はこのビワの木のバイオリン装置は高度に「チューンアップ」されていると感じている.それは洗練された耳を持つピアノ調律師の技によって高度に調整されたグランド・ピアノの完成度を持っている.たとえば,「口笛」とか「指笛」のことを思い出して欲しい.これらの原始的楽器が音を出す原理は「枝」と「樋」の摩擦で音を出しているビワの木のバイオリンと同じくらいに単純だ.しかし,単純だからと言って思うような音が出せる訳ではない.このような「装置」ができたのは一義的にはもちろん偶然であるとしても,それを完成させたのはこのビワの木の「選好」であると私は感じている.あえて言わせてもらえば,私はビワの木は「セロ弾きのゴーシュ」並の練習を積み重ねてようやくここまでの技量を得たのではないかとすら思う.そしてもちろん私自身,この「音楽」を愛している.そのビワの木の枝を刈り取るという話が持ち上がった.
昨日の昼頃このアパートの管理会社の作業員がやってきて,「伸びた枝を切りたいので,部屋に立ち入らせて欲しい」と言ってきた.管理会社は都心にあるがメンテナンスを全面的に請け負う現地下請けがあるようで,最近頻繁に立ち入ってペンキ塗りやエアコンの整備などをやっている.作業は五月雨式でいつも短時間で帰ってしまうが,アルミ製の長梯子が置きっ放しになっているところを見るとかなり長期間の日程が組まれているようにも見える※.ビワの木は隣地住人の所有物だが,境界を越えて侵入している枝を任意に切ることは民法上も認められているから,枝刈り自体は取り立てて奇異なことではないのだが,あまりのタイミングの好さに疑念も湧く.というのは,31日のエントリ本文に「ビワの木のバイオリン弾き」が登場しているからだ.
※今日見たら,長梯子は即行で消えていた!(2007/8/4)
作業員(この人物は多分メンテを請け負っている下請けの経営者と思われる)は,「昨日大家さんと一緒に下見して,『これは切らなきゃだね』ということになった」と言う.大家,つまりこのアパートのオーナーは四国在住(不在地主)であること,このアパートは「半無人」で現在実質的に3戸しか入っていないこと,家賃は1戸3万6千円で到底綿密なメンテが引き合うような高級住宅ではないことに注意を喚起しておこう.管理会社が不在中に居室に立ち入っている懸念は前からあった.一度は管理会社の社員が私が在室中に外からカギを開けようとして私と鉢合わせになり,しどろもどろに逃げ帰ったこともある.最近,下記のような警告状を机の上に置いて外出したことがある.この日私が不在であることを向こうが知っていたかどうかは分からないが,彼らがこの日私の居室に立ち入って作業する予定があることを私はある事情で知っていた.
警告
居室内への無断立ち入りはプライバシー権の侵害に当たります.
作業などのときは,事前通告をお願いします.
(逮捕される可能性もありますので御注意下さい)
☆過去に施錠された室内から金品の盗難にあったことあり
◎読み終わったら,この警告書をお持ち帰り下さい.
◎何時もていねいな仕事をしていただいていることには感謝しておりますが...
××号室 △▽
帰宅すると,警告状は部屋に残っていた.これを読んだのはおそらく居室に立ち入った女性作業員一人で,彼女はこの書面を会社に持ち帰る代わりに会社を辞めてしまったのではないだろうか?(もし,そういうことになったのだとしたらとても残念なことだ.私は彼女がとてもよい仕事をしてくれているのを知っている)今日作業に来た人物(作業員)を下請企業の経営者と見ているのは,「裁量権」を持っていることが確認できたからだ.私が「できれば枝はこのままにしておいて欲しい」という希望を述べると彼はすんなり受け入れてくれて,ほんのしるしばかりに当たり障りのない枝を2,3本払って地面に落とすと,貴重な「バイオリン装置」はそのまま温存してくれた.主な作業はベランダの両側の外壁に取り付けてある物干し竿を掛ける小さな鉄製の「桟木」にペンキを塗ることだったので,室内に立ち入った時間はほんの2,3分だった.
【後記】これを書き終わってから私は,最近NYTのビデオ「日本再武装」のスクリプトの文字起こしと翻訳の関係で知り合いになったGivingTreeさんの名前にちなむ,"THE GIVING TREE" という小さな絵本を思い出した.この「私のビワの木」は今年,私の待ち望んだ「ビワの実」を付けることができなかった.このビワの木は[そのことを悲しんで]その代わりに私に「[自分で創作した]音楽」をプレゼントしてくれたのではないだろうか?[ギター弾きならコードを押える指がどんなに痛いか知っている] そんなこと信じられないという人はぜひ,この本を読んでもらいたい.
【最初から読む】,【戻る】,【続き】
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聞けば聞くほど,何とも味わい深いサウンドである.「木」が何かうっとりと夢見ながら独りごちているように聞こえる.私はこの「木」自身がこの「音を聴いている」ことに疑いを持たない.この天然のバイオリンは「木」自身が長い時間をかけて創作した彼自身の「楽器」である.「木」が何かを「創作」するなどということは有り得ないというのなら,私は一つだけ私の観察した事例を挙げよう.再婚して横浜から北関東の田舎に戻った私は駅からほど遠くないところにマンションを購入し,バブル崩壊でもう一度手放すまでの期間住んでいた.南面する5階建てマンションの3Fでベランダとの境を仕切る全面ガラスを通して燦燦と太陽の差し込む明るい部屋だった.
私はそのベランダの柵の前にジャスミンの鉢を一つ置いた.ジャスミンは柵を伝って拡がり1年後にはほぼベランダ一面を覆ってジャスミンの花特有の華やかな香りを振り撒いた.ある日の朝,それも早朝(私は大体夜中に仕事していたのでこれから眠りに就く前の時間だったかもしれない)私はベランダに腰を下ろして何ということもなく目の前の緑を眺めていた.ある一定の時間が経過した後,私は1本の蔓の先端が人目を盗むようにスルスルと伸び始めるのに気付いた.植物はもちろん生長するが,それにはかなりの時間を要するしその変化は目に見えない.植物が生長する過程をこの目で見るというのは初めての経験であり驚きだった.しかし驚いたのはそれだけではない.左から蔓が延び始めたのとほぼ時を同じくして右からも蔓が延び始め,どのようなコミュニケーションを介してか,中間点付近の空中でまるで蔓の先端に眼が付いているかのように接触した.それは求め合う男と女がなんのトリガーもなしに手を差し伸べてかすかに指を触れ合うあの魅惑的な瞬間のように思えた.続いてもっと驚くべきことが起こった.
もちろん,この現象を完全に物理的・生化学的に説明することは可能だろう.私自身は,「植物って結構,動物に近い」と感じた.植物は原則として根によって固定された位置から移動できないという(私たち動物から見て)「不幸」を背負っている.しかし,植物には植物なりの「ダイナミックな生」があることを私は確信する.植物は動物より程度において甚だしく置かれた環境によって不可避的に決定される制約下にある.しかし,すべてのことを偶然に帰着させることはできない.むしろ,植物はある意味で主体的に行動していると言っても間違いではあるまい.いつでも太陽の方を向いているヒマワリの運動を単なる「マシーン」と見るのは狭量な見方だ.
私はこのビワの木のバイオリン装置は高度に「チューンアップ」されていると感じている.それは洗練された耳を持つピアノ調律師の技によって高度に調整されたグランド・ピアノの完成度を持っている.たとえば,「口笛」とか「指笛」のことを思い出して欲しい.これらの原始的楽器が音を出す原理は「枝」と「樋」の摩擦で音を出しているビワの木のバイオリンと同じくらいに単純だ.しかし,単純だからと言って思うような音が出せる訳ではない.このような「装置」ができたのは一義的にはもちろん偶然であるとしても,それを完成させたのはこのビワの木の「選好」であると私は感じている.あえて言わせてもらえば,私はビワの木は「セロ弾きのゴーシュ」並の練習を積み重ねてようやくここまでの技量を得たのではないかとすら思う.そしてもちろん私自身,この「音楽」を愛している.そのビワの木の枝を刈り取るという話が持ち上がった.
昨日の昼頃このアパートの管理会社の作業員がやってきて,「伸びた枝を切りたいので,部屋に立ち入らせて欲しい」と言ってきた.管理会社は都心にあるがメンテナンスを全面的に請け負う現地下請けがあるようで,最近頻繁に立ち入ってペンキ塗りやエアコンの整備などをやっている.作業は五月雨式でいつも短時間で帰ってしまうが,アルミ製の長梯子が置きっ放しになっているところを見るとかなり長期間の日程が組まれているようにも見える※.ビワの木は隣地住人の所有物だが,境界を越えて侵入している枝を任意に切ることは民法上も認められているから,枝刈り自体は取り立てて奇異なことではないのだが,あまりのタイミングの好さに疑念も湧く.というのは,31日のエントリ本文に「ビワの木のバイオリン弾き」が登場しているからだ.
※今日見たら,長梯子は即行で消えていた!(2007/8/4)
作業員(この人物は多分メンテを請け負っている下請けの経営者と思われる)は,「昨日大家さんと一緒に下見して,『これは切らなきゃだね』ということになった」と言う.大家,つまりこのアパートのオーナーは四国在住(不在地主)であること,このアパートは「半無人」で現在実質的に3戸しか入っていないこと,家賃は1戸3万6千円で到底綿密なメンテが引き合うような高級住宅ではないことに注意を喚起しておこう.管理会社が不在中に居室に立ち入っている懸念は前からあった.一度は管理会社の社員が私が在室中に外からカギを開けようとして私と鉢合わせになり,しどろもどろに逃げ帰ったこともある.最近,下記のような警告状を机の上に置いて外出したことがある.この日私が不在であることを向こうが知っていたかどうかは分からないが,彼らがこの日私の居室に立ち入って作業する予定があることを私はある事情で知っていた.
警告
居室内への無断立ち入りはプライバシー権の侵害に当たります.
作業などのときは,事前通告をお願いします.
(逮捕される可能性もありますので御注意下さい)
☆過去に施錠された室内から金品の盗難にあったことあり
◎読み終わったら,この警告書をお持ち帰り下さい.
◎何時もていねいな仕事をしていただいていることには感謝しておりますが...
××号室 △▽
帰宅すると,警告状は部屋に残っていた.これを読んだのはおそらく居室に立ち入った女性作業員一人で,彼女はこの書面を会社に持ち帰る代わりに会社を辞めてしまったのではないだろうか?(もし,そういうことになったのだとしたらとても残念なことだ.私は彼女がとてもよい仕事をしてくれているのを知っている)今日作業に来た人物(作業員)を下請企業の経営者と見ているのは,「裁量権」を持っていることが確認できたからだ.私が「できれば枝はこのままにしておいて欲しい」という希望を述べると彼はすんなり受け入れてくれて,ほんのしるしばかりに当たり障りのない枝を2,3本払って地面に落とすと,貴重な「バイオリン装置」はそのまま温存してくれた.主な作業はベランダの両側の外壁に取り付けてある物干し竿を掛ける小さな鉄製の「桟木」にペンキを塗ることだったので,室内に立ち入った時間はほんの2,3分だった.
【後記】これを書き終わってから私は,最近NYTのビデオ「日本再武装」のスクリプトの文字起こしと翻訳の関係で知り合いになったGivingTreeさんの名前にちなむ,"THE GIVING TREE" という小さな絵本を思い出した.この「私のビワの木」は今年,私の待ち望んだ「ビワの実」を付けることができなかった.このビワの木は[そのことを悲しんで]その代わりに私に「[自分で創作した]音楽」をプレゼントしてくれたのではないだろうか?[ギター弾きならコードを押える指がどんなに痛いか知っている] そんなこと信じられないという人はぜひ,この本を読んでもらいたい.
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by exod-US
| 2007-08-03 16:41
| 我が命運の尽きる日まで